69:ヨミテ
「…歯車が消えかけている」
その言葉の通り。運命と呼ばれた絡繰はその存在を見失いかけていた。
それは“その世界の住人”に認識させた過ちを肯定し始めている証拠だった。
世界を否定したい程の運命よりも
マナペルカの意思が、それに紐づいたアグニヴィオンの意思が
この世界での未来を望み始めている事実。
「そう…貴方はそれを選んだのねマナペルカ」
白髪の少女は紅い瞳で開いた本に綴られた文字を見下ろして呟く
「まさか“読み手”を裏切るなんて、大した主役殺しじゃない?」
「面白いわ」と少女はパタンと表紙にマナペルカと書かれた本を閉じ、ゆっくりと空に手を差し出す
そこから空間を歪ませて生まれる小さなドス黒い渦
「面白いけど、貴方はやっぱり…所詮物語に支配されただけの登場人物でしかなかった」
そこから静かに這い出てくる白い表紙、その一枚一枚が黒いページで誂えた本
「なら、“彼”に物語の“お喋り”になってもらうしか無いわね」
本がゆっくりと開かられる。
「さ、もう口を開いていいわよ。心器、“偽りの君”」
「―!?」
シャンと風を切る音と共にゼツを背後から貫く刃。
「ゼツ!!」
「がふっ…!」
マスク越しから溢れる血。
その場にいる全員が一体何が起きたか理解出来ずに驚愕していた。
なぜなら手放した鎌がひとりでに動き始め
あろうことか主であるゼツに仇をなしたからだ。
『あーあ。やってらんねぇわ。やってらんね。こんなのが持ち手なんてやってらんね。本当にやってらんね』
「プリテンダー…お前…しゃべれ―…がっ」
ゼツの言葉を遠慮なしに遮って貫いた刃を自ら抜くプリテンダー
そのまま前に倒れるゼツをすぐさまアグニヴィオンは支えるように抱きとめる。
「なんなんだよ…これ…喋る鎌??」
『お前もやってらんねえよなぁ?こんな中途半端な気持ちの奴が隣でずっとその
カラスみてぇな仮面の嘴でで口八丁を並べてついばんでたんだぜ??“親友”として裏切られた気分だよなぁ?
アグニヴィオン』
「お前―…なにを言って…」
「アグ…」
ハタハタと溢れる血と共に囁かれる名
「ゼツ!?」
「アグ…ごめんな…こんなところまで巻き込んじゃって…ごめんな…」
ゼツは自身を支えるアグニヴィオンを残された片腕で強く抱きしめる。
「頼むから…にげてくれ。お前をこれ以上…悲しませたくない…」
「そんな!君を置いて行くなんてできない!ゼツ…!!」
「いいから…イけぇ!!!」
ゼツはアグニヴィオンを突き飛ばして踵を返すと
そのまま空をたゆたう賢鎌へと残された片腕を翳し風の渦を生み出す
「“我の心に靡け”“悪しき隣人を”“振り払う”“大いなる疾風”―…」
「ゼツ…!?それは―」
「吹き荒れろ!!!」
詠唱と共に駆け抜ける緑の風の渦。
それは獲物に食らいつこうとする蛇のようにうねり
プリテンダーを貫いた。
『馬鹿じゃねーの?』
そんな風魔術の抵抗をものともせず、嘲ながら刃を近づけて
振られた一閃が、ゼツの片脚をいとも容易く切り離した
彼はその場で立つこともままならなくなりうつ伏せに倒れる。
「ぐ…」
『もう、お前にはこの世界でどうこうできる権限は失われたんだよ
お前の意志も、そこに居る愚鈍なガキと動揺で“運命という存在”を否定した』
ガコン、ガコン、ギギギ
それは重々しい鉄が軋む音。
『もう手遅れだ。お前らにはもう何も期待しない。後は全部俺がやる。この場所に残る心は
俺が全て引き継ぐ―そして…世界を共に否定する』
鎌の刀身から赤い文字が浮かび上がる。
『何故俺という心器が選ばれたかわかるか?ひとは、結局最後まで“良い人間のふり”をする
ここに居る魂たちは気高く在った“ふり”をして騙した。周囲の人を、世界を、自分さえも。
それが人の心なんだよ。俺という存在が在る理由なんだよ』
アグニヴィオンは思い出す。神和ぎの祭壇で命を捧げられる場所でみつけたあの殴り書きで並べられた孤独の思いを
『だからこそ、憎む、幸せを餌のように貪る生者をあんな籠みてぇな樹の中で
毎日毎日目の当たりにするから魂は望んだ。妬んだ、後悔をした。“偽ってきた事”を―
そして、それを俺が受け止めてやる。そして代わりに、この世界を神もろとも裏切ってやる』
アグは後ろを一瞥する
未だ仰向けになって動かないイーズニル。
彼が教えてくれた事実を、想いを失いたくない
この世界で見るべき未来を否定してはいけない
「駄目だ…そんなの…」
『おいおいおいおい。またそうやってお高くとまっちゃうわけか?
