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ドール=チャリオットの魔剣が語る  作者: ぼうしや
誓約都市エレオス
91/199

73:狼狽する帰り道

周囲は真っ暗だ。



「ジロ…ジロ…」



そんな中、覚えのある囁く声、優しい声




こわい…こわい?



疑問に思いつつも…その声に俺はひしひしと恐怖を感じていた時にはもう、遅い



恐れを抱く前に俺はゆっくりと闇の中から伸びてきたその両腕を目にする。

その両手は祈るように重ねられ、徐々に力が込められていくのを理解した。



そりゃそうだ


そいつは、俺の首を根元から確りと締め付けている。



ギリギリ



ギリギリ…



苦しい…くるしい



「ジロ…ジロ…」



呪詛のように振りまかれた呼び声ひとつひとつを聞くたびに

俺の吐く息は薄くなり、通り道は細くなっていく






どうして、だ―





アッハハハハハ

       ハハハハハハハ

             ハハハハハハハハ

                    ハハハハハハハハ




甲高い笑い声を無理矢理耳に詰め込まれる。

俺の思考を上から蓋をするように埋めていくうめていくウメテイク―









『ぁあああああああああああああああああああああああああああ!!!』




俺は大きな叫び声を上げて意識を覚醒させる。

その周囲は明るく…朝日が窓から差し込んでいた


そして、視線をずらすと

その横で「くぅ、くぅ」と未だ小さな寝息を立てて寝ている自身の娘の姿があった。

やがて、窓からさす日差しと、そこから視える青空と雲の景色に『あ』と俺は

夢から覚醒したのだと気づき気持ちを落ち着かせる。



重い鉄の軋む音と、ヒィーと響く規則正しい機械音が入り混じった小さな雑音。



…そうだ、ここは飛空艇コンドル内部。

俺達は他の大討伐の受注者とは違い、負傷したガーネットを含めて

シア、ヘイゼル、メイと共に依頼の完了報告をギルドにする為、一足先に帰投していた。




『くそっ―』



なんて夢だ。

魔剣の見る夢としては情けなく未練がましいものだ。

もっとも、その内側にいる俺という魂は所詮はただの人に違いない


だが、己自身のどうしようもない弱さを見せられた事はたまったものじゃない



それもこれも…あの時の事象

最後の最後でスタルラ王に渡された心器“プリテンダー”の権能のせいだ。


―この力を持つものは“おもてを偽る者を知る事ができる”


そう言っていた。


そんな物騒なものをもらった矢先、リンドとの再会で

それを発動させるなんて思いもしなかった。

だが、そこが問題ではない


リンドヴルムと呼ばれた彼女の存在、行動その全てが

偽りだと知ってしまった事だ。


彼女は出会った当初こそ、俺に対しての警戒を見せていた。

しかし、アリシアを思う気持ちは勿論、彼女自身が持っている優しさにふれて

俺は救われていたんだ。


なのに…それが偽りだとでも言うのか?


