プロローグ2
いつの間にか、ガウンの表情も硬くなっていた。
「あくまで瀕死の状態なだけでな。それは何故か。この森にもコアが存在しているからだ。」
更に表情は強張る。
有り得ないと思っていたことが現実であったからである。
彼女もコアの可能性を考えていなかった訳ではないが、そうだとしたらあまりに生命の風を感じない。
何を元に動くコアかは分からないが、おそらくこの地に源が無いにも関わらず存在しているため、今の環境となっているのだろう。
ヘバルほどの人工力があれば、また歪んだ形で作用し続けるのだろうが。
「放棄の原因はそのコアだ。ヘバルの奴らにその存在がばれた。」
「知っていて放置していたわけではないの?」
「どこより誰よりコアを欲しがっているからな。死にかけでも手に入れたいんだろうよ。」
そこで今晩の予定に移る。アキロギが宙に手をかざすと、周囲の光が集まり大きな地図が作られた。
「この馬鹿でかいのがヘバル、橋の向こうがこの森だ。まず明日の日の出前に、ヘバルの反対方向に向かって山を下る。この山は端の殆どが崖だが、都市への橋から正反対の位置に、もう一つ大陸に繋がる階段が存在する。」
〈ミレーの階段〉世界中を飛び回る商人たちでさえもその階段は避けたがり、可能な限りヘバルからは連絡飛行船に乗り移動するという。
ミレーの階段が恐れられる一番の理由は、〈失う〉ことにある。
山から数メートル先は濃霧に覆われており、更に階段にはいくつかの分岐点が存在する。
そのため、道を知る者でなければ、まず道を失う。
道を一つでも違えれば最後、元の道に戻ることもできず階段を彷徨い、そのまま自我を失ってから命を落とすという。
しかし、ただ正解の道をたどれば良いという簡単な話でもない。
橋の上で自我を失った魂たちが、生者達を惑わせに来るのだ。
〈ミレーの民〉彼らは、ただ階段を下りきりたい一心で生者の記憶を読み、一番愛している者に化けることで道を失わせにかかってくる。
騙された者もまた命を失い、民ばかりが増えていく。
民も民とて、もう二度と霧を抜けることはできないというのに。
偶然と意志が重なって階段を抜けられたとしても、そこからもう一度向こう岸に戻ることは不可能だという。
「誰がその道を知っているの?」
「この村では俺だけだ。」
アキロギは、再び地図を指さした。
「俺が先頭になって、全員で大陸に抜ける。そこからもまだ距離はあるが、ミレーの階段程危険な場所は無いはずだ。目指すゴール地点は、ここにある。」
彼が拳を握ると地図の縮尺が大きくなり、ヘバルまではいかないものの、巨大都市に区分されるであろう一国が画面を埋めた。
「観音都市ノスカヴィアだ。」
「ノスカヴィア?」
聞いたことの無い名だ。
ネイラの森にいた際に世界史はある程度頭に入れていたつもりであったが、ガウンは首を傾げた。
「その名前が正しいかは分からない。何分にもこちら側で作られた全ての地図は、ミレーの階段より外を全て想像で描いているからな。」
「じゃあそのノスカヴィアも存在しないかもしれないってこと?」
「いや、存在はしている。昔俺がノスカヴィアのものであろう石の壁を見たのが、確たる証拠だ。」
仮に全員がその地にたどり着いたとして、その後はどうするのか。ガウンの頭の中は、不安と緊張ばかりがある。
「その後に関して、今はまだノープランに等しい。」
アキロギが手を下ろすと同時に地図は消え、部屋の明かりに全て吸収されていった。
「石壁の向こうに、まだ俺の知り合いがいるはずだから、まずそこを当たってみるといい。長居はできないかもしれないが、そこから始めよう。」
食事の再開はしたが、普段のような落ち着きがあるはずもなく、先程からこの家の扉は引っ切り無しに叩かれている。
「ロギさん、いつもの風邪薬が切れた。子供の熱がまだ下がらなくて、早くしないと出発に間に合わなくなるかもしれない。」
「ロギ、出発を少し早めることはできるか。うちの爺さん足が悪いから、予定時刻通りに階段まで辿り着けないかもしれないんだ。」
「ロギや、明日は日が昇る前に村を出るんだったかい。」
アキロギは、家の奥から薬草を取り、出発を日の出後に早めることについての伝言を預け、老婆の不安を取り除いてから、ようやく扉を閉じようとした。
すると、隙間に勢いよく飛び込んできた腕を挟みそうになり、反射的に扉を再度押した。
「ユタ、無理矢理にも程があるだろうが。」
「悪いロギさん、急ぎなんだ。」
息を上げたユタが手に持っていたのは、緑色に輝く石であった。
「コレゾアはどうする、村の殆どのやつが持ってるだろ。」
〈コレゾア〉コアの破片である。
およそ十年前。ヘバルがネイラの森のコアを引き抜き変形させた際に、コアが叫び声を上げた。
我らのそれとは程遠いが、理由なき涙を誘うものであったらしい。
リンネラの民は、それを〈痛み〉によるものだと訴えた。
しかしヘバルの計画が止まることはなく、コアは一度大きく割れてから光を失った。
その破片であるコレゾアが世界中に飛び散り、今ではヘバルの者〈以外〉のどこかの民の手に握られている。
真下にいたはずの枯れた者達の元に光が届かなかったのは、コアの最期の足掻きだったのであろう。
一方で、ヘバルの真隣に位置する名も無き森のこの集落には、空から注がれるようにコレゾアが降ってきたという。
「これを持っていたせいで、この森のコアの存在がばれた可能性も否めないと思う。たしかに俺たちは、これのおかげで〈魔法〉を使って生活できてたけど、この森のコアを動かすために俺たちが後追われちゃあ、村を捨てる意味がない。」
「お父さん、私もそれは考えてた。村と一緒に森に還した方がいいかもしれない。」