なぁ…お前もそうなんだろ?気高い思考をもつふりをして結局ただ“親友”に合いたかっただけ
全く、随分とお似合いじゃんかよぉ?なぁ?なぁ?なぁ?マナペルカさんよぉ』
「え―」
アグニヴィオンは目を見開く
そして目の前で倒れるゼツを見つめ、心臓を大きく躍動させた。
「君、は…」
『後悔しただろ?お前がちっぽけな花に囚われたせいで、立派な人間のふりをしたせいで
お前は本当に欲しかったものをもう一度失ってしまうんだよ。アグニヴィオン』
「僕は…ぼくは…」
『だが、まだ間に合う。ほら、憎め、憎め!憎め!!運命を憎め!!
そして、世界を憎め!!神を憎め!!なんなら今、お前こそがこちら側に立ち!物語の!!
俺の主としてこの復讐の誓約を引き継ぎ、天蓋の先に行くんだ!!なぁ!アグニヴィオン!!!
きっと外の世界は…たのしいぞぉ??』
「ふざけるな…」
アグニヴィオンは歯を食いしばった。
拳を握り締める
「もう十分だ…!」
『はぁああ?』
「そうだ…僕はわからなかった…マナペルカが自分を犠牲にしてまで他人を助けたいなんて気持ち
僕には到底理解出来なかった。今だって解らないままだ…」
「アグ…」
「でも解る事もあったんだ。マナペルカが悲しむ僕を…これほどまでに
死んだ事を悔いてまで心配してた事。そして」
アグニヴィオンは足元に落ちているダガーを拾って賢鎌へと駆け寄る
「お前の甘言なんかを信じて進んだって僕の知りたい事は何一つ識ことが出来ない!!」
火花を散らしお互いの刃を打ち合う。
持ち主の居ないプリテンダーは思うが儘の動きでアグニヴィオンを翻弄しながら彼の攻撃を受け流していく
『おお、うまいうまい』
まるで遊び感覚で応える賢鎌
『お前、魔力の才能はからっきしのくせに。そういう所はセンスあるんだな、ふむふむ
―それに思い切りも良い。流石、テメェの仲間らを遠慮なく切り裂いただけはあるなぁ』
その言葉を聞いた彼の攻撃が、動きが少し鈍くなっていく。
『なぁ?どんな気持ちだ?仲間を裏切って、物理的にも切って…空っぽの身体が満たされる感覚を味わえたか?
いいねぇ、いいねぇ。手のひらをおもちゃの人形のようにぐるぐる回して気持ちを四季のように彩らせる感覚は
さぞさぞさぞさぞさぞさぞ心地がいいんだろぉよぉ???』
「だまれ!」
心を惑わす言葉をかき消すように叫ぶアグニヴィオン。
頑なにダガーを振り回し続けて、攻撃を何度も何度も繰り返す。
『ところでさ?そうやって刃を交える事に意味あんの?』
『ねぇ』と聞いた時には彼の正面にプリテンダーの姿はなく
背後から唐突に聞こえる。
『はぁあああ。愚かだな、人間―』
背後に回り込んだ凶刃
「しまっ―」
その刃は無慈悲に振り下ろされ、彼に襲い掛かる
トン―…
「え―」
アグニヴィオンは誰かに背後を突き飛ばされた感覚。
そして、振り下ろされたプリテンダーの刃撃は彼を庇って前に出たイーズニルへとあてがわれた。
「ぐあっ!!」
そのまま血を舞い上がらせて仰向けに倒れるイーズニル
「イーズニル!」
すぐさま彼を抱き寄せ、血まみれになった服の下の傷を伺う。
「どうして…!どうして君がっ!!」
「はぁっ…はぁっ…」
言葉もままならない。必死に呼吸をし、虚ろになってく瞳で見下ろすアグニヴィオンの顔をジッと見つめた。
「イーズニル!!君は…!君は僕の事が嫌いなんだろ!!なんで!!!こんな事を!!」
『あーあー、あーあー、メチャクチャだよもう。こんな茶番劇見ている暇は無いんだよ俺はさぁ』
たゆたいながら刃を少しづつ近づけていくプリテンダー。
それを今までにない程にキッと睨みつけるアグニヴィオン。
『まぁ、どのみち“こちら側”じゃなくなったお前らはもう必要なんてねぇ。いいじゃねえか
天蓋の下で皆死んで仲良く魂となって星となって下々の人間に名前をつけて貰えよ
ま、そうなる前にこの世界は終わっちまうけどな―』
「終わるのはあんたよ。“お喋りサイス”」
車両の横、窓は愚かその場所全てが穿たれ、爆風が吹き荒れる
そこから飛び入った魔剣の刀身が、プリテンダーを横殴りにして吹き飛ばす。
『あああああああああああああああああああああああああああああああああ!?
