8.帰路
よろしくお願いします。
早朝。
まだ朝靄が漂う表門にエミルくんを背負ってマークスさんがやってきた。
「おはようございます、皆さん。朝早く、ありがとうございます」
「おはようございます、マークスさん。エミルくんは、まだ夢の中ですわね」
ニーナさんがクスクス笑って返す。
「皆さんに会えるからと、早起きしたんじゃが…まだ眠かったとみえる。おや、カサネ殿は、ハンター登録をされましたかな?」
「いいえ、まだです。サイガに着いたら、グレンさんのクランマスターと相談して決めようと…」
「そうでしたか。その姿を見たらエミルが喜ぶでしょうなぁ」
照れ臭くなって、頬を掻く。
「荷物の積み込みが終わりました。それでは、出発しましょう」
グレンさんの言葉に馬車に乗り込んだ。
-----
エミルくんは、馬車が動き出してしばらくしてから、目を覚ました。そして新人ハンター装備の僕をみると、興奮してハンターの逸話を教えてくれる。
どうもエミルくんは、Aクラスの『ルヴラルト』という名前のハンターがお気に入りのようだ。大剣使いでドラゴン討伐や迷宮制覇など今もっとも熱い!ハンターだそうだ。
「ルヴラルトはずっと旅をしながら、困ってる人を助けているんだって!剣は赤色してて、降ると炎がでるんだよ!」
ハンターは、エミルくんにとってヒーローのようだ。身振り手振りで、『ルヴラルト』がいかにすごいのか語っている。
「ルヴラルトは俺よりもひとつ上の世代のハンターだ。会ったことはないが、所属しているクランは、サイガだと聞いたことがある」
「黄金世代だっけ? ハンターを早々に引退して、貴族になった人もいたよな」
「貴族ってそんな簡単になれるんですか?」
「功績が称えられればなれますな。その場合、名誉貴族と呼ばれ、名乗れるのは一世代までのはず。後は、貴族の方と婚姻を結ぶ…とか」
大興奮していたエミルくんに水を手渡しながら、マークスさんが教えてくれる。
将来に不安があるため、ランクを上げて名誉貴族になるハンターは少なくないらしい。ハンターはクランに所属することで、最低限の保証はされるが、体が資本の職業だ。年を取れば危険も増す。若いころの感覚が抜けなくて、無茶をして命を落とすハンターも多い。
「エミルくんは、ハンターになりたいの?」
「ううん、違うよ。僕はね、クランマスターになるの! ルヴラルトみたいな強いハンターを集めて最強のクランを作るんだよ!」
びっくりだ。
あれだけハンターに憧れているのに経営者が目標だとは。
「近所に大きなクランの本拠地があるんですよ。そこのマスターがランクの高いハンターを連れて歩いているのをよく目にするもので」
マークスさんがエミルくんの頭を撫でる。
「うふふ、僕もいつか強いハンターを侍らすんだ!」
小さな子供が言うから可愛いけど、侍らせちゃうのはダメだと思うよ。
-----
何事もなく休憩地点に到着する。
早朝出発だったので、ニンネルさんがお弁当を持たせてくれた。マークスさんやエミルくんの分もあった。
直径30cmはある木の箱の蓋を開けると、
「これは…!!」
鳥っぽい肉に小麦粉をまぶして揚げた、ご存知唐揚げ!
冷めてしまっても美味しいように味付けは濃い目だ。その他、温野菜にドライフルーツ、ロールパンが詰まっている。
ああ、お米が欲しくなるな〜。
グレンさんのお弁当は3段で、ニーナさんのお弁当は、唐揚げよりも野菜の方が多い。
ニンネルさんがそれぞれに合わせて作ってくれている。
僕のお弁当には花型のアメが添えられていた。2個あったから、エミルくんと一緒に食べる。
天気もいいし、お弁当も美味しいし、最高だな!
と思った時期が僕にもありました。
馬車の周りを取り囲んでいるのは、ザ・盗賊な人達だ。人間もいれば獣人もいる。装備も武器も統一感がない。奪った物をそのまま使っているのだろう。
体が大きくモヒカン頭のエルフが吠える。たぶんこの盗賊達のリーダーかな? エルフなので顔がいい。
というか、エルフって盗賊やるんだ。
「命が惜しかったら全部置いてけぇッ!!」
無駄に美声だ。
なにこれ頭がバグる。
「カサネ、マークスさん、エミルくんは絶対に外に出ないように。ニーナは防御陣を」
「はい」
「ロイは、扉前を」
「まかせろ」
グレンさんは素早く指示をすると、外に向かって叫んだ。
「今から外に出る!」
3人はうなずき合うと、グレンさんは後ろの扉から外に出た。
御者側の窓からそっと伺うと、両手を上げたグレンさんがモヒカンリーダーの前に進んでいる。
エミルくんは不安気にマークスさんにしがみついている。行きも狼に襲われるし、帰りもこれだ。かなり怖い思いをしているはずだ。
僕は、エミルくんの頭を撫でて「大丈夫だよ」と繰り返した。
「カサネさんエミルくん、私がいいと言うまで目と耳を塞いでいて下さい」
「え?」
ニーナさんに言われ、目を閉じて耳を塞ぐ。
何故だろう…と疑問に思った後、僕らがこれから起きることにショックを与えないためだ、と気づく。
相手は狼でもハチでもない。意思のある人だ。トラウマにならないとも限らない。
じゃ、グレンさんは? ロイさんやニーナさんは?
いくらハンターだからといって、気持ちが良いものじゃないはずだ。
僕の脳裏にランプの火を受けて揺れるグレンさんの瞳が過ぎる。
いいわけがない!
そう思った瞬間、ある魔法が思い浮かんだ。そうだ、これなら!
僕は迷いなく唱える。
(スリープミスト!)
僕を中心にして霧が四方に拡がる。
ドサドサと重たい物が地面に落ちる音がして、静かになった後、扉が2回ノックされた。
ロイさんが弓を番え、扉に向ける。
「俺だ。開けるぞ」
グレンさんだ。
僕は、詰めていた息を吐き出した。馬車内の緊張感も解ける。
「…カサネさん、魔法を使いましたか?」
「はい…眠らせる魔法を…使いました」
ニーナさんは一瞬驚いたようだったが、優しく微笑んで手を握る。
「ありがとうございます。助かりました」
「ロイ、縄を持ってきてくれ。盗賊を縛る」
「わかった」
「ニーナたちは、このまま中にいてくれ」
グレンさんが僕を見て、微笑む。
「カサネ、ありがとう」
目と口元が緩やかな弧を描き、何故かキラキラしたエフェクトが見える。
うおおおおイケメン笑顔破壊力ぅぅぅ。
僕は、顔が赤くなるのがわかって、手で覆った。
いや、ニーナさんの笑顔もすごく来るものがあるけど、グレンさんのこの顔はやばい! なんかやばい!!
「お兄ちゃん、大丈夫?」
顔を覆って悶えている僕の背中をエミルくんが撫でてくれた。
ダイジョバナイデス。
読んでくださり、ありがとうございます。