第199話 留学の成果?
8月も後半だというのに日本列島は相変わらずの酷暑が連日報じられている。
とはいえ、海辺まで行けば多少は風が涼しく感じられる程度にはピークが過ぎていて、泳ぐには最適な気候と言えなくもない。
陽斗がイギリスから帰国してすでに4日ほど経っているのだが、高校最後の夏休みを留学だけで済ませるのは少しばかり淋しいだろうということで友人たちと一緒に海に遊びに来ているというわけである。
といっても昨年のように別荘へ、というわけではなく皇邸から車で1時間ほどの場所に、日帰りでだ。
翌週から新学期が始まるため日程的に余裕がないということもあるのだが、主な理由は一ヶ月も陽斗が不在だった皇邸の使用人たちが外泊に断固反対したからだったりする。
ともかく、そんなわけでやって来た海だが、急に決まったことでもありさすがに貸し切りというわけにもいかずに来たのは一般の海水浴場だ。
ただ、時期的にシーズン終わりの平日ということもあってそれほど混雑していないし、陽斗にとっては普通の海の家などが新鮮らしく興味深げにキョロキョロしている。
「たっちゃん、そんなに水着の女の子探してちゃ彼女に怒られるぜ」
「みっ!? そんなの見てないよ!」
光輝がニヤニヤと意地悪な笑みで揶揄うと、陽斗は顔を真っ赤にして首をブンブンと振る。
海水浴場なのだから当たり前だがここに居る人たちは水着姿の人がほとんど。しかも、平日なので来ているのは夏休み中の学生が大半だ。
当然女の子も多く、光輝の言葉でそれに思い至った陽斗は顔を上げられなくなってしまった。
ちなみに、周囲の大人の大部分を占めているのは、さりげない風を装っているつもりの警備班の面々だ。無駄にマッチョで逆に目立っていたりする。
「飲み物を買ってきたぞ、って、西蓮寺どうかしたのか?」
両手にペットボトルを持って歩いてきた壮史朗が耳まで赤くして俯く陽斗を見て首を捻る。
「……おおかた門倉が揶揄ったんだろう」
同じく手に飲み物を持った賢弥がズバリ正解を言い当てる。
「ってかさ、たっちゃんあんな美人と付き合ってるのに免疫なさ過ぎってどうよ」
「仕方がないだろう。西蓮寺も四条院も異性関係は小学生レベルだからな」
いまさらである。
違う学校に通っている光輝は陽斗と穂乃香の仲が進展してるだろうと思っていた。というか、普通はそう思う。
だが同じ学校、同じクラスの壮史朗と賢弥は毎日のように初々しいを通り越してナメクジ並みにじれったい上に無自覚に背中が痒くさせるやり取りを見ているわけだ。
なので、光輝の指摘に苦笑を浮かべて肩をすくめるしかない。
「おまたせぇ!」
「お、遅くなりましたわ」
そうこうしているうちに女性陣が合流する。
真夏のビーチ、ということで水着である。
セラは胸元に結び目のある朱色のビキニ姿、穂乃香のほうはフリルのついた純白のビキニに同色のパレオを巻きパーカーを羽織っている。
「ニヒヒぃ、天宮君、どうよ私のみ・ず・ぎ!」
「ふ、ふん! 感想は武藤にでも聞け!」
セラがわざとらしく壮史朗の前でポーズを決め、壮史朗は不機嫌そうにそっぽを向く。が、耳の先っぽが赤くなっているような気がしないでもない。
「え~? 賢弥に聞いても『別に。良いんじゃないか』しか言わないんだもん。それに今さら賢弥に褒められてもねぇ」
セラにとって幼馴染みで家族ぐるみの付き合いのある賢弥は兄妹のような感覚ということはこれまでにも話している。実際、セラの壮史朗のやり取りに賢弥は呆れたように肩をすくめるだけだ。
「陽斗さん、どう、ですか? 新しい水着なのですけど」
「あぅ、そ、その、とても、き、綺麗、です」
穂乃香は陽斗と向かい合い、お互い顔を真っ赤にして恥ずかしがっている。
「……なんか、思いっきり水をぶっ掛けてやりたい」
「気持ちはわからんでもないが、やめておいてやれ」
少し離れたところから見ていた光輝と賢弥は小さく溜め息を吐く。
ある意味お約束の寸劇を繰り広げた面々だが、今回一緒に来ることになったのは穂乃香とセラ、壮史朗、賢弥、光輝の5人に加えて、
「Hi! コーキ!」
燃えるような赤い髪と真っ白な肌、それに加えて豊かな胸と細く高い腰、東洋人にはまず居ないほど長い足を惜しげもなく晒し、目のやり場に困るほど面積の小さな水着姿という海外のグラビアにでも出てきそうなビジュアルで駆け寄ってきたのはアメリカの大富豪フォレッド家の令嬢、ジャネットだ。
「なんかジャネットって、ズルいわよね」
「What!? どうしてワタシがズルいの?」
「だって、何よそのプロポーション! ボンキュボンどころじゃないじゃない! 見てみなさいよ周りの男どもの視線を!」
「陽斗さんは見ちゃ駄目です」
セラの嫉妬丸出しの言葉が大きかったのか、周囲の関係ない女性たちまでがウンウンと頷いている。
他にも彼女らしい女性から脇腹に強烈なレバーブローを食らって崩れ落ちる男性や、ジャネットを見過ぎて蹴躓く奴もチラホラと。
