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7.休暇を取ったので久しぶりに里帰りするのじゃ


 式典はまだまだ続くよッ!(やけくそ)


 いい加減疲れてきた。主に精神面で。


 早期退職の目はどこかへ行っちゃったし、慣れない戦争(慣れたら負け)で腰は痛いし、心当たりの無い功績が認められるし、左腕の握力はまだ戻っとらんし……。

 ……さりとて敬愛する女王陛下の前で、不作法はできんし。


 うん、禁呪を使おう!

 ワシのオリジナルじゃ!


『ヴォルト・テイステニー(こっそり)』


 うむうむむ! 利いてきたぞ!


「ん、どうした我が友よ? 顔色が悪いぞ?」


 騎士隊長じゃ。ワシの顔を覗き込んでおる。


「いや、うん、なんじゃろう? 体が重いような、だるいような?」

「どれどれ、私が額に手を当てて熱でも――はっ! 高熱ですぞ!」

「毒の短刀で刺されて無茶な治療をした為、細くなった腕が痛むのじゃ! 慣れない従軍で目眩が……あ、戦争で魔法を沢山使ったせいか、意識が!」


 ワシが使ったのは、発熱、および身体弱体化の魔法じゃ。

 欠点はマジでしんどくなること。立ってらんない。

 式典の間が大騒動となってしもうたわ。


「ドン、じゃなくて師匠! 気を確かに!」


 イレーズが血相を変えておる。

 これは身体強化系と同系列の魔法ゆえ、魔力が外部へ出ない。よってお師匠様(イレーズ)でも探知は難しい。


 初めて、お師匠様を抜くことができたぞ。と、心の中でサムズアップしながら意識は混沌の海へ……この魔法……効き過ぎじゃ……。

  



 6時間後にはすっかり回復。スッキリ爽やかな目覚め。


 どうやら自宅のベッドのようじゃ。足下には……イレーズが突っ伏しておる。

 え? まさか前みたいに徹夜で看病してくれたとか?


「う、あ、目が覚めたかドンキー」


 右頬にバッチリ布団の型が付いておる。


「さっき様子を見に来たばかりなんだけど、うっかり寝てしまったみたい。夕べはぐっすり寝たから。し、心配なんかしてません事よ! オホホホ!」


 ……あれじゃ……。お師匠様、ご免なさい。




 まともに朝食を食べた後、イレーズが、あの後の経緯を喋ってくれた。


「そりゃ大騒ぎだったわよ! 特に女王陛下の狼狽えっぷりが半端なかったわね」


 ごめんなさいごめんなさい。もうあの魔法は使いません。


「――で、色々とあって魔術師長殿は疲れているのだ。ならば長期休暇を取って英気を養ってもらおう話に落ち着いた。期間は一ヶ月間で延長可。公費も出るぞ!」


 うっ、眩しい笑顔じゃ。イレーズが発光したかのように笑ったのじゃ。何か企んでおるのかの?


「弟子として、わたしにドンキーの世話をせよと勅命が下っている。さあ、旅行に行こう!」


 どうして旅行に繋がるのかが理解に苦しむ所じゃ。


「海が良い? 山が良い? あ、川で魚を釣るのも捨てがたい! キャンプキャンプ!」


 完全に自分が主でワシは副じゃの。


「ドンキーよ、今度は倒れぬように気をつけるのだぞ」


 うん、あれは意図的だったんで、大丈夫じゃよ。


 イレーズがいやらしい表情で笑った。

「例え意図的であろうと、抵抗値が下がるのだ、本物の病気を抱え込んでしまうと死に直結する。これこそ真の危険。あの呪文は禁じ手にせよ」


 あ、ばれてたのね。


 今世紀最高に美しい土下座で許してもらえた。




 話は元に戻して。……1時間ほどくどくど言われたが、話は元に戻るのじゃ!


 行き先を選ぶ権利はワシにある。イレーズに邪魔されるいわれはない!

 そうじゃの……古里へ錦を飾る、ってのはいかがな物じゃろうか?


