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槐安のフテラ  作者: 佐々木 律
始まり
5/23

プロローグ5

しかし、自分の名を呼ぶ父の声で、ガウンはふと我に返った。


「どうした、何があった。」


今体験した出来事を伝えようとも、何故か上手く言葉が出てこない。


焦るように周囲を見渡せど、誰かがいる訳でもない。


あの歌はいったい何だったのだ。聞き覚えもない。


ガウンが何とか言葉を見つけ出そうとしたとき、ユタは鼻を動かした。


「まずい、急げ二人とも。あいつら、羅針盤みたいなやつを使ってコアを探してる。ここにもいずれ来るはずだ、村は俺とホギで護る。」


「ユタのことは、誰が護るの。」


働いていなかった頭を冷やし、ようやく口に出せた言葉がそれだった。


ユタは、何故か淋しそうに笑う。


「俺はいつも、おまえに護られてるよ。」


ガウンは初めて、ユタの温もりを直に感じた。


自分を抱きしめる力は、壊さないようにと強さを探っている。


たった数秒ではあったが、ガウンにとっては長い沈黙だ。


ふと目を閉じると、ユタの香りが遠のいていくのを感じた。


首に何か触れている。ガウンの胸元には、青く光る細長い鉱石がかけられていた。


「お守り。俺が昔からずっとつけてたネックレスだから、きっとお前を守ってくれる。」


「駄目だよ、そんな大事なもの。ユタが持ってないと―――」


「俺がガウンに持ってて欲しいんだよ。大丈夫だから走れ、な?」


〈ロギさん、また後で。〉いつものように歯を出して明るく笑ったユタの言葉を合図に、二人と一人は互いに背を向け走り出した。


祠と村の間にそびえる、高く黒い木々を避けながら走る二人は風より速い。


ユタのネックレスが飛んでいかないように、ガウンはそれを自身の服の中に閉まった。


「お父さん、やっぱり私たちも村に戻ったほうが良かったんじゃ」


「俺たちより先に誰かが階段についていたらどうする。ミレーの民に持っていかれちまうだろ。誰かが前を行かなきゃならないんだ。」


ガウンは振り返ろうとした首を、再度前に向けた。


道などないが、階段への一番の近道を辿り続ける。


これまた数分、高い木々が無くなる崖の淵にて二人は足を止めた。


「お父さん、あそこ?」


「あぁ、あれがミレーの階段だ。」


すぐ目の前には濃く重い霧が立ち込め、目を凝らしてみると門のような影が確認できる。


想像よりも巨大なそれに、ガウンは思わず息を飲んだ。


いち早く階段にたどり着くには、この崖を真っ直ぐ降りた方が早い。


しかし、ただでさえ自分のスピードに合わせさせてしまった。ガウンは、不安そうに父の顔色を伺う。


「俺の心配なら無用だぞ。体力ならまだまだ現役だ。」


にやりと笑う父に頷き、ガウンは壁を蹴った。


ほぼ同時に身体を乗り出したアキロギと共に、落ちるように崖を下る。


たまに小岩を足で蹴りながら顔は下に。地面に辿り着く瞬間、両足の裏と崖とで起こる摩擦を利用してスピードを落とし、前転を応用して再び重力に従い走る。


そこからは非常に早く、スピードについていけなかったらしい森は突然姿を消し、二人は広く造られた道に出た。


突如開けた視界に瞬きを繰り返すと、崖上で確認した際より遥かに巨大な門が目の前に鎮座している。


上がる息を整えていると、アキロギは袋を差し出した。


「還すことができず持っては来たが、本来このコレゾアを所持しているべきはガウンだ。おまえが持っていなさい。」


温かい。持ち主から離れても、コレゾアは個を保っている。


さて、ここからどうするべきか。周囲を見渡しても生の気配は無く、本来通ってくる予定であった道の奥から、村の者の影も見えない。


痛いほど眉間に皺を寄せていると、大きな手が頭に置かれた。


「仲間のことを、ここまで気にしてくれるとは。初めて会った時は屍人同然だったのに、今では自慢の娘に育ってくれた。〈成りそこない〉を父親にしてくれて、ありがとう。」


突然どうしたのだ。皺を取り除きそう聞こうとした瞬間、ガウンの体は後ろに押されていた。


予測の外で第三者からかけられた力に抗えるはずもなく、ただただ霧に飲まれる。


必死に手を伸ばそうとも、霧の外にいる父には届くはずもなく。


「もう一度言うぞ。一度階段を抜ければ、元いた岸には戻れない。」


あぁ、そういうことか。この人は最初からこのつもりだったんだ。


何故もっと早くに気がつかなかった。唯一階段の通り道を知っているのだ、一度通ってきたに決まっているだろうに。


〈お父さん〉彼女が最後に叫ぶことのできた言葉は、その一言だけであった。


それでも、父は満足そうに笑い背を向ける。


覚悟の決まっている男の背中というのは、こうも大きく感じるものだろうか。


私を置いていかないで、一人にしないで。我侭だと分かっていても、手を伸ばさずにはいられない。


後ろに勢いよく倒れ込んだ時、既に父の姿は無かった。


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