5.出撃なのじゃ
騎士隊長を最高司令官とし先行した3千名の戦闘部隊(ワシを含む)は、ジバル・アル・タリク要塞に入った。
守備に重点を置いた巨大な要塞というか城じゃな。町がすっぽり一つはいるのじゃ。
この要塞は、フランクリン王国との国境より幾分ゼルビオンに入った地域にある。街道が整備されておるので、王都まで一直線じゃ。
ここで各地より出撃した騎士達が集結する。待ち合わせの場所じゃな。
休む間もなく、みっちりと打ち合わせ。翌早朝、5千名にまで膨れあがった騎士団と後発の兵站部隊と共に、ドーブレー平原に向け出発したんじゃ。
その速度はまさに強行軍。マジ軍だからマジ強行軍。
あっ! いける! このギャグは流行る!
なんじゃイレーズ、その……半眼? 変な目は?
「人間って、良い感じで疲れると碌でもない事を面白く感じるのよね」
はっはっはっはっ! お師匠様も偶にトンチンカンな事をおっしゃる。これ、今年の流行語大賞候補だから。
騎士団はその名の通り、全員が騎馬じゃからの。人の足とは比べるまでもなく速い。
ワシ? ワシは乗れんけど、イレーズが乗れるので運転は任せておる。心配無用じゃ。
ワシはフィールドワーク用の上下に魔法使いっぽいローブを被っとる。イレーズは黒いシャツに赤いズボンという出で立ち。魔法使いには見えんのう。
現在、ドーブレー平原入り口でワイワイやっとるところじゃ。陣を張るのかの? よく分からんが?
ここで騎士隊長にお呼ばれされた。ワシに話があると。
一応、重鎮じゃしの。作戦会議に呼ばれたのじゃろうて。
イレーズを伴って、作戦会議の場に訪れた。
騎士隊長を始め、幕僚の方々、まるでヤクザみたいな、もとい……迫力のあるお方々。なかば位で偉そうにふんぞり返っておられるのは軍監の……えーと、ミルトン男爵じゃ。
ワシはてっきり軍監って、軍の監視をする憲兵のような怖い人だと思っておったのじゃが、そうではないらしい。軍事行動における騎士達の功績を見届ける証人のお役だそうな。
言い換えると、この人を怒らせると、功績を挙げても過小評価されるのじゃ。
やれやれ、ここででも人間関係が重要視されるのかのう。ワシとは全く面識がなかったので、ヘマさえしなければ問題ないがの。
さて、みなも揃うたところで作戦会議じゃ。みな、一様に難しい顔をしておる。ま、素人のワシは蚊帳の外なので、気楽であるがの。
「一つ問題がある」
騎士隊長が最も眉を顰めておる人であった。
「当たり前の話だが、全員が騎馬ゆえ進軍速度が速い。しかも今回は強行軍。斥候を出しておるが、それを追い倒す速度で進んでおる。いまいち斥候が役にたたんのだ」
敵の情報が少ないということかの? どこまで敵が進軍しておるのか、詳しい所が不明とな?
それは不安じゃ。ワシ、生きて帰れるじゃろうか?
「ほほう、騎士隊長閣下。物見の使い方を失敗されたか。情報戦に後れを取るとは、ゆゆしき問題ですぞ?」
ミルトン軍監殿、少々イヤミが過ぎるようじゃの! と、心の中で悪態をついておく。口に出したら大変な事になるからの。
幕僚の方々も、殺気だった目をミルトン殿に向けておられた。
ヘイトを稼ぐばかりでは仕事になりませんぞ! とも、心の中で忠告しておく。
騎士隊長殿は、ざわつきだした幕僚の皆さんを、片手を上げるだけで静止させた。
「そうは申しておりませぬ。ドーブレー平原に人は入れております」
「ならば何故フランクリン軍の動きがつかめぬのですかな?」
「それについては……未だフランクリン軍は姿を見せぬ。進軍が遅れているのなら好都合だが、そこになんらかの作戦や罠があるとすれば、このまま突っ込むのは少々不味い。幸いにも敵の斥候や間者に遭遇したという情報も入っておらぬ。それも立派な情報ですぞ!」
ますます不安が積もるのじゃ。
「何にしろ、詳しい敵情報が欲しい所……」
ちょっと! なんでみんなワシを見る?
なんでワシなら何とかできるんじゃね? 的な目で見るの?
ワシは軍略はおろか、軍と名の付く物、全般に素人じゃよ。そんなワシに何を求めておるの?
