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実家に帰ったら甘やかされ生活が始まりました  作者: 月夜乃 古狸


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第33話 桐生貴臣

 生徒会の会合の翌日。

 陽斗は教室のある校舎を出て家路につくために校門へ向かって歩いている。

 周囲には当然他の生徒達も居て、どことなくいつもよりも浮き足立っているように感じる。

 良家の子女が大部分を占める黎星学園であっても明日からゴールデンウィークという状況は楽しみなのだろう。このあたりは庶民と同じ感覚なのかと陽斗は少しだけ嬉しくなる。

 教室を出る前に迎えの連絡はしたので校門を出たところで待てばいいのだが、到着するまでにはまだしばらく時間が掛かる。

 

 いつもならば穂乃香なりセラなりと一緒に門まで来ることが多く、話などをしていると待ち時間など気にならないのだが、生憎この日は穂乃香は他のクラスメイトから何やら相談を受けているようだったし、セラは家の用事があるとかで先に帰ってしまっている。

 入学して一月になろうとしているのだが、残念ながら同性の友人はいまだに賢弥と壮史朗のふたりだけ。そしてふたりとも今日は部活の練習があるそうだ。

 女子生徒でということならばクラスメイトからそれなりに話しかけられることが増えた。ただこころなしかその扱いは小さな子供に対するもののように感じられて陽斗としては少々不本意だったりする。別に男として意識して欲しいなどと思っているわけではないのだが、やはり悔しいとは思うわけだ。男の子だもん。

 

 そんなわけで目的地が校門の先であることは変わりないのだが、急ぐ理由がない、というよりもスマホを弄って時間を潰すという発想がないので、退屈しないために校舎と校門の間にある綺麗に整えられた庭園を散策しつつのんびりとしたペースで歩いているのだ。

 時折蝶やテントウムシを見つけては近寄って見つめていたり、急に興味を引くものが目に入ってそちらに行ってみたりと、傍から見てネコや仔犬が庭を散歩しているように見える。というか、実際にその様子を見かけた数人の女子生徒が陽斗を見て微笑ましげにホッコリしている。

 陽斗としては時間に追われることなくこうして校内を散策するのは初めてなので気の向くままに歩いているだけなのだが。

 

「おい! そこのガキ!」

 陽斗が綺麗に咲いている花の匂いを嗅いでいると突然怒鳴り声が響き、陽斗は肩をビクリと震わせて声の方を向いた。

 そこに立っていたのは会合で陽斗と穂乃香に突っかかり琴乃に咎められていた桐生貴臣と陽斗の見たことのない男子生徒ふたり。

 あのあとで穂乃香から聞いた話では、貴臣は不動産を中心に金融や建築、電気機器などのメーカーを傘下に治める複合企業である桐生グループの創業者の嫡男であるらしい。

 ただ、桐生グループ自体、なりふり構わないM&Aで会社を急拡大させ、強引な経営手法で度々批判されている。

 他にも労働環境の劣悪さや取引先企業への値下げ強要、社員による内部告発のもみ消しなどネット上で頻繁に取りざたされているほどだ。

 

 その御曹司である貴臣もまた親の立場を利用して中小企業経営者の家の子女に対して高圧的な態度を取ったり同級生や下級生を恫喝したりと問題行動の多い生徒である。

 そんな貴臣が何故生徒会役員を務めているかというと、中等部一年生の頃から学業の優秀さと家の資産規模の大きさから生徒会役員を務めており、生徒会長ではなかったものの慣例によって役員に選ばれたのだ。

 それに目上の者に対する態度を装う程度には要領がよく、辞めさせるほどの理由がなかったからでもある。

 

 更に、中等部2年の時に穂乃香が生徒会役員に選ばれると当時3年だった貴臣が強引に交際を迫った。そしてその数ヶ月後には四条院家に貴臣と穂乃香の婚約を打診してきたというのだから驚きだ。

 目論見としては競合する分野が多く、桐生家よりも家格も高く、資金力、事業規模の大きい四条院家を縁戚になり乗っ取るつもりだったのだろう。

 ただ穂乃香の父親はその要求をあっさりと拒否した。

 当然であろう。家の都合で結婚相手を選ぶような時代は疾うに過ぎ去っているし、可愛い娘を評判の悪い家に嫁がせたいと思うような親ではない。

 それにそもそも中学生同士が婚約など、いったいいつの時代の話だ。

 むしろそんな申し出を臆面もなくしてくる桐生家に対して不信感と嫌悪感を募らせただけだった。

 

「あ、えっと、桐生先輩、お疲れ様、です?」

 いきなり怒鳴りつけられて萎縮したことと、咄嗟にどう返していいのか分からず変な挨拶を口にしてしまう。

 だがその間の抜けた言葉は貴臣の神経を逆なでしてしまったらしい。

「ああ? なんだテメェ、その人を馬鹿にした挨拶は? 穂乃香に気に入られて調子に乗ってんのか?」

「え、あ、ご、ごめんなさ…」

 陽斗にしてみたら先日会ったばかりでろくに話しもしていない貴臣に何故こうまで敵意を剥き出しにされるのか理解できないまでも、去年まで同じように理不尽な暴力に晒されていたために反射的に身を固くして謝ってしまう。

