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ドール=チャリオットの魔剣が語る  作者: ぼうしや
誓約都市エレオス
94/199

76:マリア・ホプキンス


ヘイゼルが撃たれた瞬間…


ほんの瞬き

俺が大きく叫び

相手に視線を外して少し目を逸らしたその瞬間


魔剣を握り締めて構えていたアリシアのそのすぐ横。

既に“そいつ”が居た。


気後れしながらもすぐさま視線を、その攻撃的意志をそちらに向け

兎に角すぐにでも殺しても構わないと吹っ切れる程の思い切りでアリシアが魔剣を振った


この膂力もスピードも魔力由来の力だ。

魔神と渡り合える、天使とも刃を交える事だって出来た。


しかし、それだけでは足りない。あまりにも遅すぎる事実を真っ向から叩きつけるように

ヒュルと風を切る音がアリシアの目前で縦に舞い上がり


魔剣を握り締めたアリシアの手首がいとも容易く切断された。



『なっ…がっ―…!!?』



刀身に殴りかかってくる衝撃。

視界がぐるぐると回転し、なすがままに魔剣おれは天井へと突き刺さる。


まさか蹴り上げられた!?


咄嗟に視界をずらして見下ろした先で呆然と見上げるアリシアに対してそいつは

長い三つ編みを竜の尾の如く振りながら身体を捻らせ



「ぐっ―!?」



繰り出した脚でアリシアを強く蹴り飛ばした。

そのまま、流れるようにそいつは容赦なく天井に突き刺さった俺を一発、二発、三発と容赦なくその手に持つ銃で打ち続ける。


その銃弾は俺の水晶目掛けて精密に狙い撃つ。打ち続ける。

その度に視界が揺れ、思考をする余裕もない。


当てられた水晶はヒビひとつ入る気配も無いが

俺はいつ割れるか解らない不安に煽られる


『くそがぁああああああ!!』



俺は躍起になって強引にアルメンの鎖を振り回しその杭で相手に目掛けて刺し殺そうとする。

しかし、その行動すらも見切られていたのか

相手は肩を少し横に揺らしただけで躱されてしまう。




虚しく地に刺さる杭をそいつは見下ろし、ガァンと踏みつける。



―しまった!?




再び敵は天井に刺さって身動きの取れないこちらに視線を戻し再び銃口を向けた。



しかし、何を思ったのか

急に踵を返して振り返ると、その場から一歩身体をステップさせる。

いや、躱したのだ。

不意打ちに近い光魔術の一閃。その光撃の位置を瞬間的に読みとっていた。



「…!」


多少、驚いた様子を見せたそいつは

銃口をその光撃の主へと向け何度も撃つ


しかし、それを反射的に“人ならざる”動きで躱し

ヘイゼルはすぐさま相手との距離を詰めていく。


しかし、距離を詰めていくその過程で相手は一歩一歩と近づいてくるヘイゼルの一瞬の隙を見出したのか

彼女の次の踏み込みの頃合で神速の疾さで一気に距離を詰めていく。



「―エンチャント・ハイリジェネ」



先ほどと同じような風を斬る音が室内で響き渡り

ヘイゼルに対し“切断”するという明確な意図をもって、首を、腕を、脚を何度も切りつけてくる。



「無駄」



しかし、その攻撃は彼女には通用しない。

先ほどの唐突な銃による不意打ちでさえも意味が無い。

22体の聖女の死体を継ぎ接ぎに組み合わされた肉体と

異常な再生能力を持つ聖由来の光魔術を発動した彼女だからこそのなし得る事実。



サーベルによる剣撃が無意味だと聡ったそいつは直ぐに蹴りを繰り出し

その膂力でヘイゼルは壁に叩きつけられる。



すまない、ヘイゼル!


だが、隙は作れた…!!



既に斬られた手首から先の再生を終えたアリシアが、バスケット選手も脱帽する程の距離から飛び跳ねて

天井に刺さる魔剣へと手を伸ばしていった。



片手で柄を握り締めると、直ぐに神域魔術が発動する感覚を感じた。

そう、アリシアのもう片方の手には既に取り出したリリョウが握り締められている。


落下の勢いを利用してアリシアは天井から魔剣を引き抜くと

そのまま着地して直ぐに相手に視線を合わせた。



『蛇眼相!!!』



俺の叫びと共に周囲の動きが一気にスローモーション化していく。

そうだ、見切れない疾さなら


見切れるまでに遅くしてやればいい



そして、こっちがその疾さの領域まで追いついて、そのまま追い抜いてやる…!!!



