八話,
「これまた…この部分は、先程の翼かい?」
「そう、これからもそこは開けたままにしようかと思って。」
「どうしても不自然さは外せないか…。とりあえずやってみるよ、少し休んでてもらってもいいかな。」
ガウンはその言葉に甘え、少々腰を下ろすことにした。
滝の裏の壁に寄りかかり、水の流れる音を聞きながら目を閉じてみる。
先程まで聞こえていた民の声はもう聞こえない。
きっと、ミレーの自我が戻ったことに気がついたのだろう。
それにしても、これからどうすべきかは未だ問題だ。
向こう岸へ渡ってから、どうノスカヴィアへ向かうか。
この階段に閉じ込められているミレーはが、目的地までの道を知るはずもないだろう。
父が残した地図は、ここを下る為のものに過ぎない。
仮に上手く事が運び都市にたどり着くことができたとしても、父の知り合いという者の特徴も何も知らないというのもまた大きな問題である。
わざわざ危険を冒してまで階段を上り、あの森までやってきたのだ。会う者全てにアキロギの名を聞くべきでもない。
無理に、出てくるべきではなかったのだろうか。
あぁ、嫌になる。一緒に眠りたかったと望めば、皆に叱られると分かっているのに。
自分が今やろうとしていることは、きっと復讐というものなのだろう。
怨恨や憎悪だけで心臓を焦がしながら、目的もなく動いている。
明確な終焉が見えないというのは、ここまで自分を恐怖に蹴落とすものだったとは。
ガウンは聴覚も遮断し、小さく息を吐いた。
「それで、君はなんでそんなことになってるんだい?」
ガウンの緊張が少々解れたことを感じ、ミレーは小さな声でアネスに問う。
「力を温存するためだ。普段の姿では体力の消費も増える。」
「そうじゃなくて、どうして君の翼を華奢な少女が持っているのかってことだよ。」
ミレーは器用に手先を使い、ガウンのコートの解れた糸を直していく。
アネスは、ようやく自身で風を操り、ミレーの真ん前に座り直す事ができた。
「私とガウンの目的が同じであるからだ。何より、あの場ではそうするしかあの子を救えなかった。」
「他人の力で記憶を視てしまったのは些か不愉快ではあるが、君たちの方がよりそう感じているだろうね。最後の生き残りだったから、情でもかけたのかとばかり。」
くすりと笑うミレーに対し、アネスは不機嫌そうに下を向く。
「本当に君たちの迎えたい終焉は同じかな。」
「何が言いたい。」
「いや、ただの僕の勘だよ。向かうべき場所は同じにしても、エピローグが重なるとは限らない。まぁ君たちの関係性は、コアとそれに生かされる者だからね。彼女が産まれたその瞬間からその事実は変わっていないし、今後も変わることは無い。ともすれば尚更、この可能性は考えるべきだとは思うかな。」
いつの間にか修繕が終わっていたのか、ミレーは悲しそうにコートを広げていた。
「この歳で二度もか…同情しかしてあげられないというのが、辛い立場だね。」
「だからこそ、我々は何も言えまい。我々に家族というものは存在しないのだから。」
「そうだね、僕らはいつだって独りだ。だから、彼女も今はひとりぼっちだよ。」
ミレーは皺なくコートを畳み、今度は周囲の水を集め始めた。
何をするのかと問うアネスに、彼はただ笑みを返す。
瞬く間に水が細い糸のように変化していく。
「フードだけでは、リンネラの民だと勘付かれる可能性が高い。少しでも足しにしてもらえるようにね。」
まるで編み物でもするかのように、ミレーは両手を動かす。
彼が作ろうとしているのは、どうやらマフラーらしい。
「このコート、きっと彼女の父親のものだろう。彼女の身体を見るに、首元やコートの内側の部分に彼女の血痕が付くのはおかしい。視えてしまった時に、父親の姿も確認できたのがまた、ね。これを唯一の形見とするには、相当な数の傷を背負わなければならないはずだ。」
よく悲しみを受け入れることができたものだ。ミレーの手は、ガウンの記憶が過る度に止まっているようだった。
「そんな中で僕は救ってもらったのか。たったこれだけで礼としようとするなんて、それでもコアかと思われてしまう気がするよ。」
「私がガウンを付き合わせてしまったのだ。…いや、これはあの子に利用したと思われても致し方ない。私にとってお前は友人でも、ガウンにとってお前はこの階段の守護者でしかないのだから。」
「こんな僕らが崇められているなんて、惨めすぎて笑うしかできないな。」
さぁ、できた。ミレーが完成したマフラーを広げた声で、ガウンも目を開く。
眠っていたのだろうか、彼らの声が今の今まで聞こえてこなかった。何度か瞬きをしてから、ガウンは再び滝の向こう側へと戻った。




