8.里帰りは手強いのじゃ
まあ、なんてのかな?
ワシの本名は「ドンキー・ベンジャミン・リックダム」じゃ。
ベンジャミンは自分で付けた名前じゃ。
リックダム家の4男なのに、お師匠の性であるブロウガンを名乗っているのは、止むに止まれぬ理由がある。
家を捨てた。良い想い出が無かった。語呂が悪い。等々、小さい理由は幾つかあったのじゃ。
世の夫婦が離婚するにあたり、不満が理由に挙げられる。
日頃の小さな不満が積もり、合計として大きな不満となる。限界ギリギリまで不満が膨れあがった時期、ちょっと先端が尖った不満で突くだけで破裂するもんじゃ。
それがきっかけで離婚となるが、理由はそれでは無い。真の理由は、小さな不満の集合体じゃ。
それを踏まえ――、
一言で言えば「リックダム家」は、極貧貴族で有名じゃったおので名乗るのがみっともなかった! これが理由かのう?
リックダム領は、ウナギの寝床みたいに細長くて短い領土なのじゃ。
山は万年雪を被っておる高さだし、平野部は村が3つばかりの広さだし、海岸部は殆どが崖だし、全体が坂道だし。
領内を流れる1本の川は滝なって海に落ちとるし、森林はただの雑木林だし……。
山間部は寒いし、海岸部は暑いし、気温差の為が激しい為か強い風が吹き荒れる。育つ作物はエン麦くらい。
こんな土地で、どうやって内政すれば良いの? 一番上のお兄ちゃんが可哀想じゃ!
そこへ、救世主爆誕!
ワシ参上!
いらない子だった4男が、中央で大出世して帰省!
女王陛下直属の役職は大臣クラス。咥えて軍部と宗教界に多大なるコネを持つ!
後半、言ってて赤面物じゃが、家の役には立つ。これから我がリックダム家は大手を振って社交界を歩けるのじゃ!
使用している馬車も高価な一品。屋根付きはもちろん、完全防音の密封型(換気窓有り・オプション)! 豪華ソファ仕様。各種飲料ボックス添え付け型。エクストラデラックスコンチネンタルじゃ!
一週間もの旅も楽ちんじゃ!
「ご主人様、到着で御座います」
おお! 家に着いたか!
故郷に錦を飾るのじゃ!
前の宿に宿泊した際、先触れの使者を出しておいたからのぅ。これはドッキリ帰省じゃないからの。
御者が、ドアを開けた。
おお、皆それなりの経時変化を得ておるが、懐かしい家族が! 笑顔で出迎えてくれる!
これだけで帰省の苦労が報われるというもの!
「よし! イレーズ、降りるぞ!」
「はい!」
ワシに続いて飛び降りるイレーズ。
イレーズはワシの家族と面識が無いからのう。挨拶の前に紹介じゃ。……下手打つと愛人と間違われてしまいそうじゃからの。
「父上、母上、兄上、お懐か――」
「イレーズちゃん!」
え?
「元気にしていましたか? イレーズちゃん!?」
「おばあさま!」
イレーズが母上の胸に飛び込んでいる?
厳格だったはずの父上の目にうっすらと涙が?
それを温かい目で見ている一番上の兄ちゃん?
あれ? 養子に行ったと思ってた2番目の兄ちゃんと、騎士になったはずの3番目の兄ちゃんも並んで見守ってるよ。フンワカした目で。
我が一族の目に、宮廷付き魔術師長たるワシは映っておらんようですが……?
その3番目の兄ちゃんがワシの存在に気づくなり、ダッシュしてきて胸ぐらを掴まれてねじり上げられた! なんで?
むっちゃ怖い目でメンチ切られておる?
「おいドンキー! おまえ自分がやったこと自覚してるか!?」
えーっと、ザル・ソバ作って、フランクリン戦争に参加して。それからそれから――
「おまえの娘だろう!?」
え?
「生まれたばかりの娘を放っておいて! 顔を見せに来ないばかりか、手紙一つよこさない! この人でなしがッ!」
そっかー、愛人ではなくて娘かー。
あーっ! やりやがったーっ!
そもそも――、
転生したては、お師匠様といえど赤子のはず。誰が育てた?
赤子の時より何らかの魔法を使って強制的に保護させた説を採用したい。そして楽をして暮らしたはずじゃ。(第一話参照)
よりによって我が家に寄生しておったかーっ!
男ばかりの兄弟だったから、女の孫はチヤホヤされること間違いなしっ!
いやいやいや! イレーズはワシの娘ではない! 誤解じゃ!
「違う! 誤解じゃ!」
「子ども作っておいて何が誤解だ! この放任オヤジが!」
死ぬから、首絞めると人は死ぬから!
