死ぬほど嫌いなあなた
私には死ぬほど嫌いな人がいる。
顔を見るだけで腹がたち、声を掛けられると怒りが湧く。
(こっちへ来るな!あっちへいけ!私の前に現れるな!)
そう思いながら過ごしてきた。
でも私が死ぬほど嫌いなあの人は、私の前から姿を消してくれない。
時には手を差し伸べられる。
バシッ!
私はその人が差し出した手を強く払う。
それでも彼は、そんな私の態度に嫌な顔ひとつせずに、側にいて決して私を責めない。
(やめて!私に優しくしないで!あんたなんかに同情されたくない!)
私は彼を睨み付けて、その場を立ち去る。
――――――――― ―――――――――― ―――――――――
ある時私は家業の帽子屋で帽子を縫い付けていた。
その時に友達のアミに言われた。
「ねぇ、フル。あなたの怒りは分かるけど、少しはあの人を受け入れてあげたら?」
そう言われ、私の口からは当然のように否定の言葉が飛び出す。
そんな私の答えを分かっていたアミはため息を付きながら続けた。
「そうよね。難しいわよね。だってあの人は、あなたのご両親を殺してしまったんだもの。」
そう、私が嫌いな彼は、10年前に勇者としてこの町に来て、魔王と戦う最中、私の両親を殺した。
その時私は6歳で、目の前で起きた出来事を見ている事しか出来なかった。
そして唯一の兄弟だった兄を見殺しにした。
彼により、魔王は倒され、町は平和を取り戻した。
町の人たちは、彼の勝利を褒め称えた。
でも私は、それと引き換えに、家族を失い、一人になってしまった。
何日泣いて過ごしたか分からない。
どれだけ悲しみに暮れたか分からない。
でも、時が経つに連れて、私は生きなければいけないと思うようになった。
生き長らえなかった家族のためにも、私は生きなくては…。
だから13歳で家業の帽子屋を開いた。
お父さんの手元を思いだし、見よう見まねで作ってみたり、家にあった本を引っ張り出して、夜遅くまで勉強をしたりした。
最初はうまく作れなかったけど3年も経つと、周りから認められるようになった。
帽子を作っていると家族がそこにいるように思う。
お父さんが私の手元を見て、「そうじゃない。もっと糸をしっかり引くんだ。」と教えてくれているように感じるし、お母さんは私が作った帽子を「上手ね。」と誉めてくれるのが目に浮かぶ。
その帽子を兄が被り、「俺にピッタリだろ?」とおどける姿を想像して、クスクスと笑う。
帽子は私の傷ついた心を癒してくれる。
「でもね、フル。彼も辛かったと思うのよ。」
アミは私の作った帽子を手に取った。
「フルはおじさんと遜色ないくらい、上手く作れるようになったわね。」
「まだまだよ。お父さんの帽子は何十年と長持ちするのに…。」
アミは微笑みながら、手に取った帽子を頭に乗せた。
そして近くにある鏡に自分の姿を映す。
「もう魔王は居なくなった。だから、今はフルが作るようなデザイン重視の帽子が町の人たちには受けている。…おじさんが作っていたような、戦う為の帽子はもう、必要なくなったのよ。」
アミは諭すように、優しく言った。
「そんな事、言わないで!」
しかし私はそれを受け入れることが出来ずに、一人お店を飛び出した。
「フル!」
後ろからアミの焦った声がするけれど、今は立ち止まりたくない。
一人になりたい。
――――――――――― ――――――――――― ―――――――
気がつけば私は、家族の前に立っていた。
家族が埋葬された、お墓の前に…。
一人一人、王家の紋章を刻まれたお墓。
アミの言っていることはわかる。
もう、この町は戦わなくていい。
この町と周辺一帯を治めている国王の元で、国王の帽子を作っていた私のお父さん。
国王はお父さんが作る、丈夫な帽子を気に入り、兵士達が戦争に向かう時に被る旅用の帽子を任せるようになった。
すると、お父さんの作る帽子を被るようになってから、国王の兵士は負け知らずとなり、そのうち、お父さんの作る帽子は「勝利を引き寄せる帽子」と言われるようになった。
そんな時、最強の魔王が目覚めてしまい、この町は一瞬で暗闇に閉ざされてしまった。
魔王が目覚めたお陰で、町は度々襲われ、魔獣達が町を好き勝手にうろつき、食べ物を漁っていく。
そして魔王の手下のゴブリンが、気まぐれに町の人たちの命を奪う。
この町は無法地帯になっていた。
―――――――――― ――――――――――― ――――――――
私の後ろから、渇いた土を踏みしめる音が聞こえて、振り返った。
もう戦かわなくてもいいのに、被り続けている「勝利を引き寄せる帽子」が一番に目に入る。
「フル。」
今、最も聞きたくない人物の声。
