プロローグ4
それぞれとの挨拶を済ませた後、ガウンとアキロギは黒いオーバーサイズの上着を羽織り、大きめのフードで目元まで隠した。
コレゾアと共に鞄を手に取り、裏口より森と村の境界線へ向かう。
ガウンが先に暗闇へ足を踏み入れ、次にアキロギとコレゾアが線を越えた。
「消えた…」
村を灯していた暖かい光は消え、今自分が立っている場所と何ら変わらなくなってしまった。ガウンはどこか寂しいような感情を覚えた。
「行くか。」
アキロギに促され、ただ建物が立っているだけの集落に背を向ける。
所々で夕焼けの光が差し込まれる細く暗い道を、二人はただ真っ直ぐ歩く。
「この道は、祠に行くためだけに作られたもんだ。足元に気をつけろ、今朝の雨で大分ぬかるんでるからな。」
そうか、ここに屋根はないのだ。
小さなコアの力を借りて、大きな傘で覆われていたのは村だけである。
狭い視界の中、ガウンは必死に父の後を追う。
「お父さん。ここのコアのことを、どうしてヘバルはすぐに気がつかなかったんだろう。」
足を休ませることはせず、ガウンは低い声でアキロギに問いかけた。
「死にかけのコアは、力を発揮しないらしくてな。だからこそおかしな機械を使ってコアを探し回ってる奴らから、上手く逃げられていたんだと思う。きっと力が全快していれば、この森など簡単に生き返らせられるはずだが…何故瀕死を維持しているのか、俺にも分からない。実は祠には昔、一度だけ訪れたことがあるが、できれば二度目は無い方が良かった。」
「どうして?」
「あそこはどうも駄目だ。変な気分になる。」
〈変な気分〉彼はその言葉以外に、その当時の感覚を語ることはできなかったのだろう。
数日前から続く右耳への高音を抑えようと、ガウンは右手で耳を押さえながら不安を吐露した。
「大丈夫かな、皆。ちゃんと階段前で合流できればいいんだけど。」
「あぁ見えてユタもホギも、自分の使い方を理解できてるからな。第一出発組はホギが、第二はユタが援護してくれることになった。俺たちも早く戻るために、早急に済ませよう。」
夕日が沈み、太陽が月を照らし始めるまでは早く、たった数分の間に辺りは闇に包まれる。
足元に気を取られていると、いつの間にかアキロギの足音は止まっていた。
ゆっくりと顔を上げると、三本の太いしめ縄の向こうに、巨大な岩が三個縦に重なっている。
「これが、祠だ。」
想像していたより大層なものではなかったが、たった一箇所の小さな点で岩がバランスを保ち、風にも一切揺れていないことは、人力が加わっていない理由の一つにはなりうる。
この真下に、コアが埋まっている。ガウンは息を飲んだ。
しめ縄の舌を潜って祠に近づくアキロギについて、ガウンも岩に近づいた。
真ん中の岩には、何か文字が刻まれている。
その部分を見つめるガウンに、アキロギは眉を下げて笑った。
「このコアの名前らしいが、どの文献にもその文字の説明は無かった。村にも読めるやつがいなくてな。歴史書には〈第五のコア〉と記されている。」
「ソリエ…」
袋を持つ手に力がこもる。
「ガウンおまえ、文字が読めるのか?」
「違う、そうじゃない。」
ガウンが否定したのは、アキロギからの問いかけではなかった。
〈名〉を呼んだ途端、訴えるかのように岩に文字を刻み始めた。彼女は、コアに対して違を述べたのだ。
どうやらアキロギにその叫びは見えていないらしく、ただ娘の開ききった瞳の内に焦る顔を映そうと手を取る。
どうした。その言葉は、突然の爆発音によって遮られた。
良きか悪きかガウンの意識もそちらに向いた。
音の発生源は、二人がたった今通ってきた道の先。まだ皆が笑っているはずの村である。
「まさか」
コレゾアを還さぬまま、二人は駆け出した。
元来運動神経が非常に秀でているリンネラの民に、アキロギは引けを取らずに坂道を下る。
黒い森に、炎はよく映える。
否が応でも、今現在における最悪事態が起こっていることが分かってしまう。
「お父さん、止まって。」
誰かが来る。往路と比較し十分の一程度の時間で、二人は坂道の中間を過ぎていた。
少々息を上げながら、近づいてくる足音に耳を澄ます。
人数は一人、聞き覚えがある。
「ユタだ。」
ガウンの予想は的中し、暗闇からは焦るように走るユタが現れた。
名を呼び駆け寄ると、ユタはその場に崩れ落ちた。
「ヘバルの奴ら、完全武装で攻め込んできやがった。遠征組も出発させられなかった。任せとけなんて豪語してこの様だ…悪い。」
「謝るな、おまえは悪くない。あちら側が約束の時間を守らないことを甘く考えた、俺の過失だ。」
頭を下げるユタを何とか立たせる。ガウンもユタの肩に手を置こうと、立ち上がった。
しかし目眩と共に、彼女の耳に歌声が刺さった。
「ガウン、どうした?」
一人虚空を見上げるガウンに、二人の言葉は届かない。
詩の無い歌を奏でる声は、ここ最近聞こえていた耳鳴りのような音によく似ている。
あぁ、なんて悲しい声。まるで母親にでも捨てられたようじゃあないか。
何を伝えたいの。ガウンは声の主に問いかけた。
しかし、相手はただただ歌う。
悲哀、寂寥、憤怒。あらゆる感情が入り混じった声。
涙は枯れたのだろうか、音に波も、揺れも無い。
言葉を交わすことができないのなら、せめて気持ちを汲みたい。
ガウンは聴覚以外の四感を捨て、声の主に心を預けようと目を閉じた。




