6.ジバル・アル・タリク要塞は氷の城なのじゃ
ニンジャ四天王の一人、カラスが現れた!
これでニンジャ四天王とやらが全て揃った! うち3人はイレーズにキャンタマを握られて! 残り一人はワシのキャンタマを狙って!
「ジバル・アル・タリク要塞が、フランクリン軍の魔法使い約百人を主力とした軍勢に包囲されました。巨力な冷気系魔法により豪雪に覆われ、戦闘どころか凍死の可能性有り! もはや落城寸前です!」
時が止まった。
そして動き出す。
「さらに、騎士2千人が魔法兵団を守っております!」
「なんだとー!」
騎士隊長が飛び上がって吠えた。びっくりした
「魔法使い百人だとー!?」
まずワシ一人では対処できんなー。
処理能力を外しすぎて実感が湧かんのー。
「ジバル・アル・タリク要塞は進撃部隊の後方基地にして防備の要! あそこが落ちると、たとえドーブレー平原で勝利しても、我等は帰れん! そればかりか、挟撃されてしまう!」
「敵の物となれば、ゼルビオンの喉元に短剣を突きつけられたようなもの!」
「兵站も続きません! 戦いの趨勢に関わらず、我が軍は身動き取れなくなってしまう!」
「ドーブレー平原のフランクリン軍は、戦いを長引かせるだけで勝ちだ!」
「この瞬間、我が軍の負けは決まった!」
え? ワシら負けたの?
『イレーズさん、撤退用意じゃ!』
コソコソッ!
じゃが、イレーズは口元に握り拳を当てたまま固まっておった。これはお師匠様が深く考えておられる際の癖じゃ。久々に見た。
それが証拠に何やら小声でブツブツ呟いておられる。
『軍の敗北、つまり、従軍したドンキーの地位低下、つまり、給金のカットさらに左遷、つまり、ドンキーに寄生する儂の悠々自適な明るい生活計画の頓挫ッ!』
清々しいまでの自己中。
「いけない!」
きっ! っと音を立ててまなじりを吊り上げるイレーズさん。だめよ! 目を据わらせちゃ!
「騎士隊長様! 我が師よりのお言葉です! ジバル・アル・タリク要塞の魔法兵団100と騎士2千は、宮廷付き魔術師師弟が引き受けましょう!」
ちょっと、イレーズさん? 何て事いうの?
ガッシャーン!
びっくりした!
何事かと思えば、騎士隊長が剣を地面に叩きつけておった。
「よう言った魔術師長ッ!」
違うよ。発言したのはイレーズよ。
「それでこそ我が友ッ! 我が背を預けるに足りる勇者ッ!」
勇者ってだれよ? ワシは岩に刺さった剣なぞ抜いておらぬよ。
「誇り高きゼルビオンの騎士は、一戦も交える事なく撤退などせぬッ! ただ剣を手に前へと進むのみッ!」
「おおーっ!」
幕僚達が拳を突き上げ一緒に吠える。こいつらなにか? 狂猿か?
「魔術師長の犠牲は……いや! ここを手っ取り早く片付けて救援に向かう! 2日持ちこたえてくれ!」
ワシ、犠牲になるのは確定なのかの?
「では、師匠、お願いします!」
「あ、っそ?」
イレーズがワシの前に立ち、ワシの腕を前に回してホールドした。
一見、ワシがイレーズを抱っこしている図。
『高機動飛行!』
ふわりと浮き上がったと思ったら、上空に駆け上がっていた。
「おお! 魔術師長がイレーズちゃんを抱えて空を飛んだぞ!」
「空を飛ぶ魔法は何度か見たが、あんなに速いのは見た事ないぞ! さすが魔法を極めし賢者!」
なんか下の方が騒がしいがそれどころではない。
イレーズがワシをオンブして空へ駆け上がった事だけは理解できたがそこまでじゃ。
景色がブレた。と思ったら目の前が真っ暗に。ブラックアウトした。意識もアウトした。
「あうっ!」
体に痺れが走った。電撃じゃ!
「お師匠様、飛行の魔法を行使しながら、別の魔法を使う離れ業はやめて頂きたいのじゃが。普通の魔法使いは、二つの魔法を同時に使う事は出来んので」
「簡単なコツがあるのだ。暇な時に教えてあげる」
相変わらず景色が線画となっておる。それも集中線じゃ。
マッハ伯爵が提唱した音速とやらを超えておるぞ。
それにしても、頬を打つ風が冷気を孕んでいて凍てつきそうじゃ。
「間もなくジバル・アル・タリク要塞よ」
下界は……白一面、雪景色じゃ!
