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ドール=チャリオットの魔剣が語る  作者: ぼうしや
誓約都市エレオス
99/199

79:人喰いピエロ

「はぁ…はぁ…」


弱弱しい吐息を漏らしながら、痛みすら遠のく程の意識の中

世界が次第に霞のようにぼやけ、仰いだ天井を眺める事しかできない。

そう、何も出来なかった。


あの子に少しばかりの時間をくれてやる事しかできなかった。



メイ・スミスという存在は鉄を打つだけが実力じゃない。

誰かを守る事だってできるさ。



そう見栄を張って、嘯いたものの



確かに自分には出来る事はあった。

ある程度の相手ならば足止めすらできた。

不意打ちだって、たたかい方さえも

元々“親父”に教わっていたものだ。



「ぐっ…はっ」



ぼやける視界、眺める天井には一鮮の血潮が叩きつけられている。


ああ…だが、“あれ”は普通じゃない。



食い千切られた自身の腕の断面

そこから未だに流れ続ける血をもう一つの腕で抑え込みながら

あの道化師のざまを思い返す



おどろおどろしい風格


人非ざる力


人非ざる、行動


何よりも…人の言葉を話さない。



正に、まさに化け物だ。


だからこそ信じられない。



あれが、元々…“人間”だなんて


そんな事は信じたくも無い。



だって…そうだろ?

どうすれば、あんな風に振舞う人間が仕上がるっていうんだ?



「ねぇ~、そろそろ解放してくれないかなぁ?コレ、全然動かないよ~」



耳障りな高い声で、桃髪の襲撃者が呑気な事をぼやいている。


とてつもなく煩わしい。

だが、それをわざわざ耳に入れて何としても意識を保とうとしなければいけない。


ここで、意識を失えば


それとリンクして奴を拘束している幾つもの武器は力が失われ

彼女すらも動き始めるだろう…


それだけはどうにかしなければいけない。



あの子アリシアは…うまく逃げられただろうか?


本当は気になっているんだぜ?面倒事には興味が無いとかいってたけどさ…

なんで、お前みたいな子供がよぉ 魔剣なんかの因果に魅入られて戦わなくちゃいけないのか


本当は心配だったんだ。


形は違っていたとしても


父親に、刀剣…それらの業を背負う立場は

あの頃のわたしを重ねてしまう…



だから、ジロケンには悪いと思うが‥‥戦う事をやめたと言っていた時は、安心していた自分がいたんだ。



「ねぇ~ねぇ~!どうすればいいのさ~?」



ブォンブォンと動けないまま握りしめた武器のエンジンを吹かすキオーネ。

いいさ、もっとやれ。そっちのほうが五月蠅くて目も開く、って、もん…だ…



…ありゃ?



なんも聞こえない。それに―



なんも見えない…




まずいなぁ、眠くなっちまうよ…


こんなところで…私は死ぬわけには行かない…そうだろ?



親父ととさまを‥‥



―まだ…私は、あんたを救済ころす為の武器かたな完成うみだしていないんだから…―






‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ゴツ、ゴツ、ゴツ







頭に直接響くおと…足音…?


違う、重々しいブーツが地を叩く音だ。その振動が床についた頭に伝わっている。






…ダメだったか?