いつから…


どうして…




―考えがまとまらない…俺の中で一気に孤独感が押し寄せ苛まれる。




あの後…結局俺はどうする事も出来ず

彼女に対して視線も向けられないままぎこちない態度で接してしまった。


アリシアだって同じだろうに。

彼女に撫でられた瞬間、あの子は口角をぎこちなくあげつつ

うっすらと汗をうかばせていた。



―彼女に対しての認識が無意識的に変わってしまったからだろう。

その“偽り”と囁く声はその役目を終えたように止んでしまった。


あの後、アリシアも心の中で動揺を隠しきれなかったのだろう。

食欲も無く、約束していた筈の食事も取ることなく


兎にも角にも…リンド…彼女以外の人と出会う事を祈るように進んで他の冒険者たちが駐在する

飛空艇コンドル付近の討伐隊駐屯地まで足早に歩いたものだ。


その時の彼女との会話は覚えていない。

なんて事ない会話であったことだけは解る、そしてそれに救われていた俺たちがいた。




そして、もうひとつの不安要素があった…

俺はその原因であるベッドの横の棚に置かれたある“もの”に視線を向ける。


なんて事のない少し汚れた雑嚢。

その中には砕かれた水晶の破片が入っている。

それは、討伐隊の駐屯地に赴いた際、以前知り合ったジョージが持ってきたものだった。


「あんたらに頼まれていたものな、魔神の残骸周辺を捜索したんだが…これしかなかったんだ」



槍のような物もなく、闇魔力が強く秘められたアイテムが放置された形跡も無い。

ただ、魔神にも似た蠢く気配がその周囲で漂っていたらしく

…それもイヴリースの魔力の残滓なのだろうと判断され

一番強い魔力反応があった場所に、その砕けた水晶だけが落ちていたと言う。


その水晶を俺は知っていた。

魔剣である俺にももっている意識が視界として、会話として認識する媒体になっている結晶部分。

羅刹の感情を剥き出しにした“アリシア”のもうひとつの人格を神器ヘル=ヘイムに封印した後

同じような用途で中の“アリシア”とコンタクトを取っていた部分だ。


それが砕け、他の部分が無いという事は…


考えられる可能性は多々ある。


イヴリースの魔力が制御出来ずに神器が破壊されたか

第三者、あるいは何かの事象によってアリシア共々神器が破壊されたか


しかし、それらが起きていたならば…もはやアルヴガルズの安全や

霊樹をどうこうすると言う話ではなくなってしまう。



くそっ…わからない



ただその砕けた破片にはひしひしと魔力を帯びている感じがしており。

どうにか考察に至る事の出来る人物がいないかエインズのニドへと相談を持ち越している状態だ。



だが…どうにも腑に落ちない事がある。


あの破片から…俺は小さく、ほんの小さく囁く声が聞こえている気がするんだ。



―パパ、パパ



繰り返し、求めるような声。

異常なまでの愛憎を剥き出しにした“アリシア”の残滓だと言うのなら納得の行く話だが。


腑に落ちない、というのは



その声が…アリシア以前に誰かが俺を呼んでいたものに感じているからだ。

そして、それに伴って俺の記憶の奥底でズキンと痛む感覚が起きる。

それは、マクパナを説得しに行った時にも味わった感覚だった…



「ジロ、起きたの」



トンとこの一室の扉が開かれると同時にヘイゼルがやってきた。

その手にはアリシアの分であろう膳にのせた食事。



『ああ…おはよう。今、どの辺だ?』



「港町のヴェニスタを通り過ぎた。もう暫くすればエインズにはつくってヨシウが言ってた」



ヨシウ。彼はニドの右腕を務めるギルド運営者の一人だ。

「ヨシウ」と言う名前は実は仮名であり。元帝国軍で、中央大陸の終わらない戦争で死にかけた所を

たまたま居合わせたニドに拾われた。

もともと戦争屋の企てたいたちごっこに近い長い戦争に気づき

兵士どころか無差別に命を顧みない顧問の方針に愛想をつかしたようで、

エインズで第二の人生を送っているそうだ。ハワードとガーネットとも面識があるそうだ。

ちなみに帝国軍での彼はどうやら死亡扱いされているらしい。


今回の大討伐の一件で、ニドの指示により第一部隊を担っていた。


そして今は大討伐完了の報告を共にする為、ナナイが土壇場で持ってきたコンドルを借りて向かう為

操縦者を担っていた。





「んぅ…」



扉の開く音で反応したのか、アリシアは横になったままゆっくりと目を開き

寝ぼけ眼で俺に視線を送った。



『おう、おはようアリシア』



「…ん」



むすっとしているのはいつもの事だが、今回は寝起きが悪かったのだろうか

それが態度にもこれみよがしに出ている。



『どうしたよ。なんか悪い夢でも見たのか?』



「…んん、それはどっちかっていうとパパのほうじゃないかしら」



手痛い返しに俺は溜息だけを漏らす。

やっぱ聞こえていたのか…俺のみっともない叫び声が


そして、この子も随分思いつめてしまったようだ。