「お初にお目に掛かります。ブロウガン魔術師長殿」
「うおう!」
いきなりじゃ。ワシの背後から声がした。
「拙者、セイカイと申す者。以後よしなに」
うんうん、セイカイさん。
ワシの背後1メットルのところでいきなり出現するのやめてね。心臓に悪いから。
このセイカイさん、派手なニンジャ装束。むっちりとした太もも。妖艶なお姉さん。
こ、これが噂に聞くクノイチかの?
ハスキーな声が色っぽくて良いぞ。インハイのストライクじゃ!
「この場にて敵情報告の義、ご許可願います」
「おお! 魔術師長殿、この者が噂に聞くニンジャ四天王の一人セイカイか?」
「えーと、たぶんそうじゃろう」
へー、セイカイさんって有名人なんだ。ワシ知らんかんったわ。
結局、ニンジャ四天王のうち、3人がこの件に絡んできたわけね。
「して、敵の情勢は?」
幕僚さんがせっつくも、セイカイさんは無言のままだ。
「ん? どうした、セイカイ。早う報告せよ!」
幕僚さんが催促するも、セイカイさんは口を開かない。微妙に薄ら笑いを口に浮かべるのみ。
「騎士隊長の名で命じる! セイカイよ、報告せよ!」
どうしたのじゃろうか、セイカイさん? 騎士隊長殿がお怒りじゃ。
「フンッ! わたしが仕えるはブロウガン様ただお一人! わたしが有象無象共に仕える
と思うたか?」
色っぽい目でワシを見るサイカイさん。これって幕僚さんに対する挑発だよね?
「何だと! 間者の分際で! 卑しき己が身分を弁えよ!」
辺り騒然。
あああ、怒らせちゃ駄目よ! 乱闘はよしてね。セイカイさんは簡単に逃げられるだろうけど、ワシは無理じゃからね。巻き込まれたら呆気なく死んじゃうからね。
「控えよ!」
騎士隊長の一括で騒動が鎮まった。
「頼む、我が友よ」
友って、ワシの事じゃろうのう?
しかたない。
「えーと、セイカイさん。報告お願いね」
「ご報告致します! 現在フランクリン王国軍は、ドーブレー平原前で進軍を止めております。その数、3千。出発地点よりここまでで2千人が消えております。さらに魔法兵団が見当たりません」
幕僚さん達がドヨドヨしだした。
「こちらは5千。数の上では我等が有利。今頃2千人と魔法使い兵団は、別働隊となって迂回しておるのだろうて! 我が軍の脇腹でも狙っておるのだろう。小賢しいわ!」
騎士隊長の笑みが怖い。幕僚さん達の笑みもむっちゃ怖い。一昨年、町で絡まれたヤクザと区別が付かん。
「消えた2千人と魔法使い兵団は、我等ニンジャが別働隊を組織し、探索に当たっております。間もなくあぶり出す事が出来るでしょう。敵の斥候、間者の類いは虱潰しで掃除しております。ニンジャの名にかけ、御王国の情報を敵に渡すつもりは御座いませぬ。どうかご安心ください」
ワシをしっかりと見つめ、頬を赤めるセイカイさん。
え? 来たの? 春が来たの? ワシがタイプなの?
イレーズが唇をワシの顔に近づけてきた。
いかんぞイレーズ! 嫉妬はいかんぞ! ああ、耳元に唇を――
『セイカイは男じゃ』
『内緒話…………は?』
『中年の、しかもお腹たぷんたぷんタイプが好みじゃ』
腹をさすってみた。タプンタプンと音がした。
……。
いかんのじゃ! セイカイさん出動のご褒美がワシだとしたら、大変な事になるのじゃ!
「ブロウガン魔術師長の為なら、この身果てようと!」
さ、さて、話題を変えようかの!
おや、ミルトン殿が拍手をし出したぞ。
「このままでは伏兵の存在も知らず突っ込む所であったわ! さすがブロウガン殿! 我が軍も最初からニンジャを雇えば良かったものを」
ミルトン殿! ナイス方向転換! ナイスわかりやすい当てつけ!
あれ? 幕僚さん達のワシを見る目が厳しくなってしまっておる?
何故じゃ?
イレーズが唇をワシの顔に近づけてきた。
いかんぞイレーズ! ここは戦場じゃ。男女のナニは――ああ、耳元に唇を――
『軍監にしてやられた』
内緒話なのね。
『自身に集めるだけ集めたヘイトを全てドンキーに受け渡しておる。こやつ海千山千じゃ』
……い、イカン! ここは何か言い返しておかないと、何もしていないのにワシが悪者になってしまう! 人間関係が悪化した職場でなぞ働きとうない!
ここは堂々と軍監を論破じゃ!