「お、おっきい兄ちゃんたしゅけて!」
家を継いだであろう長兄の理性に期待するのじゃ!
「何が兄ちゃんだ、くそドンキー! 身元も不確かで目が逝っちゃってる浮浪者に生まれたばかりのイレーズちゃんを託しやがって! 浮浪者が人買いにイレーズちゃんを売るって可能性を考えなかったのか!」
その浮浪者は、イレーズによって脳をいじられておるはずじゃから、安全じゃよ。
厳格公正な父上に、助けての視線を……あ、怒ってる。
「これを忘れたとは言わせんぞ!」
これって何?
目の前にぶら下げられた、黄ばんだ紙切れを読んでみる。
『この子の名前はイレーズ。僕の子どもです。母はイレーズを産んですぐ亡くなりました。僕は仕事が忙しいし男で一つなので育てられません。よろしくお願いします』
……はて? 「僕」って誰じゃろうね?
「こんな大事なことを大金を繰るんだ包装紙なんぞに書きおって! いまさら親の顔してんじゃねーぞ!」
親の顔ってどんな顔じゃろうね?
父親はワシを助ける気ないみたいじゃから、次の家族に期待じゃ。
母上は……鬼の形相じゃ。
「毎年まとまったお金を送り続けた点は評価しましょう。でもねドンキー、あなた子どもはお金で育てるものと勘違いしていませんか? 母はあなたをそんな子に育てた覚えはありませんよ!」
お金はワシの生活費を削って送り続けた仕送りじゃ! イレーズの為に用意した物ではない!
ちっこい兄、おっきい兄、父上、母上と誤解が続けば、次兄もおそらく……。
「イレーズちゃんが、どれだけ寂しい思いをして幼い日々を送った……と……」
ワシの推理は正しかった。そして泣き出したよ。
兄ちゃん、人情家だったしなー。
ああ、ワシの意識が寂しくなってきた。そろそろ、異世界の柵を越えそうじゃ。
理不尽感は一旦棚に上げておいて、命乞いに残った生命力をかけるのじゃ。
「わる、かった。た、たしけて」
「今日がおまえの命日だ!」
首に手が掛かった。
真面目に殺しにかかっておるのね。
「やめてください! 暴力はいけないと思います! おじさま!」
「うんそうだね、イレーズちゃんの言う通りだね」
おじさまと呼ばれると途端にデレっと形相を崩し、兄ちゃんはワシの首から手を離した。
ワシの言うことは聞く耳を持たんが、イレーズの言葉は無条件で聞くのね。
「皆さん、誤解しておられます」
うむ、誤解を解いとくれ。ワシは新鮮な血液を頭部へ送るのに手一杯じゃ。
「父とは魔法使いの手段、つまり使い魔を使って連絡を取り扱っておりました」
使い魔なんぞ使役しておらんし。だいいち、そんな魔法あったかのう? ワシは知らんぞ。
「証拠をお目にかけましょう! 使い魔のカラ助君!」
「カアァー!」
バサバサと空から降ってきたのは大鴉。
「わたしの使い魔で、カラ助君と言います」
「カー!」
ウン知っとる。
ロリコンをこじらせたニンジャのカラス君じゃな。
イレーズの仕込みじゃな!
「カラ助君、ここはもう良いから遊んでおいで」
「カー!」
頭をなでなでされたニンジャ四天王の一人カラス君。夢見心地で空へ舞い上がっていった。
どこまでも、どこまでも高く高く、永遠に高く……。
「カラ助君を通じてお父様と連絡を取り合っておりました。だから、わたしは寂しくなんかありませんでした。いつもお父様がそばにいてくれたから。現に、13年ぶりに会ったわたしを一目見るなり、弟子にして頂けました。誰一人弟子を取らなかったお父様がですよ!」
でっち上げにしては整合性がとれておるのぅ。
それよりも、我が家族が全員泣いておるのじゃが、いままで詐欺被害にあったことが無いか、心配じゃのぅ。
「これから、お父様がわたしの師匠です。魔法をお父様、いえ、師匠にみっちり教育してもらいます。二人で13年間の空白を埋めるんです!」
イレーズは、目を手で押さえた。イレーズは何枚猫の皮を被っておるのじゃろうかの?
「うっ、ううっ! 健気だぞイレーズちゃん!」
「お爺さま!」
「も一回呼んで!」
「お爺さま!」
「良い子じゃイレーズちゃん! 儂は良い孫を持った!」
リックダム家、全員が声をあげて泣いておる。
使用人の方々も目を押さえておる。
もはや、間違いを正すことは出来ぬ。言えば、今度こそ全員(使用人含む)が剣でもってワシの体をつつくじゃろう。
……退路を断つ戦術をとらせたら、イレーズの右に出るものはおるまいて……。
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