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普通の恋がしたい

作者: 唯

 絢、恵、榊。彼女たちはみんな、「普通」の恋を求めている女子高校生だ。

けれど「普通」って、考えれば考えるだけ分からなくなってくる。

こんな恋愛は「普通」と言えるのだろうか?例えば・・・


 










 絢には、3年付き合っている恋人がいる。教室で初めて会った時にお互い一目惚れをした。ふたりとも格段に見た目が良いわけではないが、何か惹かれるものを感じたのだという。二人は相手の内側を見て、そして、そのすべてを愛していた。


 しかし、二人は付き合って2年経つまでデートに行ったこともなかった。何かのはずみで相手に触れるたびに過剰に反応し、まるで嫌いあっているかのように距離を取っていた。それでも二人の会話の節々やお互いを見つめる瞳の色で、周囲には二人の愛は一目瞭然だった。


 二人が初めてデートに行ったのは寒い冬の日だった。いつも恵や榊と遊びに行くときとは比べ物にならないほどおめかしした絢。普段はあまり服装に気を遣うタイプではないのだが、その日はとにかく張り切っていた。それは相手もしかりで、集合場所に来た相手を見て二人とも惚れ直したというのだから聞いているこちらがこっ恥ずかしくなる。二人はいつもに増して緊張していて、けれど浮かれていた。


 水族館、本屋、ウインドウショッピング。田舎の街で恋し合う二人が行ける場所は多くなかった。しかも、普段から緊張して距離をとっているような関係なのだ。気を使い合い、発する言葉一つ一つに意識を向け、隣を歩く相手との距離を測り、表情をこっそり伺いながら歩く。精神的にも疲れが来たころ、絢が突然座り込んだ。慣れないヒールの靴で歩き続けていたのだ、当然足に痛みが来るのは致し方ない。二人は近くの公園へ行き、ベンチに腰を下ろした。


 絢はもともと心が弱い少女だった。彼女の感情のキャパシティーはもう限界を迎えていた。大好きな人と一緒にいられることで発されていたアドレナリン。ずっと気を使っていることで摩耗した精神。立ちっぱなしだったことで体中に感じる疲労。それらすべてが絢に同時に襲い掛かり、絢の涙腺は崩壊した。


「本当は水族館なんて好きじゃないし、そっちだって本屋なんて興味ないくせに」


 彼女の言葉は恋人の胸をえぐった。けれど、彼はそれで傷ついたわけではなかった。むしろ、やっと本心を話してくれるようになった、と喜んでいたのだ。それから二人はベンチに座って、二人が一日で歩いていた時間より長く二人で喋り続けた。


 そのデート以降、絢は恋人に遠慮をしなくなった。それでも、彼女の恋人は絢を嫌いになることはなかった。絢は何度も彼を傷つけてしまったと自分を責め、そのたびに別れようと告げていた。しかし彼らはお互いに、もう離れられなくなっていた。実際、何度か分かれて距離を置いたこともあるが、そのたびにお互い耐えきれなくなり復縁している。











 共依存し、お互いに異常なまでの愛を注いでいる二人。これを、普通の恋と呼べるのだろうか。

きっと呼べない。なぜなら、絢自身が、この相手と離れたくないと思いつつも、普通の恋がしたいと求めているからだ。

 それでは、こんな恋愛は「普通」と言えるのだろうか?












 恵は、絢たちのような恋をしたことがない反面、二人のことを面白がっていた。付き合って3年経つのに、お互いに触れたこともないだなんて信じられない、と思っているのだ。清純、というにしてもさすがにおかしい、と。


 当の恵は、特定の相手をずっと思えたことがない。絢たちのように3年も同じ人を好きでいられるなんて、まったくの未知の領域だ。恵は、これまでで一番続いて5か月。半年も恋が続いたことも付き合い続けたこともないのだ。それでも、その大半と手を繋いでキスをした。その先も、と思った相手もいたことにはいた。しかし、それが実際になる前に恵の方に飽きが来てしまうのだった。


 恵の興味は尽きない。多趣味で明るくて社交的。絢と正反対と言ってもいい彼女の周りには、男はたくさんいた。その誰にも本気で恋をしたことはなかったが、いかに短期間で男の子たちに恋をされるか、を自分の中で競うのは楽しかった。恵にとって恋愛はゲーム。(あの男の子のこと、今度は2週間で落としてみせよう)心の中でそう決めて、その男に近づく。たいてい彼女が望むものは手に入ったし、不自由を感じたこともなかった。