しかしワシの口から出てきた言葉は、
「あわあわあわ!」
じゃった。
「ミルトン軍監様」
ワシに変わって意見してくれたのは、お師匠様じゃった。
「魔術師見習いの若輩者ゆえ、軍監の表向きの役割は存じません」
それって裏返すと裏の仕事は知ってるよって意味だよね? 裏の仕事って、派閥の抗争をここに持ち込んでおる事かの? それを暗にほのめかすかの?
古い国家ゆえ、組織の硬直化と足の引っ張り合いは日常茶飯事じゃ。嘆かわしいのう。
「軍監殿は『ニンジャを使役する』とは、いかなる案件をクリアしなければならぬと思っておられるますか?」
「金だろう?」
軍監殿は二つ返事で返した。ワシもそう思う。
「金だけでは動かぬと、サイゾウさんが申しておりました」
「では、強力なコネですかな?」
「ニンジャが、コネだけで戦争に参加するとお思いですか?」
イレーズさん、むっちゃ冷たい笑みで軍監殿を見下しおったわ!
「何が言いたい?」
いきり立つ軍監殿。
軍監殿、気をつけなされ。それはイレーズの罠じゃ。
「ご存じですか? ニンジャの社会は実力社会。武力でねじ伏せた者が上に立つ仕組みだと」
「ふふん、これだから無粋な社会は……、はっ! まさか!」
軍監殿が顔色を変えたのう……、嫌な予感がしてきたのう……。
「まさか、ニンジャと対決し、それを降したのが――」
アレを対決と言えば対決かの? イレーズとニンジャの里との、……あれはずいぶんレベルが低かったんじゃが、当人にとっては手に汗握る対決みたいじゃったしの。
「それを降したのが、ブロウガン殿だと!?」
おしい! 犯人はイレーズじゃ。
「師匠が実力の片鱗でも見せれば、あなた一人くらい闇に……おっと、失言失言!」
イタチのような目をしてクスッと笑うイレーズ。
軍監殿がガクブルしだしておるが、間違った方向に全力で考えすぎておるぞ!
ワシにそんな実力はない!
「ハッハッハッ! ミルトン殿! 我が友ブロウガン魔術師長は、陽気な男だ! 誰かのような陰険な真似を好まぬよ!」
騎士隊長殿、ワシは実力が足りないので陰険の真似が出来ないだけじゃ。
「さて、軍監様」
ここで急にイレーズの表情から温度が落ちた。どうやら、ストライカーゲームで言う所の、押さえのピッチャーを投入したようじゃの。
「師匠がニンジャをフランクリン王国から寝返らせる為に、裏社会でどのような戦いがあったかご存じか?」
ワシがどこで誰とどのように戦ったのか、それを知りたいのう。
「戦いだけではありません! 13年掛けて密かに積み重ねてきた強力なコネ。そして高額な違約金をポンと立て替えた度量。これは、みなが知り得る情報。これだけでも常人ならば想像が付くはず。理解しておられぬようでは……あなたの情報処理能力を疑っていいかしら?」
13年掛けて、ワシは何をしてきたのじゃろう?
引退後に備え、一生懸命貯金しておった気がするのう……。
「む、むうう!」
軍監殿は青い顔をして、崩れ落ちるように椅子へ腰を落とされた。
幕僚さん達の怖い視線が、ワシから離れ軍監殿へと戻った。ヘイトが戻ったのじゃ。
やれ嬉しや!
これにて明日の戦争は、軍の後ろで観戦するだけ。
危なくなったら飛行で逃げればよい。それでも駄目な場合……、お師匠様は高速飛行が使えるので心配はしとらんよ。
まてよ、イレーズの事じゃから転移魔法くらい使えるかもしれぬ。
「ぬお!」
明日の戦略構想を練っておったら、強風が会議の場を吹き抜けた。
「ご注進!」
風と共に飛び込んできたのは――
「人間大の大鴉?」
大鴉は見る間に人へと変貌を遂げた。ちょいと鳥が入った顔の二枚目ニンジャじゃった。
鳥が人に? いや、この場合、人が鳥にじゃ。
これはいったいどういう仕組みなのじゃ!?
「何者だ!?」
「実態を見せずに忍び寄る黒い影。その名を――」
「あなたは確か9年前に、(情熱的な)文通相手だったカラスさん!」
9年前と言えば……、イレーズは4才のょぅι゛ょですね。
――理解しました。
カラス氏もイレーズにキャンタマ握られているのね。もっともこちらは自爆タイプじゃで、同情はせぬがの。
微妙に視線をそらせたニンジャ四天王の一人、カラスが叫ぶ!
「ジバル・アル・タリク要塞にフランクリン軍の魔法使い約100人を主力とした軍勢に包囲されました。巨力な冷気系魔法により豪雪に覆われ、落城寸前です!」
時が止まった。
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