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槐安のフテラ  作者: 佐々木 律
ひとりと独り
11/23

二歩,

問題はこれからどうするかである。


何から始め、何をし、何処へ向かうか。


ガウンは、父から渡された階段を下るための地図を開いた。


「とりあえず、階段を降りよう。今私がヘバルに行ったところで、できることは無い。明確じゃない敵は倒せないから。」


「階段とは、ミレーのものか。そこを下って何処へ行く。」


「アネス、欠片の状態での記憶はないの?」


コアは万能ではない。アネスは首を振る。


「欠片が集まっても、私には本来の十分の一程度の力しかないのだ。おまえたちが〈私〉を集めてくれたおかげで、私はガウンに声をかけられた。それがさらに破片となれば、私は多数分裂のあまり自我を失くす。」


意外であった。


コアというものは、全ての物質を自在に操り、どのような状況でも思うがままの能力を弊害なく扱えるものだとばかり考えていたのである。


〈万能ではない〉無能でも無いが、何においても融通の効く存在ではないのだろう。


「階段を降りたら、お父さんが言っていた観音都市ノスカヴィアへ向かう。道は、探り探り行かなければならないけど。」


「急ぐことはない、鋼鉄の者は未だ動きを見せていないからな。私が離れてから、〈鉄のコア〉の泣き声は聞こえぬ。」



燈の傍に落ちていたアキロギのコートと彼の鞄を手に取り、それを被ったガウンは髪の毛を隠すようにフードを被る。


「アネス、もう少し小さくなれる?馬の格好だと力の消費も激しいでしょう。」


「うむ…これが本来の姿のせいか、別の形が思いつかぬ。」


とりあえずこのまま小さくなってみようか。アネスの周囲に風が巻き起こり、彼を砂埃が包んだ。



「これでどうだ。」


先程の重く、威圧感のある声とは程遠い、小さな子供のような声に、ガウンは目を丸くした。


先程まで大きく美しい緑青の雄馬がいた位置で、ふわりと羽を動かしている角の生えた小さな小さな龍が浮いている。


「翼がなければ少々視界が狭いが、大分力の消費は抑えられるな。ありがとうガウン、良い案だ。」


大きさで言えば手乗りサイズ。ガウンはアネスをそっと手で包み込み、自身のフードの中へと誘い込んだ。


「行こう、階段の向こうへ。壊すべき歯車を見つけ次第戻ってくる。」



アネスを護らなければ、自分などより大切なコアなのだから。


ここからの旅は孤独かもしれないが、翼があれば問題ない。



待っていろ、すぐに破壊してやる。奪われる痛みを理解しろ、傀儡共。



ガウンは、村を出た。


次に戻ってくる時は、皆の元へ向かうことを胸に誓って。





長く続く崖と隣り合わせの道を歩き続け、ようやく階段の門前へと辿り着く。


二回目だ。もうその霧に、ガウンは恐怖など感じていない。


「霧と階段は見えているな。」


アネスの確認に、ガウンはゆっくり頷く。


「私は、向こう岸に渡った訳ではないから。」


今度は自分の意思で、彼女は門をくぐった。



奥へ奥へと、霧に引き込まれる。まるで魂でも吸われているようだ。


まっすぐ前を見つめ、ガウンは父の地図を取り出す。


「この矢印の通りに行く。お父さんが向こう岸から階段を通ってきた時の、反対に行けばいいはず。」


当時のアキロギが作ったのであろう地図の開始地点は、おそらく向こう岸。


即ちこちらから行く際は、彼が記した開始の目印の反対側から行けば良いのである。



果てなく見える道をただただ進むと、ぼんやりと形の違う道が姿を現し始めた。


「分かれ道だ。」


アネスの言葉に、ガウンは矢印の方向を確かめた。


最下部のそれは、〈右〉を指している。


「左に行こう。」


くっきりと道が確認できると、ガウンは迷うことなく左方に曲がった。


正解か不正解かが分かるような音や変化もないため、不覚にも不安を募らせてしまう。


「大丈夫だ、父を信じろ。」


アネスの声にて頭を冷やし、ガウンはそのまま道なりに進んでいく。


次を左、今度は右。また右、そして左。何も考えずに、ただ父の指示に従う。




長く続いてきた分かれ道が三本に増えた時、霧が揺れた。


矢印の指す方向は〈上〉。即ち、そのまま突き進めという意味である。


しかし、意味深にも左方・中央・右方全ての霧は蠢く。



そして数刻の後動きを止め、形を成した。



「まったく、相変わらずの悪趣味だな。」


アネスが悪態を付ける上で、ガウンの瞳も鋭くなっていた。


「この霧全てに、私の記憶が読まれたということでしょう。気分はあまり良くない。」


ガウンがそう感じた理由は簡単。右方には村の家族、中央には傀儡共、そして左方にはリンネラの民が勢揃いしていたからである。



確かにこれは、悲痛と心憂さの中にいれば惑わされる。


更に中央に憎悪の対象が鎮座していれば、無論近づきたくもない。



「相手の心を抉るのが得意分野だということは分かった。階段を下りたいなら付いてくればいい。私は惑わされない。」


表情の変化すら起こっている傀儡と、ガウンは目があった。


「申し訳ないけれど、虚像には興味がない。」



霧をかき分け、彼女は振り返らずに道を進んだ。



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