表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ドール=チャリオットの魔剣が語る  作者: ぼうしや
霊樹終末戦線
82/199

68:悲しんでいるあなたを愛する

突如として起きた交戦の後に取り残された二人。

暫く目も合わせずに互いに沈黙を守っていた。





空に見える一面の黒を見上げ、イーズニルは視線だけをアグニヴィオンへ向ける。




「どうだい。イーズニル、この景色…すごいと思わないかい?」



「…」



「僕とゼツで此処までの展望を生み出したんだ。きっと他の誰にも真似のできない場所さ」



「…」



「彼とこのもっと先に進めば、きっとマナペルカにも会えるんだ」



「…」



「そして、マナペルカと共に更にもっとその先に往ける、行くんだ…そうだ。ゼツも一緒だ

彼は飄々としてて何を考えているのか解らないけどさ…きっとマナペルカとも馬が合う気がするんだ」



「…」



「ねぇ、イーズニル」




「…」




「君は…どうして此処にいるんだい?」




首をかしげ、質問をするアグニヴィオン。



イーズニルはそんな彼の姿を見て胸いっぱいになってしまっている

彼は口を開くもそこから出したい言葉がそれ以上出てこない。



(まだ…僕は、また…今更になって恐れているのか?)



「どうして、君が僕らの邪魔をするんだい?」



そんな権利が君にあるのか?と言わんばかりに真っ直ぐイーズニルへ視線を向けた。



恐い…その視線が


向き合わなくちゃいけない自分の罪が。



彼の親友を奪った事だけでは無い。

自分の弱さが生み出した連なる負の事象。



(きっと僕が、どこかで彼と向き合っていれば―…それ以上に僕があんな危険な事をしてマナペルカを

失うような事をしなければ)



そんな後悔が彼の後ろで小さな歯車となってにじり寄ってくる感覚。



「そうだ。イーズニル…君も行こう」



イーズニルはハッとする。


その言葉は真っ直ぐで、差し伸べられた手に彼は心が大きく揺らいだ。



「このムコウで一緒にマナペルカに会いに行こう。そうすれば君だって…“そんな気持ち”にならないで済む」



アグニヴィオンの言葉に、安らかな未来が見えた気がした。


その与えられた手にイーズニルはゆっくり、震えながら伸ばしていく


そうだ…きっと此処に居ても誰も自分の存在を赦す人なんて―…




瞬間、彼の中で“誰かの”笑顔、“誰かの”温もりを想起させる








パンッ―








乾いた音。


それは差し伸べられた手を弾く音。



「そうさ、失ったものは大きい。僕は胸に抑えきれないほどの情動も苦しみもまだしっかりと抱えきれていない。

そうさ、自分だけが幸せになるだけならば簡単なんだ。でも…それを僕がやってはいけない…」



「…」



アグニヴィオンは正面を…イーズニル見据えてゆっくりと腰にあるダガーに手を伸ばす。



「僕は…君の、君の親友を死なせた憎しみの象徴でなくてはならない…!在り続けなくちゃいけない!!

そうじゃなくちゃ!僕はそれまでに出会った繋がりを否定してしまう!」



「そう」



抜かれたダガーがイーズニルに襲いかかる。



トッ―



すっと刃物が差し込まれる音



「!?」



それを受け止めたのはイーズニルの手だった。

掌の中心を刃が貫き、ポタポタと血が溢れていく。



(痛い…痛い痛い痛い…)



目尻に涙を溜め、痛みに耐えながら

イーズニルは彼の憎しみの刃を受け止め、握り締めそのまま引き込んで奪い取る。



「ぐ…う…!」



「どうして…」



その光景に彼は目を見開き、動揺している。


イーズニルは奪い取ったダガーを掌から引き抜き、彼の手の届かないところに投げ捨てる



ピッとそのせいで飛び跳ねた血がアグニヴィオンの顔に掛かる。

だが、それに動じず真っ直ぐにイーズニルを彼は見つめていた。



「アグ…アグニヴィオン!」



イーズニルはその名を強く呼び、彼の肩を強く掴んだ



「アグニヴィオン!!!いいかよく聞け!…マナペルカはっ…マナペルカは、もう―」



どうか彼が夢から目を醒ますようにと強くその名を呼んだ



「…邪魔だ」



呼ばれたアグニヴィオンは今までに見せた事の無いような剣幕でイーズニルを睨み返す

そして、自身の肩を掴む腕を振り払い彼を押し倒す。



「なんで君が…!君にっ」



イーズニルの胸ぐらを掴み、大きく揺さぶりながら彼は積を切ったように叫んだ



「君に、僕の夢を…願いを、否定する権利なんか無い!!!」




長く…長く募ったモノ。幾星霜を経て積み重なったモノ。

誰にも見せる事も、そのつもりも無かった感情。

自分の言葉おもいを目一杯目下の少年に叩きつける。



「君の軽率な行動が…思い上がりが…!誰を死なせたのかわかっているのか!?