そして死ぬほど嫌いな彼が、私の名前を呼ぶことに、怒りが沸いてくる。
「気安く名前を呼ばないで!」
私はそう言って、家族のお墓に向き直った。
「すまない。」
彼の小さな呟きが聞こえて、私はまたかと思う。
私が怒れば、彼は謝る。
とても小さな声で、まるで傷付いた小鳥のような声で。
魔王を倒し、英雄となった彼は国王から褒美を尋ねられ、こう答えた。
「何かを与えてくださるのならば、私に懺悔の時間を下さい。」
そう言って彼は何も持たずに、この町での生活を始めた。
自分が英雄となった事と引き換えに、失ったものに懺悔するために…。
彼は自身のパーティーを引き連れて、魔王を倒すべくこの町へ来ていた。
当時の彼は、自信に満ち溢れていて、頼もしく感じさせ、またいくつもの苦難を乗り越えてきたのだろうと思わせる、オーラがあった。
そして表情は常に緊張感を漂わせ、1分足りとも気を抜くものかと言う気迫を感じさせていた。
しかし幼かった私に対しては、その緊張感のある表情を緩ませ、優しく微笑み掛けてくる。
私は私に微笑み掛けてくる彼の顔が本当の姿なのだと、幼いながらに感じていた。
「是非とも、私にも勝利を引き寄せる帽子を作って頂きたい。」
彼は私のお父さんの話を聞き、お店にやって来た。
彼にお父さんの帽子の話をしたのは、私の兄。
兄は幼い頃から、魔法と剣術を磨き上げ、いつでもパーティーに参加できるように国王から命を(めい)を受けていた。
それは兄がお母さんと同じエルフの血を引いているから。
お母さんはエルフの末裔であり、お父さんと出会うまでは国王から命を受け、戦いに駆り出されていた。
しかしお父さんと結婚し、兄が生まれ、兄もお母さんと同じ力を持っていることが分かると、その役目を下ろされた。
「勇者様。父の作る帽子は世界一です!必ず、あなた様にも、勝利をもたらしますよ。」
兄は彼にすっかりと懐いていた。
彼と切り抜けてきた戦いで、何かを得たのかもしれない。
兄は彼に絶対の信頼と尊敬の念を持っていた。
「私に勝利をもたらすのは、お前と言う存在も同じことだよ。エルフの血を引いたお前の魔法と剣術は絶対だ。」
そして彼も兄と同じ様に、兄に対して頼もしさを感じているようだった。
彼に信頼されていることを実感した兄はとても得意気だったのを覚えている。
「お前と妹は似ていないな。」
お父さんの影に隠れるように彼を見ていた私を見つけ、彼は兄に言った。
「フルは人間ですから。」
兄がそう答えると彼は首を横に振った。
「違うよ。性格の話だよ。陽気なお前とは反対に、彼女は繊細そうだ。」
そう言って彼は私に微笑み掛けた。
その時の笑顔が、私に向けた最初で最後の笑顔となった。
――――――――― ――――――――― ―――――――――
「お墓に来ているのに、花ひとつも持っていないの?相変わらず、無粋な人ね。」
私は自分の事を棚に上げて、彼を罵った。
しかしこんな言葉くらいでは、彼は私から離れない。
それを分かっていて、わざと冷たくしていた。
もう10年もこんな関係性を続けているのだから、今さら普通の話し方など出来ない。
それに私は彼が死ぬほど嫌い。
許すことなんて出来ない。
どんなに彼が私に引け目を感じていたとしても、それは当然の事なんだから。
「一人で出歩くのは、危ない。」
「そうやって後何年私の周りをうろうろするつもり?」
彼は懺悔したいと申し出た時からずっと、私の側にいる。
それは彼が私の家族を殺したも同然の事をしたと認めているような行動だった。
私が一人になってから、彼は家を持たずに、私の家の外で寝起きしていた。
決して家の中には入らずに、冷たい地面に座って眠り、少しでも物音がすると、目を覚まし辺りを見渡していた。
私は彼に守られているように感じ、とても不愉快だった。
だから、彼がいてもそこに存在していないかのように振る舞い、声を掛けられても振り返らず、彼が差し出した食べ物には一切触れなかった。
3日もすると、何も食べていなかった私は、足元がおぼつかなくなり、その日の夜には、一人家のなかで倒れてしまった。
私が倒れた物音がしたのか、彼は珍しく家のなかに入ってきた。
そして倒れていた私を抱き起こし、私が拒否し続けた、彼が持ってきたパンをちぎり、私の口のなかに押し込んだ。
しかし私はそのパンを舌で押し出した。
家族を殺した彼からのあわれみなど、受けなくなかった。
でも彼は何度も私の口にちぎったパンを押し込む。
そして泣きながら叫んだ。
「頼む!パンの欠片でもいい!食べてくれ!生きてくれ!ご両親の分も、兄の分も!」
(ずるい。)
ここで、お父さんやお母さん、兄を出してくるのは卑怯だ!
