After story4 賑やかな旋律
お待たせしました
今回は華音編です
「くふふふ」
指先が最上級のマシュマロを超える柔らかさにほんの少しだけ沈み込む。
「ぷぅ」
「くふふ」
ちっちゃな、ピアノの鍵盤の先くらいしかない、とても柔らかくて、息吹ひとつで折れてしまいそうなほど繊細な手の平に人差し指を当てると、キュッと確かな力強さで握ってくる。
ウチはその感触に浸って居る間、その手の持ち主がこちらをジッと見つめてくる。
真っ直ぐで、純粋な、わずかの陰りもない吸い込まれそうな瞳。
……なにか、とっても美味しそう。
「あぅ、ばっ、るぅ」
「可愛い。陽斗んそっくり。ママですよぉ~、い、痛たたた、穂乃ちゃん耳がちぎれる」
「なにを教え込もうとしているのですか」
突然ウチの耳に激痛。
涙出てきた。ちょっとした冗談なのに。一割くらい。
「酷い」
「これっぽっちも酷くありません。なにを母親に成り代わろうとしてるんですか。だいたい、貴女がピアノの曲は情操教育に良いから聴かせたいと言ってきたのでしょう」
眦を釣り上げてウチを睨みつける穂乃ちゃんの腕の中にはもうひとりの天使が抱かれている。
こちらも元気いっぱいで手足を機嫌良くバタバタさせている。
そう、このふたりの赤ちゃんは非常に残念なことに穂乃ちゃんと陽斗んの子供なのだ。
陽斗んの子供。
うん、つまりはウチの子供と言っても過言ではない。
「過言すぎます!」
ウチの心の中にツッコまないでほしい。穂乃ちゃんは超能力者なのだろうか。
「全部口から出てます」
あれ?
まぁ、それは置いておこう。
確かに天使たちにウチのピアノを聴かせたくて穂乃ちゃんに声を掛けたのは確かだし。
ちなみに、この天使たちは双子ちゃんである。
見分けがつかないほどそっくりで、やっぱり陽斗んによく似てる。
ひとりがさっきグズりだしたので穂乃ちゃんが抱っこして、もうひとりはポヤッとしてたのでそのまま乳母車(!)の中でコロコロしている。
乳母車、大昔の時代劇に出てくるアレだ。
今でも売ってるって聞いてビックリしたけど、双子が並んで乗っているとその理由がよくわかった。
滅茶苦茶可愛いのだ。
とりあえず断腸の思いで天使のそばから離れ、迎賓館のロビーに置かれたピアノの前に座る。
それなりに稼ぐようになった今のウチでも買うのに勇気がいるような超高級ピアノだけど、滅多にお客さんのこない皇家の迎賓館なので実質ウチ専用だ。
ともかく天使たちに聴かせるのだから一切の妥協も失敗も許されない。
ここで弾くのはひと月ぶりくらいだけど、いつも手入れは完璧になされている。椅子の高さもウチ仕様。
ポーン……
癖で一音だけC4の鍵を鳴らすと、天使たちが興味を持ったのかウチの背中に視線が向けられたのを感じた。
ますます気合いが入る。
まず最初はショパンの夜想曲2番。
ゆったりとした出だしの繰り返される旋律は繊細な赤ちゃんの耳にも心地よく響くはず。
それからドビュッシーの月の光、リストの愛の夢。
癒やしの曲、眠る前に聴きたい曲なんていわれてる、穏やかで優しい曲。
20分ほど弾き続け、余韻を切って天使たちの方を見る。
「眠ってしまいましたわ」
orz……
なんてこった。
「うっとりと聴いていましたわよ。2曲目の終わりくらいまで」
残念だけどウチの演奏がそれだけ天使たちをリラックスさせたと考えれば悪い気はしない。
「ふふ、世界的なピアニストに子守歌を弾いてもらうなんてこの子たちは贅沢ですわね」
「天使たちのためならいつでも何曲でも弾く。もちろんタダで」
むしろ他の奴の曲なんて聴かせるものか。
乳母車の中で並んで可愛い寝顔の天使たちを見ながら、メイドさんが用意してくれたテーブルに穂乃ちゃんと座る。
「忙しそうですけれど、今回はいつまでこっちに居られるのですか?」
穂乃ちゃんの質問に、頭の中のスケジュール表を開く。
真っ白。あれ?
