十二歩,
大きな波を感じ、アネスは目を開いた。
同時に聞こえた呼吸音で、ガウンが意識を取り戻したことが窺える。
「ガウン、ガウン聞こえるか。」
何とか耳元に近づき、アネスは潜めた声でガウンに語りかける。
懐かしくも儚い夢でも見ていたのだろうか、開かれたガウンの瞳は潤っていた。
「アネス…?」
「休息も必要だと思ってな。おまえを担いだ者共のしたように、私もおまえを起こさなかったのだ。」
休息、起床。それらでガウンは、ようやく目を覚ます。
「私が倒れてから、どれくらい経ったの。」
「分からぬ、私も少々休んでいたからな。ここが何処なのかすら把握できていない。」
何故か痛む頭を抑えながら状態を起こした時、ガウンは数点気がついた。
一つは、明らかに客人用でない生活感のある部屋の寝台に寝かされていたこと。
もう一つは、コートが脱がされていなかったこと。
そして更にもう一つ。
「ロンフォスが、無い。」
いつの間に手元を離れた。焦り立ち上がろうとするガウンを、アネスは制する。
「落ち着け、今突然動くのは懸命ではない。ここは我々の知らぬ地だぞ、何をしようにも圧倒的不利になる。」
それに。アネスはそそくさとガウンのコートへと戻る。
「おまえが目覚めたことを確認に来たようだ。頭と顔を隠せ、早急にここを出ることも考慮しながらな。」
アネスの指示通り、ガウンはマフラーを巻き、フードを深く被る。
その僅か数秒後、幼い少年が岩のような扉を軽々と開いた。
「あれ、起きてる。」
直ぐ様扉の外に向けて〈母さん〉と叫び走ったかと思えば、再び部屋の中へと駆け込んできた。
「おはよう!」
突然真顔で朝の挨拶をされ、ガウンは戸惑いながら軽く頭を下げた。
「よかった、言葉は通じるみたいだな。」
輝く瞳でガウンに近づこうとしていた少年を、大きな男が後ろから抱き抱えている。
褐色に赤とは、随分と映える。異様に深い赤に、ガウンは取り憑かれそうな恐怖を感じた。
「はいはいちょっと通るわよ。さ、まずはご飯を食べなさい。よくもまぁそんな身体であの砂丘を飲まれずに歩いてたもんだわ。」
「は、あの…」
「空腹は最大の毒よ。はい、早くスプーンを持つ!」
これまた勢いの凄まじい女性だ。ガウンは押されるがままに、彼女の持ってきたスープのようなものを口に含む。
経験したことのない味であった。
色は透明なのに、何故か肉の風味がある。味付けの仕様が独特なのだろうか。
美味か不味かで言えば、まったくもって前者である。
自分は、空腹だったのか。本能を失念するまでに、深い夜であったのだろう。
「お口に合ったようで良かったわ。私はエレルよ。」
長く伸びた黒い髪の毛を耳にかけ、エレルは腕を組んでいる。
「俺はドレアラだ。ちなみに、エレルは俺の嫁さんで、このちびっ子は俺らの倅だ。」
聞いてもいないことを鼻を伸ばしながら名乗るがたいの良い男は、未だ少年を担いでいる。
「僕、モンド!お姉ちゃんの名前は?」
暴れるようにして尚ガウンとの距離を縮めようとするのは、幼さからくるものだろうか。
「私は、ガウン。助けてくれてありがとう。」
「ガウンお姉ちゃん!」
何がそこまで楽しいのだろうか。モンドはきゃっきゃきゃっきゃと騒ぎながら、意味もなく叫んでいる。
「ベッドから食事まで、迷惑をかけたようで…ごめんなさい。でも、本当に助かった。何かお礼をしたのだけれど、生憎そこまで時間的余裕は無いから、せめて早くにここを出たいと思ってる。私の背負っていた大きな荷物があったと思うんだけれど、それは一体何処にあるの?」
何か変な質問でもしただろうか。親子三名は皆目を開き、互いに表情を確認し合っているようだ。
「そうか…見たことない武具のことか?それならおまえさんの枕元に置いておいたが…」
そう言ったドレアラが見ても誰が見ても、ロンフォスはそこには無い。
「もしかしたら…」
エレルは思いつく節があるのか、両目を閉じ眉間を押さえている。
「あれが無いと困るの、大切なものだから。」
「それは更に困ったわね…何もしてなければ良いのだけれど。」
困っているのはこちらの方なのだが。
唯一自由に扱える大きすぎる戦力だ、失ってはアネスに翼を返すことすら出来なくなる。
いてもたってもいられず、ガウンは寝台から降りた。
「在り処の予想がついているなら、案内して欲しい。初対面のくせに迷惑ばかりかけているということは重々承知しているけど、お願い。」
丁寧に掛毛布を畳み、ガウンはエレルに頭を下げる。
やめるようエレルが手を出そうとした瞬間、何処かから大きな爆発音が響き渡った。
何事かとガウンが身構えると、エレルは更に眉間に皺を寄せる。
「違うの、違うのよ。どうやら迷惑をかけているのはこちらの方だわ。」
訳が分からずドレアラに視線を移すと、そちらもそちらで目を覆いため息をついていた。