またまたまたまた俺を邪魔すんのかよぉおおおおおおおおおおお!?てめぇらはぁあああああ』
車両の外まで飛ばされながらも空中で踏みとどまり、怒鳴りつけるプリテンダー。
アリシアはそれを無視してそのまま、地を切っ先で叩くと、光の魔法陣が解き放たれ
周囲に優しい声が幾つもささやいてくる。
アグは見下ろしたイーズニルの傷が、癒されているのを目の当たりにしてはっとする。
「これは領域光癒…光の精霊術…でも光の精霊がここにまで至る筈が…」
「違うわ。これは、光の精霊術じゃない。ちょっと魔力を無理矢理吐き出して作ったただの光癒
具合はどうかしら?正直、光の魔術…ましてや回復なんてあまり使わないもんだから上手くいったかなんて
全然実感わかないの」
『おいおいおいおいおい。無視すんなよ?勝手に話をすすめんなよ
あーヤダヤダ。これだからクソガキは嫌いなんだよ。周りの事なんてお構いなしに自分のやりたい事だけ
虫唾が走るねぇ、寒い寒い』
アリシアはベラベラと喋ってまくしたてるプリテンダーを一瞥する。
「…マナペルカ。あんたのとこの鎌は口を開いた途端
我慢しきれなかったクソみたいにダバダバと品の無い口八丁を並べるのね
女々しいったらありゃしない。パパも一緒にされたくなくて口を閉じてしまってるわ」
『はぁ?』
「心器なんて名前だけね、人の心をいっしょくたにしか出来ない思考の廃棄物
この天蓋が不燃物置き場になるのもそう遠く無いわね。ゴミ」
『―――――――――――――――――――――――――――――――――死ね』
プリテンダーは唐突に刀身を回転させて、アリシアへと突っ込んでくる。
彼女はそれを迎え撃とうと構えるが、直前で姿を消し 不意にアリシアの背後からそれは現れ凶刃が振り下ろされる
『!?』
「まさか、もうその手を私が忘れたとでも??」
プリテンダーの刃を火花を散らして魔剣で受け流し、
がら空きになったその柄を殴るようにアリシアは掴み取る。
『なっ―…!?う、うごけ…離せ!!この馬鹿力がぁ!!』
「嫌よ」
プリテンダーは暴れ動こうとしても柄を握られたままで自由に動かせる事がままならない
そして、そこに彼女の魔剣が何も言わずにアリシアの腕ごとアルメンの鎖で離れないようにがんじがらめにする。
そして、先ほど盛大に雷槍で開けてしまった列車の天井上へと飛び乗り、
そのまま刃を足元の車両の屋根にゴンと大きな音をたてて突き刺す。
『おい…なんのつもりだ?』
「…」
『答えろクソガキ』
「あんた、少し尖り過ぎてない?」
『は?』
「触れるものみな傷つけてない?」
『おまえ…なにをいってんだ?馬鹿なのか?』
アリシアは何も言わずニコリと笑って魔剣をプリテンダーと同じように足元に突き刺す。
「パパ」
『…いいんだなアリシア?』
俺はアリシアの合図通り、神域魔術の力を発揮する。
“物質変更”
それは、任意の物質を別のモノへと創り変えるチカラ
俺は全ての車両の天井一面を無理矢理“ヤスリ”につくり替えた。
『おいおいおいおいおいおい、なんだよそれは』
うるせぇ。少し黙ってろ
「それじゃ、行くわね」
アリシアは姿勢を低くして、捕らえた賢鎌をリレーのバトンのように後ろへ回し
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高速で駆け出し、ヤスリの上でプリテンダーの刃を削るように強引に引きずった。
『アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア
アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア
アアアアアアアアアアアアアアアアアいだいいだいいだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだ
やめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめ―やめろおおおおおおお!!!!!』
そのまま登ってきた道を下るようにヤスリに作り替えられた車両の上を走り続ける。
つか痛いって感触はあるんだな。
まぁ、あんま興味ないがな。
正直、この物質変更のチカラがあるなら触れているこのクソ鎌をそのまましょうもねぇ何かに作り変えちまえばいいじゃねぇかとか思ってたけど。