彼の涙がポロポロと私の頬に落ちてくる。
そして、何度も私に「生きろ!」と、叫ぶ。
(ずるい。ずるい。ずるい。)
私はそう思いながら、ゆっくりと口を動かし、パンの欠片を嚥下した。
お父さんが作り上げた「勝利を引き寄せる帽子」を被った彼は、朝早くに魔王の棲みかへと向かった。
もちろん兄も一緒に。
朝、家を出る前に、お父さんとお母さんが兄を抱き締めていた。
「必ず、帰ってくるんだぞ。」
「あなたの体に流れる、誇り高きエルフの血を信じるのよ。」
兄はいつになく真剣な表情で頷いた。
そして、それが兄の最後の姿となってしまった。
2日後、彼と仲間達は魔王との戦いに決着をつけられないまま帰ってきた。
そして彼の背中には、傷だらけの兄の亡骸が。
兄は身体中傷だらけで、胸には大きな風穴をあけられていた。
エルフと言えど、心臓を貫かれてしまったら、生きてはいられない。
その兄の姿に、お父さんは言葉を失い、お母さんは泣き崩れた。
兄の傷の深さに対して、彼は軽傷だった。
その理由を彼自ら両親に話し出した。
「彼が…囮に…。」
(囮?…あの人はお兄ちゃんを見捨てたの?!)
両親は何も言わなかったけど、私はそう感じた。
そしてその日の夜に、最悪の事態が起きた。
「逃げろ!」
町中に混迷の声が響き渡る。
ゴブリン達が奇声を上げながら、人々を切り裂き、空には巨大なドラゴンが火を吹きながら、迫っていた。
町の人たちも私たちも、逃げ惑う。
その時、地面を揺れ動かす振動があった。
「魔王だ!」
彼が叫び、パーティーメンバー達に緊張が走った。
「魔王!」
私の後ろから、お母さんの憎しみに溢れた声が聞こえた。
私は怖くて振り返れなかったけど、お母さんはすぐに短剣を持ち、彼の元へと走っていった。
お母さんが握りしめていた短剣は、お母さんから兄へ引き継がれた、エルフの短剣。
風の様に駆け抜けていくお母さんの姿は、いつものお母さんではなく、私の知らない、女戦士だった。
「お母さんは、敵を取るつもりだ。」
お父さんが私を抱き上げて言った。
地面が赤く光ながら、螺旋状に裂けていく。
その裂けた隙間から、赤く熱くたぎった何かが見えた。
「マグマだ!」
誰かがそう叫んでいる。
裂け目は町の大地を幾つかに分断した。
その裂け目から、熱く煮えたぎった炎の飛沫が上がり、飛沫と共に、黒い物体が姿を表した。
「魔王!」
彼が叫ぶ。
魔王は黒いローブを被り、死神が持つ鎌を肩に乗せ、地面から数メートル上に浮いている。
深く被ったフードからは、白い骨が見え、目は空洞で口は骨格のままに開いている。
魔王の姿は、皮膚も肉も地下のマグマで燃やし尽くされたガイコツそのもの。
怨霊の塊にも見えた。
魔王が鎌を振るえば、地下のマグマが飛沫を上げて、吹き上げる。
空からは、ドラゴンが吐き出す炎が町の家々を燃やす。
魔王の登場にゴブリン達は目を輝かせ、力を得たように斬っても斬っても立ち上がり襲い掛かる。
彼のパーティーメンバーは、ドラゴンとゴブリンの尽きない襲撃を食い止めるのが精一杯。
誰も魔王に近づくことすら出来なかった。
「あれ?」
私の小さな胸が落ち尽きなくざわついた。
混迷を極めたこの町で、さっきまで見えていた、彼とお母さんの姿だけが見えない。
シューン!!!
