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鴉王の異世界転生  作者: 猫二匹
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5.夜

よろしくお願いします。

日が落ちてきたところで宿に戻ると、ラフな格好のグレンさんがテーブルでグラスを傾けている。

他のテーブルにもちらほら客が座っており、その間を猫耳の青年とエプロンに三角巾のおばさんが、器用に移動しながら料理を渡している。宿泊客への夕食だ。


僕らに気づいたグレンさんが片手を上げて呼ぶ。


「おー着替えたか。ちゃんと新人ハンターにみえるな。ん? その腰のはなんだ?」

「スリコギです」

「スリコギ? カサネは、ハンターじゃなくて料理人になりたいのか?」

「そういうわけじゃないんだけど…」

「魔石に魔力を流したら、魔石が砕けたの。一応短剣は買ったわ。カサネさんが言うには、魔法を使うのに触媒は要らないみたいで」

「触媒なしでどうやって魔法を使うんだ?」

「翼だってさ」

「カサネは、有翼族だよな?」

「…だと思います?」

「本人が疑問形」


アバター自体、覚醒して『鴉王』という上位種族になっているから、この世界の有翼族とも違うし、説明しようとすると異世界転生の話をしないとダメなわけで。

うまく説明できる気がしないので、とりあえず黙っておこう。


「まあ、いっか。とりあえず3人とも装備解いてこいよ。ニーナの鍵はこれな。ロイとカサネは俺と一緒の部屋だから」


グレンさんから鍵を受け取り、2階の客室に移動する。ニーナさんの部屋と隣同士だ。

部屋に入ると中央にベッドが置かれ、無理矢理3人寝れるようになっていた。扉横にはコート掛けがあり、グレンさんのマントがかかっている。

革製品を馴染ませるためとロイさんに言われ、僕はマントとスリコギを部屋に置いていくことに。


1階の食堂に戻ると、グレンさんの座っている席に4人分の料理が並べられていた。

夕食は、チャコボア(豚に良く似た野生の獣)のステーキ、温野菜、コンソメっぽいスープに焼き立てパン。ステーキからはいい匂いがする。

ニーナさんがくれたサンドイッチも美味しかったし、この世界の料理の質は、地球と同じくらい高そう。


グレンさんとロイさんはワイン、ニーナさんはホットミルク、僕は水で乾杯!


チャコボアのステーキは、口に入れると蕩けてめちゃくちゃうまい!正月にしか食べれないサーロインよりも美味しいんじゃないかな。温野菜は、キャベツやジャガイモによく似た野菜にレモン風味のドレッシングがかかっている。


僕が味わってステーキを堪能している傍で、グレンさんは最終的に3枚食べ切っていた。


-----


「もう…食べれない…」

「カサネ、あんなに小食で大丈夫か?」

「いやいやいや、すべて平らげたし、パン2つも食べましたよッ」

「グレンの胃と一緒にしちゃダメでしょ」


ハンター向けなのか量も多く、なんとか食べ切った僕は部屋に戻るとベッドに転がった。


グレンさんのステーキ3枚にも驚いたけど、ロイさんも2枚食べてて、ニーナさんは、3人前はありそうな温野菜を顔色ひとつ変えずに完食していた。「私のステーキは小さめなんですよ」と笑ってたけど。


