9.クラン
よろしくお願いします。
とりあえず盗賊は、このまま放置して、サイガに着いたら衛兵に報告することになった。
馬車が動き出してから、グレンさんが何が起きていたのかを教えてくれた。
モヒカンリーダーと対峙して、剣を抜こうとしたとき、突然、盗賊達がバタバタと倒れ始めた。モヒカンリーダーは片膝をついて、呻いてはいたが、他の盗賊と同じように地面に倒れてしまう。
そして、あちこちから聞こえるいびき。
「カサネが魔法を使ったんだな、とすぐに分かった」
「眠らせたり、精神に作用する魔法の使い手は、かなり限られているの。人前では使わない方がいいでしょうね…」
「はい…そうします…」
「マークスさんも他言無用でお願いします」
「もちろんです。エミルも人には言ってはいかんぞ」
「わかった!」
エミルくんが元気よく返事をする。
「カサネは他にどういう魔法が使えるんだ? 先に知っておいた方が、今後、対処しやすいだろうし」
僕はゲームのスキルツリーを思い出す。『鴉王』になったとき、有翼族のスキルツリーに分岐が追加されていた。
種族によるスキルツリーと、それ以外に魔法職なら魔法スキル、前衛職なら強化スキルがツリーにセットされる。
これまでに使った魔法は、有翼族固有とウィザードのものだ。
『鴉王』で追加されたスキルは、実はまだよくわかっていない。
「後は…雷とか氷とか…攻撃型が多いです。回復や支援は…持ってないです」
全員が、絶句している。
「え、あの…」
「高度な魔法ばかりなので、もしやとは思っていましたが…」
「これ、上級魔導師以上じゃない?」
「ハンター登録のときに騒ぎになりそうだな」
「どういうことです?」
「登録するときに簡単だけど、適性を見るんだよ。まあ、剣が得意そうだ、とか、魔力が多いとか。それが全てじゃないけど、少しでも生存率が上がるようにギルドが行っているんだ」
「カサネさんの適性をみたとき、魔法が得意だけで終わらない可能性もありますね」
「そういうのも含めて、マスターに相談だな」
うわー、ここにきてチート展開が。ハンターになれない可能性もあるのかなぁ…。
落ち込んでいる僕の肩を、ニーナさんが慰めるように撫でてくれた。
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サイガは、僕が想像していたよりもずっと大きい街だった。
門から中央の広場まで大きな通りがあり、ギルドやだいたいのクランはこの大通りに面して建ち並んでいるらしい。
マークスさんとエミルくんを無事に送り、依頼完了報告のため、ギルドに向かった。
サイガのギルドも3階建てだった。ギルドはどこも似たような造りらしい。1階が受付、2階が簡易宿泊施設、3階にギルドマスターの執務室がある。
時間が遅いのか、外の掲示板前の人はまばらで、中は依頼報告を行うハンターで混み合っていた。
「この時間は混むね」
「カサネさん、離れないようにね」
ニーナさんと手を繋ぎ、頷く。
というか、僕は何歳くらいに思われているんだろう。ニーナさんとそう変わらないと思うんだけどな。
「まあ!グレン様ではありませんか!」
高い女性の声がして、そちらを見ると、プレートアーマにやたら短いフリルスカート、縦ロールの金髪、頭には大きなフリルのリボンを着けた女の人が立っていた。
目をキラキラさせて、グレンさんを見つめている。
「…やあ、レシティーナ」
顔は笑っているが、声に感情が乗っていない。
「レティとお呼びください、と申し上げておりますのに…」
頬に手を当てて、悶える。
なんかグレンさんの目が死んでる気が。
レシティーナさんがこちらを向く。
「あら? 見かけない子ですわね。グレン様のパーティーメンバーですの?」
口調は変わらないのにレシティーナさんに見つめられ、背筋がゾクッとする。
僕を見るその目は、光が少なく、深い底を思わせる。
なんだこれ…。
「えっと…」
「悪いな、レシティーナ。順番がきたから、これで」
返事をしようしたら、グレンさんが僕の背を押して受付に進む。
「仕方がありませんわ…。またお会いいたしましょう。ごきげんよう、グレン様!」
パッと顔を輝かせると、レシティーナさんは優雅に手を振り、ギルドから出て行く。その後ろを6人の男達がついて行った。
「知り合い…ですか?」
「あれを知り合いと言うのは、多いに疑問だね」
ロイさんがうんざりして言う。
「レシティーナさんは貴族のご令嬢なの。魔物に襲われているところをグレンに助けられて以来、グレンのこと好きになったみたいで…」
「権力使って無理矢理、グレンを引き抜こうとしたり、俺たちに嫌がらせしたり!」
「グレンがそういうことを繰り返すなら、口をきかない、と言って収まったのだけどね」
「あの人もハンターなんですよね?」
「あの女の後ろを6人くらいついてった奴らがいたろ? 本人は何もしないで、依頼はあいつらがやってるって話だ」
なるほど、グレンさんは僕が名前を言わないようにしてくれたのか。
「グレンさん、ありがとうございます」
「いや、俺の方こそ面倒に巻き込んだ。カサネ、何もないとは思うが、ひとりで行動するな。必ず、ロイかニーナと一緒にな」
「はい」
できれば二度と会いたくない。
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受付で報告と共に盗賊のことも伝える。
門番の衛兵から、ギルドにも報告するよう言われたのだ。
「かしこまりました。ギルドからも何人か手伝いを向かわせます。捕縛と報告、ありがとうございます」
サイガの受付は、エプロンをした熊だった。声は野太いから、雄…かな?