リンドに対しての事も、もうひとりの“アリシア”に対しても…



「ええ、そうね。どの道、目覚めは最悪ってところ」



その言葉を聞いて俺は、再び溜息をつく

しかし、それは先ほどとは違う


俺と同じ気持ちの人がすぐ側に居たという安堵の溜息だった。








結局のところ、リンドとは飛空艇を乗る際に別れた。

彼女にはどうやらどうしても心残りにしている事があるらしい。

どうにも、同族…と言うとリンドの感情を逆なでしてしまいかねないのだが

同じ知恵持ちの竜であり、魔王竜と名乗っていた“ニーズヘッグ”に対してご執心らしい

ニーズヘッグ自身もリンドの事を嫌いだとはっきり言って嫌悪していたが

それに関してはお互い様だったようだ。

そんな奴さんの姿を追うためにもう暫くアルヴガルズの周辺を捜索するらしい

その為に、シアとイーズニルを共に連れてきたと言っても過言ではない。

あの土壇場で急に姿をくらました理由もそこにあると言っていた。

その言葉を聞いて、その話を信じるにしても信じないにしても

一旦彼女と距離を置くこと自体は願ってもいない事だった。



「やぁ、起きたのかいお二方」



アリシアの朝食を済ませ、身支度をすると俺達は操舵室にまで向かった。

その場所で渋い声を放って挨拶をしてきたのがヨシウだ。


正面をじっと見つめていた彼は、舵を手に取っったまま振り返りきさくな態度を見せてくれる色黒の偉丈夫



「どうだい?良く眠れたかい?飛空艇ってのは風に影響されて多少揺れる事はあるが、こいつは一品でね

そこいらの影響も考慮して設計されているんだぜ。ま、借り物だがな」



『どうもヨシウ。おかげさまで良く眠れたよ…悪い夢を見ちゃうくらいには…』



「はっは、そりゃあ手厳しい。今度は夢に出てくる乗員にも気を使った飛空艇を設計するよう

帝国技術部には文句の一つでも用意しとくべきだな」



『はっはっは、そりゃあ名案だ』



お互いにさらっとひどい事を言いつつ、笑い合う。



『ところでヨシウ、あとどれぐらいでエインズには着きそうなんだ?』



「そうだな、そこの黒い嬢ちゃんにも説明したが、ヴェニスタを過ぎて暫く経った。あと小一時間ぐらいすれば

エインズの街も見えてくるだろうよ」



『そうですか。ここまでの操縦、感謝するよ』



「気にすんなって。俺も、ボスに早急に伝えなきゃいけない事があんだ。この飛空艇があって本当によかったさ」



『伝えなきゃいけない事?』



アリシアと共に、ヨシウさんの横に立つと

チラと横目で彼は一瞥してひとつ間を置いてから答える。



「実はな、表立っては第一部隊の指揮を請け負っていたのと別に単独で指示を賜っていたのさ」



『…一体それはなんだったのですか?』



「ハワードはあれをなんて言ってたか。そう、“トールハンマー”と言っていたな」



俺はその名を聞いて背筋がすっと伸びるような感覚に見舞われた。

アリシアもどうように口を強く結び、固唾をのんでいる。


あの光の暴力を具現化したような攻撃。

帝国軍の総意で放たれたと言われている超大型魔導法。

あの眩い戦慄は今でも真新しい記憶の中で、鮮明に魂へと刻まれている。



「あの帝国領から…それも少し北に寄った距離であいつをイヴリースへと照準を合わせるにしては

あまりにも精度が過ぎる。それを可能にするにはあの魔神が復活しかけて、魔物が霊樹へと進行する

瀬戸際の最中で、“誰か”がそれを現場で照準場所を報告しなきゃ出来ない芸当だ」



『…それは、あの場所で何者かがイヴリースの山に照準を合わせて報告したと言う事ですか?』



「…それだけならまだ良かっただろうさ」



「私たちなんでしょ?」



『え?』



割って入ってくるアリシアの言葉を俺はまだ飲み込めてない



「あいつらの照準…つまり、狙いは私たちに定められてたって事なんでしょ?ヨシウ」



真っ直ぐ見つめるアリシアに対し、舵を左に捻ってから溜息をつく。



「お嬢ちゃんのほうが飲み込みが早いようで。そうさ、あのトールハンマーはあんたらを対照に打たれていた。

もっとも、それが何の拍子か?正確な位置情報を誤ってしまったせいなのかはわからん。結果的にはお前さんらには当たらず終いになったわけだ」



『そんな…そんな馬鹿な話があるか?』



「もともと俺は大討伐の第一舞台が出発する準備の段階で

ボスと共に冒険者を装った帝国軍関係者に目星をつけていたんだ。もっともその少ない情報だけじゃあ

俺にも何を企んでいたのか解らなかったがな。最初はヴェニスタで合流したレオニードの関係者かと思いもした

だが、アルヴガルズの魔物が進行する川沿いへと到着した途端に奴らは早々と魔物の相手をしながら姿をくらました。その後さ、ハワードが特殊な転移魔術ですぐさまやって来てその一件を聞いて避難する瞬間にあの大きな光が押し迫ってきたのは。あの後俺は現場をナナイに任せて単独で周囲を捜索した後、お前さんらが生きていた事で