ベッドは、ロイさん、グレンさん、僕の並びだ。ロイさんは、先にシャワーを浴びてくると言って部屋を出る。


部屋にはグレンさんと僕のふたり。

グレンさんは、ベッドの足元に座り、剣の手入れをしている。

部屋の壁に飾られたランプの火で、グレンさんの顔に印影が落ちるのをぼんやり眺める。


「…どうかしたか?」

「ううん、なんでもないです…」

「疲れているなら寝てしまうといい」


疲れているんだろうか…。

そういえば、ほんの少し前に僕は死んでこの世界に転生して…。


男の子の背中。

僕の腕。

女神様。

ファンファーレ。


瞼が降りてくるのが止められず、僕は眠りについた。


-----


日課にしているEXボス攻略だ。

息をするようにステータスアップアイテムを使い、強制ダメージ以外喰らわないよう、ボスの攻撃を避ける。


攻撃モーションを覚えてしまっているから、ボスが腕を振り上げる脇をすり抜け、背後から魔法を叩き込む。


ボスとの攻防を繰り返し、ようやくボスの体力を削り終えると「クリアー」の文字と共にファンファーレが鳴った。


安堵してふと床をみると、血溜まりに狼の




体がビクッっとして目が覚めた。

ランプの火は落とされており、窓にかけられたカーテンの隙間から、月の光が漏れている。

一瞬どこにいるのか分からなくなり、横を向くと、暗がりの中、ふたつの陰。


…ロイさんとグレンさん…。


静かに息を吐いて、再び天井を見つめる。

目を瞑ると最後にみた光景が浮かびそうで、目を開けたままモゾモゾ寝返りをうっていると、小さく呼びかけられる。


「眠れないのか?」

「………はい。あの、うるさくしてごめんなさい」

「…いいんだ。少し話でもするか」


グレンさんが起き上がる気配がする。

僕も静かにベッドを降りた。


-----


1階の食堂に降りるとグレンさんは近くのテーブルに僕を誘った。


「飲み物でもあればよかったんだが…」

「いえ、大丈夫です…」


沈黙が落ちる。

先に口を開いたのは、グレンさんだった。


「悪い夢でもみたのか? 少し魘されていたようだったが…」


気遣うよう優しく問いかけてくれるグレンさん。

悪夢…確かに悪夢だった…

僕は迷ったが、転生部分を省いて話すことにした。


「………その…僕は、小さな島国に住んでいました。『ニホン』ていう名前の国で…他の国では、戦争をしてたりするんですけど、ニホンは平和ボケって言われるくらい平和で…」


ぽつぽつと、取り留めない僕の話を、グレンさんは黙って聞いてくれている。


「はじめてだったんです…リアルで魔法使うっていうのがどういうことなのか、知ったの…はじめてで…あんな風に…」


害虫を殺虫剤で殺すし、肉も魚も普通に食べる。屠殺だってちゃんと知識としてある。でも、自分の意思で“動物”を殺すなんてことはしたことがない。

異世界に来て、ゲームみたいに感じてて、現実だとは、ちゃんと理解していなかったんだと思う。

自分が起こした殺戮。今頃になって僕は動揺したのだ。


僕が俯いて言葉を途切れさせたとき、グレンさんがゆっくりと話し始めた。


「…俺は、ハンターになってまだ3年なんだ。その前は、奴隷戦士をしていた」

「え…」

「家が貧しくてな、親に売られたんだ。10歳くらいだったか?」


グレンさんは顎に手をついて僕を見つめる。

テーブルに置かれたランプの火がゆらりと揺れて、グレンさんの瞳も揺れる。


「闘技場には、訓練師がいてな。来る日も来る日も剣を握って、鍛えられるんだ。試合に出れる歳になるまで。訓練はまぁキツかったよ。でも飯も出るし、何より試合に出て勝てば、少額でも金が手に入ったしな。上位の戦士ともなれば、貴族と同じくらいの贅沢もできた」


グレンさんがふっと息を吐く。


「試合に出て、勝って、賞金もらって…気がついたら、闘技場の頂点にいた。自由の身になったあと、しばらくは放浪していたんだが、今のクランマスターに会ってな。それからハンターになったんだ」

「…ロイさん達と仲が良いから、みんな幼馴染みだと思ってました」

「ふふん、いい奴らだよな」

「はい」


グレンさんとふたりで笑う。


「戦士だったときもたくさん人を斬ったし、命も奪った。ハンターになってからも、討伐依頼を受ければ、魔物も獣も人間だって手にかける。でもな、不思議と忘れられないんだよな」


グレンさんは、自分の手のひらを見る。


「はじめて人を斬ったときの感触が」


ランプの火がゆらゆら。

僕は、何も言えないでいる。


「それを思い出して、足が止っちまう時がある…そんな時、横をみるとロイとニーナがいるんだ」


グレンさんが僕をみる。優しく揺れる瞳。ふわりとグレンさんの手が僕の頭に置かれる。


「カサネ、苦しいこととか悲しいことがあったら、自分の中に仕舞わずに俺達に言ってくれ。ちゃんと説明できなくてもいいんだ。ゆっくりでいい、話をしてくれ。俺達が助ける、必ずだ」


僕はボロボロ泣いていた。

拭っても拭っても涙が止まらない。


「う…ぐず……どうして…そこまで…」

「どうしてかぁ…なんか、あれだな。カサネは放っておけないというか」


頭を優しく撫でながら、グレンさんがあっけらかんと言う。

なんだよ、それ…僕が頼りないってことじゃんか…。

まぁ、その通りではあるんだけど…。


なにか納得できず、僕は涙でぐしゃぐしゃの目でグレンさんを睨む。

でも、グレンさんもロイさんもニーナさんも、今日はじめて会ったばかりの僕のことをそこまで思ってくれていることに胸が熱くなった。


「ははは、顔ぐちゃぐちゃだな」

「ちょっと、汚れちゃいますよ!」


笑いながらグレンさんが袖で僕の顔を拭う。


「覚悟を決めろなんて言えないし、カサネがハンターになりたいのなら、全力で支援する。だから、忘れないでくれ。俺達は横にいる」

「はい…」


嬉しくて恥ずかしくて僕は俯いたまま、口元が緩むのが抑えられなかった。

読んでくださり、ありがとうございます。

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