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3.戦略会議なのじゃ


 剣と魔法が支配(やや剣が勝ってる)する世界、アークティカ。


 うららかな午後の日差し……。


 広い部屋。高い天井。締めきっていても長時間、空気の鮮度が保てる作り。

 壁には意匠を凝らした縦長の窓がずらりと並ぶ。明るさは十分確保されている。

 とても秘密会議用の部屋とは思えんじゃろ?

 城の上層部じゃから、出入り口のドアさえ閂を掛けとけば、会議の内容が外へ漏れる心配は無いそうじゃ。


「でもフライトの魔法が使えて、透明化と聴力強化の魔法を重ね掛けして窓枠にへばりついとけば、盗み聞きできるよね?」


 魔法の重ね掛けができて、なおかつ、魔法を長時間継続出来る魔法使いは、イレーズ以外におらんから心配はいらんと思うよ。


 もといして、


 ガチガチの国粋主義者で固められた近衛騎士団が、たった一つの出入り口を固めておる。外部や内部からの必要な伝達といえど、近衛兵のチェックを通さねば出入りできない。不審者の侵入は不可能じゃ。


「あとで内側を警備する近衛兵を拉致して、自白魔法を掛ければゲロれるよ。精神が壊れるけど」


 まず拉致できる実力を持つ人物にイレーズしか心当たりが無いので心配は要らぬよ。

 てか、なんで反社会的な事にばかり頭が回るの? しかも高速で?


 もといして、


 ここで何回かの対フランクリン王国戦争作戦会議が、現在進行形で開かれておるのじゃ。


 ジョルジュ君の乱から4日目の今日。今回のお題目は、第3回中間報告会。会議ばっかりじゃのう。


 連日会議会議じゃ。ゼルビオンは歴史ある国家じゃから、いろんなしきたりがある。会議がたくさん開かれるのも、時間が長いのも優雅なお国柄ゆえじゃ。

 出席者は、報告対象として女王陛下はもちろん、全閣僚および、その他必要と思われる人材。大所帯じゃ。


 そして、なぜか陛下の強い勧めがあって、宮内大臣配下の、宮廷付き魔術師の、魔術師長であり、怪我人のワシがお呼ばれしとるのじゃ。


 ……介護と称して、イレーズが付いてきておるがの。


 ……ぶっちゃけ、お師匠様(イレーズ)も戦争は素人じゃから、画期的な戦術は披露できんはずじゃが……最悪の心積もりはしておいた方が良いかもしれんの。何するか分からん人じゃし。


 会議は進むのじゃ。


 外務大臣傘下の外国情報部が全力で活動しておる。情報長は顔色が悪い。目の下にクマがくっきりとでておる。立場上、体を労れんのじゃろうね。


「そりゃそうよ。フランクリン王国の動きに、気づかなかったんだから、神様が降臨したとしても更迭。通常は処刑ね」

「え? そうなの? 厳しすぎない?」

「初手を取られたうえ、初動が遅れる。チェスだったら負けの定石でしょう?」


 まさか、ゼルビオン王国が負けるなど――負けちゃうの?


「もう少し解説をお願い」


「ここからフランクリン王国まで、馬を潰すつもりで飛ばしても片道4日から5日。往復8日から10日。あれから4日経ってるわ。すぐに物見を飛ばしたとしても、敵の動きが報告されるまで、最短であと4日の深夜」


 むう! 実際はもっとかかるじゃろな。


「果たして敵は軍を起こしているのでしょうか? だとしたら、どこまで進軍しているのか? 規模は? 構成は? 率いるのはだれ? ゼルビオン軍はどこで迎え撃てば良いの? もうこれは国家存亡の危機よ」


 これって、やばいの? ははは、マサカネー?


「さすが、我が親友の一番弟子イレーズちゃん。戦の基礎はご存じのようで頼もしく思いますぞ!」


 騎士団長が嬉しそうに笑って……、専門職がイレーズの説を肯定したよね?

 和やかなのはそこまで。騎士隊長の顔がキリリと引き締まる。


「で? 外務大臣並びに情報長殿。報告は?」


 凄い迫力。なんかね、騎士隊長の体が数倍に膨れあがって見えてるよ。遠近法を考慮に入れると、身長10メートルじゃな。

 やり玉に上がっとる情報長じゃが、汗を拭き拭き立ち上がった。


「ま、まだ、報告が上がっておらず……、フランクリン王国よりやってきた商人の話ですと、一月前に大量の食料を調達していたという噂が……」


 ドン!

