第189話 留学生活スタート
イギリスはニュージーランドと並んで語学留学の人気国である。
日本のみならず世界中の国から数多くの留学生を受け入れていて、短期から長期まで様々なプランに対応した語学学校がいくつもある。
『ようこそオックスフォード・イングリッシュ・スクールへ。皆さんの入学を歓迎します』
オックスフォードの中心部にあるクイーンズカレッジにほど近い建物にある語学学校には陽斗の他に30人ほどの留学生が集められていた。
東洋人も10人ほど居たが、中東出身と思われる人や黒人、ポリネシア系の人も居てかなり国際色豊かだ。
残念? なことに、日本人は陽斗以外には居ないようで、東洋人の多くは中国人や韓国人のようだ。
ある程度年齢別にカリキュラムが組まれているのか、留学生は皆10代くらいの若者ばかりで、その点に関しては陽斗はホッとしている。
とはいえ、その中でもやはり陽斗の幼く見える外見は注目を浴びていたようだ。
『ねぇ。留学生、だよね?』
『は、はい』
『小っちゃいのにすごいね。年齢はいくつなの?』
『えっと、17歳です』
『はぁ~!?』
『嘘だろ?』
「Unbelievable!!」
「Oh my God!!」
……掴みは十分のようだ。
語学留学というのもいくつか種類があり、語学力によって超初心者向けや多少の日常会話がこなせる人向け、ビジネス会話や専門用語を交えた上級者向けなどがある他、週20時間のコースや朝から夕方までびっしりとカリキュラムをこなすコース、週10時間のバカンスの片手間に受けられるコースなど多様なニーズに合わせたものが用意されている。
陽斗はその中でも中級者向けで週に20時間、午前中の授業を受けるコースに申し込んだ。
リスニング、リーディング、ライティング、スピーキングの4技能をバランスよく学べる人気のコースらしく、午前のカリキュラムを終えると午後はフリーになる。
なので、陽斗はその時間に別の形で現地の人と交流することになっている。
『はいはい! 留学生同士の交流も大切ですが、それは授業が終わってから存分にしてください。皆さんは大切なお金を払って我が語学学校に入校されたのですから時間を無駄にしないためにも早速授業を始めます』
しばらくは互いに自己紹介したりたどたどしく会話する留学生たちの様子を微笑ましそうに見ていた語学学校の講師だったが、切りの良いところで手を叩いて中断させる。
陽斗も急いで空いている席に座り、事前に配られたテキストをカバンから取り出した。
たった一ヶ月、それも週五日半日だけの講義とはいえ集中的に英語を勉強するためにテキストやリスニング用のDVDなどそれなりのボリュームがある。
『それでは講義を始めますが、ここに居るのは英語である程度の日常会話ができる人が多いということですので、まずは自己紹介から始めましょう。名前と出身地、好きなことと嫌いなこと、英語を学んで何をしたいのかを順に話してみてください。英語の表現がわからなければタブレットや電子辞書で調べても構いません。準備時間に20分与えますが、その時間を過ぎたら、他の人の自己紹介をしっかりと聞き取るように』
講師の女性は留学生たちの顔を見ながら1音1音区切りつつハッキリとした発音で指示を出す。
大げさなくらい口を大きく動かしているので聞き取りやすく、陽斗もしっかりと理解できた。
他の留学生たちも同じらしく、余裕そうな表情の人も居ればタブレットやスマートフォンを取りだして調べたりしている。
陽斗も指示された自己紹介の内容をノートに書き出し、その下に自分が話す内容を書いていく。
1年生の頃から穂乃香に教わっていたため陽斗の英語の文章力はかなりの水準だ。電子辞書などの力を借りることなく、15分ほどで完成させることができた。
他の人たちもほとんど準備ができたのを確認して、順に自己紹介が始まる。
『ハン・レイフォです。中国から来ました。え~、好きなことは、食べること。嫌いなのは国に帰ること。将来はイギリスかアメリカで仕事と結婚をして、そこの国籍をとることです』
『ベルナ・イルハンです。トルコのイスタンブール出身です。好きなことは祈ること。嫌いなのは差別する人。英語を学んで国際金融の仕事に就きたいと思っています』
『ネルソン・アルカサル。マドリード出身。好きなのはサッカー。嫌いなのは特にない。英語を学んで映画俳優になるのが目標』
一部危険な発言をした人も居たようだが、順調に自己紹介が進み、陽斗の番になる。
『えっと、日本から来た西蓮寺陽斗です。好きなことは料理を作って誰かに食べてもらうことです。嫌いなのは、その、何もすることがないこと、かな? 英語を勉強してしたいことは、お祖父ちゃんの仕事を手伝いたいと思っています』
話す内容を書いたノートをチラチラと見ながら、できるだけハッキリと話すと、何故か周囲の留学生たちが微笑みながら拍手をしてくれていた。
『はい。しっかりとした発音でとても聞きやすかったですよ。時々アメリカ英語が混ざってしまうようなので留学の期間内に直せるよう頑張りましょう』
完全に小さな子供が頑張っているのを温かく見守っているという空気になっているのだが、陽斗はそれに気づくことなく褒められたことを素直に喜ぶ。
自分に向けられる感情に敏感とはいっても、好意や悪意、善意や害意がわかるだけで、好意の内容まで感じ取れるわけではないということだ。
ともかく、陽斗の番が終わっても留学生たちの自己紹介は続いていく。
