第186話 いざ、英国へ!
高校3年生の1学期はかなり慌ただしい。
部活動に新入生が入るので最上級生として指導しなければならないし、生徒会でも同様だ。
生徒会主催のチャリティーバザーや夏休み最初のオリエンテーリングの準備といった恒例の行事に加えて、進路指導も本格化している。
もちろん授業や定期試験に進学のための模擬試験などもあって、日々があっという間に過ぎていく。
我等がマスコット、陽斗はというと、もちろん相変わらずの一生懸命さで仕事をこなしつつ、新入生に間違えられて1年生の男子に怒鳴りつけられたり、会って間もない女子生徒に連れ帰られそうになったりしながらも穂乃香と留学経験のあるセラに英語などを教わったりして留学の準備を進めていった。
そうしてバタバタと忙しいながらも勉強も手を抜くことなく、しっかりと成績をキープしたので付属大学の内部進学基準は十分にクリアできているようだ。
とはいえ、2学期初旬に内部進学の願書を提出し、11月に結果が出るまでは気が抜けないのだが。
そんなわけで、なんとか無事に夏休みを迎えることができ、オリエンテーリングも滞りなく終わった。
チャーターしたバスが学園に到着し、降りてきた生徒たちは特に指示をしなくても当たり前のようにクラス委員が人数を確認する。
それから最後に生徒会長の壮史朗がオリエンテーリングの終了を宣言して解散となった。
「西蓮寺はイギリスに語学留学するんだろ? 2学期前には帰ってくるんだよな?」
「戻ってきたら話を聞かせてくれよ! 大学に入ったら俺も留学するつもりだからさ」
「私も聞きたい! ねぇ、休み明けに皆で集まって聞かせてよ」
「気をつけてね。変なもの食べちゃ駄目よ。それから知らない人に付いていかないようにね」
「攫われそうになったら悲鳴を上げるんだぞ」
帰る道すがら同級生たちが口々に陽斗に声を掛けてくる。
夏休みの1ヶ月、イギリスに留学することはすでに知られているので内容はもっぱらそのことだ。
……一部に、どう考えても小さな子供に向けるような言葉を掛けてくる者もいるようだが。
「あははは、うん、頑張ってくるね」
陽斗はそれらの言葉に苦笑いしながらも言葉を返して帰って行く生徒たちを見送る。
しばらくして生徒たちのほとんどが帰路につくと、陽斗たち生徒会役員が集まり、オリエンテーリングの報告を行う。
今年は特に大きなトラブルもなく、生徒同士の交流も穏やかに進んだので内容としては多少の運営の反省点くらいであっさりと終わった。
彼らの中にもこの後寮に帰ってすぐ実家に帰省する生徒もいるので手短に済ませたのだ。
「西蓮寺は明後日出発だったな」
「お土産期待してるねぇ」
帰って行く役員たちに挨拶をしつつ、陽斗も送迎用駐車場に向かう。
「うん。もう準備も終わってるんだけど、何か忘れているような気がして。あと、お土産は、えっと、頑張るね」
心配性の旅行あるあるだ。
陽斗は留学を楽しみにしていると同時に、重斗や桜子、穂乃香が側に居ない状況で見知らぬ異国への不安でいっぱいになっている。
なので、何度も持ち物や滞在先への経路、日常的に使うであろう言葉などを確認してはホッと胸をなで下ろし、少しするとまた心配になりということを繰り返しているのである。
もちろん何度も入念にチェックした準備に手抜かりなどあるはずもないし、もしあったとしてもそれを知ったときにはすでに爺馬鹿の重斗が対処しているはずなのだが。
「重斗様のことですから陽斗さんの安全には十分に配慮されているとは思いますが、それでもくれぐれも注意してくださいね。比較的治安の良い場所とはいえ、やはり日本とは違いますから」
「うん。桜子叔母さんにも釘を刺されてるよ。僕も皆に心配掛けたくないし、もし何かあったら警備の人やホームステイ先の人たちにも迷惑が掛かっちゃうから」
穂乃香の言葉に陽斗はしっかりと頷いて言葉を返す。
そして、少し躊躇いつつ顔を赤くしてまた口を開いた。
「えっと、本当は穂乃香さんの近くに居られないのは、さ、淋しいけど、その、向こうに着いたら電話しても良いですか? あの、その日だけじゃなく、時々」
つっかえつっかえ、なんとかそこまで言って、陽斗は恥ずかしそうに顔を伏せる。
「っ! も、もちろんですわ! わたくしも心配ですし、毎日でもお話をしたいです」
もちろん穂乃香は即答である。
そして陽斗と穂乃香の後ろでは壮史朗が砂糖を吐きそうな微妙な顔をし、セラは何故かガッツポーズをきめていた。
どうやら陽斗がらしくもない甘々な台詞を吐いたのはセラが焚き付けたからのようだ。
その目論見通り、穂乃香の顔はだらしなく緩みきっていた。
「そ、それじゃあ帰るね」
「はい。明後日はわたくしも空港までお見送りに行きますから」
「それじゃ、僕はこのままタクシーで実家に帰るよ。西蓮寺、戻ってきたら連絡してくれ」
「陽斗くんまたね。帰ってきたら賢弥も誘ってカラオケでも行こうよ」