雪景色の真ん中にジバル・アル・タリク要塞っぽいのが! 雪に埋もれておる!
「ドンキーよ! あれは雪ではないぞ! 氷だ。おそらく雪を降らせた後、何らかの方法で凍らせたのだろう!」
「北の国に雪が固まって氷と化した『氷河』と言う自然の現象があるとワシ、聞いたことある」
「あっ! あれは連結魔法によるものよ! 百人掛かりで連結魔法を使ったのね!」
となると効果は百人以上、おそらく千人規模の強力な魔法となっておるはず!
「では、ジョルジュ君の連結魔法の技術は、フランクリン王国へ流れたという事じゃな?」
強力な魔法となってゼルビオン王国へ帰ってきた……。
ジョルジュ君、死罪は免れぬぞ。残念じゃ……。
「落ち込んでいる暇はないぞドンキー! あそこを見よ!」
雪の境界線の向こう、雪が積もってない場所に、大勢の人が固まっておる。あれがフランクリン王国の魔法兵団100と騎士団2千じゃな!
「氷河連結魔法の解呪はわたしに任せろ。時間短縮のため、荒っぽい手段を用いる。ドンキーは、要塞守備兵の避難誘導を任せる!」
「え? ワシに軍事的な指示は無理じゃぞ!」
「わたしはただの小娘。わたしの言葉に誰も従わぬ。だけどドンキーは腐っても魔術師長! 残念ながらわたしには権威がない! 大勢の命が掛かっているのだ。腹をくくれ!」
「ちょっと待って、ちょっと――」
「分離するぞ! おーぷん・げーっ!」
「ちょ!」
イミフな掛け声と共に超高速状態で投げ出されたのじゃ! 目標は要塞中央部。
キャンタマがキュッとなる浮遊感! 漏れそう!
がんばれワシの括約筋!
「グッ、飛行魔法!」
慣性の法則を引きずりながら、飛行魔法を展開。
いかん! スピードが速すぎる! マッハ0.5(マッハ伯爵単位)じゃ!
みるみる近づいてくる要塞。
みるみる近づいてくる城壁。
「ぬおおぉぉぉ!」
悲鳴を上げながら必死でブレーキ&進路変更。
ワシに気づいた兵士さんの目と口が丸くなっておったわ!
城壁に腹をこすりつける様に壁面に沿って飛行。速度を落とす。
丸い要塞城壁を一周して、ようやく着地できた。氷ですっ転んだがのう。
腹が焦げておる。生きて帰れたら、ワシ、ダイエットするよ。
「何者だ――あ、ブロウガン魔術師長! 私はジバル・アル・タリク要塞最高責任者のオーガスタ将軍です!」
ワシを知っておったのね。
「オ、オーガスタ将軍。く、詳しい話は後じゃ。これより氷河を解呪する」
「は? 氷河? 解呪? 百人の魔法使いで仕掛けられた魔法をたった一人で解呪?」
将軍が混乱しておるが、事は急ぐ。
イレーズの事じゃ。ヒャクパー要塞の被害を考慮せぬ手段に出るはず。
「既に魔法は準備しておる。要塞にも少なからず被害が出るはずじゃ。要塞にいる者、全てを安全な場所へ移動させるのじゃ!」
「伝令! 衝撃に備え、全員屋内へ退去! 間に合わぬ者はその場で伏せさせろ!」
近くにいた騎士達が、復唱の後、一斉に散っていく。
さすが将軍。ワシのばっくりとした指示を適切な指示に変換しおる。
ワシに残された仕事はあと一つ。イレーズが攻撃に入るタイミングを見計らい、建物内に避難仕切れなかった人々に伏せるタイミングを発する事じゃ。
城壁の上に昇る階段がすぐ側にあるのじゃが、ワシの体力では階段がきつい。
「もう一度、飛行魔法!」
城壁の上に飛び上がる。城壁上部は人が歩けるようになってった。見張りをしたり、攻撃したりする為じゃろうか?
ここには見張りの人がおった。驚いた顔をこっちに向けておる。
「ここは危険じゃ! 速く安全な場所へ逃げるのじゃ!」
イレーズは上空を旋回しておる。膨大な魔力が彼女に集中しておるぞ。
おそらく高位魔法を使うつもりじゃろうて!