 師匠に弟子入りした14才の時より、古里へ顔を出した事がない。

 実家は男爵家じゃ。都より片道一週間のド田舎。そこで我が一族が、小さな領土を慎ましやかに経営しておる。


 ……じゃが、地形が……、その……縦に細長いというか、ウナギの寝床というか。

 山に平野に海を持っておる、と言えば聞こえが良いがの……。


 南は峻険な山。中央に僅かな平地。南は海に続いておる。

 海を持っておるが良い港は無い。むしろ崖と言った方が適切。

 都の劇団で演じられるサスペンス物を観劇していて驚いた。最後に犯人が追い詰められる場所にそっくりじゃ。

 川はあるよ、そこそこ流れの厳しい川が。海に川の水が滝となって落ちておるわ!


 標高差はどれくらいかのう? 一番奥の山で蹴躓いたら、転がって海に落ちると言われておる。


 そんな土地で何を作れば良いというのか? 畑に出来る土地は少ない。浜が小さいので漁も難しいし、干潮差も少ないので塩も生産しにくい。とうぜん、観光資源すら無い。


 そんな貧乏貴族で子だくさん。

 ワシは4男坊。


 4男ともなると肩身が狭い。家を継ぐことは当然あり得ない。長兄に万が一のことがあっても次兄が、次に……3人目の兄は……三兄で合ってるのじゃろうか? 控えておるし。


 家は継げない。養子に出るにしても、我が家は金も無いし、地位も低い。

 子どもの頃、そんな家で生きていて、肩身が狭かったのう……。


 でも今やワシは、宮廷魔術師長! こないだ出世して女王陛下直属となった!

 もうこれは実家に自慢するしかないではないか?


「ドンキーの故郷? いいんじゃない?!」


 イレーズが賛成するとは思わなかった。彼女はワシの故郷の真実を知っておる。

 王都から一週間かかる遠方にあることも知っておる。

 きっと反対すると思っておったわ!


「そうと決まれば、あまり重たくないお土産を沢山買って凱旋帰郷じゃ!」


 里は日々の生活にも困窮しておったからの。塩だとか香辛料だとか各種小袋で持って帰るだけで大喜びじゃろうて!


 そうじゃ! 兄たちに子どもも出来ておるじゃろう。日持ちする干菓子も買っておこう!


 立派な馬車レンタルも仕立てよう!


 なめプ結構!

 毎年仕送りをしておるんじゃ。どうこう言われる筋合いは無い!


「イレーズ! このリストに書いていてあるお土産を買ってくるのじゃ!」


 そして、ワシらは片道一週間の旅に出た。




 で――、さっそく最初の町で、イレーズが軟派な若者達に囲まれおったわ!






 都の近くは実力者貴族の領土で固められておる。主に王都防衛の為じゃ。


 事件は、昔、王族より分家した貴人が立てた家。ストラスフォールド侯爵家領での事じゃった。


 その中心都市で宿を取り、イレーズにせがまれるまま町中を見物としゃれ込んだ。

 問題が起こったのは、イレーズが勢いよく宿を飛び出した10秒後のことじゃった。


「彼女可愛いねぇ。私と付き合う許可を与えよう」


 金髪碧眼高身長の美男子が、イレーズに声を掛けてきおったのじゃ。18歳位かのう?どこかイラッと来るナンパ男じゃ。取り巻きを5人ばかり連れておる。


 何事かと固まっておるワシら師弟に、取り巻きの一人が下卑た笑みを口元に浮かべながら、以下の解説を買って出た。


「こちらにおわす御曹司は、この地を治めるストラスフォールド侯爵家嫡男、ウイリアム子爵様であらせられます」


 ……また面倒なことに……。


「ちなみにお幾つになられるのかな? ストラスフォールド子爵である私へ答える許可を与えよう」

「キャッ! 13です!」


 嬉々として答えておるが……、イレーズよ、あんた前世を入れると軽く160才を超えておるじゃろ?


「将来侯爵となってこの地を治める予定である私の屋敷で今夜泊まる許可を与えよう。なに、父は王都に勤めておられるので、わたしが領主代理だ。遠慮はいらん」 


 凄いドヤ顔だけど、君が相手してるのはあのイレーズよ。


「えー、それってぇー、わたしとぉー、お付き合いして欲しいってことですかぁー?」 


 あまりのブリッ子に気分が悪く……いえ、何でもありませんので、こっちを見ないでくださいお師匠様。


「将来結婚しても良いかな、と思っているよ」

「えー! でもでも、わたしぃー、お父様と一緒なんですよぉー」


 うまい! イレーズさん、断り方うまい! 父親同伴の娘はナンパし辛いじゃろ?