クソ…どうやらもう、ここまでのようだ…だ…な…








ああ、親父ととさま、すまねぇな…わたしにゃあ…こいつらは少々重荷が過ぎたようだ

先に逝ってしまうが、あんたがきっと“誰か”に救われる事を祈って―――いる…さ、ね


―少し前の事だ。



雨が降り注ぐ中、ギルド本部にて急襲レイドが発生したという事もあって

エインズの街は騒然としていた。


たたかう術を持たない一般の人々は家の戸を閉めて避難し

目に入った憲兵は、大声をあげながらその旨の知らせを伝えていた。


一方武器を握りしめた何人もの冒険者はそのまま中央本部へと駆けだし向かっている。




「どうやら、本部のほうに竜が居るようですね」



『なら急ごう、きっとアリシアもそこにいるやもしれない』



俺たちは、普通の道よりも直線で迎えて、勝手が良いという理由で途中から建物の上へと飛び乗り

屋根から屋根へと伝って跳んで駆けていた。


…彼女が、どうか無事でいて欲しいと願いながらネルケと共に向かう道中で、ふと俺は気づく。



『なぁ、ネルケ』



「なんでしょう」



『お前さんはずっとこんな事を繰り返しやってきたのか?』



悪くいえば、姿をみせるやも解らない奴を相手に何度もなんどもイタチごっこのような事を…



「…はい。ずっと、ずっと追い求めていました。竜という災厄からどうにか人々を守れないか

どうにか、この繰り返す状況を打破できないのか…ずっと、何年も追い求めていました。

けれども奴は姿をみせない…そして、私自身がその危険をどうにかする前に人々は私の事を拒絶します」



悲しそうな表で目を伏せるネルケ。



『…そうか』



厄災の繋ぐ申し子…成程な。

こりゃあ、慎重に行動しないと、どうしようもない結果の二の舞、三の舞の延長戦だ。



「…ジロ」



『ん?どうしたヘイゼル』



「あそこに―」



目的地に向かう最中、ヘイゼルが指さす先…



『あれは―』



アリシア。彼女がこんな雨の中、焦燥感にかられながらクラン亭から駆け出した姿。

よかった。まだ、無事なようだ。



『ネルケ!』



「どうしました?」



『このまま一緒に行きたいが、俺は大事な用事が出来た。

すぐに追いつくから…今はちょっと外れる。ヘイゼルと一緒に先を行ってくれ』



「でしたら彼女も一緒にいったほうが?」



『いいや、お前さんが一人であそこにでも行ってみろ。また“フラグ”が回収されちまう』



「ふ、ふらぐですか?」



なれない用途で使われたせいかぎこちなくオウム返しをするネルケ。



『説明してる暇は無い、ヘイゼル。一緒に行ってやってくれ。俺は大丈夫だ』



「了解した」



ヘイゼルはリリョウをアルメンの鎖に絡みつけると

アリシアの居る方角まで魔剣おれを投げてくれた。


そして、その間に俺は見てしまう。



後方からアリシアを追う、道化師のような姿をした巨漢を。

それを見て、俺の感情はヒリついた。




―あのクソピエロから逃げている?




『くそがっ…!』



もっと早く…!近づけ!スピードを上げろ!



しかし、急く感情とは裏腹に、自分の背後から何かが囁きかけてくる




今更会ってどうなる?


俺にあの子を守る資格があるのか?


契約は解消された…もう、あの子と関わる理由はない。




この期に及んで騒めくみっともない躊躇心。


だが、俺はそんな感情を強く、強く握りつぶした。




うるせぇ



ゴチャゴチャとうるせぇ!



契約があったから一緒にいたんじゃない。

離れられる理由があったとしたって。


一緒に居るべき気持ちになんの関係もないんだよ!!!



ああ、そうだ。



あの時の、あの子の死からそうだった。

憐憫だろうと、愛着だろうと、“奈々美”の代替えだろうと

どんな理由だってかまわない。



後でいくらでも言い訳つけて否定してやる。いくらでも間違った事を後悔してやる。



けどなぁ



いま、救うべき“娘”がそこに居るのに、それをどうにかしなくちゃいけない思いだけは否定しちゃいけないんだよ!