『マイヤ・スヴィーニンと申します。ジョージアから来ました。好きなものは可愛いもの。嫌いなのは醜いものですね。父が会社を経営している関係でイギリス英語を学ぶために留学してきました』
陽斗の次に自己紹介したのは、20歳くらいに見える綺麗な女性だ。
東欧系の整った彫りの深い美貌と背が高くメリハリのあるプロポーションで、まるでモデルか有名女優のような華やかさを持っている。男性留学生たちが思わず口笛を吹いているほどだ。
英語の発音もネイティブと言われても違和感がないほど自然で、語学留学生とは思えない。
そんな彼女だが、どういうわけかその視線は講師の女性ではなく陽斗のほうに向けられている。
『スニル、といいます。好きなのは勉強すること。嫌いなのは貧しいことです。しっかり学んでいい企業で働きたいです』
最後に自己紹介したのは、どこか自信なさそうな表情の南アジア系の青年だ。
背の高さは普通といった感じだが、かなり痩せていて、それでいて目は真剣を通り越してギラギラしている。
よほどの秘めたる覚悟がありそうだが、それにしては1ヶ月の短期留学というのが不思議な印象だ。
『はい、皆さんありがとうございました。皆さんが事前に十分に英語を学んでいることがわかる素晴らしい自己紹介でした。明日からはシチュエーションごとに例題を出しながらリスニングとスピーキングを学んでもらいます。それから議題を出してのディスカッションも行っていきますので事前準備を怠らないようにしてください』
短期留学、特にこの語学学校のように集中的にカリキュラムを組んだコースに参加する留学生は学習意欲が高い人ばかりだ。
自己紹介でもわかるとおり、様々な地域から短期間に多くのものを得るために真剣そのものの表情で講師の言葉に耳を傾けている。
それから1ヶ月間の詳細なカリキュラムと学習の進め方などの説明を受けてこの日は解散となった。
午後はホームステイ先のアランと一緒に別の場所に行くことになっている陽斗も荷物をカバンに入れて教室を出ようとした。
のだが、陽斗が立ち上がった途端、数人の留学生に囲まれて質問攻めに遭ってしまったのだった。
特に、自己紹介で可愛いものが好きだと言っていたジョージア出身のマイヤの鼻息が恐かったらしい。
『お疲れさま。……本当に疲れてそうだけど、大丈夫かい?』
『あ、あはは、だ、大丈夫です』
語学学校の前に駐めた車の前で講義が終わるのを待っていたアランが、予定よりも遅く建物から出てきた陽斗の様子に苦笑しながら訊ねる。
実際、陽斗は服も髪も乱れていないもののヨタヨタとした足取りで、すぐそばにいる大山は歩き始めたばかりの赤ちゃんを見守るパパのような心配顔でいつでも抱き上げられるように中途半端に手を伸ばしていたりした。
といっても、予想外の質問攻めだけで、特に何かされたわけでも嫌なことを言われたわけでもなく、あまりの勢いに圧倒されて気疲れしただけなのだ。
アランが開けてくれた車のドアの前で背伸びをしながら大きく息を吸って気持ちを取り戻すと、いつもの笑顔を見せる。
『軽く何か食べてから目的の場所に行こう。スコッチエッグとクランブルの美味しいお店があるから楽しみにしてくれ』
『はい!』
陽斗の頭を撫でながらアランがそう言うと、陽斗は元気に返事をしたのだった。
というわけで、今回はここまでです。
いよいよ留学生活がスタートしたわけですが、いろいろと個性的な留学生たちに囲まれることになりそうです。
えっと、
前回の投稿で告知していて、活動報告にも記載したのですが
新作小説の投稿を開始しました。
タイトルは
「嫁取物語~婚活20連敗中の俺。竜殺しや救国の英雄なんて称号はいらないから可愛いお嫁さんが欲しい~」
現地主人公、転移・転生・チート・ハーレム無しのコメディ系ライトファンタジーとなります。
以下あらすじ
「 大陸東部を中心に広大な版図を持つアグランド帝国。
数多く居る貴族の中でもそれなりの地位に居るレスタール辺境伯領の次期当主として生まれた俺、フォーディルトは贔屓目に言っても結構恵まれていると思う。
厳格な身分制度のある帝国で、しかも跡取り。
貴族の子女が通うことを義務づけられている帝都の学院でもそれなりの成績を上げているし、腕っ節も一目置かれている。
なのに、だ。
何故かモテない。
学院と、最低限の職務を終えて辺境伯領に帰るまでにどうしても結婚相手を探さなきゃならないんだが、今では名乗る前に女の子たちに距離を置かれてしまう始末。
確かにレスタール辺境伯領は帝都から遠く離れたド田舎で、口さがない連中から山猿などと呼ばれているが、条件は決して悪くないはず。
それに俺自身だって、そりゃあ都会的な美男子ってわけじゃないがそれほど悪くない、はず。……少し、ほんの少しばかり背が低いのはあるが。
そんなわけで、これは俺が理想のお嫁さんを見つけるまでの道のりを辿った物語である。
まぁ、その途上で成り行きからドラゴンと戦う羽目になったり、帝国で勃発した内乱をなんとかしたりして無駄に有名になってしまったけど、初志貫徹!
優しくて穏やかで可愛らしいお嫁さんを迎えるために奮闘する。」
こんな感じのお話になります。
是非一度読んでみていただけると嬉しいです。
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相変わらずあまり感想返しはできないと思いますが、どうかよろしくお願いいたします。
それでは、また次週までお待ちください。