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ドール=チャリオットの魔剣が語る  作者: ぼうしや
誓約都市エレオス
98/199

ずっと側に居て欲しい

ざあざあと未だ雨が止まない空で

ガサガサと草木を分けながら走り続ける。

ネルケの焦燥に駆られていく表情と呼吸。


その理由をまだ俺は聞けていない。


聞けないまま、俺とヘイゼルはエインズの街へと道をなぞらずに直線で最短距離を詰めて

走り抜けるネルケを追いかけている。



一体どうなってんだ。


多少の会話のやり取りをした途端に、彼女は急に血相を変えて「そんな」とだけ言って動き出し

屋敷を後にしてエインズへ向かうと叫びだした。



『ネルケ、ネルケ!』



「…っ」



俺の呼びかけにも返事すらままならない様子だ

一体エインズの街に何があったっていうんだ…



彼女の焦燥感に連なるように得体の知れない不安を俺も抱えている。

ヘイゼルは各々鞘に収めた魔剣おれとリリョウを抱き抱えてネルケの後を淡々と追いかける。



次第に見覚えのある道が幾度となく見えてきた。


あの道…そろそろ森を抜けて平原の付近へと出るか


つうか、ネルケの奴…足はぇええ


半竜だからこその身体能力だっていうのか?



仕方ねえ。



『疾風の郡狼!』



俺は魔術を発動させる。

すると、俺を抱き抱えるヘイゼルの背後から押し寄せる風が


先を行くネルケと俺たちの距離を詰めて行く。


そして同時に森を抜け、広い平原にでた先でようやく彼女と横並びにたどり着く。



『おい!ネルケ!!いい加減教えてくれ!!一体何があったんだ!?』



雨音にかき消されないよう祈りながら大きな声で聞く



「…厄災です」



『厄災?あの街にか?』



まさかヤクシャが居るとでもいうのか?



「いいえ、違います。本来の厄災の代名詞となるのは、竜です。あの街に…竜が訪れている…!」



『お前にはそれがわかるって話なのか!?』



「それもあります。…ですが、それよりも…その竜を使役している存在。“あいつ”が…近くにいる」



あいつ



あいつって誰の事だかわからねぇ。だが、ネルケが急に焦った様子をみせて追いかける存在。

俺らの想像には至らない程の因縁があるのだろうよ。



『けれど…なんで今になって竜が、それもそいつを使役する奴がギルドの本部に現れたってんだ』



あそこは冒険者らの根城と言ってもいい場所だぞ??一体どうして



「私にもわかりません…ですが、いつも現れる際は徒党を組んで一つの街へと攻め入ります」



『一体なんのためにさ』



「…魔力」



『魔力だと?』



「奴らは魔力蒐集家と銘打っては、強大な魔力を保持したものを問答無用で奪い取る。

そのような盗賊紛いの狼藉を働きます。それが例え物であろうと、“人”であろうと…」




俺はその話を聞いて、ネルケ同様にドクンと心臓が跳ね上がるような焦燥に駆られてしまった。




まさか―

“私を寄越せ”


この女は確かにそう言っていた。


メイの言う通り、こいつらは私の事を狙っている。



一体なぜ?



