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1-8 人間と魔族

「やはりマリアは忙しいのだろうなぁ」



 昼食を終えた後、彼女はテーブルに突っ伏したまま本を読んでいた。

 足をブラブラさせて落ち着きが無い。



「行儀が悪いぞ」


「だって、せっかく早起きして準備したのだぞ……」


「遅くても夕食までには来るんだろう? 自分でそう言っていたじゃないか」


「そうだけど…」



 マリアはメイド長だ。城には仕事を任せられる部下が大勢いるだろうに…



「んー、マリアはメイドの他に魔王軍の総帥もやっているからなぁ。いろいろ忙しいんだろうな…」


「筆頭家臣だとは聞いていたが総帥とはどういう事なんだ?」


「マリアはああ見えて、魔界で一番の実力者だからな。私がこちらの世界にいる間、メイド長の仕事の他に私の仕事を任せている」


「……おいおい」



 マリアに全部任せていたのか。

 現役の魔王がずっと人間界にいるなんて変だと思ったよ。



「じゅ、重要な案件にはちゃんと私が目を通してから決議しているからな?!」


「ふうん…」


「信じていないな?!」



 信じろと言う方が無理がある。

 俺の知る限り、彼女は数年間ずっと家にいた。

 散歩したり、本を読んだり、買い物をしたり…

 ソファーでゴロゴロしていたりと、魔王らしい事は何一つとしてやっていない。



「まあ、君がのんびりとしていれば人間界は平和だから構わないけどな」


「どうして私がのんびりしていたら人間界が平和なのだ?」


「…は? いやいや、君は魔王だろ? 魔王が魔物や軍を動かしているんじゃないのか?」



 魔王が軍を動かさない限り人間界は平和な筈だ。

 しかし、彼女はキョトンとしていて訳が分からないという風だ。



「ふむ。良い機会だから説明しておこうか。

 先ず、魔族は魔物を全て使役出来る訳ではない。魔物は人間界、魔界に限らず、瘴気の溜まる場所なら何処にでも生まれる。

 それと、私は軍を一度も動かした事は無い。人間界に攻め込んだりもしない。

 魔界は魔界で大変なのだ。そんな暇は無い。

 第一、人間界に攻め込んだとして、魔族に何のメリットがある?

 魔力の元となるマナの薄い世界。魔物が殆ど野放しになっている世界に何の魅力がある?

 生産資源に関しても、魔界だけで取り尽くせないほど潤沢にある。

 わざわざ金と労力を費やして人間界に攻め込む必要は全く無いのだ」


「そ、そんな筈は無い! 魔族とは力のある者に従うんじゃないのか?! 人間を奴隷にしたり、魔物の餌にしたりするのが魔族じゃないのか?!」



 人間を苦しめる魔族を、魔王を倒す為に俺は戦って来た。魔族を統べる魔王を倒せば、平和な世界が訪れるのだと信じて生きて来た。



「君まで私達をそんな風に見ていたのか……」



 彼女の悲しそうに目を伏せるのを見て、俺は自分が何を言ってしまったのか気付いた。

 彼女のあんな表情は初めて見る。



「あ、いや…。お、俺はあくまでも一般的な魔族の印象を……その…」



 必死に言葉を探したけれど、何と言えばいいのか分からない。

 俺はありきたりの言葉を吐くので精一杯だった。



「良いんだ。君は勇者として産まれ、勇者として生きる為の教育を受けて来た。そう考えるのも仕方ないさ」


「………」



 そうだ。仕方ない。

 仕方ない…仕方ない……



「君は人間と魔族の違いは何だと思う? 魔界へ行ってみてどう思った? 何を感じた? 君と私の違いは何だい?」



 違い?



「それは……」


「同じだよ」


「え?」


「同じなんだ。姿形の事だけを言ってるんじゃない。

 生きる事。相手が何を考えているのか分からなかったり、理解しようとしたり、悩んだり、喧嘩したり、笑ったり。誰かを守りたいと思う気持ちや、助けたいと思う気持ち。幸せになりたいと思う気持ち。

 住む世界が違うだけで、全部同じなんだよ」


「…それは、君達が強い力を持っているから。だから…」



 何を言っているんだ俺は…

 俺が言いたいのはそんな事じゃないだろ…



「確かに魔族は人間よりも強い力を持っている。でも、それだけだよ。

 私はこの世界に住む様になってからずっと、普段通りに生活している。ありのままの姿でだ。

 君の目には私はどう写っているんだい?」


「君は……」



 不器用でズボラで、感情的に怒ったり、食いしん坊だったり、我儘だったり。でも、町の人達と誰とでも仲良くなれて、いろんなことを知っていて、自然が好きだったり……とても魔王だなんて思えなくて……



「シャルちゃーーん!!!」


「うわっ! マリア⁈」



 いつの間に入って来たのか、マリアは勢いよく彼女に抱き着くなり頬擦りを始めた。



「やっとこっちに来れた〜。ウィル君も久しぶりね!」


「あ、ああ」


「まったく! びっくりしたではないか!」


「ごめんねシャルちゃん。でも、ちょっとその前に……」



 突然現れたマリアは挨拶もそこそこに荷物を乱雑に置くと、深く息を吸って深呼吸を始めた。


 よほど慌てて来たのだろう。だが、それにしては少し様子がおかしい。



「出て来いや! ウォルター!!! 居るのは分かってるんだぞテメー!!!」



 俺は膝から崩れ落ちた。

 それはもう綺麗にストンと。

 あまりの衝撃に、俺の中にあったマリアのイメージが崩れ去る音が聞こえて来る様だ。



今回のお話は後々また振り返る事があります。

片隅にでも留めておいて貰えたら良いなぁ

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