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第188話 新年特別SS 閑話 幸せの風景

 地方都市のさらに外れにある小さな神社。

 誰もが知る有名な神社の分社だが、普段は時折散歩がてら立ち寄る人が居る程度の静かな場所なのだが、そんな所でも正月ばかりは沢山の人で賑わう。


「かあさま、はやくはやく!」

「ととさま、おそい!」

 神社の鳥居の手前で後ろを振り返りながらぴょんぴょんと跳ねるふたりの子供。

 片方は淡い紫色の葵の花が描かれた振り袖の女の子。もう片方は藍色の羽織袴の男の子だ。

 双子なのだろう。

 子供らしい明るい笑顔はよく似ていて、男の子のほうは少し勝ち気な印象を受ける。女の子のほうは仕草もどこか大人しい。

(とう)()()()()、慌てては転んでしまいますよ」

「ふたりとも元気だなぁ。危ないから周りを見なきゃ駄目だよ」


 双子に追いついた男女の言葉に、子供たちは「はーい」と返事をするもののあまり効果はなさそうだ。

 その様子に、その男女は顔を見合わせて苦笑を浮かべる。

「穂乃香も足元に気をつけてね」

「心配しすぎですわ」

 気遣わしげに手を差し出す陽斗に、穂乃香はそう返しながらも微笑んで自分の手を重ねる。


 黎星学園に通っていた頃の穂乃香も気品溢れる美少女だったが、すっかり大人になった今は年齢に相応しい艶と母性を感じさせる美しさが際立っていた。

 その傍らの陽斗だが、学園生だった頃よりも背は伸びて、今では平均より少し小柄と言うくらいになっている。のだが、童顔なのは相変わらずで、それを補うためか穂乃香が落ち着いた留め袖姿なのに対して陽斗はフランネルのスーツ姿だ。

 そしてふたりの左手薬指には同じデザインの指輪がはめられている。


「もう! かあさまもとうさまもはやくいこうよ!」

「あきほがつれていく!」

 痺れを切らした双子がそれぞれの手を引っ張る。

「あはは、ごめんごめん」

「はい。それではお参りして御神籤を引きましょうね」

 グイグイと引っ張る子供たちに合わせて参道の左側を歩いて本殿へ。

 参拝の列に並んで、和気藹々と言葉を交わしながら順番を待つ。


「えっと、やった! 大吉!」

「えぇ~! とーまずるい。わたしは、なんてよむの?」

「末吉、だね。末広がりで、これからどんどん良くなるよって意味だよ」

「わたくしは、吉、ですわ。これからも穏やかな日々が続いてくれそうですわね」

「ととさまは?」

「僕は、あれ? 2枚入ってる、けど、どっちも大吉だ」

 御神籤の種類と意味はいろいろあるが、わりと神社によって解釈は違うもので、結局は楽しめればそれが一番だ。


 陽斗たちは引いた御神籤を境内に用意されていたおみくじかけに結んでから神社を後にする。

 帰る場所はもちろん皇のお屋敷だ。


「ただいま!」

「た、ただいまもどりまひた」

「おかえり、亜葵穂、斗真。寒くなかったか?」

 リビングに入ると重斗が満面の笑みで出迎え、そのままふたりを抱き上げる。

 厳しさが前面に出ていた顔は曾孫を前にして緩みまくり、好々爺としか表現のしようがない。


「無理して抱き上げたりしてまた腰を痛めても知らないわよ」

 呆れた顔で窘めているのは桜子だ。

 彼女もとうに還暦を過ぎているはずなのだが、いまでも人前に出る機会が多いからなのか、年齢を感じさせない若々しさを維持している。


「あっ、おおおばさま、あけましておめでとう!」

「さくらこさん、おめでとうございます」

 相変わらず朝が苦手なせいで初詣に出かける前には会えなかった桜子を見た双子は重斗に抱かれたまま新年の挨拶を口にする。

 ちなみに、桜子と双子たちの関係は、正式には曾祖叔母(そうしゅくぼ)(そう)(てっ)(そん)になるのだがわかりにくい上に呼びにくいということで、大叔母、もしくは桜子さんと呼ぶように言われている。