 しかし、恵も本当は恋をしてみたかった。絢のように一人を愛し続けられることに憧れていた。恵だって、こうしていれば普通の女の子なのだから。


 そんな中、恵の目標タイムで落とせない男子が現れた。恋愛慣れしていないらしい彼は、もっぱら恵の興味の対象になった。内心、恵はこの人となら本当の恋愛ができるかもしれないと期待していたし、実際ふたりの仲はとても順調だった。


 恵が恵たる由縁は、そこで普通の恋愛に発展しない引きの強さなのかもしれない。彼女の「本当の恋愛」への憧憬は一瞬にして崩れ去った。簡単に言うと、彼女はついに初めてを失ったのだった。相手はその彼ではない、久しぶりに会った幼馴染だった。幼馴染はいとも簡単に彼女を虜にし、彼女と寝て、そして去っていった。恵は幼馴染のことが忘れられなくなった。それが恋心だったのかは恵には分からない。しかし、前と同じ気持ちで元の彼を見ることは出来なくなっていた。


 









 恋愛慣れしていたはずの恵が、制限時間で落とせなかった男の子に抱いた感情と、初めてを奪っていった幼馴染への感情。そのどちらかが、「普通」の恋に相当するものだったのだろうか?

 きっと、これも答えは否だ。恵はそれ以降、恋はおろか普通の感情までもを失った。失感情症になった彼女は、前のようなゲームに興ずることもなく一人閉じこもって生きている。それが恋ならば、人類はとっくの昔に滅亡しているだろう。

 それでは、こんな恋愛は「普通」と言えるのだろうか?











 榊は、絢と恵という正反対の恋愛観の持ち主の間で、自分を求めて生活していた。これまで榊が送ってきた日々は、いたって平凡で、いたって平穏だった。ある意味、彼女がこの3人の中で最も「普通」だったともいえるかもしれない。


 しかし、思春期とは変化を求める時期だ。榊も当然、変わりたいと願っていた。少し夢見がちな少女ではあったが、榊はそういうところでも「普通」を貫いていた。榊はもともと見た目には恵まれていて、少し真面目がすぎるところが変わればすぐに人気の的になっていただろう。


 変化は唐突に訪れる。榊は、人生を変える、人間を変える出会いをした。高校に入学して出会った彼は、誰にでも愛される、いわゆる「弟キャラ」を無意識下で担っていた。それは一種の才能である。バスケットに打ち込み、いつでもニコニコ笑顔で、たまにふざけて周りにいじられ、しかし意外な趣味を持っていたり、実の兄のことをとても尊敬していたり、みんなに愛される要素をすべて持ち合わせていると言っても過言ではなかった。


 榊は、彼の「本当は人見知り」というところに言い知れぬ愛を感じていた。榊の母性のツボに、彼の仕草やはにかんだ笑顔はダイレクトで刺さった。榊はもう夢中だった。彼に必死にアピールし、必死に彼に近づこうとした。

 

 そこまでは、絢も恵も微笑ましく思いながら見ていた。やっと、榊が自分の恋愛を始めたのだから当然だ。しかし、恋愛の神というものは時折信じがたいような悪戯をする。榊の恋愛は一筋縄ではいかないところへ来てしまった。


 単刀直入に言うと、榊の恋の相手にはすでに恋人がいた。その恋愛の仕方は絢と似たところがあった。2年近く付き合っているが、デートに行ったのも数回だけ。学校でも普段あまり話をしないし、周囲には一切感づかれていなかった。


 榊は、恵の人脈を使って彼と彼女の関係を調べた。さんざん調べまわって分かったのは、彼のデートへの誘いを、恋人の方が無下に断っているということだった。夏祭りデートでさえも、「友達といくから」と彼女は断っていた。さらに、彼は、彼女は自分との関係を誰にも話していないだろうと思っていたのだが、彼女はあろうことか恵と共通の友人に、自慢げに彼とのことを話していたのだった。


 榊の脳内で、彼の恋人は絶対悪になった。その後、榊が壊れ始めたのは言うまでもない。過去は榊の魅力の一つであった穏やかさは日に日に失われ、榊は彼に執着し始めた。絢は当然そんな榊を見ていたたまれなくなり、「略奪愛だなんてやめて普通の恋をしろ」と言ったし、恵は当然そんな榊を見て面白がり、「さかっきーが珍しく本気じゃん、やっちゃえやっちゃえ」と煽っていた。











 これが、この、人間さえもを変えてしまう邪悪な心が、普通の恋だというのだろうか。

きっと違うだろう。ここに上がった3つの恋は、きっとどれも普通の恋ではない。恋愛の神様は、答えを教えることはせず、ただただ試練のみを少女たちに与える。

 だから彼女たちは、彼女たちに象徴される全世界の少女たちは、今日も願うのだ。


「普通の恋がしたい」、と・・・

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