…簡単な話だ。



例えパパとの契約が切り離されたとしても、私の中にある状態だけは変わらず継続している。

詰まるところ、私と言う“人の形をした”大きな魔力を狙っていたに違いない。



そうだ、そういうものを欲しがるのはあの戦争屋だけじゃない。

今まで出なかった事自体が幸運だったのかもしれない。



だが、こうして然るべくしてその連中は目の前に遠慮もなくあらわれてしまった。



戦うしかない。



抗うしかない。



みすみすと言われるままに私がこんな奴らに身を預けられるつもりは無い。



なのに



「アリシア、お前さんは逃げる事だけを考えろ」



メイは私の事を庇おうとしている。



「なんで…!これは、私の問題なんだよ!!」



「理由がなんであろうと、戦う事を止めた奴には何もできやしない。

あたしには解るんだよ。こいつらは普通じゃない。

火の粉を振り払うだけの考えじゃ絶対にこいつらは止められない。」



「メイ、メイはどうしてそこまでして私を庇うの!?」



「…あたしゃあんたより大人さね。今は守る側の人間だ」



「たったそれだけの理由でっ…!」



「それだけの理由で十分なんだよ。

それに、“ただの鍛冶師”なんて思われてもらったら困るって話なんだよ」



メイは長袖を大きく振って、そこから幾つもの札を吐き出した。

それらは私とメイ、そして襲撃者であるキオーネの

お互いの足元に散りばめられた

その札一枚一枚には、彼女の血で様々な文字が書かれている。



「なんのつもりだがわからないケドぉ~、こうすれば問題ないでしょ????」



キオーネはブォンブォンと携えている武器のうねりを上げさせると

手に大きく重量感のある武器を持っているとは思えないほどの速さで私たちのほうへと距離を詰めて来た。




キリキリと迫る大きな刃を前にメイは手で印を結ぶと大きく叫んだ。



「起刃!」



その声に呼応するように散りばめられた札から、いくつもの‥‥幾つもの武器が吐き出される。

それはキオーネに目掛けて飛び出し襲い掛かる。



「!」




「…あんたさぁ…やっぱすげぇなぁ。一体どんな仕組みなんだよ、その身体」



不思議な事に針千本の如く襲い掛かる武器はキオーネの身体には刺さる事が無い。

しかし、数多の武器はキオーネの動きを止める牢獄の役割をするには十分だった。


ぐぐ…とメイを前にして動くことが出来ないキオーネ。



「ちょっと~!ジョイ!ジョーイ!!あんたもいつまでも“道草を食ってないで”こっちに加勢してよ!!」



怒りながら懇願するように叫ぶキオーネ。

メイと私は連なる脅威である、不気味な道化師の方に視線をやると



「…っ!!?」





「ゴリ、ゴリ…ぐちゅ…ぐちゃ…めり…」



生々しい肉の音。

窓の向こう側で口の周りを血でいっぱいにさせ、咀嚼をしながらこちらを振り返る道化師。



…その手には最早、元の形すらもわからない“何か”の肉を握りしめている。



「おいおいおい、本当になんの冗談だ?あいつは何をご馳走していやがるんだ…」



ゴクン、と食べていたものを飲み込むと

再び“にちゃあ”と口角を上げて生暖かそうな白い息を吐き出している。



「あ゛、あ゛あ゛…しゃん、ま、りそだってぃぶ、べむぐらふ」



そいつは何を言っているのか解らない言語を発し

割れた窓からこちらへと強引に入ってきて 近づいてくる。



「るごすてぃあ、えんべると、びさいか」




「ふっ…ふっ…」



メイが今までに見せない顔をしている。

道化師に対し、大きく目を凝らしながら、呼吸を整え



長い袖から再び何枚かの札を取り出す。その指は微かに震えているのがわかる。



メイ…あんな風に強がっているが、こいつらが尋常じゃないくらい怖ろしいという洗礼だけは

その身にしっかりと叩きこまれているのだろう。



「いいか?私が動き出した瞬間、外へと走り出すんだ。…この騒ぎだ、そろそろギルドからの憲兵らも来る。

そいつらを頼ってそのまま逃げろ」



「でも…」



そして、その悍ましい道化師がこちら側へと地に足を付けた瞬間



「いいから走れ!!アリシアっ…!!!!!!!」



メイは怒号を響かせた。

そして、彼女は大きく踏み込むと一枚の札を投げ

先程のように札から長い太刀を取り出して道化師に斬りかかった



それに合わせて、私も彼女の言う通り大きく地を蹴って店の出口へと走り出す。

障害になる卓を、椅子を掻き分け飛び越えて



戦う術を持たない私は兎に角逃げ出した。




魔術を使えば対抗できるかもしれない。

無理だ、殺される、恐い

外に出てすぐに誰かが助けに来てくれるかもしれない

メイならきっと大丈夫、きっと途中で隙を見つけて逃げ出してくれるはず

死にたくない

今はとにかくここを離れて誰か助けを呼ぼう


そうだ、おばあちゃんを…!おばあちゃんならきっと…!


でも、もしおばあちゃんでも倒せなかったら?


殺される


大丈夫だ!ここはギルド拠点。きっと実力のある人たちが直ぐに駆け寄ってくれる


恐い、恐い、恐い


死にたくない…


誰か



誰か…



誰か…!!



私は一度振り返る。


そこには、その身を地にうっぷしているメイの姿が見えた。



「っ…!!」



私はそれを再び振りぬいて前を見てさらに足を速める。



お願い、誰か!



「パパっ…!」



…なんて情けない事なんだろう



あの人の為だと、寂しさを嫌うのならいっそ自分から手放したほうがいい

その機会があったからこそ縋るように離れたのにも関わらず

私は、今 何よりも誰よりも…パパと呼んでいたあの人に会いたかった




「あ」




店を出た瞬間、私は思わず足を止めてしまった。

所々に転がる死体。


魔物に屠られたように内臓を腹からこぼしながら横たわる人

頭の無い人


原型さえ留めておらず、肉としか表現できない“何か”



それらが雨に血を洗われながら周囲に血だまりを作っている。



「憲兵は?」



右をみる、左をみる



居ない



「他に冒険者…は…!?」



居ない



私は唇をかみしめながら走った。

確かギルドの、本拠地はあの方角に行けば


記憶にあった中央公園の噴水への道のりを頼りに、私は走り出そうとする。



その間、周囲を見渡しても人一人として居なかった

しかし建物の中には灯りがともされている。きっと避難しているのだろう


ざあざあと降り続ける雨の中で、ばちばちと水たまりに構う事無く走り続ける。



「!?」



それはギルドの本拠地のある方角。

そこから大きな音を響かせている。



「一体…どうしてっ…」



どうしてこうなったんだろう

私は、何をするのが正解だったのだろう?

