田舎っぺ令嬢が悪役令嬢に仕立て上げられたが収拾がつかなくなったお話
「レイチェル・アダムズ!貴様は男爵令嬢であるにも関わらず特待生制度でこの学園に通う平民の娘を虐めたな!ここに貴様の罪を断罪する!」
(ひええ…これが最近劇で流行りの〝悪役令嬢〟って奴だっぺか…オラ、そんなことしてねぇだよー…)
最近この世界に〝召喚〟された聖女様は、魔獣の群れから国を救っただけではなく様々なものを国にもたらした。それは〝シャンプー〟〝リンス〟といった便利道具から、〝味噌汁〟〝卵かけご飯〟と言った食べ物、〝悪役令嬢モノ〟という小説の流行りであったり多岐に渡る。聖女様のもたらしたものはどれも瞬く間に流行り人気に。聖女様のお陰で経済まで回り、国はさらに豊かになる。
ただし、〝悪役令嬢ブーム〟は流石に悪影響でしかなかった。レイチェル・アダムズ男爵令嬢が今まさにその被害に遭っている。貴族の子女の通う学園の食堂で、今まさに断罪ごっこが始まってしまった。まあただ、田舎の男爵令嬢レイチェルは誰とも婚約などしていないので婚約破棄とかはないだけ救いか。聖女様は反省して欲しい。
(オラは田舎の男爵令嬢だぁ。ほとんど平民のみんなと一緒に育っただよー。平民を虐めるわけねえべ。そりゃ、高貴な皆様の前ではこんな喋り方しねえように気をつけてるだが、本来はこんな田舎っぺだぁ。気取った悪役令嬢様にはとてもとてもなれねぇだよー)
「ふんっ、何も言えないか!自らの罪は自覚しているようだな!」
「レオン様ぁ、怖かったですぅ」
「可哀想なリリア。私が守ってやるからな」
(なんか盛り上がってるだぁ…オラ、本当に何もしてねぇだよぉ…)
涙目になるレイチェルに誰も気付かない。悪役令嬢が断罪されるそのシチュエーションにみんなドキドキして野次馬と化していた。
「…黙って聞いていれば、貴様らは何をしているんだ?」
「マルセル!?おめ、なんで制服を着てるだぁ!?あと、お貴族様に貴様とか言っちゃダメだべ!」
そこにレイチェルの〝秘密のお友達〟マルセルがやってきた。マルセルはレイチェルに学園の庭師見習いだと名乗っていた。いつもは制服も着ていない。当たり前だ、ただの庭師見習いのはずなのだから。レイチェルはマルセルを可愛がっていた。学園の中庭で、マルセルと一緒に花の世話をするのが好きだった。マルセルの前では〝田舎言葉〟丸出しで居られた。マルセルはそんなレイチェルを受け入れていた。
「マルスラン殿下!?おい、貴様、マルスラン殿下を愛称で呼ぶなどどういうつもりだ!」
「マルスラン殿下?って隣国の第二王子殿下だべ?マルセルとは関係ねーべ?」
混乱したレイチェルは思わず田舎言葉でレオン・ノルベール伯爵令息に話しかける。その話し言葉にレオンは目を見開いた。
「は?貴様知らないのか…?というかその言葉遣いは…?」
「あ、やべ。まあバレちまったものは仕方ねぇだな。オラ、田舎で平民のみんなと一緒に育ったから、素はこっちなんだよー。だから、平民を虐めるとかはねぇべ。調べてもらってもかまわねぇだよ」
「そもそもレイチェルは休み時間も放課後も庭師に変装した俺と過ごしてる。虐めなどしている暇はないぞ」
「んあ?変装?マルセル、どういうことだべ?」
「なんだ?なにが起きてる?リリア、どういうことなんだ?」
「そ、そんな…まさかレイチェルがこんな田舎っぺなんて…踏み台にして伯爵令息の婚約者になるはずだったのに、隣国の第二王子殿下に睨まれるなんて冗談じゃないわ!」
「リリア、僕を騙していたのか!?」
「うるさい!離して!私はここから逃げるのよ!」
「…はぁ」
あまりの情報過多に野次馬もどよめく。とりあえず野次馬達はレイチェルの虐めの件は濡れ衣ということと、隣国の第二王子殿下が何故か田舎っぺ令嬢レイチェルを気に入っていること、身分を偽り仲良くしていたことを確認した。確認したが意味がわからない。どういうことなんだろうか。