『ぬううううおおおおあああああああ!』



勢いに任せて、俺は遠慮も無しに近づくクソピエロをぶっ飛ばした。





そして、今に至り―


思いのほかアリシアは俺を受け入れてくれた。




ああ…いいぜ。契約なんて知った事かよ

俺はこの子の父親に間違いない。



だから、守ってやるさ。




「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」



アリシアの咆哮と共に、道化師へと魔剣は大きく振られた。



「えど、ざるどでぃあ」



道化師は迫る剣撃を“するり”と躱す



「ぐっ!」


大きく空振りした後に隙をつくるまいと、アリシアは地を踏みしめて身体を大きく捩じる。


二回、三回…と


素早く振った魔剣は確かに相手の隙を狙って攻撃している。

しかし、道化師はそれをいとも容易く何度も何度も“するり”と器用に躱してみせた。



「うおぁああああああああああああああああああああああああああああ!!!」



目前の道化師に対してアリシアは咆哮する。



―ウォークライ



おおきな叫び声で空気を震わせ、道化師に対して威嚇行為をし

防御体勢に無理やりさせようとした所にごり押しで一撃を入れる算段だった。


だが、相手は身体いっぱいに大きな空気の振動をビリビリと受け止めながらも、それに動じず

繋げて切りかかるアリシアの攻撃に対して防御すらもしなかった。


それどころか



直前で差し出された道化師の左手が、手首をスナップして下に向けられると―




「―っ!?」



そのまま奴の胴を横斬る予定の魔剣おれが、それに合わせて下へと急降下して地へと刀身をめり込ませた。



『アリシア!』



「―がっ!?」



その大きな隙を狙って道化師は右手で掌底を下から繰り出し、アリシアの顎下へと一発いれた。


強い一撃に身体を浮かし、上体を仰ぎながらも


アリシアは歯を食いしばって、前に屈むと

鎖に絡めていたリリョウを手に取り、

続けざまに飛んで来た道化師の右ストレートを払いのけ、そのまま

片腕だけで無理くり相手へ魔剣を振り回した。



しかし、それすらも道化師は巨躯に似合わないよたよたと奇妙な動きで躱しながら

少しずつ後ろへ下がり、二本の武器を駆使して攻め込むアリシアの連撃をいとも容易く躱していく。



「らでぃか、らでぃか、ふぁれなうぃる…いでぃおな、らぐなうぇーた」



ちっとも理解できな言語を漏らしながら道化師も反撃をし

それをアリシアは魔剣とリリョウの二刀流で払いながら、互いに攻防を繰り返す。



互いにその動きにリズムを覚え、慣れた動きをし始めた頃合い

そこを俺は狙っていた。


アリシアの攻撃に対して道化師は躱し

そのまま、隙を狙って攻め入る一撃。



―ここだ




その瞬間に奴が左手を引いて、前のめりになった瞬間。



『喰らえよ…雷槍!!』



想定していたものとは違う不意の一撃に対して、お前は躱せまい!!



即座に顕現した雷の槍は、そのまま銃弾のように道化師の頭をつらぬく…



「ぱぁっ―」



『なっ…!?』



道化師が口角を上げて咄嗟に握りしめていた左拳をぱっと開く、その瞬間

奴の脳天を貫くはずだった雷槍は瞬時に軌道を変えて鏡に反射する光のように跳ね返ってしまう。


呆気にとられた瞬間、アリシアの首は道化師の迫りくる左手によって掴まれる。



「がっ―」



そのまま持ち上げられると道化師は大きく口を開けてアリシアの顔へとそのまま齧りつこうとする。

それを防ごうと、俺はとっさにアルメンの鎖を使って先の杭を奴の口の中へと突っ込む。



奴の顎と杭の硬度がぎりぎりと拮抗する音。

ミシミシとミシミシと不安を煽るように響き渡っている。



「パ…パ…」



首を掴まれ強く締め付けられているせいか、アリシア思うように体を動かせない。



何なんだこいつは…

いま、こいつはアリシアを…“食べようと”したのか!?


そんなの、まさに人食いピエロじゃないか

俺はかつて、記憶にあった現実世界でのホラー映画を想起させてしまう。



おぞましい行動に戦慄しながらも、ここからの打開策を考えねばならない。



どうする…!?考えろ…かんがえろ!



焦燥に駆られながらも思考を巡らせている最中、

アリシアは無理やりリリョウを握りしめている腕を持ち上げると

そのまま、自身の首をしめている道化師の左手へと目一杯差し込んだ。


コーン、と重々しい鐘が響くような音を立て

何かが破裂するようにアリシアと道化師の間で大きな衝撃が放たれた。

道化師はそれに耐えきれず、アリシアの首を手放すと

彼女はいそいでその場から距離を取った。



『大丈夫か、アリシア!?』



彼女は二つの刃を携えて構えながら顎を二度三度左右に揺らす。

微かに首の周囲が煙を発しながらピリピリと小さく、赤い稲妻を走らせている。


どうやら、超再生が発動しているようだ。



俺は、多少不安にしていたものが一応解消される。


あの瞬間、正直俺はヒヤッとした。

乖離のヤクシャ、セラは安心しろとは言っていたが、それも正直半信半疑

魔剣としての契約が途切れている状態でアリシアが一撃を撃たれたらどうなるのか想像もつかない。



―しかし契約が切り離されたとしても、どうやら超再生というパッシブスキルはしっかりと機能しているようだ。



…今のはなんだったんだ?