「ではお父上を説得致しましょう。お父上は今どこに?」

「あそこで豆鉄砲喰らった鳩みたいな顔をして突っ立ってるのが、お父様です」


 え? ワシ? ワシがイレーズの父親?


 ま、まあ仕方ないのじゃ。年齢的にも父親に丁度いいし、争い事を丸く収める為にも、ここは一つ、お芝居じゃ。

 唸れ! 火の日劇団サスペンス芝居観劇歴10年の芝居スキル!


「ワシがその子の父親じゃ。例え次期侯爵といえど、娘と付き合いたければワシを倒してからにせい!」


 イレーズをかばうように前に立ち、両腕と首を振り回し、カブッキ見得を切ってやった。どうじゃ!



「この親爺さん、緊張でガチガチですぜ!」


 取り巻きの猿みたいなのが懐から細長い何かを取り出した。それって短刀って呼ばない?

 犬みたいなのとか雉みたいなのも手に手に光り物を構えておる。いかん、逆効果じゃ。ワシは、荒事に負ける自信だけは人一倍ある!


「ふふふ、愚かな。ストラスフォールド子爵にして次期ストラスフォールド侯爵の私に決闘申し込むとはな!」


 決闘なんて、誰がいつ申し込んだの?

 決闘と聞いて、町の人たちが集まってきた。娯楽の少ない彼らにとっては、またと無い見世物なのじゃろう。

 まさかワシの役はピエロではあるまいな?


 ナンパ子爵は腰から豪奢な宝石で飾り付けられた細身の剣を引き抜きおった。

 危ないのじゃ! ワシの命が!


「こうみえて、貴族学園で一番の剣の腕を持つ男!」


 剣の腕前50番目でもワシを軽く絞められるのでオーバーキルじゃ!

 もはやイレーズ先生に頼るしかない!


『ちょっとイレーズさん、何とかして欲しい。ワシを助けてあげて!』

『解った。アメリア式・決闘必勝法を授けようぞ!』


 頼もしい限りじゃ。

 イレーズが、すっと前に出てきた。


「では、我が父に代わって、わたしが名乗りを上げましょう!」


 あ、勝利の方程式とは、まずワシの退路を断つことじゃったのね。


「我が父こそ、ゼルビオン王国宮廷魔術師、ベンジャミン・ブロウガン!」


「え?」


 狼狽えるウイリアム君。


「え?」


 狼狽えているのはウイリアム君だけではなかった。


 ワシって宮廷付き魔術師長じゃったよね。大臣級の取り扱いじゃから、侯爵といえど気楽に手出しは出来ない立場じゃったのね……。



 ……。

 うっかりしておったわっ!



「ハイッ! 見学者の皆さん、射線上から退けてください! 今から高出力攻撃魔法がそっちに走りますよー!」


 伝説の古竜エティオラが海を割った様に、人々の海が割れていく。

 ふと気がつくと、ウイリアム君の腰巾着達の姿が消えていた。

 庶民の処世術、侮りがたし。


「さあ、お父様! ここで一発、フランクリン王国軍魔術師軍団100人の魔法使いごと2千人の騎士団を纏めて吹き飛ばした、例の大魔法を!」


 見物人達の間にパニックが走った。阿鼻叫喚の坩堝を覗くごとしじゃ!

 イレーズがけしかけたんじゃからね! ワシじゃないからね!


「あと、ウイリアム様。魔術師長の出はリックダム男爵家。ここと戦争になりますよ? 宜しいのですね? もちろん両家の交流は本日をもって終了となりますが、それも宜しいのですね?」

 あ、そこまでやるのね? 両家を巻き込んだ総力戦ね?

 うちの貧乏領土と交流っていっても……、あ、そうか、社交界への影響ね。


 昔からお師匠様って、持ってるカードはブタでも有効利用する人だったの思い出したのじゃ。

 昔、カードゲームでせこい手を使われ、ボロボロにされておったのー。懐かしいのー。




 その後?

 ウイリアム君による由緒正しきジャンピング土下座により、事なきを得たのじゃ。




 初日でこれじゃ。

 まさか、このペースで旅を続けるんじゃなかろうね?

  

 


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