『疾風の郡狼!!!』



イーズニルからくすねて学んだアルヴガルズ由来の高速化の風魔術だ

お前の眼からすれば目にも止まらぬ疾さだろうよ

このまま倍に返して…殺してやる!!


そう、殺す

今の俺達に余裕が無い


認めよう。


こいつは異常なまでに強い。そして、徹底している

このままだとこいつに何されるか解らねぇ



蛇眼相によってスローモーションになっている世界でアリシアだけが素早く動く事が出来

そのまま一歩一歩と踏み込んで距離を詰めていく。



殺す。絶対に―



しかし、その覚悟は一瞬にして揺らぐ事となる。



「パパ!?」



『…………うそだろ?』



近づいて魔剣を振りかぶった俺達に対して

そいつはピクリと此方に首を傾けた

そして、徐々に動きが此方と同様の疾さに戻っている。


蛇眼相が効いていない!?それとも効果が薄れた!?

違う…だって、奴のうしろで壁に叩きつけられたヘイゼルは時が止められたかのように動かない。

そして何よりも、同様に舞い上がったまま動かない塵芥を俺は認識している。


俺は恐々とした。

こいつには…魔術が効いていないのか??



そして、そいつはギンと狩人帽の下から爛々と殺意に満ちた碧眼の眼光を此方に向け

迎え撃つように手に持つサーベルを後ろに下げて居合の構えをする。


瞬間理解した。

振りかぶった所を狙ってこいつは反撃をするつもりなんだ。




まずい…くそぉっ…!!!!



『アリシア!!一端引くんだ!!!』



「くっ…!!」



歯がゆい思いを胸に押し込み

一度身体を捻らせてそいつから一気に壁の端へと距離をとった。



そして、蛇眼相が解除された瞬間。



空を斬った居合の剣撃が、大きな風を吹き荒らし、その勢いだけで室内の窓ガラスを一気に外へと弾き飛ばした。



…呆気に取られる。



俺は一体、何を相手にしているのか。

まったく理解できていない。

勝てる気もしない。

ロングコートに身を包んだそいつの中身は

俺の中で圧倒的な形の得る事の無い化物でしか想像する事が出来なかった。


恐れている。俺は、あの獣の様な碧眼の視線に

思考を蓋させる程に感情を震わせられていた



―しかし、一気に距離を離した事も含め

相手もこちらの神速を警戒したのか動きを見せない。



だが、もう遅い



すでに後ろでヘイゼルが壁にぶち当てられて手足があらぬ方向に曲がりながらも

その翳した手の先であるお前の周囲には方位したライト・キューブが待機している。


下手な行動をすれば直様に彼女はその光撃を発動する。



その一手に相手は観念したのか

その手に持つサーベルも銃も下に下ろし、自分が剣で切断した筈のアリシアの手首を見つめ

大きく溜息をついた。




「返してくれ」



『は?』



「その娘を…アリシアを、私に返してくれと言っている。『グリム・トーカー』」



『お前…何を言って―』



「その娘は、私の大切な“孫娘”なんだ。もうこの老体に残されたたった一人の、家族なんだ」



そいつはサーベルと銃を仕舞うと

そのまま深く被った狩人帽に手を伸ばしてその素顔を晒す。



その姿はアリシアのような金髪。後ろに三つ編みで束ねられ

そのすわった目つきで…碧眼の瞳で静かに此方を見据えた。



ん?



こいつ、今なんて言っていた?



“私の孫娘”…そう言っていたな??



彼女の顔をまじまじと見つめる。

確かに、アリシアに似た面影を感じる


本来ならその表現は逆に使われるのだろうが…



『あんた…もしかして本当にアリシアの―』



俺はその後の言葉を言い掛けて喉を詰まらせた



まてまてまてまてまてまてまてまてまて



幾らなんでも…見た目が若すぎないか!?



わっか!?



うっそだろ!?



「グリム・トーカー。後生だから…頼む。この老婆の身体で良いなら好きにすると良い

だから…その娘を、魔剣から解放してやってくれ」



老婆などとほざきながらも、その若々しい見た目のせいで

なんか色々と誤解を招きそうな言い方になるのが引っかかるところだが


俺はアリシアをチラと一瞥する。



すると、この子もあまり実感が湧いてないようで

それでも目を見開き、驚いた表情をして自身の祖母を見つめていた。



「え…?お、おばあちゃん??」



「そうだ…顔を合わせるのは随分と久しい事だがな。お前がまだ物心着く前さ」



「あ、ええと…そ、そうなんだ」



『…』



いやいやいやいや、まてって。

何さこの空気。

ちょっと変な雰囲気になっているぞ??



そもそもこんな若い見た目のおばあちゃんなんか見た事ねえぞ!?