ちなみに穂乃香に後ろから目を塞がれ、背中の感触にさらに身動きできなくなった陽斗は彼女の姿を見ていない。
そんなわけで陽斗を含めた7人で遊びに来ている。
他に華音と巌にも声を掛けたのだが、華音は「日に当たると溶ける」という理由で、巌は妹を遊園地に連れて行くと約束していたらしく申し訳なさそうに断っていた。
『それで、プリンスは留学どうだったの?』
『あ、えっと、すごく楽しかったし、勉強になったよ』
『写真見たけど、スッゲぇ可愛い娘も居たよな。たっちゃん口説かれたりしたんじゃないか?』
『陽斗さん、そうなのですか?』
『そ、そんなことないよ! みんな凄く真剣に勉強に来てたし』
穂乃香から半ば強引にラッシュガードを着るように言われ、唇を尖らせながら従ったジャネットだったが、何か思いついたようにニンマリと笑うと唐突に英語で陽斗に話しかけた。
が、陽斗はごく自然な様子でそれに言葉を返す。
「……西蓮寺は随分英語が上達したな。普通は一ヶ月程度じゃ話せるほどにはならないと思うが」
陽斗に合わせるようにか、光輝や穂乃香も英語を話し始めたが、その様子に壮史朗が感心したように言う。こちらは日本語だ。
「元々陽斗は筆記の点数は良かったからな。語彙や文章力があるんだから話すことに慣れればそのくらいの力はあったんだろう」
「それはそうかも。っていうか、陽斗くん、変わったよね。イギリスに行く前はもっと、ん~、言葉を選んでたっていうか、必要以上に相手に気を使ってた感じがしてたけど」
重斗や穂乃香は陽斗との距離が近すぎて逆に気がついていなかった変化を、久しぶりに会うセラは感じているようだった。
実際、大山以外に知人が近くに居ないという状況は、陽斗が望んだように甘えが通じない環境となった。
特に日本と違い海外では対人関係で積極性が求められるため、ホームステイ先でも語学学校でもできるだけ物怖じせずに話しかけるように心がけていた。
どちらかというと人見知りの傾向があった陽斗も多少改善したということだろう。
『プリンス、すっごい綺麗なイギリス英語ね。それなら社交界でも通用するわよ』
『陽斗さんは努力家ですから』
『たっちゃん真面目だからなぁ。ってか、俺はジャネットからスラングばっかり教わってるんだけど?』
『ワタシはワイルド系が好きなの。それにコーキがお上品にしゃべるのってイメージに合わないし』
『あはは、ありがとう。英語圏の人にそう言ってもらえるなら留学した甲斐があったよ』
「ん~と、僕がいつまでも自信なさげにしてるときっと不安に思う人も居ると思うから、お祖父ちゃんの仕事を手伝うには態度くらいは変わらなきゃって思って」
英語と日本語が目まぐるしく変わる会話だが、陽斗は戸惑うことなく聞き取り、返していく。
「多少は自覚ができたってことだろうさ。皇氏の後継者として」
壮史朗の言葉に陽斗は小さく頷く。
「まだまだ足りないことばかりだけどね。はやく穂乃香の兄や壮史朗の兄みたいになりたいよ」
「……目指してる先が間違ってるぞ」
陽斗の身近にいる大企業の後継者(男)はそのふたりだが、どちらも陽斗とはタイプが違いすぎるので壮史朗のツッコミも当然だ。
「あっ、そうそう、グランパからプリンスとMr.スメラギに伝えておくように言われたの忘れてたわ」
ひとしきり会話を楽しんだ後、泳いだり海の家で微妙な味の焼きそばやラーメンを楽しんだり、ビーチバレーに興じたりしているうちに日が傾き始めたので帰る準備をすることにした。
着替えは陽斗の家が用意したキャンピングカー(改造マイクロバスシャワー完備)で女性陣から。
全員が着替えと帰る準備を整えた頃、思い出したようにジャネットが口を開いた。
「ジェイクさんが?」
「So! プリンスはグランパのお気に入りだからね。お節介を焼きたいみたい。近いうちに日本にも来るって言ってたわ」
「さっさと本題入れよ」
脱線しそうになるジャネットを光輝が慣れた様子で窘める。
「えっと、大陸系の資本がアメリカ企業を経由して日本のいくつかの企業の株を集めてる。素材系と先進設備機械系だが、かなり不自然な買い方をしているから注意するように。それから、アメリカ国籍を持つ東洋人がスメラギ、シジョウインが出資している会社にかなりの数入り込んでいるって。データのアクセスはココね。パスワードは後からメールするわ」
彼女はそう言いながらカードケースから一枚のメモを取り出して陽斗に渡す。
そこにはオンラインストレージと思われるアドレスが書かれていた。
そしてジャネットの言葉に反応したのは陽斗よりもむしろ穂乃香と壮史朗だ。
「ジャネットさん、それはジェイク・フォレッド氏が言っていたのね?」
「間違いないのか?」
「Yes.調べた方が良いんじゃない?」
途端に表情を硬くしたふたりにどこか面白がっているような表情をジャネットが返した。
そんな彼女たちの態度を見て、陽斗はよくわからないまでも帰ってからすぐに重斗に相談しようと決めたのだった。