 びっくりした! 騎士隊長がテーブルを思いっきり叩いたのじゃ。


「貴様ッ! 不確かな情報しか入手できんのか!」


 腰に手を持って行く騎士隊長。そこに剣はない。警備兵以外持ち込み禁止じゃからの。あったら情報長の首が飛んでおった迫力じゃ。

 古式ゆかしき古いしきたりを何よりも優先する我が国のお国柄。組織が硬直化、官僚化しとるんじゃろうな。


「あ、あれからまだ4日しか経っておりません。今しばらく猶予を!」

「もういい!」


 騎士隊長が情報長の言葉を途中で遮った。


「ブロウガン魔術師長、こやつに変わり貴殿の知り得る情報をここで出していただきたい!」


 さて、ザル・ソバの美味しい茹で方がいいかの? 一昨日完成した携帯用湯沸かし魔方陣の方かの?

 

「勝手に入らせてもらったことを先に詫びておこう」


 突然、涼しげな声が聞こえた。

 声のする方向。窓際で風に靡くカーテンの横に、誰かが立っていたのじゃ。

 いつの間に、どこから入ってきたのじゃ?


「魔術師長殿、何者ですかな?」


 騎士団長の誰何が飛ぶ。何故ワシに聞くの? ワシが知りたいわ。  


 ピンと背筋を伸ばし、腕を組む立ち姿。ナルシストじゃろうか?

 長い金髪に……女の子のように綺麗な顔。


「フッ!」


 フッって笑った。本当にフッって笑う人いた!


「ニンジャコマンダー・サイゾウ参上」


「なにいーっ! あの情報戦ランキングぶっち一位にして謎ランキング一位の組織ニンジャだと!」

 たしかイレーズは、ニンジャの本拠地を人質に……もとい、知っておったから、謎というほどではなかろう?


「なにいーっ! 国家の仕事は受けないはずのニンジャが何故我が国に?」

 あれじゃ。過去の日記帳と過去のサイン帳と過去のレシートじゃ。


「なにいーっ! しかもサイゾウといえば、サスケと並ぶビッグネーム! 四天王の一人!」

「フッ、間抜けなサスケは現場に張り付かせている。このサイゾウ様が報告にやってきたという訳さ!」


「なにーっ! 魔術師長はサスケとサイゾウのビッグネーム2人を顎で使うレベルなのか!?」

 なにーっ! ってニンジャに対する枕詞じゃったかのう?


 あと、ワシはそんな高レベル魔法使いじゃない。お師匠様(イレーズ)が凄いんであって、ニンジャのキャンタマのつかみ方が規格の外じゃっただけじゃ。

 あ、っそうか、イレーズが裏で手を回しておったか! キャンタマに!


「あれ? キリー・サイゾ君じゃない! おひさー!」

「ちょ、ちょっとイレーズ殿、ニンジャを本名で呼んではいけません!」


 サイゾウ君が手をぱたぱたさせている。これはイレーズがいかんのう。ここはワシが一言釘を刺さねば!


「イレーズ。その物言いはイカンとワシは思うぞ」

「そうね、ちょっとはサイゾウ君の気持ちも考えてあげないとね。本人は格好いいと思ってるんだから、驚いてあげる事くらいしてあげれば良かったかしら?」


 すまん、サイゾウ君。お師匠様(イレーズ)のスイッチを入れてしもうた。

 これね、久しぶりに聞くお師匠様(イレーズ)のパワハラね。このモードに入ったらワシの力ではどうにもならんのじゃ。


「ご免なさいサイゾウ君。お家でもやってる事なのにね! ささ、話を続けて。スーパーニンジャ・サイゾウ参上! って格好いい台詞からだったかしら? サインの練習は、はかどってる? さ、こっちへきて、そばに寄って。そうでなくてもサイゾウ君は語尾が聞き取りにくいんだから、もっと大きな声で喋って頂戴」

「あ、はい」


 最初の自信満々な態度を一変。キョドりながら、こっちへ歩いてくる。


「えっとね、報告致しまッス」


 意図的に語尾を強調しておる。

 ニンジャとしてのミステリアスな部分がごっそり抜けとるのね。


「フランリン王国の軍は騎士5千。軍を率いるのはマクシム将軍でッス」


 おおー、と声が上がっておる。さすがニンジャ。噂に違わぬ恐るべき能力じゃ!

 国民の数から言って、5千と言えば少ないかと思う方もおられるじゃろうが、よく考えてほしい。

 この世界(アークティカ)じゃと、戦争は騎士の特権で有り、騎士の義務であるのじゃ。庶民に戦い事をする権利を与えてしまえば、反乱が後を絶たぬじゃろ? 

 ましてや世を統べるのは誇り高き貴族! 戦争をする権利を持たぬ庶民を徴兵するような恥知らずはおらん。そんな事をしたら、全世界から正義の戦いを挑まれることじゃろうて。


「そして、出陣は5日前。現在レグザゴン川を渡った所で再集結中」

「おのれっ! レグザゴンを渡ったか! やってくれおるわ!」


 騎士隊長の体から紫色の湯気が立ち上がっておるが、ワシの錯覚かのう?


「アドルフ騎士隊長よ!」

 女王陛下のご発言じゃ。一同、その場で軽く平伏。


「我が軍はいつ出撃できる?」


 おお、麗しき女王陛下。相変わらず、凛としたお美しい声じゃ。玉のような声とはこの事じゃ。

 イレーズ! なにワシを見てクスクス笑っとる?