魔王の真下から白い塊が姿を現し、空気を切り裂くような音と共に、魔王めがけて飛び上がった。
その塊は、蒼白い炎を身に纏い、兄の形見となった短剣を握る、お母さんだった。
しかし、お母さんの様子が変だ。
お母さんからは氷のような冷気が漂い、マグマの赤く煮えたぎった飛沫を蒸気に変えている。
「魂を…凍らせているのか…。」
お父さんはそう呟いた。
「お父さん!どうしたの?!」
私の問いに、お父さんは涙を浮かべた。
「お母さんは…氷になった。」
お父さんは私を地面に下ろし、蒼白く光るお母さんを見つめた。
「お母さんは禁断の魔法を使ったんだ。魔王の炎に近づくために…。」
「どう言うこと?」
私はお父さんの足にしがみついた。
「エルフの持つ、禁断の魔法。それは己の命と引き換えに、氷になること…。」
「え?」
シュバ!!
空気を切り裂く音がして、お母さんの体が縦に二つに割れた。
そして、切り裂かれたお母さんの体の間から、彼が魔王めがけて飛び出してきた。
お母さんは彼の隠れ蓑になっていたのだ。
彼は大きな剣を魔王の心臓に突き立てる。
魔王はそのまま、地面に落ちていく。
彼もまた、魔王に剣を突き立てたまま、魔王に馬乗りになり、地面に着地した。
そんな二人の周りに、二つに割れたお母さんが地面に叩き付けられる。
まるでガラスのように粉々になり、地面に散らばった。
「お母さん!」
走り出そうとした私をお父さんの力強い腕が引き留めた。
戦いはまだ終わっていない。
心臓に剣を突き立てられた魔王は咆哮する。
周りの空気を歪ませるほどの咆哮。
するとまた地面が揺れだし、マグマの火柱が幾つも立ち上がる。
その火柱は生きているかのように彼をめがけて向かってきた。
彼は突き立てていた剣を抜き、その火柱から逃れる。
ジャリ。
ジャリ。
彼が火柱から逃れ、ジャンプする度に、散らばったお母さんの欠片が踏まれていく。
(お母さんが、潰される!消えてしまう!)
幼かった私には、魔王の存在よりも、跡形もなくお母さんを踏みつけている彼が恐ろしく思えた。
なかなか倒れない彼に苛立ちを感じた魔王がまた鎌を振り上げた。
すると灼熱の熱風が巻き起こり、私たちを襲った。
「危ない!」
お父さんは我に返り、急いで私に覆い被さった。
「ぐっ!」
お父さんの苦しげな声が私の体に響く。
魔王から放たれた灼熱の熱風を浴びたお父さんの体がみるみるうちに、黒くなっていく。
お父さんは力を振り絞り、私に言った。
「離れろ。」
しかし私の体は全く言うことを聞いてくれない。
恐ろしさと、混乱が巻き起こり、私をパニックに陥れていた。
次の瞬間。
ジュバ!!!
肉を切り裂く鈍い音がして、お父さんの首から真っ黒な液体が流れだした。
そしてそのままお父さんは前のめりに倒れた。
お父さんは黒い塊になって、動かなくなってしまった。
そんなお父さんの後ろには、剣を持った彼が、険しい表情で立っていた。
(斬った!お父さんを!この人が!)
私がそう認識した瞬間、彼は踵を返し、再び魔王に向かった。
その後ろ姿には、強烈な憎しみが溢れていた。
(悪魔。)
彼の後ろ姿が私にはそう見えた。
魔王が死神なら、勇者の彼は悪魔だ。
どちらも人を踏み潰し、自分達の力と力をぶつけ合う。
そこには少数であっても、犠牲者が出ている。
それを彼らは分かっていて、戦っているのだ。
彼が天高く剣をかがげた。
空が黒い雲を分けていく。
分けられた隙間から、雷がバチバチと光る。
そしてその雷が彼の剣先に落ちた。
バチバチバチ!!!
辺りが眩しい光に包まれた。
町全体が、眩しい光に覆われ、一瞬静寂が訪れた。
次の瞬間!
バリバリバリ!!!
