悪の宰相の話
儂、エルネスト・ヴェルナーは、ヴェルナー公爵家の庶子として生まれた。
若い頃は公子などと呼ばれ、父の跡を継いでからは公爵として、宰相として働いてきたが、儂は実はコンプレックスでいっぱいだった。
父の妻が産んだ男児が幼くして亡くなったため、後釜として儂が宛がわれただけの儂に、なにかできるとは到底思えなかったからだ。
そんな儂が唯一心を許せるのは、商売女たちの腕の中に抱かれている時だった。
義務で娶った妻、義務で生ませた息子。
家族と呼ぶにはあまりにいびつな家族たちの代わりを、儂は彼女らに求めた。
義務と立場に縛られた人生……だったら好きにしてとことん嫌われてしまえば、いっそ楽になれるだろうか?そう思って悪事を働いたが、あまりに才能がなかったし、心苦しさもコンプレックスも消えはしなかった。
補佐官だったニムと、息子クリスティアンに嵌められて死ぬことを確信したとき、ようやくこのゴミクズのような人生を終えることができると歓喜すら覚えたものだ。
それなのに、一体これはどうしたことだ?
目の前には、いくらか年を取ったニムがいて、彼女によく似た、頭に角をはやした少女がにこにこと微笑んでいる。
「お、エルネストくん起きた?」
「あー、ぶっ、ぶー!」
「貴様、上司に向かってその言葉遣いはなんだ!」とニムをどなりつけたはずなのに言葉にならず、振り回した手がやたらと小さいことに気付いて儂は愕然とした。
ニムそっくりの娘が儂の頬をつつき、ニムに止められている。
「エルネストかぁ……いい名前だねー」
「そうでしょう?以前、隣国で宰相をなさっていた方の名前をいただいたんですよ」
ニムとは違う女の腕が儂を抱き上げ、あやすようにゆする。微笑む女と対称的に、やにさがっていたニムの顔がひきつった。
「なんで鶏ガラデブ!?」
おい、小娘。本人を目の前にそれを言うか?
「悪い噂ばかりの方でしたけれど、私にとっては恩人ですから」
「恩人?」
言われて初めて、儂は女の顔をまじまじ見た。淡い金髪と紅玉の瞳の、魔族の女。どこかで見たことがあるような気はするが、恩人とは?
首をかしげるニムの前に腰掛け、女は慈しみを込めた目で儂を見つめた。
「私、魔王領に来る前はヴェルナー公爵領にいたんですけど、魔族だってバレて殺されそうになったときに逃がしてくれたのが八歳のエルネスト様だったんです」
ーーそうだ、そういえばそんなことがあった。
父上が買ってきた奴隷の中に、ひとり混じっていた魔族の娘。直後に王家が奴隷の所持を禁止して、人間の奴隷は解放されたが、魔族は戦争の火種になりかねないからこっそり処分するようにと命じているのを聞いてしまって……。
とても助けたなんて言えないものだった。
与えられていた部屋の装飾品から宝石をひとつ抜いて、それと手紙を持たせて王都の騎士団の駐屯所の前に置き去りにしただけ。
下手をしたら殺されるかもしれないと思いながら、それきり行方を追うことすらせず、忘れていた。そうか、無事に生き延びたのか。
「あいつが、そんなことしてたなんて……」
信じられないと目を見開くニムの腕の中で、少女が「おかあさま?」とニムを見上げる。
「女王陛下ったら。最初から悪人として生まれてくる人なんていませんよ。それに、私、知っていたんです。エルネスト坊っちゃんがご両親に冷たく当たられていたのも、お姉様方にいじめられていたのも」
一緒に連れていくべきだったと、女は痛ましい声で呟いて、儂を強く抱きしめた。
ニムは儂ごと女を抱きしめ、「その方があの人も幸せだったかも」と慰めにもならない言葉を吐いた。
それから一年半が過ぎ、儂は女……ヒルダと、その夫であるルイスから溢れるほどの愛情を注がれて二歳になった。
「こっちこっちー」
ガーネット王女に手を引かれ、儂はなだらかな丘を登る。両親は少し離れたところをゆっくり歩いており、先導しているのはニムだ。
王都を一望できる高くない丘の上。家族でピクニックに行くのにちょうどよいそこに、小さな石碑があった。
『建国の功労者、エルネスト・ヴェルナーここに眠る』
「陛下、これは……」
ヒルダが目を見開き、石碑にそっと手を伸ばす。
「リーフプラウでの彼は逆賊扱いで、きちんとしたお墓は公爵領にもないんだって。だから、クリスティアン公爵に頼んで、エルネスト宰相個人の印章を送ってもらって代わりに埋めたの」
言いながら、ニムは儂が好んだワインをあけ、石碑の前に雑に突き刺した。
「エルネスト宰相は、宰相としては無能で、女好きのどうしようもない人だったけど、魔族には優しかった。送られてきた印章を見て、魔術師団長が言ってたよ。この印で封蝋された手紙を持って国境を超えてきた魔族が何人もいるって」
目障りな魔族を国から追い出していただけだ、勘違いをするでない。
ヒルダは嗚咽を漏らし、石碑にすがり付くように泣き出した。
睨み付けると、母親を泣かせたことを怒っていると勘違いしたのか、ニムの手が儂の頭を撫でる。しゃがみこんで儂を抱き上げたニムは涙声で言った。
「エルネストは、家族に愛されて幸せに育つんだよ」
家族に、愛されて、幸せに……。
ニムの言葉は、不思議なほどするりと儂の心に入り込んだ。
この言葉をきっかけに、儂は、過去に縛られない生き方をしようと決めた。
そして、儂ーーいや、僕はこのときの決意を胸に十五歳になった。
史上ふたりめの人間と魔族のハーフ、ルイスとヒルダの息子エルネストは、今日、騎士団に入団する。
こうして、生国で悪の宰相と呼ばれた男は、人魔共和国の建国に助力したとしてまつられることになった。
今も、彼の墓石の前には生前世話になったという魔族たちからの贈り物が絶えないという……。
お読みいただきありがとうございます。
相変わらずジャンルが迷子…エルネスト宰相は悪い人だったけど、悪いところばっかじゃないって思いたかったんです(私が)