ひとつ悩みの種が解決したところで俺は今の状況を今一度振り返る。

アリシアがリリョウをあいつの手に突き刺した途端、謎の衝撃。


あれは一体何に反応して起きた事象だったのか



「あれが…あいつの能力からくりかも…」



『からくり?』



「私、あいつに首を掴まれたとき、やたら苦しかった。それも、“締め付けられる”感覚じゃない

強く“押し込まれている”感覚だった…それは握力じゃない。あいつの掌から来る得体の知れない力」



『どういう事だ、その違いに一体なにが』



「あれを見て」



アリシアが道化師の方を指さす。


奴は煙を舞い上がらせている自身の掌を黙って見下ろしている。

それは、さっきアリシアの首を掴んでいた左手…



『おい、あれって…』



弾ける衝撃によって燃え散った道化師の手袋の中身、

血の通っていないような青白い左掌の真ん中…埋め込まれていた脈打つ“それ”に見覚えがあった。




6番目のヤクシャ、戦争屋アシュレイが持っていたとされる『魔眼』




『ネグァーティオ』



まさか、アシュレイだけが持っているもの唯一だと思っていたが…

それと同一視される存在なら、先程の衝撃にも雷槍の反射にも説明がつく。


もっと言えば、魔力を保有している魔剣だからこそ

その左手を使う事で、器用に微弱な反射を利用して躱し、魔剣を無理矢理下に急降下させたという事にも説明がつく



…しかし、条件があったはずだ。あれは、目視して『認識』した魔力に反応して起動するはず。

故にアシュレイは魔剣の攻撃だけは自力で回避するしかなかった。



それに…あいつは目を閉じている。無理矢理縫わされている形で―



「なら、答えは簡単よ」



『いってみぃ』



「あの化物には、それすらも『認識』できる何かを持っている…」



少し困った顔をしながらも、どや顔で答えるアリシア


成程…余計にタチが悪い。




「…」



暫くして、道化師はこちらに視線を向け

俺達にも緊張が走る。



魔眼を晒した状態の左手をぶらぶらと振りながらゆっくり

トツトツとこちらに向かって歩み始めると、今度は右手を大きく振り上げて




「かむでぃふぁろかにかわ、えでぃし」



大きく掌を開き



「らるげら」



強くからを握りしめた。




『!?』




―ズゥン!



そんな魔力の摩擦音を耳にた刹那、俺の視界は急降下する。

そして、アリシアも同様に体勢を崩し 相手を前にして動きを抑えられたかのように跪いた。



「これ…一体…な、んなのよ…。からだ、が、お…おもい!?」



アリシアは、抵抗しようと跪いた体勢から起き上がろうとする…しかし、その降り注ぐ重々しい感覚から

思うように体を動き出す事ができない。




ヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴ



抵抗すればする程に聞こえる魔力の拮抗する摩擦音。



奴の握りしめた右拳から、黒い瘴気がメラメラとこぼれ出ている。



これも奴の能力なのか!?


俺にはこの能力とにた魔術に覚えがあった。


かつてヘイゼルとの最初の邂逅。

そこでの戦闘でニドが使っていた魔術。


奴は言っていた。


重力という概念を扱う魔術には二通りあり、

地属性から由来する、対象の質量にたいしての重力操作。

もう一つが闇属性から由来する一定の空間そのものに対して行う重力操作。



おそらくこれは後者。


…だが、ありえない



これが黒魔術の一端だとして、黒魔術の使い手だとして…なぜ、魔力を否定する魔眼ネグァーティオと共に両立出来ているんだ?



「―えぶらは」



瞬間



アリシアの目の前に、悍ましい笑顔を近づける道化師。


そして、そのまま奴は下からアリシアの懐を遠慮も無しに強く殴り上げた。



「っつう!?」



そのままアリシアは宙を浮き、目を見開く

直後、のしかかっている重力によって再び下に引き寄せらせ

その身を地に叩きつけられる。



「パ、パ…私は大丈夫だから」



『…わかっている。それが聞けただけでも俺はいたって冷静だ』



嘘だ。本音を言えば、遠慮もなしに娘を殴りつけるこの道化師を今すぐにでも殺してやりたい気持ちであふれかえっている。

戦わなくちゃいけない、戦わせなくてはいけない立場でありながらも

それだけはどうしても無感情でいる事なんてものは無理だ。


だが、奴を前にして俺たちは未だ動けないでいる。

多分、奴が動けるのは…魔眼ネグァーティオによるお陰なのだろう。




「げるでろっそ、ばぎ、あぎら」



自身の繰り出した一撃に対して、想定していた展開と違っていた事に首をゴキゴキと傾げる道化師。



くそ…一体どんぐらいの重力がこの周辺に掛かっているんだ?