「さぁ、ふたりにお年玉よ。無駄遣いしないようにね」

「おおおばさまありがとう!」

「ありがとうございます! ととさま、さくらこさんにもらった!」

 重斗に降ろしてもらった斗真と亜葵穂は桜子が渡してきたポチ袋を嬉しそうに受け取って陽斗と穂乃香に見せる。

 おそらく多くの家庭で今でも繰り広げられている光景だろう。

 まだ小学生低学年の子供に縦に立ちそうな分厚いご祝儀袋を渡そうとしたどこぞの老人は趣というものを理解していないのだ。

 当然、それは孫と孫の嫁によって強めに窘められたのだが。


「んにゃぁ」

 双子が桜子にもらったお年玉で買いたいものを口々に穂乃香に話していると、真っ白な身体を揺らしてトテトテと歩いてきたレミエがソファーに飛び乗り、斗真と亜葵穂を見つめて目を細める。

 すっかり老猫となり、動きものんびりしてきた彼女だがまだまだ食欲もあり、時々双子たちとも遊んだりしている。

 彼女にとっても双子は孫のように思っているのか、一度として爪を立てたりすることはなかった。

 もちろんふたりもレミエのことは大好きで、小学校入学前までは一緒にお昼寝をしている姿をメイドたちが遠くから萌えながら見守っていたり。


 カチャ

 団欒の中、リビングのドアが開いて入って来たのは高身長でがっしりとした体格を黒のモーニングコートで包んだ偉丈夫が入って来た。一緒に振り袖姿の女性も。

「陽斗さま、年賀状が届きましたよ」

 そう言って分厚い年賀状の束を差し出した女性、彩音とその後ろの男、賢弥に陽斗は呆れたような目を向ける。


「ありがとう。でも、彩音さんも賢弥君も今日はお休みじゃなかったの?」

「別に仕事しに来たわけじゃないですよ。でもひとりで部屋に居たってつまんないじゃないですか。だから、せっかくなので新しく買った晴れ着を見せようと思って」

「貴女ねぇ、振り袖って、歳を考えなさいよ。いい加減痛いわよ」

「未婚なんだから良いじゃないですか! なんですか? 行き遅れのババアが無理しやがってとか思ってるんですか? 悪かったですね! 好きで結婚しなかったわけじゃないんですよ!」

 桜子の指摘にキレ散らかす彩音だが、周囲の見る目は残念なものを見るソレだ。


 この残念弁護士メイドは、見た目だけはかなり高レベルなのでこれまでに何度も男性から声を掛けられる機会はあった。

 この皇邸に勤める警備班員や料理人たちからも何度もデートに誘われているのを陽斗たちも知っている。

 のだが、彩音はそのことごとくを突っぱねて独身街道を突き進んでいたのだ。

 本人曰く、陽斗のような男性と結婚したいとのことだが、どう考えても無茶な望みである。


「俺は、正直実家に帰るよりもここで仕事をしていた方が楽だからな。正月は家族が全員集まるし、妹も子供が生まれたばかりで里帰り中だ。煩くて敵わん」

 学生の頃から変わらない仏頂面でそう言う賢弥だが、その目は穏やかで、口にするほど煩わしく感じているわけではないのだろう。実際、少なくとも月に一度は休日に実家へ顔を出しに行っているようだ。まぁ実際、弟と妹がそれぞれふたりの5人兄弟で、全員が実家に集まれば賑やか過ぎるくらいだろう。

 そして、彼がここでモーニングコートを着ている理由だが、賢弥は黎星学園高等部から陽斗と同じく黎星大学経済学部に進学し、その卒業と同時に皇家に執事見習いとして雇用されたのだ。