君が…君が全ての元凶だ!!君という存在が…!!!君が…マナペルカを!!」




その吐いた唾は、言葉は、怒りは、もう飲み込む事が出来ない

彼は言葉以上に目一杯に振り上げた拳をイーズニルに叩きつけた。



何度も、何度も…何度も



「人殺し!!人殺し!!マナペルカを殺して、怯えて、逃げていたのにいまさらのこのこと出てきて!!」



殴る、殴りつける、殴り続ける



「返せよ!マナペルカを返せ!!死ねばよかったんだ!!お前が!お前が死ねば!!

あいつが、お前なんかを助けなければ…!お前なんかがいなければ―…」



かれはハッと拳を止める。

目の前で、顔を腫らしながらも涙を流し続けるイーズニル。


ダガーを受け止めるだけの力があるなら、彼の拳だってどうにだって出来てもおかしい話じゃない。

だが、イーズニルはあえてそれを抵抗せずに受けている。




「なんで、抵抗しない…?」



「…」



「君は…」



「僕だって…返せたら、返したい…さ」



「…」



「英雄のように身を賭した訳でもない。命を捧げて多くの人々を救ったわけでもない…

あ、あんなどうしようもない理由で死なせた友を取り戻せるなら…この命だって要らないさ…」



「黙れよ…もう、黙れよ!!お前はぁあ―」




もう一度殴る直前、彼はイーズニルの懐からそっと落ちた花が視界に入る。




「―!」




そっと淡く、儚く光るその花。





それはいつも泣いた自信を慰めるときにマナペルカがくれたのと同じ





小さな鐘の形をした花


ギギギ



大きく揺れて唸る地響き。




「…長く話しすぎたかな」




ゼツは黒い仮面を再びかぶる。


俺は意識が摩耗されている中、途切れとぎれに聞いた彼の話を半分も理解できていなかった。



けれども、解った事が一つだけある


ここに居るのは、正真正銘アグが本当に求めていた願いの根源。


失った親友であるマナペルカその人なのだ。



『お前は…どうして…直接、会える事も出来ただろうに…!』



「俺という死者がこの世界に在り続ける事が出来るのは

アグがヱヤミソウという思い出を通して俺に会いたいと願うからこそ

もし、アグの願いがこの場で叶ってしまったなら…彼の願いはそこで終わり、ゼツという存在もそこで終わる。

それがヨミテとの誓約だ」



『だから…お前はそいつとの取引の為に…天蓋の外側に出て、この世界を否定すると…?』



「もう昔話は終わりだ。この天蓋に突っ込んだ列車はもうじき形を変えて一つの掘削機となる。

そして俺はそのままアグと外側に出る事で本当の意味での再会を果たす。この本に閉じ込められたような

狭い世界ともオサラバ。この世界を終わらせて新しい場所でもっと新しいものを見つけて旅をする」




『ふざけるな…!てめぇの都合でこの世界を終わらせて良いわけがないだろ!』




「結局は“誰か”の都合で世界なんてものは廻り巡っている。その順番がたまたま俺に回ってきただけさ」




認めない。そんな事…。俺は

こんな結末を納得できるわけがない。


どうしてだ…



人を…世界をそんな弱いままで終わらせようとする



もっと…もっといっぱいあるんだ



この世界は決して絵本の中の物語なんかじゃない。



『…』



俺は意を決する。

このプリテンダーから逃れる方法…それがまかり通るかどうかなんて解らない。


これはイチかバチかだ





アリシア…ごめんな



俺は焼き付けてくるような痛みに堪え

意識を強く持ちながら、アルメンの鎖に指示をする。




ヒュン




苦しむアリシアの“首に巻きつく鎖”



こんな事をしたら正直、俺は一生根に持つだろうなぁ

夢に出てくるかもしれん


みんなに知られたら気がふれたのかと言われるかもしれん…



でも、そんなくだらない感性よりも

俺は…みんなと見る未来を


醜く足掻きながらでもみたいんだ!!



アリシアの首をミチミチと絞める鎖。



くそっがぁああああああああああああああああああああ―




「大丈夫、ちゃんと…そ、の意思に…私は答えるよ…ぱぱ」



その言葉と同時に、強く絞められたアリシアの首がその膂力に耐え切れず切断される




「っ―…正気か!?」



撥ねとんだアリシアの頭

あまりの奇行にゼツは慄く。

そして、その隙を俺は見逃さない。



「がっ」



そのまま鎖をゼツの横っ腹に叩きつけて吹き飛ばす。



あとはアリシアの頭に魔力を集中しろ!プリテンダーが抑えている胴体を放棄するイメージをしろ!!