「言っておくが、逃げても無駄だ。平民風情が男爵令嬢…貴族に濡れ衣を着せようとしたのだ。学園の中で起こったこととはいえ罪に問われる。衛兵、連れて行け」
「はい!」
「いやぁ!離してぇ!」
「レオン伯爵令息。君はいくら男爵令嬢とはいえ一人の女性の名誉を貶そうとしたのだ。謝った方がいい」
「…すみませんでした」
「いんやぁ、オラも何か悪いところがあったんだべ。オラ、この喋り方がバレねぇようにわざと孤立してたしなぁ。仕方ねぇ、仕方ねぇ。気にしねぇでくれだ。でも、バレちまったべなぁ。みんな、オラのこと、嫌いになるべなぁ…」
見た目だけは美しく洗練されたレイチェルの、その純朴な様にみんな目を見開いた。そして、レイチェルが途端に可哀想になる。しばらくの間、レオン伯爵令息は学園内で孤立するだろう。反対に、レイチェルにはファンが出来たようだ。ご令嬢方は友達になろうと声を掛けたくてうずうずしているし、婚約者の居ないご令息方は傷心している今がチャンスなのでは?とわくわくしている。
「そんなことはない」
「マルセル、おめ、説明してくれるだな?」
「…すまない。なにから説明するべきか。俺は隣国の第二王子、マルスラン・ルシアン・リオネルだ。騙していてすまなかった」
「はー…おめ、そんなお偉方だっただかぁ…オラとはもう仲良く出来ねぇだか?」
「そんなことはない」
「んでもなぁ…」
「聞いてくれ。俺は、幼い頃たまたまお忍びでレイチェルの田舎に行ったことがあって、そこでレイチェルに一目惚れしたが声もかけられず片思いしてたんだ」
「…なにを言ってるだ?そんな冗談マルセルらしくねぇべ」
「冗談じゃない」
レイチェルはマルスランの強い瞳に射抜かれ、柄にもなくドキドキした。野次馬達も固唾を呑み見守る。
「そして学園でレイチェルを見かけてチャンスだと思い、身分を偽り近付いた。田舎言葉の君も可愛いと思った俺は末期だ。君以外愛せない」
「マルセル、おめ、目がおかしいべ」
そんなことを言いつつもレイチェルは真剣なマルスランにタジタジである。
「レイチェル。国は兄上が継ぐ。兄上から田舎の方の王家直轄領をいただき、臣下に下り侯爵となることを約束した。全て君を嫁に迎えるためだ。俺の婚約者になって欲しい」
「な、なして相談もせずにそんなこと勝手に決めるだ!?大丈夫なのけ!?」
「大丈夫だ。俺に任せろ」
「おめ、性格も偽ってただな!?実は結構自分勝手だな!?」
「第二王子だからな」
「関係ねーべ!」
「で、返事は?」
「…隣国の侯爵様、しかも第二王子なんて肩書きの人に男爵令嬢が嫁げる訳ねーべ」
「大丈夫だ。王弟である叔父上が養子縁組してくださることになった。公爵令嬢になるから平気だ」
「…んあ?」
「君のご両親も快く受け入れてくれた」
「おめ、プロポーズも無しになにやらかしてるだかぁ!」
「外堀を埋めれば逃げられないかと思った。反省する」
「そうだなぁ、反省は大事だなぁ…ってそうじゃねーだ!」
「レイチェル」
マルスランの瞳はレイチェルを射抜く。
「愛してる。嫁に来てくれ」
「…マルセルはずるいだぁ…そんなこと、おめに言われて断れるわけねーべ。オラもマルセルが好きだからなぁ…」
レイチェルの思わぬ一言にマルスランは目を見開いた。そして抱きしめた。
「レイチェル、愛してる!」
「オラも好きだぁ」
その二人の様子に野次馬達は大興奮。口笛は鳴るわ拍手は鳴り止まないわ歓声は上がるわで食堂は大盛り上がりである。実はこの騒動でとっくに昼休みは終わり、いつまで経っても帰ってこない生徒達を迎えに来た先生方も居たが、彼らも野次馬に混じって歓声を上げていた。
こうして断罪ごっこは別の意味で収拾がつかない状態になったのである。