「魔術師長殿! ヴァルハラまでお供致します!」
オーガスタ将軍じゃ。
重い鎧を着たままあの階段を駆け上がってきたのか?
てか、ワシは死ぬ気などないぞ!
ああ、イレーズが魔法を発動する!
黒いシャツと赤いズボン姿のイレーズが!
『獄炎焼滅馬車行進!(甲高い声)』
知らん魔法じゃが、きっと使用者の身も滅ぼす禁呪じゃ!
「みなの者! 身の安全を確保するのじゃ!」
「盾を持つ者は盾を構えよ! そうでない者は盾の後ろに入るかその場で伏せよ!」
オーガスタ将軍が矢継ぎ早に指示を出している。
イレーズが赤く発光した。すぐに赤から白へ、白から青へ、光の色が変わる。
この位置からでも感じる。肌を焼くほどの高熱じゃ。ワシの周りの氷が溶け始めてきおったわ。湯気すら上がっておる!
そして要塞前面の氷が広範囲に発光。なんらかの魔法的防御が施された様に見えるが……。
あ、これはもしかして!
「将軍もワシの後ろで伏せるのじゃ!」
オーガスタ将軍は、要塞外に背を向けてるので、イレーズの魔法を見ていない。
『絶対防御!』
魔法の広域盾を展開したのじゃが、……頼む、保ってくれ!
青い光の尾を引きながら、イレーズは氷河中央へ真っ逆さまに突っ込んでいきおった!
白い氷河と青い熱が接触。
地面から入道雲が発生した。
氷が水の状態を飛び越して一気に水蒸気となる現象。体積が短時間で2千倍弱に膨れあがる現象!
水蒸気起因の爆発じゃ!
遅れて届く音と振動!
肺腑を揺さぶる音と、要塞を鷲掴みで揺らす振動。それと吹きすさぶ嵐。
そこから先は目を閉じておったので、詳しい経過は分からん。
熱だの風だの振動だのが納まってしばらくしてから目を開けた。
要塞は無事じゃ。何カ所か城壁が壊れておったが、要塞は無事じゃった。
要塞前面は見慣れた土が剥き出しになっておった。あちらこちらから湯気が上がっておる。
「こ、これが魔術師長の実力……」
ワシの隣でオーガスタ将軍が目を剥いておった。
ちがうよ、ワシが使った魔法はただの第三段階の防御魔法じゃ。
……まさか、防御魔法を? 水蒸気爆発を引き起こした禁呪と間違えておる?
「むっ! あそこは?」
晴れていく水蒸気。視界が開けていく。
向こう側の森では木々が倒壊しておった。あそこはフランクリン王国の魔法使い達が潜む森じゃ。
「ジバル・アル・タリク要塞を守り、辛苦を耐えてきた騎士諸君!」
びっくりした! いきなり将軍が声を張り上げたのじゃ。
「我等がゼルビオン王国宮廷付き魔術師長にして、賢者ブロウガン魔術師長が、戦略兵器とも言える強大な魔法を行使し、たった一人で百人の魔法使いが掛けた氷の魔法を撃破した!」
「あの、将軍――」
「今こそ積もり積もった恨みを晴らす時! 猛者ども、かかれーい!」
ワシの言葉は聞いておらんのね?
「「「おおーっ!」」」
剣を引き抜いた騎士達が天に向かって吠えた。
「魔術師長さえ後ろについておれば、こん戦、勝ちでごわす!」
「まず敵を討て! 仲間の手当はその後じゃ!」
「首、置いてけ! 魔術師長の為に!」
「ワシが使った魔法はじゃな、防御のじゃな……」
騎士達が雪崩を打って飛び出していく。
戦闘民族となった彼らに、ワシの言葉が届く事はなかった。
勝負の行方?