目論見が外れたのだろうよ動揺している奴らを捕まえて尋問したら、魔剣使いの位置情報を確認して帝国軍にそれを伝えていた、とね」



『俺らが、なんで、帝国軍なんかに、狙われる理由がっ???』



「―中央大陸の終わらない戦争の話は知っているか?」



『あ、ああ…詳しい事は知らないが。ちょくちょく耳にはしている』



「あの戦争の始まりになったきっかけは、あの大陸の地下深くに眠る大量の魔鉱石だ。そして、その所有権を持っているのが…あの戦争屋。6番の厄災を担う男、ブラッドフロー財閥の総帥アシュレイというわけだ。

あいつは、それを餌のようにぶら下げてあの中央大陸の領地権を巡って戦争しろと嗾けたんだよ」



『…なんで戦争は終わらないんだ?何故、そんな奴の声に皆がみな耳を傾けたんだ!?おかしいだろ』



「ああ、おかしいって事は百も承知だったのさ。

西の大陸じゃあ4番目のヤクシャが厄災領域を問答無用に幅を広げていき、資材を手に入れる為の土地が狭まり

一方で、東の大陸じゃあ帝国が珍奇な発明を繰り返して異常なまでの文明発達。

それによる魔力を単なるエネルギーとして消費しすぎたせいで魔力は枯渇の危機。もう互いに後がなかったんだよ」



そんな状況で足元を見るように中央の魔鉱石をチラつかせて、戦争をさせる

戦争をすれば武器も弾薬も兵器だってなんでも売れる。後は、帝国軍の顧問を務める双子の妹アシュリーが程度よく

いたちごっこを繰り返すだけ。なんともふざけた話だ。



『共和国がもはや背後に押し迫っている厄災に対して躍起になるのは解った。

だが、帝国はどうだ?帝国の…帝王はそれをなんとも思わないのか?それこそ人の命をそんな粗末に使うような状況を繰り返させられて、黙って見ているっていうのか?』



「ああ、“アレ”なんとも思っちゃいねぇよ。帝王様ってのはそういう風にオツムが仕上がっていやがる。

そんな人の命うんぬんを考えるよりも、もっと遥か先にある文明の発展…極端に言えば進化を求めている」



『進化?』



「人という生命が持つ生と死の循環。その逸脱こそが、帝王の…『超越の奇跡』を賜った者の使命だと

アレは信じてやまないのさ」




超越の奇跡。

それは1から10と存在する厄災と奇跡を転々とした概念

十指の戒律、確か…その9番目こそが超越の奇跡のはずだ。


そんな、奇跡という力をもっている筈なのに…どうして…



「…話が逸れたな。ま、そういう事で…そんな事情を抱えている戦争屋にとって都合が悪いのがあんたらだって話さ」



そうか、大きな魔力を抱えている俺という魔剣。

それが存在するという事自体…彼らにとって作り上げた盤上をひっくり返されてしまう可能性にほかならない

だからこそ、エインズにまでわざわざ趣いて真っ先に俺たちを狙った。





そして、その延長となったのが…あのトールハンマー…

アルヴガルズに出た天魔神の復活を阻止等という大義名分を掲げた裏で、本命の俺らを狙っていたんだ。






―俺は、あの巨大な光によって起きた惨たらしい光景を思い出して

今にも吐きそうな思いでいた。

だってそうだろ?


あれが、全て俺らを狙う事前提で用意された物だとしたら



俺たちのせいで



ガーネットの脚が



「パパ、今…パパが何を考えているのかは予想出来ている。―でも、それ以上は考えないで

それは、パパの心に毒だよ」



ひたりと娘の小さな手が魔剣の宝石を撫でる。



『―すまない、アリシア』



弱々しい声で返す俺をムスっとした表情ながらも彼女は鼻で小さく溜息をつく。



「…ま、そんなわけで。今回の一件を知ったところでお前さんらも、自分らに置かれている立場を

しっかりと理解してくれればいいかなって思うところさ。正直、今の俺でさえもこうして事情通ってだけで

説明する事しか出来ない。当然さ。あんな馬鹿デカ魔導砲をまさかお前ら目掛けて打つなんて誰も予想だに出来ないだろうよ」





誰にも予想できない事…


そうだ、ゼツ…マナペルカは確かに言っていた。


“預言書にすらこの内容は無かった”と


狂人の考える行動を予測出来なかった?