魔剣との契約が未だに履行されている状態のアリシアだ。


普通の人間とはくらべものにならない膂力を魔力補正で発揮しているはずだ。

それなのに…いまのアリシアは四つん這いにされたまま動かす事が叶わない。


周囲を見回す。

そして、俺はその異変にようやく気付く。



「ぐぐぐ‥‥」



この通り道は石工によって綺麗に敷き詰められた道。その中

俺たちの周囲だけが空間を歪ませてミシミシと下へ押し下がっている。


こいつ…俺たちに対して人を容易くミンチにするぐらいの重力は掛けていやがる。



歯を食いしばりながら起き上がろうとするアリシア。その腕から足に至ってがピリピリと赤い稲妻を走らせている。



―…だが、微かな可能性はある。


魔力を跳ね返したとしても、強力な重力魔術を併用していたとしても

それらのタスクを一気に使用する事が出来ないはずだ


そうであるならば、戦闘序盤で奴は重力魔術を即座に併用して発動させているはずだ。


それをしないという事は



俺は狙いを定める。

未だに握り続けている奴の右拳。


あれがきっと、重力魔術の発動条件の一つ…



そう願うしかない。



あそこに、一撃を―



『…アリシア。そのままでいいから聞いてくれ』



「…」



俺はアリシアに小さく耳打ちした。

それを聞いたアリシアは固唾を飲んでコクリと精一杯小さく頷いた。






『いくぞ!!雷槍―』



「…!!」



雷の魔力が顕現される瞬間、道化師は反射的にネグァーティオが埋め込まれた魔眼の掌をこちらに翳す。

放たれた閃光は、やはり軌道をそらして反射される。



『大当たりだ』



瞬間


重苦しい重力から解放されたアリシアは道化師を前に大きく魔剣を振りかぶる。


目前のアリシアという“大きな魔力”を認識したのかそいつは左手の魔眼を前に翳して反射で押しのけようとする。



『残念だが、それは“はずれ”だ―』



正面にあるネグァーティオを使ってまで弾き返そうとしていたものは、アリシアなんかではない。



銀幕の葬送ミラージュ・イクリプス



氷よって造られた自身の虚像を作り出し、触れたものを零度によって浸食させる魔術。

後者の能力は触れる事が叶わず、意味を成す事は無いが。



十分だ。




ガァン!と重々しい一撃が人食いピエロの背後から脇腹へと刺しこまれる。




「あ゛?あ゛…でぃぐら…が…?あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!????」



奴は気づかなかっただろう。

瞬間的にアリシアが背後に回り込んでいた事


そして


氷の虚像に強く意識を向ける為に、魔剣の中にある俺の魂が複合乖離を発動させて。

分離した魂を正面に配置させていた事に。



魔剣の刀身が奴の横腹に深く、深くめり込む。




「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」




奴の肉体は思いの外、固く出来ているのだろうか…

大きな悲鳴を上げながらも、

アリシアが全力の膂力を以てしても未だ両断する事ができない。



「ぐううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううっ―」



アリシアは物凄い形相で両腕に力を込めて魔剣を振り抜こうとしている。



まだか…!




まだ断ち切る事が出来ないのか…!?




この化け物をっ





―救いたい




『え…』





―救いたい



―“この子”も救わなければいけない



なんだ?



“誰か”の優しい声が脳内に語り掛けて来る。




―恐くない、怖くない、こわくないよ



―僕は、君の味方だ



―此処に居れば、君は地獄に放り出される事はない



―僕も、君の笑顔が見たいな




一方的に流しこまれる感情に俺は狼狽した。

…これは、もしかして…この道化師の…?





―ああ…神よ



―この子たちに…迷える子羊らに



―ささやかな祝福を











俺は先程の、殺すか殺されるかの瞬間から唐突に放り出され

一つの風景が目に入る。

時間すらも忘れるような、広大な草原にある小さな村と

それを見下ろすように近くの丘には小さな教会があった。



俺は…なにを見せられているんだ?



その教会の中で、小さく祈りを捧げる何人もの子供たち。

そしてその背中を見守る優しい表情をした年配の神父。





彼は子供たちを慈しむように眺めながら十字架を握りしめて小さく呟いた



「ああ、どうか…どうかこの子たちに祝福を…神よ…女神アズィーよ―」






































―瞬間、光を浴びせられ…まどろみが払しょくされる。


闇に沈みそうな意識が引き上げられる感覚。




「ハッ…!?」



息を大きく吸い込み、見えた視界がはっきりとしている。

しかし、未だ苦しく脈打つ感覚はそのままに、寧ろちぎられた腕の痛みが一層鮮明に感じてしまう。


…確かに解るのは自身の身体に目一杯淡い光を放つ緑の液体がぶちまけられていた事だけ。



「…これは、回復薬…」



「…お目覚めかい?」




ヌッと上から聞こえる…


その声には聞き覚えがあった。

自分がなによりも…誰よりも会いたくない奴の声だ。


目の下に隈を引いて、無機質な表情に重い化粧をした“かつての師”

皮肉でいうなら“かつての死”ってか?



「―ああ、ここは地獄かね?お師匠様」



「くだらねぇ事言う余裕は出来たようだなぁ、クソガキ」




ああ、間違いない

怖ろしい能面で見下ろしてきたその顔は…あの絡繰人形師である“アンジェラ・スミス”に違いないのだから。

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