受付の熊は、僕の視線に気がつくと、首を傾げた。
ジッと見て失礼だったかも…
「ごめんなさい…」
「いいえ。グリズリー族がいるのが珍しかったのかな?」
「グリズリー族?」
「交戦的な一族だから、こういうところで働いているのは珍しいんですよ。よく驚かれます。ジリコといいます。依頼完了受付係です。よろしくお願いしますね」
僕が挨拶をすると、「礼儀正しい子ですね」とジリコさんが笑った。(と思う)
「これからクランに戻りますか?」
「ああ」
カードを受け取るグレンさんにジリコさんが紙の束を渡す。
「クランマスターにお渡し下さい。パーティー募集に応募してきたハンターの名簿です」
「ありがとう、助かる」
ジリコさんに手を振って、ギルドをあとにした。
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グレンさん達が所属するクランは、大通りから入ったところにある。
外観は、テレビでみた外国の古いアパートみたいだ。というかこの辺り一体、そういう建物が多い。
小さな玄関ポーチの上に羽の生えた狛犬みたいなのが飾ってある。
扉横の壁に木のプレートがかけられており、『渡鳥の止まり木』と書かれていた。
クランの名前だろうか。
扉を開けて入ると、そこは吹き抜けのロビーになっていて、中央に階段がある。ソファーセットが置いてあり、座ってカップを傾けていたハンターのひとりが、声をかけてきた。
「お疲れさん」
「パロスはもう終いか」
「明日、遠出で討伐依頼だからな。今日は早めに休もうかと」
「そうか、気をつけて行ってこい。マスターはいるか?」
「執務室にいるぜ」
カップを上に向ける。
「ありがとう」
僕がグレンさんの傍から顔を覗かせると、驚いた顔をしたあと、カップを振って挨拶をしてくれた。
グレンさんが中央階段に向かって歩き出したので、僕も会釈してからついて行く。
チラリとロビーを振り返ると、パロスさんは談笑に戻っていた。
階段を登り2階に上がる。
吹き抜けの壁にそって廊下が設けられ、クランマスターの執務室は、左手奥にあった。
グレンさんがノックをすると、中から返事がある。
僕は緊張して、マントをギュッと握った。
執務室は、簡素な作りだった。
壁に書棚、窓側に執務机、中央に小振りなソファーセットが置かれている。
「おかえりなさい、グレン、ロイ、ニーナ」
柔らかな声音で3人を呼ぶその人は、人型に近いドラゴニュートだった。
側頭部から生えた角は後ろに向かって伸びており、額と頬の辺りは青い鱗に覆われている。瞳も金色で爬虫類特有の縦筋がある。
髪は額を出して左右に流しており、黒みを帯びた青色だ。
「おや? その子は?」
グレンさんが僕の背中をそっと押して、前に出す。
「…カサネと言います。よろしくお願いします」
「こちらこそ。私は、クラン『渡鳥の止まり木』のマスターをしています、サザミネといいます」
サザミネさんが僕に手を差し出す。人よりも少しだけ長い指。手の甲にも鱗が覆っていた。
ドキドキしながら、僕も手を差し出す。
握ったサザミネさんの手は暖かく、柔らかだった。
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