違う…多分 その行為自体が視えなかった、のだと思う。



俺は徐々に冷静になって考える。


メガロマニアは具現化した歯車が運命となって収束されていく。

しかし、そこに限界があるとしたら…


例えば…範囲。



トールハンマーは遠方から発射されているものだ。

もし、それを預言書が把握しきれていないとするならば…



いや 不確定要素がおおい。これ以上考えるのは止めておこう。

トールハンマーは結果的に敵側の都合に重なるように事が運ばれていた。


預言書に無かった第三者の介入でさえも、それによる因果を手繰り寄せる形になると言うのならば…



預言書には無い行動を範囲外からしたとしても無意味に等しい―




『すまん、着いたら教えてくれ。運転お疲れ様だ、ヨシウ。…アリシア、行こう』



「…わかったわ」



「あんまし気に病むなよ。そんな立場でいながらも、お前は最終的にイヴリースも倒し

霊樹の構造すらも変えやがった。それを皆がみな、声を揃えて良かったなんて言うかは誰にだってわからん

だが、少なくとも…お前の思いに感謝している奴らは必ず居るんだ。気休めになっちまうかもだけどな」



『…ありがとう、ヨシウ』



図体デカくて色黒で、髪型がちょっとパリピのDJみたいな髪型しているけど

あんたは本当に良い奴だと思ってる。


本当に―



「パパ、偏見は良くないと思うわ」




その後、俺はそのまま真っ直ぐ自室へ戻った。

メイとシアはガーネットを看ているのだろう。


…今は、ガーネットに合わせる顔が無い。

どんな態度で接していいかよく解らなくなっているからだ。



こんなにも後味の悪い帰還になるとは思ってもみなかった。




―少し…疲れた。



クラクラとする意識の中で、俺は不意に意識を閉じてしまう。

あまりにも色々とありすぎたせいか…




暫く、何も考えたくない。
































パパ―


“娘”の呼ぶ声に応えるように俺はその小さな手を握り締めた。

夕焼けに世界が染め上げられたいつもの帰り道で

機嫌よく繋いだ手をぶんぶんと振りながら一緒に俺達は歩く。


聴き慣れた豆腐屋のラッパ音が鳴り響き

遠くでは鉄橋の上を走る電車が河を渡っている


なんて事ないいつもの景色だ。


いつもの景色を鮮明に覚えていながらも


…何故なんだ?



なぜ、娘の姿だけが…思い出せない。


違う、娘ならもういるだろ?


思い出せない


あの子だけ居ればそれでいい


思い出せない


いつも側にいてくれる


思い出せない


俺の為に俺を使ってくれる。戦ってくれる


思い出せ、


俺に娘なんて居ない


思い出せ、


俺の娘はうで


思い出せ


うでうでうでうでうでうでうでうでうでうでうでうでうでうでうでうでうでうでうでうでうでうで

うでうでうでうでうでうでうでうでうでうでうでうでうでうでうでうでうでうでうでうでうでうで






うでだけしかない

















~♫










―小さく囁くような歌声に誘われ

真っ暗な視界で再び思考が動き出す。

気持ちは、思っている以上に気だるい


だが、とても心地よい声に俺は少しばかり癒されていた。



これは、ヘイゼルが歌っているのか?

…にしても変な夢を見てしまったな。






違う…あれは夢じゃない。

あっちの元いた世界の記憶だった


そして、俺には…娘がいた。



アリシアじゃない…別の…



それを思い出そうとすると脳にあたる感覚がヒリヒリと容赦なく痛む。

いったいどうして思い出せない


いや、何故



それを忘れていた?

違和感を感じない?