 だが結果的にはそれが良かったようで、陽斗の怯えた態度に気をよくしたのか今にも掴みかからんばかりだった貴臣はひとつ鼻を鳴らすと突き出そうとしていた手を降ろした。

 

「ふん、まぁいい。いちいちテメェなんぞに長い時間を掛けるのも無駄だからな。

 テメェに声を掛けたのは言っておくことがあったからだ。

 今後一切穂乃香に近づくな。穂乃香はいずれ俺のモノになる女だ。テメェみてぇなどこの馬の骨ともわからねぇガキがチョロチョロすると目障りなんだよ。わかったな!」

 陽斗は一瞬何を言われているのかわからずキョトンとする。

 そして貴臣の言葉を脳内で反芻して何とか内容自体は把握できたものの、やっぱり意味はわからないままだ。

「えっと、それはどういう…」

「どういう、じゃねぇよ! テメェは黙って俺の命令を聞けばいいんだよ! テメェがどこの家の奴かは知らねぇが、俺を怒らせたらあっという間に路頭に迷うことになるって事ぐらいはわかるよな? 何なら今すぐ身体に分からせたっていいんだぞ?」

 

 分かるよな、なんて言われても陽斗に分かるわけがない。

 というか、どこの家かも知らないのに恫喝している時点で浅慮もいいところだ。

 もし本当に陽斗の家である皇家に圧力を掛けようとしたら逆に完膚無きまでに叩きのめされるのは桐生家の方だろう。

 そして恫喝された本人である陽斗は、昨日穂乃香が名前呼びに関して必死に誤解を解こうとして言っていた言葉を思い出していた。

『わたくし、あの桐生という男のことが大嫌いなのです。自分勝手で尊大で他人を見下し人を踏みつけることを何とも思わないような男性に名前で呼ばれるなど耐えられませんの。幸い四条院家は元々桐生家とはあまり良い関係ではありませんが力は四条院家の方が上。圧力を掛けられても困ることはありませんし、先輩とはいえ敬意を払う必要はないと思っていますわ』

 

 よくもまぁここまで嫌われたものだと思うが、であるなら陽斗がその貴臣に従う必要もまた無いということだ。

 それに、彩音は祖父重斗に逆らえる人はこの国にほとんど居ないと言っていた。祖父や屋敷の人達に迷惑が掛かるのは困るが、それが大丈夫なのであれば考えるまでもない。

 すぐに陽斗の気持ちは固まる。

「い、嫌、です」

「あ゛あ゛?」

「穂乃香さんは僕の友達、です。穂乃香さんが望んでいないのに距離を置くことなんてできません」

 陽斗にとって穂乃香はこの学園に来て初めての友達であり、右も左も分からない世間知らずの陽斗にずっと優しく接してくれている憧れの人だ。

 だから、陽斗からその穂乃香を裏切るような真似などできるはずがない。

 

「て、テメェ、どうやら痛い思いをしねぇと分からねぇらしいな! おい! このガキを連れて来い!」

 貴臣が一緒に来ていた男子生徒ふたりに命令する。

 運動部にでも所属しているのか、大柄で力も強そうな男子だ。

「は、はい」

「で、でも大丈夫ですか?」

「うるせぇ! 黙って言うこと聞いていればいいんだよ!」

 逡巡した男子達だったが貴臣に怒鳴られ陽斗を捕まえるべく手を伸ばした。

 が、それは陽斗に届く前に一方は殴られたかのように横に弾かれ、もう一方は別の場所から伸びてきた手に掴まれた。

 

「校内で何をしている!」

「……陽斗、無事か?」

 身を守るように身体を丸めていた陽斗は聞き慣れた声に顔を上げた。

 そこには貴臣から陽斗を隠すかのように立ち塞がるふたりの同級生の背中があった。

「桐生先輩、いったい何のつもりです?」

 壮史朗が冷徹な目を貴臣に向けて問いかける。

「っ、天宮か。テメェには関係ねぇだろ!」

「陽斗に、何をしようとしていた?」

「……テメェは確か、武藤とかいったか。そのガキが言うことを聞けねぇっていうから教育してやるだけだ。部外者は引っ込んでろ! 天宮はともかく、テメェの家なんざいつでも潰せるんだぜ?」

 