「はい! 補給は後発とする条件で、明日午前中に!」

「どこで会戦となる?」

「……接敵次第となりましょう」


 騎士隊長殿の言葉尻がすぼまった。自信ないのじゃろうな。


「我等ニンジャが足止め工作をすれば、ドーブレー平原が間に合うぞ。どうする?」


 サイゾウめ、我が軍の行軍速度も割り出して居ったわ。我が国にも忍者の手が伸びておったか!


「……報酬はいかほどを望む?」


 騎士隊長の言う事もごもっとも。ニンジャはただでは動かぬ。サイゾウ君は、ワシらと接触した事件を逆に使う腹らしい。敵情報を持ち込んだのも、高額で仕事を請け負う為の投資じゃったか!

 さすがニンジャ! 侮りがたし!


「報酬? ふふん、ニンジャが端金で動くとでも?」


 馬鹿にしたような目でお歴々の方々を睨め回すサイゾウ。あれ? お金欲しくないの?


「ぐぬぬ! 足下を見よって!」

 大蔵大臣閣下が顔を真っ赤にして怒っておる。いかんのじゃ。


「金は要らぬ。……代わりにあるアイテムが欲しい」


 サイゾウがこそっとワシに耳打ちした。


『あのっ! サイン帖をですね! サスケの手から取り戻して欲しいと、ちょっとイレーズ殿に言って頂きたいんですが! 切実にっ!』


 ちらりとイレーズの方を見るサイゾウ。直接イレーズに言うのが怖かったのね。


「それを望むか!?」


 陛下の御前である事を忘れ、声を出してしもうた。

 イレーズにワシが頼むのか? むっちゃ怖いんじゃぞ!

 しかし、ワシもゼルビオン王国に、……ちらりと陛下の顔を覗く。心配そうに眉根を寄せておられる。い、いかん!

 ワシも女王陛下に忠誠を誓った。男じゃ!


「む、難しいが、なんとかしよう」


 お師匠様(イレーズ)経由でサスケ君から回収するのかのー。心労で倒れそうじゃのー。


「なにーっ! 魔術師長殿が持つマジックアイテムが狙いであったか!」

 広義の意味で、マジックアイテムである事に変わりはないがの。サイゾウ君の行動を縛るアイテムじゃからの。


「しかも、あの魔術師長殿が躊躇する程のレア・アイテムっ! それをニンジャが使うのか! 恐ろしい事にならねば良いが!」

 そこまで大げさな物ではないのよ。おそらく、ここにいる全ての男子が通過しておる痛い過去じゃ。


「ふふふ、では結果をお楽しみに」

 するするっと窓際に移動するサイゾウ君。


「進軍速度が速ければ先に布陣できるかもしれませぬぞ。お急ぎなされい」  

 フワッと浮いたかと思うと姿がかき消えた。何度も聞くけど、これって魔法じゃないよね?


「そうそう、これはサービスですが――」


 姿は見えぬが、サイゾウ君の声が聞こえる。魔法の気配もしない。

 どういう原理なの? これ?


「敵は魔法使い兵団を30名以上動員しておりますぞ。ご注意あれ」


 ザシュッと空気を切る音がして、皆の顔がワシの方を向いた。

 嫌な予感がする。嫌な予感がする。嫌な予感がするっ!

 ワシを見るな、騎士隊長殿!


「ブロウガン魔術師長が付いておれば、百万の味方を得たも同然!」

 ワシが動けば、百万人分の足を引っ張っちゃうのでプラマイ・ゼロじゃよ。


「稀代の大魔術師、ブロウガン殿が控えておれば、魔術師の100人や200人、如何ほどの物ぞ! 騎士達の心の支えとなりましょう」

 神祇大臣殿、100人どころか2人相手に負けちゃうよ。100人にフクロにされるって、どうじゃろ?


 せ、戦争反対ッ!


「ブロウガン魔術師長!」

 女王陛下のお言葉じゃ。ワシは頭を垂れて拝聴する。


「メアリー・オブ・ゼルビオンの名において命じます。ゼルビオン王国宮廷付き魔術師長ブロウガン。出陣せよ! お願いできますね?」


 バラの花が儚く咲けば、このような笑顔になる。国の全てを背負う決意の笑顔じゃ。

 ぐっ! この笑顔にワシは弱いのじゃ!

 メアリー陛下は今より23年前、20才で女王になられた。お綺麗なお方じゃった。いや、43才となられた今の方がずっと美しい。

 このお方は生涯独身を宣言された。国と結婚したとおっしゃった。

 ワシは、この方に恋をしてしもうたんじゃろうな。どんな女性も色あせて見えてしまうのじゃ。

 

 うむ!

 退路は断たれた。



 出ない訳にはイカンのじゃ!




 そこ! イレーズ! 笑う所ではない!



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