何が激しく割れる音が耳に痛い。
一筋の光が旋風と共に走る。
そしてまた静寂が訪れた。
辺りは眩しい光に包まれたまま。
数秒ほどして、光がゆっくりとなくなり、辺りを見渡すことが出来た。
私の視線の先には、体全体で息を整える彼の姿と、隆起した地面が見えた。
戦いは彼の勝利で幕を閉じていた。
――――――――― ――――――――― ―――――――――
お父さんとお母さん、そして兄のお墓に王家の紋章を刻ませたのは彼だった。
「私が勝利出来たのは、彼らの犠牲があったから…。真の英雄は彼らなのです。」
(そんなもの要らない。自分の行為を美談にしないで!)
死んでしまった家族に、栄誉も名誉も意味なんてない。
ただ、返してほしい。
私の家族を…。
――――――――― ―――――――――― ――――――――
シュン!!!
「危ない!」
私は彼に腕を引かれ、彼と共に地面に伏せた。
私達の頭上を一本の矢がすり抜けていった。
彼はすぐに立ち上がり、矢が放たれた方向へ短剣を投げた。
「うっ!」
草むらから誰かのくぐもった声が聞こえ、草を掻き分ける音がした。
「逃げたか。」
彼がそう呟いた。
魔王との戦いの後、一部の人間から私は狙われるようになった。
彼らは魔王との戦いでお母さんが見せた力に驚異を感じ、娘である私を危険視していた。
そんな不穏な動きにいち早く彼は気付き、私の側から離れなくなったのだ。
彼は伏せていた私に手を伸ばした。
しかし私はその手を振り払い、自分の力で立ち上がる。
砂ぼこりが付いてしまった服を私が払っていると、彼が言った。
「いつまででも、側にいる。」
「余計なお世話。」
「私の命が尽きるまで、君を守らせてほしい。」
私は彼のきれい事が大嫌い。
彼の心には、たくさんの後悔と悲しみが溢れている。
そんな自分を慰めるために私を使わないでほしい。
魔王との戦いの後、私は彼に怒りをぶつけた。
「どうしてお母さんを斬ったの!!」
「君のお母さんは勇敢な人だ。自ら、魔王の目眩ましになると言って…。彼女が氷になることで、魔王の懐に入れたんだ。」
彼は瞳を震わせてそう答えた。
しかしお母さんを盾にして戦ったことに変わりはない。
「お父さんまで!!」
「魔王の鎌から放たれる熱風を浴びたものは、怨霊になってしまう。…君のお父さんは、君を襲う可能性があった…。」
「余計なお世話よ!」
私は泣き叫びながら、彼の胸を何度も何度も叩いた。
「お父さんになら、殺されたって良かった!あのまま、死なせてほしかった!」
あの時の私には絶望しかなかった。
泣きながら暴れる私を彼は必死に抱き締めていた。
本当は分かってる。
兄が囮になったのは、きっと兄から言ったんだって。
お調子者だけど、自分の役割をしっかりと理解している兄は、勇者である彼を守る道を選んだ。
彼の盾になったお母さんは、愛情深い人だった。
兄を殺され、魔王に対して怒りを見せていたが、本当はこの町を守りたかったんだ。
エルフである自分を受け入れてくれたこの町を愛していたから。
博識だったお父さんは、魔王の熱風を浴びた時、気付いたに違いない。
自分が怨霊になり、私の命を奪うかもしれないと言うことを。
だから、必死に私に言ったんだ。
「離れろ」と…。
―――――――― ―――――――― ――――――――――
「心配しなくても、あなたの死に様は私が見届けてあげるわ。私の家族を無慈悲に殺したあなたの死に様をね!だから、私の視界に入ってこないで!」
私は彼が死ぬほど嫌い。
そして死ぬほど哀れんでいる。
懺悔と言う鎖から解き放たれることを望まない彼を。
彼がずっと被り続けている「勝利を引き寄せる帽子」がそれを物語っている。
だから私は彼のために彼を憎み続ける。
彼の心から懺悔が消えるその日まで…。
「私はあなたが死ぬほど嫌いなの!」
そう言う私を彼はまばたきひとつせずに見つめている。
私の悲しみや怒りを残らずすべて受け入れる。
「生きてくれるのなら、私の死に様くらい、君に捧げられる。」
死ぬほど嫌いなあなた…。
私たちはお互いに生かされている…。
読んで頂き、ありがとうございました。