 言っていることも態度もとても高校生のものとは思えない、ただのチンピラだ。

「できると思うなら好きにしろ。だが陽斗に危害を加えようというのなら相応の覚悟はしてもらう」

 賢弥がそう言って一歩踏み出すと、陽斗を捕まえようとしていた男子生徒ふたりは慌てて数歩下がる。

 陽斗から見ればかなり大柄に見えた男子生徒達だったが賢弥と比べてみると明らかに背も身体の厚みも違う。

 実は賢弥はそれほどレベルが高いとは言えない黎星学園空手部の全中大会で3連覇を遂げた強者であり、同じく中等部からの持ち上がりであるふたりもそのことを知っていた。少しばかり身体が大きくて運動が得意な程度ではどうにもならない実力差に明らかに及び腰になっている。

 ちなみに学年が違うのに貴臣が賢弥のことを知っていたのも中等部で幾度か表彰されていたのを見たからだ。

 

 しばし貴臣と賢弥が睨み合う。

 が、それが続くことはなかった。

 貴臣は粗雑で横暴ではあるが馬鹿ではない。さすがに素手で、それも学園内で賢弥を相手にできると考えるほど自惚れてはいない。

 ましてや相手にはもうひとり、桐生家よりも格上の家柄で本人も学業と運動の両方で中等部の頃から一目置かれる存在であった天宮壮史朗もいる。

「チッ!! まぁいい、今日のところは引き下がってやる。だが忠告はしたからな。嫌な思いをしたくないならよく考えることだ。

 おい! いくぞ!」

 貴臣は忌々しそうに舌打ちし、2人に顎で促すと踵を返した。

 立ち去り際に壮史朗と賢弥を睨み付けていくのも忘れない。つくづく資産家の子息とは思えない態度である。

 壮史朗と賢弥が警戒を解かないまま貴臣達を見送り、その姿が見えなくなったところでようやく陽斗は大きく安堵の息を吐く。

 

「あ、あの、天宮君、賢弥君もありがとう。でも、どうしてここに? 天宮君達は部活だったんじゃ?」

 聞かれたふたりは一瞬顔を見合わせ、溜息混じりに肩を竦めた。

「武道場の板張りの床の一部が割れたから急遽業者が修理することになったらしい。同じ時期に建てられた弓道場もついでに点検するということで部活は中止になった。

 武藤とは途中で出くわしたんだが、別に話すこともないが避ける理由もないから一緒に近くまで来たら西蓮寺が桐生家の馬鹿息子に絡まれているのが見えたんだ」

 壮史朗が簡単に事情を説明する。

 と、同時にさり気なく貴臣に対する毒を吐く。

 どうやら壮史朗も以前から貴臣のことは知っており、なおかつ嫌っているようだ。まぁ、あの通りの性格だからまともな生徒が忌避するのも無理はないだろう。

 

「それで、あの、天宮君と賢弥君は大丈夫なの? あの桐生先輩のお家って、何か凄い家みたいだけど」

 ふたりが来てくれて陽斗は助かった。それは確かだが自分のせいで壮史朗や賢弥に迷惑がかかるというのは申し訳ない。陽斗はそういう性格だ。

「余計な心配だ。天宮の家は桐生家に圧力を掛けられるほど脆弱じゃない。何か仕掛けてきても返り討ちにされるだけだということくらいは程度の低いあの男でも理解できるだろう」

「俺の方も問題ないな。桐生家は悪評が立ちすぎて財界とのパイプはほとんどないし、俺の父親は雇われ経営者で雇用主は桐生とは比較にならない影響力を持っている。直接何かしてくるような度胸もないだろう」

 頼もしい同級生達である。それに壮史朗の言葉がどんどん辛辣になっている。

 

 陽斗はふたりの顔をジッと見て、その言葉に虚勢が混ざっていないことを理解して安心する。そして改めて壮史朗と賢弥に深々と頭を下げた。

「だから、気にするな! 俺達が勝手にやったことだ!」

「ああ、天宮の言うとおりだ。それより、あの男には気をつけろよ。校内でもできるだけ俺か天宮、四条院、セラの誰かと一緒に居たほうが良い。他の連中だと無理を通されるかもしれないからな」

「そう、だな。まぁ、面倒だが、一緒に居るときにあの男が何か言ってきたら僕が相手をしてやるさ。だ、だが、それは僕がアイツを嫌いだからだぞ! 勘違いするなよ!」

「……どんなツンデレだ」

 ストレートに感謝を表す陽斗に照れたのか、壮史朗が奇妙な言動をするが賢弥は呆れたようにボソリとツッコむ。

 そんなふたりを見て、満面の笑顔で友人になれた喜びを陽斗は噛みしめていた。 

 

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― 新着の感想 ―
[一言] 一般家庭の子供達は「高等部入学者は家柄の格とかを中等部より調査される」ってところを知らなくてもまだ話は分かります。 『お金持ち』に憧れる人は『お金持ちが通う学園に入る』という事そのものをゴー…
[一言] 重斗にこのことが知られたらざまあで済みそうにないので心配はしていませんし味方の生徒も頼もしいので ざまあになりそうにない。 女生徒のツンデレはまだですか?
[気になる点] おや? [一言] これは新たな犠牲者(ざまぁ対象)の予感
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