「さすがね。パパ」





ジリジリと稲妻が走り再生されたのは、アリシアの首の断面

アリシアの胴体だった。



「プリテンダー!!!!」



起き上がったゼツは大きく心器の名を叫び、呼び寄せようとする。




「―…どうした…?プリテンダー…!?俺の元へ…!!」




賢鎌はそれに答えようとはせず、沈黙していた。

そこに肉体の再生を終えたアリシアが地に刺さる魔剣おれを手に取りそのまま奴の所へ駆け寄る



「くっ―!」



状況に見かねたゼツは空間を歪ませて再び闇に潜んだ



『くっそ。また隠れやがったか…!』



周囲を見渡す。

気づけば賢鎌プリテンダーも姿を消している。



「―それは、、もう覚えたって!!」



唐突に叫び身体をひねって後ろを振り返るアリシア。



「がァっ!?」



振り上げた魔剣と同時に上空を舞い上がるゼツの片腕。


すぐに隠れる事も無く腕を失った断面を抑えて跪くゼツ



「クソッ…!どうして。賢鎌…!」



どうやら、ゼツの持つ賢鎌が何かを拍子に機能しなくなったらしい。



―それだけじゃない。



ハラリ



『お前…』



ゼツの足元に一枚、また一枚と青い花びらがはらりと落ちていく。



「…!」



彼の身体の輪郭、その端から少しずつ溢れるように青い花びらが舞い落ちている。





「まさか、アグ…お前―」





ゼツは、空に佇む車両を見上げる。


そして、突如としてその姿を消した。







「パパ…あいつ、きっと上よ!アグとイーズニルのいるところに…!」




『―わかっている』




俺は少しばかり戸惑ってしまっていた。

彼が、その花びらを見たとき、仮面越しから微かに覗いてしまったあの眼




―願いを裏切られた者の眼。




俺はふと寂しい気持ちになってしまっていたのだ




『やっぱ、苦しいな。前に進むって―』

車両の中。



「ゼツ―…!?」



振り返ったアグニヴィオンはボロボロになって戻ってきたゼツの姿を見て驚く。



「おまエ…」



ゼツはそんな彼の反応にお構いなしに目の前の光景に狼狽する。

そう、彼の…親友の手に持っている花を目にしてしまったのだから。



「どうして“それ”がそこにあル…」



「これは…こいつが…」



アグニヴィオンは仰向けに倒れているイーズニルに視線を落とす



「イーズニル…お前…。どうして、どうしてお前がそれを“知っている”んだ?」



「ゼツ?何を、なにを言っているんだい君は…それにその身体は一体どうしたんだ!?腕は!?」




ゼツはその手に持つ賢鎌を二人に向けた。



「ゼツ!?駄目だ!!彼は―」




「答えろ!!イーズニル…!!どうしてお前が、アグの…俺の秘密を知っている!!」



「…ずっと見てた…僕は」



イーズニルは静かに口を開いた



「二人の事を…ずっと羨ましいって思っていた。僕には…“それ”はどうしても手に入らないものだった」



震えた声



「悲しむアグニヴィオンがマナペルカから貰うその“花”を…僕は、僕はずっと欲しかった。ずっと…君たち二人の間から

見える絆が…繋がりが…それだけが、僕にはどうしても手に入らなかった」




「イーズニル…」




「だから、あの時。僕は川に落ちて、君が助けに来てくれた事実…それだけあれば

きっとアグニヴィオンのようにマナペルカは…僕にも“それ”をくれるんだと思っていた」




それは、その花は…司祭の息子という肩書きに苛まれていた…彼の

心の奥底で孤独を抱える少年がずっと欲しかったものだった。




「でも…僕が手に入れて良いものじゃなかった…!僕が間に入って触れていいものじゃなかった…!」



彼は再び涙を流し嗚咽を漏らす



「ごめんなさい…ごめんなさい…」




イーズニルはようやく言えた。

ずっと、向けられなかった憎しみに対しての謝罪を

ずっと言えなかった心の奥に秘めていた想いを



それは、二人にとって見つけるにはあまりにも遅すぎて…大きな真実だった



「なんだよそれ…」



ゼツは鎌を握る手を震わせる。



「なら、“毎日”のようにあの河にこの花を贈っていたのは…イーズニル…お前な、のか?」



「え」



アグニヴィオンは気づいていなかった。

ある日贈られていたヱヤミソウの花束が、本当は毎日贈られていた事


そしてそれを贈っていたのがイーズニルであった事を



ゼツがこの世界に再臨してから眼に余る事象、河に行く度いつも置かれているヱヤミソウの花束


それは予言書にも書かれていなかった事象だった。


そしてその花は“ゼツ”という存在を失いかねない起爆剤であった。



だから彼はアグニヴィオンがそれを見つけないよう、ゼツはずっと触れないように処理をしていた。




その贈った者の正体がまさかイーズニルだなんて思いもよらなかった。




カラン




ゼツは手に持っていた賢鎌を足元に落とす。





「ああ…そうか…」




マナペルカは気づいてしまった。



運命を憎む…そんな風に唆されて、信じれなかったんだ。



一つの死を前に、進むことが出来るはずの魂を



ずっと亡霊のように留まり、自身の行いを悔いてしまった。





父を含めこの二人に本当に必要だったのは



憎み、憎まれ、赦し、赦される事だったのだ。




その繋がりだったのだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