送迎用駐車場に着くとすでに皇家のリムジンが待っており、そのすぐ隣には穂乃香の家の車もあった。
校門の外にはタクシーも停まっていて、壮史朗はそれに乗って実家に戻るらしいのだが、ついでにセラも送っていくという話だ。
背を向けて歩き去って行く友人の後ろ姿を少し淋しそうに見送って、すぐに陽斗は首を振って笑みを浮かべる。
しばらく会えないとはいってもわずかな間だけだ。
帰ってきたときにきちんと成果を披露できるように頑張ろうと気持ちを改めて車に乗り込んだのだった。
出発の日。
これまでに何度も利用している最寄りの地方空港で、陽斗は幾人ものメイドや警備の人たちに囲まれていた。
「陽斗さま、絶対に変なところで食事したりしないでくださいね!」
「生水もダメですよ」
「もし怪しい奴が近づいてきたら大山班長を盾にして逃げてくださいね!」
「定期連絡は忘れないでください! じゃないと屋敷が滅茶苦茶になります」
ちなみにだが、こんなやり取りをすでに昨夜と屋敷を出る前にもしていたりする。
「はいはい! あなたたちもいい加減にしなさい。それじゃあ陽斗がいつまで経っても出発できないでしょ?」
見かねて桜子が割って入ったことでようやく陽斗が解放された。
その様子を見て、宣言どおり見送りに来てくれていた穂乃香がクスクスと笑い声を上げる。
「本当に陽斗さんは皆さんに慕われていますわね」
「うぅ、慕われてるというより、子供扱いされてるだけのような気がするんだけど」
客観的な評価ができているようでなによりである。
「陽斗さま、準備ができましたから、そろそろ手続きを」
「あ、大山さん、わかりました。向こうでもよろしくね」
「もちろんです! 安全に関してだけは私にお任せください!」
皇家の警備班長である大山が、その大きな身体で力強く胸を叩くと、途端に使用人たちからブーイングと恨めしげな視線が集中した。
それを受けた大山はというと、怯むどころかむしろ誇らしげに笑みを浮かべる。
「大山、留学先の警備は任せたぞ。絶対に陽斗が危険な目に遭わないように誠心誠意職務に励んでくれ」
「はい! 私の命に代えても陽斗さまを無事にお返しします!」
重斗の『掠り傷ひとつでも負わせたらタダではすまさんからな』という怨念じみたプレッシャーを受けながらも躊躇いひとつ見せずに頷く。
このやり取りでわかるように、今回のイギリス留学で陽斗の身辺警護のために大山をはじめとした数人の警備班員が同行することになっている。
ただ、実際に警備のメインを務めるのは重斗が用意した現地の警備会社の人たちだ。
けれど、陽斗としては見知らぬ異国人が四六時中張り付いていては気が休まらないだろうということで、大山が中心となって陽斗の護衛を行うと同時に、現地の警備班と連携をするのである。
そして、大山が選ばれた理由はというと、能力と責任感、それに以前、穂乃香の件で陽斗が怪我を負うことになった負い目を払拭するためという理由はもちろんあるのだが、決め手となったのが、大山が語学が堪能ではないからだったりする。
陽斗は英語を学ぶ(慣れる)ために留学するわけで、なまじ英語ができる警備班だとつい甘やかせて助けてしまいかねない。
なので、ろくに英語が話せない大山なら陽斗が現地の人とコミュニケーションを取るのに邪魔にならないだろうと考えたわけだ。
一応、大山の名誉のために言っておくと、彼はかつて警視庁でSAT隊員を務めていたほどの現場エリートであり、学力だって決して悪くはない。ただ、学校英語程度の知識しか学んでいないので実際にネイティブの人と会話ができるほどではない。
まぁ、そんなわけで留学先で身辺警護をするには適任だったのである。
「そ、それじゃあ穂乃香さん、行ってきます」
「はい。無事に帰ってこられるのをお待ちしておりますわ。どうか無理はなさらず、身体と心を大切に、また元気な顔を見せてくださいね。わたくしも、その間、将来のためにしっかりと学ぶつもりです」
出国手続きを終え、ゲートの手前で穂乃香と向かい合う陽斗。
どこか意味深な言葉に少し疑問を感じつつも、穂乃香の表情には陰がないので彼女もこっちで何か頑張るのだろうと気楽に考えた陽斗は淋しさを耐えて精一杯の笑顔を向ける。
そして、背筋を伸ばしてゲートを潜った。
というわけで、今回はここまでとなります。
悩んだ末、1学期の行事は流して留学編となりました。
次回からいよいよ異国の地で陽斗くんが頑張ります!
どんな人と出会い、どんな経験をするのかは、さて、どうなることやらw
次回ですが、いつも水曜日に更新していますが来週は新年、ということで、年内にもう1話更新するつもりです
多分、31日になるかなぁ
それと、年明け早々に、閑話的な話を投稿したいなぁと思っています
もしかしたら短めのものになるかもしれませんが、楽しみにしていただけると嬉しいです
このところかなり寒い日が続いていますが、年末年始お休みの人もお仕事の人も、くれぐれもお体に気をつけてお過ごしください。