ポケットの手帳を確認。
ちゃんと書いてあった。
「来月の12日までは居る。その後も東京と大阪に二日ずつ行くだけだからすぐもどってくる。天使たちを穂乃ちゃんの独り占めにさせない」
「独り占めもなにも、この子たちはわたくしの子供です」
さては穂乃ちゃん独占禁止法を知らないな。
「まぁ、このところ海外での公演が多かったのですから少し休めそうで良かったですわ」
「ん。しばらくは仕事したくない」
ウチが頷くと、穂乃ちゃんは苦笑しながらも同意してくれた。
黎星大学の芸術学部を卒業してから、いや、本当は黎星学園を卒業してからだけど、実家が仕送りできる範囲の金額で借りられるアパートじゃピアノは置けないから、皇のお爺様にお願いして迎賓館の一室に住まわせてもらっていた。
なにしろロビーの高級ピアノが365日24時間弾き放題。だってウチの他に誰も住んでいないもの。
一応、実家からの仕送りは丸ごとおっかないメイド長の比佐子さんに渡してたけど、部屋はいつも綺麗にしてくれるしご飯も出してくれる(しかも超美味しい)ので到底足りてないはず。
そして大学在学中にどういうわけか国際的なコンクールとかいうので賞をもらい、それからあっちこっちで公演の依頼が来るようになって今にいたる。
正直言って、ウチは別にピアノが弾けて生活できれば仕事なんて気にしないのだけど、まぁ、今の仕事はピアノを弾くことなので望み通りとも言える。さすがに弾きたい曲だけってわけにいかないし、何十時間も飛行機に乗って遠いところまで行かなきゃいけないのは面倒くさいけど。
でも当面は近場の公演とレコーディングくらいで他に仕事は入れないようにしたのでしばらくはのんびり出来るはず。うん。電話の電源も切っておこう。
「そんなに赤ちゃんが可愛いなら、華音さんも結婚なさったら良いでしょうに」
うっ、嫌なところを突いてくる。
「……ウチ、恋愛とか結婚とかいまいちピンとこないから」
これは本心。
一時期は陽斗んへの気持ちが恋愛感情かと思っていたし、実際に穂乃ちゃんと陽斗んが恋人になったり結婚した時はそれなりにショックだったりもしたんだけど、時間が経った今でも陽斗んに向ける気持ちはなにも変わっていないし、穂乃ちゃんに嫌な感情も持っていない。ちょっと羨ましいとは思ってるけど。
多分、もし万が一、陽斗んが穂乃ちゃんじゃなくウチを選んでいたとして、それでウチは十分幸せを感じられたと思う。
けど、よくよく考えてみると、ウチは陽斗んにドキドキしたり、抱かれたいと思ったりしたことはないのだ。
触れられるのは嫌じゃないし、なんなら撫でられるのは好き。
でもそれは性欲とか愛欲とかとはきっとどこか違って、落ち着く、一緒に居たいって気持ちが中心。まぁ、求められればバッチこいだけど。
そもそもウチに結婚願望があるかと訊かれると、多分ない。
家事とかしたくないし、子育てとか旦那の世話とか無理。
「……人それぞれ、ですわね。案外良いお母さんになるような気もしますけれど」
「ウチは愛でるだけ。だから陽斗んと穂乃ちゃんの子供が居れば十分。これからも一生養ってもらうつもりだし」
「今は十分に稼いでいるのでしょう。自立するつもりはないのですか」
「ない! お金はほとんどお父んとお母んに送ってるから」
皇爺ちゃんと陽斗んもいつまでも居て良いって言ってくれてるし、ここなら上げ膳据え膳ピアノ弾き放題ヒャッホーな生活が送れる。死に物狂いでしがみつく所存。
「はぁ、貴女と話をしていると調子が狂いますわ。ですが、スキャンダルになっても知りませんわよ」
未婚女が高校時代からの友人(異性)の家に転がり込んでいる。
うん。知らない人が聞いたら好奇心全開で根掘り葉掘り知りたがるネタだろう。
ウチとしては一向に構わないし、いちいち気にしていない。聞かれたら素直に答えてるくらい。
「陽斗んと穂乃ちゃんに迷惑が掛からないなら別にどうでも良い。それに、陽斗んは穂乃ちゃんに夢中だから心配いらない」
このふたり、学園時代から本当に仲良しで、結婚してやることやってるくせにいつまで経っても付き合いたてのカップルみたいに変わらない。
この間に割り込むのって絶対に無理。
そもそも、陽斗ん絡みのスキャンダルが表沙汰になることなんてあり得ない。そんな命知らずが居るわけないのだ。
「……まぁ、わたくしも気を使わず話せる友人がそばに居てくれるのは嬉しいですわ」
「穂乃ちゃんがデレた」
「また貴女はそんな言い方を」
いつものやり取り。
心地よくて、ちょっぴり淋しくて、それでいて温かい。
「あぅぅ」
「ぶぅ、あっ、だぁ」
乳母車の中で天使が動いたみたい。
「目が覚めたようですわね」
「ん。またピアノ聴かせてあげる」
天使たちの頬をひと撫でして、再びピアノの前に座る。
どんなのが良いかな。
賑やかで楽しい曲。
少し考えて、ウチの指はチャイコフスキーのくるみ割り人形を奏で始めた。
というわけで、今回はここまでです
次回は、……誰にしようか
また少し間が空くかもしれません
ですが!
短編に挑戦してみました!
色をテーマにした現代劇の連作になります
各話に繋がりはなく、1話完結で文字数もそれほどではないので軽く読んでいただけるのではないかと
切なかったり、ほっこりしたり、悲しかったり、優しかったり
そんなほんの少し心が揺れるお話を書いていければと思っています
現在のところ2話ほど投稿しましたが、思いついた時点でのんびりと書き足していくつもりです
是非一度読んでみてください
作者ページから読めます
それと、第7回キネティックノベル大賞で大賞をいただいた「二度目の異世界は周到に」の書籍ががいよいよ発売になります
発売日はまだ確定していませんが、6月刊行を予定しています
日程が決まり次第、再度ご案内させていただきます
今週も最後まで読んでくださってありがとうございました。
そして感想を寄せてくださった方、心から感謝申し上げます。
数あるWeb小説の、この作品のためにわざわざ感想を書いてくださる。
本当に嬉しく、執筆の励みになっております。
なかなか返信はできませんが、どうかこれからも感想や気づいたこと、気になったことなどをお寄せいただけると嬉しいです。
それではまた次回の更新までお待ちください。