 一年遅れで同じくこの屋敷の警備班に入った大隈巌と共に、本格的に重斗に付いて活動し始めた陽斗を護衛する傍ら、和田に執事としての教育を受けることになった。

 最近では時折指示を仰いだり助言を受けたりするくらいで、屋敷の管理のほとんどをこなしている。

 もちろん当初は陽斗も戸惑った。

 賢弥であれば大学卒業後、大手企業へ就職することも難しくないし、父親は雇われとはいえ大手企業の経営者だ。

 

 なので、賢弥の勤務初日。

 今と同じモーニングコート姿の賢弥が和田の隣で恭しく頭を下げてきたときに驚きの声を上げることになった。

 本人が理由が語ったところによると、単に企業に務めるよりも給料が良かったことと、生来の無愛想さを自覚しているために会社で上手くやっていく自信がないということだったが、その言葉が本心だったのか、仮に本心だったとして、理由がそれだけだったのかは本人にしか知り得ない。

 ただ、陽斗としては嬉しいことに変わりはなく、雇用主、被雇用者としてではなく、学園の頃と同じ態度で接して欲しいと頼んで今に至っている。


「まぁ、後日改めて休みを取ってもらえば良いですわ。それはそうと、アナタ宛ての年賀状も年々増えてきますわね」

 穂乃香がそう言って陽斗に彩音から渡された年賀状の束を差し出す。

 数百枚はありそうなそれを受け取り、陽斗は苦笑いを浮かべるしかない。

 陽斗はすでに重斗が関わった事業の大部分を引き継ぎ、自分で始めた事業もいくつか稼働している。

 重斗は周囲に陽斗に家督を譲ったと言って半ば隠居生活を楽しんでいるくらいだ。

 まぁ、家督などと言っても昔と違い特に儀式などを行う家柄はほとんどなく、本人たちの言葉と周囲の認識の変化があるばかりだし、まだまだ経験不足な陽斗は多くのことを祖父に頼っているのだが。


「あっ、大沢社長から来てる。最近会ってないからまた会いに行きたいな」

 中学時代の陽斗の恩人、大沢は数年前に新聞販売店を廃業し、今は陽斗が出資した児童養護施設の所長を務めている。

 愛情深く面倒見の良い彼の人柄は入所児童や地域の人たちから慕われていて、お願いした陽斗は感謝しきりだ。もっとも、本人は時代の変化で新聞が売れなくなり廃業した自分を拾ってやり甲斐のある仕事を任せてくれたとうれし涙を流していたらしい。


「こちらはセラさんからですわね。まぁ! 娘さんはもう3歳ですか。女の子は父親に似ると聞きますが、いまのところ顔立ちはセラさんに似ているかしら。目つきが父親譲りでなくて良かったですわ」

「またそんなこと言って。天宮君はイケメンだから父親似でもきっと美人さんになるよ」

 学園時代と変わらず辛辣な評価をしている穂乃香に、陽斗はクスリと笑って窘めた。

 セラが大学進学して半年ほど経った頃、壮史朗と交際が始まったらしい。

 皮肉屋の壮史朗と、裏表がなく明るいセラは相性が良かったようで、彼が天宮家系列の会社に就職して数年後に結婚した。

 結婚後もセラは仕事をしていたのだが妊娠を切っ掛けに退職。今は専業主婦として壮史朗を支えている。そして第2子を妊娠中だという。


 他にも親しくしていた3人の男子生徒はそれぞれ家を継いだり、系列の会社に就職して日々忙しくしているらしいし、ジュエリーデザイナーの道へ進んだ友人も居る。

 黎星大学の音楽科に進学した華音は、在学中にいくつものコンクールで受賞し、順当にピアニストとして活躍している。もっとも彼女の場合は隙があれば皇家に入り浸り、陽斗に養ってくれと要求しているので、あまり変わっていない気がする。