せめて母親か、下手したら姉って言われても通るような見た目してますよ!?



それと、なんでちょっとアリシアもよそよそしくして

モジモジとしちゃってるの??



『あの…ええと。お婆ちゃん?』



「私はお前のお婆ちゃん等ではない。断じて」



キッと睨み返された



すいませんすいませんすいませんすいません…


俺は大きく溜息をつくと



『ヘイゼル。それを下げてくれ』



「…了解した」



「何のつもりだ?」



『する必要がないと思ったからだ。どうやらあなたは誤解している』



「誤解だと?アリシアを寄り代にして魔剣を震わせているお前にしては珍しい冗談もあったものだな

グリム・トーカー」



『一つだけ言わせてくれ。頼む、これにだけはどうしても耳を傾けて欲しい』



「なんだ」



『俺は、グリム・トーカーなんかじゃないんだ』



「…」



『…』



「……」



『……』



「………………………………………………………………?」



『いや、理解出来ないってのはわかったから!説明するから!!白目剥いて銃口を再び向けないでください!!

本当なんです!みっともない言い方をすれば俺も被害者みたいなもんなんです!!この世界に来てから色々と

かっこつけた事何度も何度もほざきましたけど、命乞いをしたくなるくらい俺は正真正銘のただの人なんです!』



「魔剣のナリをして、それがお前の新しく覚えた人間ごっこのジョークだとでも言うのか?面白くもないし笑えない」



『笑えないのもジョークであって欲しいのも、あんたの手品師を真っ向から殺そうとするような

人並み外れた戦闘力の方だよ!』



「パパ…カッコ悪い」



『悪かったねぇ!それでも怖かったものは怖かったんだよ!そんぐらい半端ないんだよ!!

生まれて初めてお婆ちゃんが怖いと思ったよ!』



「私はお前のお婆ちゃんでは無い!!!」



『そういうところだけ、見た目と裏腹にお婆ちゃんみたいなボケかますのやめて!?』



「私はお前のお婆ちゃんでは無い!!!!!!断じて!!」



『ああああああああああああああああああああああああああもおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお』






兎に角俺は最初の邂逅である状態とは別の意味での必死さをみせて

アリシアの祖母に、何度も何度も何度も何度も説明して


一端、下の食堂でゆっくりとお話する時間を頂いた。




「―マリアだ。私の名前はマリア・ホプキンス」



『マリアさんね…はい、マリアさんですね。覚えました。すいません』



なぜか平になって語尾に必ずすいませんと言わざるおえない感じになってしまう。



「それで、お前は…一体何なのだ?グリム・トーカーで無いと言うならば、なんだと言うのだ?」



『俺の名前は東畑慈郎。訳があって違う世界からこのニド・イスラーンに魂だけ召喚されて魔剣に入れられた』



「異世界転生だとでも言うのか?にわかには信じられない」



『俺だって状況を飲み込むのに相当な時間が掛かったほうだと思うよ。真逆、こんな事になるなんて…』



「では、貴様はグリム・トーカーでは無いのだな?」



『そうだよ』



「だが、その魔剣としての権能は使えると?」



『限定はされているがな。この魔剣としての契約も誓約も仕組みはからっきしさ。

解るのは、あっちの世界で死んだ時に神と名乗るアズィーに極界へ向かえとそれだけ言われて

気づけばこのナリさ』



「なら、お前はアリシアと魔剣が契約した経緯すらも知らないと」



『それは…』



言うべきなのだろうか。

この屋敷で起きた事件を含めて、アリシアの身に起きた不幸を…



「パパは悪くない。私が死にそうになっていたところを助けてくれただけ」



アリシアは多少解釈を歪めて弁明した。



「…気になる事があるのだが。何故、アリシアはお前を“パパ”と呼ぶのだ?アリシア、お前の父親は

リューネス・ハーシェルのはずだ」」



「う…」



まずい。そこは色々と更に話がややこしくなる部分だ。

どう説明するべきか…



「まぁ、もう今となってはそんな事はどうでもいい。

アリシア、お前が我が娘であるアリアの忘れ形見に相違ないのだからな」



『…』



「ジロ…と言ったな。話が本当ならば、孫娘を救ってくれた事を改めて感謝する。

そして、唐突な無礼を詫びよう。だが、もう十分だ」



『え?』



「この子が魔剣を振り回す理由は無いと言っているのだ。

アリシアは私が引き取って大切に育てる。もう、怖い思いも寂しい思いもさせない為にな」



俺は気持ちの整理がつかなかった。

祖母マリアが何を言っているのかをしっかりと聞けていないのだろうか



「ご苦労様」



マリアはアリシアを抱き寄せて静かにそう言った。

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