もちろんゼルビオンの大勝利じゃったよ。
さて、ジバル・アル・タリク要塞攻防戦の二日後。
要塞守備隊の皆さんは要塞の修理に勤しんでおられた。ワシとイレーズは、(通常の方法で)要塞後方の氷河のお片付け最中。
あー、腰に堪えるわ! お行儀悪いが、地面にゴロンと横になった。
イレーズは良いのう。若いだけあって長時間に及ぶ野良仕事にも平然としておるわ。
時間を掛けて敷設した発熱の魔方陣を一気に発動。
氷原は消滅していく。
副次的に湯煙がもうもうと上がっておる。ストライカーゲーム専用トッキョドームが百個は入る広さで上がる湯煙じゃ。遠くから見れば絶景であろう。
そこへドーブレー平原で戦っておった主力部隊が、要塞へ戻ってた。
「これはいったい?」
「魔法か? 魔法戦争か?」
騎士隊長殿とミルトン軍監が取り乱しておったが、精魂疲れ果てたワシに事情を説明する気力も、大声を出す体力も残っておらん。
「戦いは勝利に終わりました!」
ワシに代わってイレーズが声を張り上げた。手をメガホンの形にしておる。
「今、師匠が氷原の後始末をしている所です」
「おおーっ! 我が友よー! 無事でござったか!」
馬を降り、こっちへ走ってくる騎士隊長。忠告しておくが、泥を煙のように跳ね上げて走るその速度は、人の出す物ではないぞ。
濁涙状態の騎士隊長がワシを分厚い胸に抱き留めた。
「ぐふっ! 騎士隊長もゲフ! 無事でなによ……」
気を失っ――。
後でニンジャ達に聞いた聞いた戦いの趨勢じゃが――。
ワシが尊き犠牲になったと思い込んだ騎士団5千名全員が、濁涙とともにフランクリン王国軍へ一丸となって突撃。
クスリをキメた如き異常な士気の高さで、敵騎士3千人を短時間で蹴散らした。
士気を喪失し、元来た道を逃げるフランクリン王国軍を追撃。勢いにまかせ、平原のフランクリン側の壁である山を乗り越え、敵の前線基地を占領。
周辺の町や村がゼルビオン王国へ編入されたのじゃ。
目出度いことに我が国の領土は一気に広がったのじゃ。
「フランクリン王国に、ここを取り戻す力は無い」
と判断した騎士団長は、砦の維持に僅か200の騎士を残してトンボ返り。
約束通り、2日でジバル・アル・タリク要塞へ到着。
魔術師長の敵討ちとばかりに意気込んで要塞内へ入ると、ピンピンしておるワシを発見。
現在に至ると言うことじゃった。
どっとはらい。
「そこで魔術師長が禁呪を発動――」
「こ、これ! オーガスタ将軍!」
ワシが使ったのはちと大きいが、個人用防御魔法だけじゃ。やばいの使ったのはイレーズじゃ!
「ワシはそんなの使っておらんぞ!」
「はっ! こ、これは迂闊! 私の失言です!」
にこにこ顔だったオーガスタ将軍は、一転して顔を厳しく引き締めた。
そうじゃ、間違いは正してもらわんと。
「魔術師長は『強力な呪文』を唱え、要塞を閉じ込めていた氷原を一気に粉砕!」
あ、間違いは「禁呪」の所だったのね。
そして勘違いのまま続けるのね。
「魔法を破られ弱体化した魔法使い共なぞ我等の敵ではありませぬ! 策を破られた敵騎士2千など間抜けの集まり。要塞から撃って出た我等は、その事如くを蹴散らし、千切っては投げ千切っては投げ――」
「ワハハハ! そうかそうか! 呑め呑め!」
騎士隊長がドバドバと酒をオーガスタ将軍の器に注いでおる。
そこ! イレーズさん! 未成年はお酒を飲んではいけません!
そして勘違いしたままの騎士団5千人(戦死者0)が持ち帰った誤情報により、ワシはエライことになった。
ゼルビオン王国、ゼルトニア城・式典の間にて……
「此度の戦い、勲功第一はブロウガン魔術師長とする!」
女王陛下にそう言われてしまっては、ワシも反論出来ぬ。
居並ぶ諸将の端っこで、ミルトン軍監が暖かい笑顔を浮かべておられた。
「もう一つ。本日をもって、宮内省配下の魔術師庁を女王陛下直属の部署に昇格。引き続き魔術師長をブロウガンとする!」
え?
「おめでとう! 我が友よ! 救国の英雄よ! 我が騎士団は全一致でブロウガン殿を支持致す!」
「我が神祇省もブロウガン兄上の昇級を全力で支持致します。おめでとう!」
軍部と、宗教界がワシのバックに付いた。
なにこれ? ワシって何?
ゼルビオンの勢力的に強大な一角となってしまったの?
ワシのスローライフはどこへ行ったの?
どうして死地をくぐり抜けるたび、理想から遠ざかるの?
努力すればするほど生きにくい生活になってしまうの?
そこ! イレーズ! 笑うでない!