「それじゃあ気が晴れないわ。あそこまで痛い思いされて
しかもムカつく事をベラベラと喋りだして。本当に腹が立つ」
そりゃあ同意だ。
とまぁ、言うものの
本当のところこいつの中には“神殺し”という能力が備わっている。
俺たちの魔力に侵食して痛みを感じるほどの影響力のあるチカラに俺らが干渉できるかも解らない限り
こうやって痛めつける方が無難なのだろう。
しっかし、このままあいつらをほうって置いていって大丈夫か?回復させたのはいいが
結局“あいつ”にはそれが意味無いんだろ?
「知らないわよ。後は三人でやってくれればいいわ。私はやりたい事は先にやるタチなのよ」
初めて聞くわ!?
『くそがぁあああああああああああああああああああああああああ!!!!』
ガリガリと容赦なく削られていくプリテンダーは意を決したのか
トカゲの尻尾切りのように 削られていく刃の切っ先を自分の意思で折る。
器用な真似すんな。
刃がヤスリから離れ、前のめりになって体勢を崩したアリシアは足を止め「こんの」と言って再びヤスリの上に叩きつける。
『がぁあっ!…てぇなぁああああああああああああああああああああ!!!』
荒々しい口調で叫ぶプリテンダー。
『調子くれてんじゃねーぞ!!!がっ!!』
どんなに吠えても、自由が効かない状態。鎖に締め付けられ握り締められたアリシアから離れる事ができない以上
この賢鎌は彼女の気が済むまで叩き付けられる。
何度も 『がっ』
何度も 『だっ』
何度も 『ぎっ』
何度も 『ぐぞっ』
何度も 『この…』
何度も 『やめっ』
何度も。
俺は、そいつか痛む声を漏らすのを止めるまで足元に叩き付けられるのを何度も黙ってみている。
―にしても、こいつ結構頑丈だな。
あんな事されたら本当なら砕けて壊れてもおかしくないだろうに。形が歪んで変わるぐらいで済んでいる
心器ってのはそんなにも往生際の悪い作りになっているのか。
「疲れたわ。もういいかしら―」
暫くしてプリテンダーが何も言わなくなってから彼女は動きをとめて
ふう と、満足したような顔をして上を見上げる。
俺も同じように上を見上げ、列車の先端が行き着いた先へ目を向ける。
真っ黒な黒曜で出来た天蓋そのもの掘り進もうとしていたのか、車両そのものが穿つようにのめり込んでいる。
不思議な感覚だ。あそこが先程まで真っ逆さまに立っていた場所なんだとおもうと。
だが、あの向こうにあるんだよな…
その神の領域と呼ばれた場所
所謂、“俺がもといた世界”ってのが。
どうして俺の世界はこの世界と違い神の領域と呼ばれているのか。
何故、神が二つ存在しているのか。
どうして、この世界はこんなふうに閉じ込められているのだろうか…
天蓋…それは神との境界線と言っていた。
そして、この心器と呼ばれる存在は“神殺し”の力を持っている。
俺は幾つも得た情報を整理しながら物思いにふける。
「ねぇ、もういいんじゃないのかしら?」
『…』
「あなたの本当の持ち主は、誰?」
『…』
「何故、マナペルカという魂を…存在をここに呼び戻す事が出来たのかしら?」
『…』
プリテンダーは何も答えない。
アリシアの言うように、我慢に我慢をしてようやく吐き出されたクソのようにダバダバと語るお喋りが
急に静かになるほど、アリシアの拷問に近い行為が心底きいていたのだろうか
『…わかったよ。話すよ、話すから。俺たちが生まれた理由も。“ヨミテ”の事についても
俺の負け。負けだ。だからもう、勘弁してくれ。痛いのだけは正直きつい』
何かを諦めたようにプリテンダーは口を開く
それも、先程のような荒々しい口調ではなく、落ち着いた声色で
「そう、ならそのまま教えて頂戴」
『…疑うのも当然だな。まぁ、いいさ。どのみち解放されたって
もうこの磨り減った刃じゃあ、ひしゃげた柄じゃあ、どうこうする事もできない』
「そう、ならもう一度聞くわ。ヨミテって言うのは誰の事かしら?」
『…そうだな。色々と名前はある。“観測者”“つくりてのつくりて”“永遠の孤独”
“禁忌そのもの”』
観測者。そういえば、アズィーは言っていた。自分の事をそう呼んでいたのは観測者からだと
それが、この世界で死んだはずのマナペルカの魂を呼び戻したという事なのか?