 幼馴染みにして親友の光輝はというと、陽斗の秘書的な仕事をしながらも主にアメリカ企業との交渉役として飛び回っている。

 ジャネットとの関係は相変わらずのようで、陽斗たちから見て奇妙な関係のまま親しくしているようだ。


 黎星学園では同じ場所に通い、机を並べて学び、集まって様々なイベントを楽しみ、他愛のない話で盛り上がった。

 今では別の場所で暮らし、それぞれの道を歩んでそうそう会うこともできていない。

 だが、陽斗は目を閉じればいつでもあの頃の光景が鮮やかに浮かび、声も、話した内容も色あせることなく思い出すことができる。

 会いたいときに会えない少しばかりの淋しさはあれど、絆とも呼べる繋がりは今もあの頃のままだ。

 陽斗は改めて、今や愛する妻、そして何よりも大切な我が子の母となった穂乃香の顔を見つめて喜びを噛みしめる。

 その視線に気づいた穂乃香も、その目に込められたものを感じ、愛情のこもった微笑みを返した。


「あぁ~! またとうさまとかあさまがイチャイチャしてる! ダメだよ、かあさまはぼくのなんだから!」

「ととさまはわたしのなの! かあさまは2ばんめ!」

 お年玉の使い道で盛り上がっていたはずの双子が陽斗と穂乃香の間に割り込む。

 その微笑ましい光景に、重斗と桜子の笑い声がリビングにこだました。



「ん……」

 ぼんやりとした意識のまま瞼を開く。

「あ、お目覚めになりました?」

 優しい声とそっと頭を撫でる感触。なにより自分の顔を覗き込んでいる穂乃香の顔の近さに、陽斗の頭が一気に覚醒する。


「あ、あれ? 穂乃香、さん?」

「ふふ、よくお休みでしたよ。疲れが溜まっていたのでしょう、映画の途中で眠ってしまわれましたわ。寝苦しくはありませんでしたか?」

 慌てて身体を起こそうとした陽斗の胸を手で制し、悪戯っぽく微笑む彼女に陽斗は顔を赤くする。

 と、同時に、後頭部がとても柔らかなものに乗せられていて、穂乃香が横から覗き込んでいるような体勢で、自分が膝枕をされていることに気がつく。


「あ、あの、ご、ごめんなさい」

「どうして謝られるの? 陽斗さんの寝顔を間近で見られてわたくしは嬉しいですわ」

 言葉だけは平然と、それでいて恥ずかしそうに頬を染めた穂乃香を見て陽斗はますます顔が熱くなる。


 定期試験が終わり、昼頃の帰宅となったふたりは息抜きにと一緒に陽斗の自室で映画と見ることにした。

 のだが、内部進学のためにも成績を落とすわけにはいかないと連日遅くまで勉強していた陽斗は途中で寝てしまったようだ。

 そのことを申し訳なく思った陽斗だったが、穂乃香にとっては一緒に居られれば映画など大した問題ではなく、それどころか無防備に眠る陽斗を飽きもせず見つめたり頭を撫でたり、頬をそっと(つつ)いたりして幸せな一時を過ごしていた。


「それより、何か夢でも見ていたのですか?」

「え?」

「いえ、寝ている間、とても嬉しそうに微笑んでいたので」

 穂乃香の言葉に、陽斗はすでにおぼろげにしか記憶に残っていない夢を思い浮かべる。


「えっと、あまり覚えていないんですけど、とても幸せな夢を見ていた気がします。その、穂乃香さんやお祖父ちゃん、桜子さんたちが居て、みんなが笑ってる」

「そう、ですか。それはきっと正夢になりますわ」

「そうかな? うん、きっとそうだね」

 穂乃香の言葉に陽斗も頷く。


 それは遠くない未来に実現するであろう光景。

 陽斗が心から願い、叶えるために努力し続ける道の先にあるものだ。

 


はい、すみません、夢オチでした!

いや~、使い古された手ですが、書くのは楽しかったです

とはいえ、陽斗くんたちが成長したその先を想像できたのではないかと


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― 新着の感想 ―
彩音さんはアラフォーかな? 俺が貰おう
穂乃香さんと結婚して子が出来て、お祖父ちゃんまで健在な世界、ですかぁ。
夢バージョンを外伝的に続けて欲しい。 二つの時系列を楽しみ読みたいです。
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