無意識の状態で確かな怒りを覚えている筈なのに



なんで、腕しか出てこない。



視界が開かれ、もうそこは先程までの飛空挺の一室ではなかった。

だが、この天井には見覚えはある。



『ここは…エインズの宿屋か』



口にする事で改めて感じる場所、そこに黒いヴェールを頭に被せた少女が顔を覗き込ませる。




「ジロ、疲れた?」



ああ、やっぱりさっきの歌声はヘイゼルか。

どうやら俺はベッドでヘイゼルの膝のうえに乗せられていたらしい。


それよりも…意識が飛んでしまったにしろ、着いたら無理矢理にでも起こしてくれればよかったのに



「私は起こそうとした。けど、アリシアが少し寝かしてあげてって言ってた。」



…はぁ、俺は娘にも気を使わせてしまっていたようだ。



『…悪いな、流石に色々と知る事が多くて疲れてたみたいだ』



「そう」



『アリシアは?』



俺の問いにヘイゼルは後ろを振り返るとその目下に視線を落とす。



「今、うしろで寝てる」



俺はカタカタと刀身を揺すって視界をズラす

ヘイゼルの傍らから覗かせるアリシアの寝顔。

彼女は着替えもせず、身を縮こませるような体勢で小さな寝息を立てていた



これだけ見るとやっぱ本当に人形のような子だなと思うしかない。

わが娘ながら可愛い寝顔よ。



娘…そうだ。

俺の娘は、この子しかいない。



なら…夢に出ていたあの子は…



「ジロ」



『ん?』



「これ、さっきからずっと光ってたの」



ヘイゼルは傍らに置いてあった雑嚢袋に手を伸ばし、取り出したのは



『それは、ヘル=ヘイムの割れた水晶じゃねえか』



彼女の言うとおり、その水晶は内側でチカチカと吸い込まれるような光を放っている。

いったいどうして…



「これ、ジロの魂へ帰りたがってるみたい」



『え?』



「中にあるのは魔力じゃない。魔力ににた反応を示しているけど。違う、これはその起源…

元々“人の中にあるべき”もの」




俺は彼女から言われた一通りの情報を整理する。

魔力の起源、俺の魂へ帰りたがっている。


そう、魔力は人の魂に刻まれていた情報を媒体に人のなかで宿ると言われている。

もし、そうであるなら…しかし、それをどうすればいいんだ?



「こうすればいい」



『へ?』



コッ、とその水晶と俺の視界となる部分がくっつく。




『ガッ―…!!!!!!!!』




脳が強く焼かれる痛み、視界が渦を巻くように回転する。

回る、まわる、まわる…



なんだこれは!?


なんだこれは!?



次第に曇った映像が流れる。

吸い込まれるような音、逆再生の音楽みたいだ



だが、徐々に自分のなかでぽっかりと失っていた“何か”が取り戻されていくような感覚



それと同時に、映り出される“記録”…

これは、アルヴガルズのイヴリースの残骸跡地か!?


そこに映っていたのは三人


一人は金髪の男、フレスヴェルグ

もうひとりは仮面の少年


そして、横たわるヘルヘイムに映る、だれかの足



誰だ?

次第に足元から上に映像が傾き、その素顔を露にする





―パンケーキ、パンケーキってのが食べたいなぁ





パァン!と水晶が弾ける音が響く

その音に面白い事に誰もが驚く事はなかった。

ヘイゼルはそういう風に出来ているのか、唐突な事象に驚く素振りはなかったし

アリシアに関してはよっぽど疲れているのか気づけばそっぽをむいて寝返りをうっており目覚める気配もない。



そして、俺に関してはそれどろこでは無いのだ…


湧水のようにふつふつと感じる憤りは自分に対してだった





どうして、どうして俺は今まで忘れていたんだ!?

それだけじゃない…どうしてあの子が、フレスヴェルグらと一緒にいる?



何故…なぜ…!!!





『奈々美―…』




呟いていたのは俺の大事な、娘の名だった。

「やっぱ、そうなるわよね…」





きっと自分こそが誰よりも一番だと思っていた。

自分の中にある邪魔者もいない

あの人の中にある邪魔者もいない

本当の本当に疎ましく感じていた邪魔者もいない

願ってはいなかったとしても、あわよくばこのままでいたら良かったのにと思っていた。

けど…そんな都合の良い事なんてそういつまでも続かない


そう、きっと私はいつまでも…何処までも側にいたってあの人の娘なんかじゃない

何年続こうが、何百年、何千年、何億年経って一緒だったとしても

きっと数年程度の思い出にすら勝てやしないんだ。



私はあの人の…パパの優しさにただ縋っているだけなんだから。





閉じていた瞳を小さく開いて、すこしばかり悲しそうな表情をしながら

誰にも聞こえないように、そう、彼女は小さく呟いた。

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