『厳密にはそうじゃない。魂は存在するが、“アレ”はそれを呼び戻して存在しているというわけではない
ヨミテが観測者としての記憶とこの世界に記録された彼の記憶を媒体にして創った第二の存在。ただ、それが死者を呼び戻した事と事実がなんら変わらないだけだ。だってそうだろ?人生を物語で例えるならその物語が終わった後に
“続き”と題してつくられた物語を、本人が否定しない限り…それはそのまま物語として続けられる
それが生き返ったこととなにが違うっていうんだ?』
俺は驚愕している。
こいつらの言っている価値観はまるでこの世界そのものが物語という本の中でしかないと言っている。
そして、ゼツとして現れたマナペルカはあくまでヨミテが創った二次創作の存在だと
俺にとってここは異世界だと思っていた。だが、俺はそこから履き違えいたのかもしれない。
「なら…あなたは、何?心器、神殺しなんて仰々しい言葉で括られている武器のようだけど。
貴方の神を殺す力の起源はなんなの?」
『…神、神様ねぇ。お前らは、その神って存在を信じているのか?』
「信じるもなにも…現に神様はいるもの。極界に居る女神アズィーがそうじゃない」
『なら、それが神じゃないと否定したなら?単なる、“神に似た力を使えるだけの存在”だったなら?』
こいつは何が言いたいんだ?俺だって実際に神は見てきた
そして自身を神と名乗って…
―名乗っていない
そうだ…女神ならまだしも、俺が自殺した直後の奴は一度たりとも己の事を神だと名乗っていない。
なら…“アレ”はなんなんだ?
『その疑問が神にとっての大きな問題なのさ。信仰が神の存在を確率する源だというのなら
その信仰を生み出しているのはなんだろうなぁ?』
『お前は…心が神を生み出しているとでも言いたいのか?』
『神が大いなる力を持つ事は、結局“そう望まれている”からさ。人の心が
人は本能を制御する為に理性を携え、幾年と積み重ねてきた情報を纏い
あらゆる形で成された大いなる力を、神秘を幾つも淘汰してきた。
そしてその力の意義さえも左右してきた。結局神を生かすのも殺すのも、人の心次第だ』
『それが、お前らが神殺しとして存在している由来か』
『そうだ、そしてその概念が承認され、神を殺すように設計されたのが俺達“心器”だ』
『なら…それを使ってすぐさま女神を殺せばいいだろう?何故そうしない』
『そうしたいのは山々だ。だが、アレは相当に用心深くてね。結局、極界なんて領域を創って
合う人間を選別している。それも、ひどく厳重に』
成る程な…だからあの女神は会う為の場所を指定し
外側から来た俺の神に近しい魔力を封印したのか。
そんなものが二つも三つも存在してしまったら、それこそ人の心の信仰が揺らぎ
確立されている力が意味を失ってしまうからか
そしてその隙にこの叛逆者なるものに殺されかねない
『…お前の言うそのヨミテという存在は、何故この世界を否定しようとしている』
『別に、彼女は世界を否定したくてこんな事をしているんじゃない。ただ―
“閉じ込められた場所”から出たいだけなのさ。ただ、その手段が結果的にここに繋がるだけだ』
「随分と思い切った事をするのね…そのヨミテって奴は」
『さぁな。色々と話をするけど、どうしてあいつがそうなったのかだけは俺にも解らねえ。
ただ、あいつは運命に対して物凄い程の執着を持っていた。それを形として確立させ
化物に変える事だって出来た』
『それが、メガロマニア…』
『実際は化物が呼ばれているわけではない。俺達は可能性への強制的なアプローチの事をそう呼んでいた』
つか、本当によく喋る鎌だな…
そうまでして生み出した主の意志よりも自身が受けるかもしれない痛みのほうが嫌か。
『―そうだな…俺も喋りすぎた。そろそろ良いかい?』
「何が?」
『お前の腕、消し飛ぶぞ?』
瞬間、アリシアが握り締めているプリテンダーの柄が爆発するような紅い閃光を撒き散らして
アリシアの腕を言ったとおり吹き飛ばす。
「なっ!?」
そのまま拘束されているプリテンダーは手から解放されがんじがらめにされていた鎖も緩められてしまう
『アルメン!!もっと縛―』
『おせーよ』
クネクネと曲げられた柄を器用に回転させて、奴はついにその場から解放されてしまう。
アリシアは霧散した片腕の様子を見る。
再生がいつもより遅い
これも神殺しの能力か?