こんな私が生きていても…周りに迷惑を掛けてしまっているだけじゃないか


パパも、ママも…


私は、不意に足を止めた。

そうだ、なんでこんなことをしているのだろうか…もとはと言えば…私が



「パパ…」



刹那、何かが横を頬を掠める


“それ”はどしゃりと目の前に投げ出されて転がっている。



「っ…?」



それは腕だった。獣のように噛み千切られた腕が私の横を過ぎ去ったのだ。



…その腕が誰のものかはすぐに解った

親指には噛み千切られた痕




メイ…メイっ…




まさか、まさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさか―



背後から、気配がする。


次第に聞こえるとつとつと鳴らす足音。



「えぶろす、れぐろす、まが、しゅうがるむ」



蟲の騒めきを模したような声。



恐い…振り返りたくない…



なんで?


得体の知れない強敵の前でも

魔神を前にしても

ヤクシャを前にしても

魔物の群れ、魔王竜、堕天使、大きな鉄の竜を前にしたって



敢然と立ち向かってきたじゃないか…



ああ、そうか。



私は、こんなにも怖がりだったんだ。

ずっと背中から聞こえるあの人の言葉に救われていた。勇気をもらっていた。


わたしひとりじゃ、結局何も出来ないんだ



「パパ…パパ…」



背後の足音が大きくなる。



身体を震わせて、目尻に涙を溜める。


もう、パパは側に居ない


脱力感に身を預けて、私は項垂れ



とっ―



大きな手が私の肩に乗せられた。



「ひっ…!」



「れ、でぃあ、ごるろっそ、だー、おるげん」







『うちの娘に気安く触ってんじゃねーよクソが』



ゴッ―と、背後の存在が聞き馴染む声に合わせて横に吹き飛んだ

そいつはそのまま近くの建物に激突し、壁を穿って奥へと押し込まれた。



私はその声に目を見開き、でガンと地を穿ち突き刺さる音を響かせる。


私のすぐ目の前に、大きな魔剣が突き刺さっていた。



「あ…ああ…」



『アリシア。こっちの説明はすまないが後だ。今はとりあえず―…おぶ!?』



私は躊躇う事無く魔剣を抱きしめた。強く、つよく



「うぐっ…ひっ…ぐすっ…」



『お、おい!魔剣をそうやって抱きしめるなって!危ないだろ!!』



「こわかった…こわかった!こわかったよ‥パパ…」



『…アリシア』



「ごめんなさい!もう、さよならなんて言わないから!ごめんなさい…ごめんなさい…!」



『もう、大丈夫だ。俺はここに居るから…安心しろって…もう、こわくない』




その言葉を聞くだけで不安が一気に掻き消された

ああ、私には…やっぱりパパが居ないとダメなんだ…。


上を仰ぐ。

気づけば、曇天の空に雨は止んでいた。





「―えでぃしら、ざるど、まぐなてぃおら!!!」




道化師の化け物が吹き飛んだ建物の奥から、

相も変わらず理解できない言語が怒号として放たれる。



ドッ、ドッ、と先程とは違う重々しい足音を響かせてこちらに向かっている。




「ぐぐ…ゴキ、ゴキゴキ」



パパの攻撃はどうやら、首の骨を異常なまでに曲げるほどの一撃だったらしい。

頭を両手で抱え込み、大きく骨を鳴らしながら元に戻している。


しかし、その表情は相も変わらず無理やり縫われた笑顔に変わりなかった。

そして、その口でさえも 口角を限界まで吊り上げている。




『―オイ…そこのクソピエロ。よくもまァ、俺の娘を泣かせたな?』



その声色は、今までにないくらいに怒っている。

怒る事は幾度となくあったものの、それをいつも傍らで聞いている私にはその違いがはっきりと分かっていた。



『アリシア…無理にとは言わない。先の事で俺はあんな事を言ってしまった手前、

こんな事頼めた義理じゃないのは分かっているつもりだ。…だけど、頼む。魔剣としての契約なんか関係ない…

今は、お前のパパとして…一緒に戦おう。俺が、お前を守って見せる』



「…うん」



十分だ。ようやくわかったんだ…

守ってもらわなくても、契約が無くても…


側に居てくれれば戦える。

今の私には必要な、大切な存在。

きっと、あなたが本当の娘と会えた時が来たとしても



私は、パパの側に居続けるから…!!




その手は強く魔剣の柄を握りしめる。

そして、穿つ地から強く引き抜くと





「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ」





私はそのまま、大きな道化師を前に剣を構え駆けだした。

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