「よくもまぁ…あんた一体なにをしたのよ」
『お前ら、俺の話を聞くのに随分と夢中だったもんだからさぁ。参ったフリして
ゆっくりとゆっくりと気づかれないように柄の方からてめぇの手に“神殺し”のちからを流し込んだんだよ
お味はいかがだったかな?クソガキ』
プリテンダーとは良く言ったもんだ。
こいつはどこまで行っても相手の望んだ形のフリをしやがる
だが、それでも地道に打開策を考える事に関しては関心してしまった。
『もう十分知りたい事は知っただろ?お前らの頭じゃあ色々すぎて困惑しているくらいには
情報を与えてやったからなぁ。そんじゃ…等価交換だ。情報料をもらってくぜ??クソどもが!』
そう吐き捨てるとプリテンダーは姿を消す。
奴は一体どこに!?
「パパ、もし…あいつが諦めていないのなら。多分―」
アリシアは上を指差す
『天蓋の方か』
あいつ、亜空間移動が出来るんだったな。
なら急がないといけない
すると、車両がギギギと音をならして大きく揺れ動く。
何事だ!?
周囲を見渡すと、俺たちが足場にしている車両が隣接した車両と切り離されて下の世界に落ちようとしている。
まさか、ここで俺たちを落として時間を稼ぐつもりか
「パパ!!上に目一杯飛んで!!天蓋の付近に行けばさっきみたいに足場もひっくり返るはず!」
『成る程。了解』
俺はリアナが使っていた魔術を思い出す。
そしてイメージする。
アリシアの足元で緑色の魔力が渦を巻き、瞬間的に爆発する。
そしてそれに押し出されるように上へ上へと跳んでいった
そして一定を境に、飛んでいるというよりも落下している感覚に見舞われる。
よし、行くところまで行ったか。
アリシアもそれに気づき、体勢を変えると
再び俺達は真っ黒な大地、天蓋へと再び降り立った。
そして、そのまま風魔術の疾風の郡狼を使い
天蓋に突き刺さった車両の根元へと走っていく。
だが、どうにも様子がおかしい
その車両がグラグラと揺れ、うねり出している。
そして、形を変えて行く。
『アリシア…!』
「そう、ようやく本性を現したのね…メガロマニア」
ギイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ
耳から耳を貫くような金属音の響き。
それは今までに見た事のない絡繰りの大きな化物へと変わり果てていった。
そう、それはまるで長く長く、大きな大きな“龍”を模した機械
もう既に、マナペルカにはそれを操る権限が無い。
ならやはりプリテンダーの、心器の仕業か
そのメガロマニアは穿っていた天蓋の地からスルリと頭を出し
大きな機械龍の顎を見せつける。
「GUAHAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAN」
そして、俺らの存在をその爛々と煌く黄金の眼で視認すると。サイレンのような大きな咆哮を放ち
こちらに突っ込んでくる。
『もうそろそろいいだろ?これで本当に最期だ…』
「ええ、そうね。正直ここに来るまで本当に長すぎたわ」
アリシアは魔剣を構える。
―下では、みんなが待っているんだ。
話すべき事もやる事もいっぱい残したままなんだ
『こんな奴さっさと倒して、あいつらを連れて帰るぞ―!!!』