67:神殺しの賢鎌
すでにそこは上も下もない程に闇に覆われている。
アグニヴィオンは車窓から外を覗く
「すごい…」
見下ろした先、そこには自身が立っていたアルヴガルズはおろか、長く旅をしてきた大陸、海
そして雲すらも見分けが付かない程に小さくなっていた。
彼は心が高揚する。
「ここガ黒曜ノ天蓋の真下か…正直、俺モ始メテみるよ」
「すごい!本当に僕らはこんな途方にも無い領域にまで来ているんだ!ゼツ!すごいね!!」
少年は前のめりになって車窓に頭を出して眺めている
「…」
アグニヴィオンの屈託のない笑顔を向けられる。
ゼツは喜ぶべきなのだろう
此処まで、来ただけで
××のその××を×××だけで―…
××が×××として在った“甲斐”はあったのだ。
「クク…」
ゼツはかぶりを振り、不敵な笑いを漏らす
「まだサ…まだこレカらだ…」
「ゼツ」
「なんダ?」
「どうしてさっきはあんな質問をしたんだ?」
「ハハ、大した事ジャないんだ。そウ…」
ゼツは座る席に背中全てを預けて言った
「…俺は嘘ヲ、ついて居タ」
「嘘?」
「お前の探しテイル“マナペルカ”はサ…この天蓋のムコウには実は居ない。待ってナンていないノサ―」
「え」
ゼツが次の言葉を言いかけた瞬間。
―そいつはやって来た。
「…フウ。往生際の悪イ…」
大きく響く爆音。衝撃。
車両と車両を繋ぐ扉は外へと弾かれ、もはや闇で覆われた底へと飲み込まれるように堕ちてゆく
そして、舞い上がる塵芥の中に見せる影
魔剣を携える少女と、“一人の少年”
「――…ったく」
ゼツはゆっくり立ち上がる
携える鎌にぶらさがった小さな鐘、その舌が流れるままに身を任せてリンカラと鳴り響く。
「良くもマァ、ここ迄コレたもんだネェ。それダケは褒めてヤル…」
ガァンと上から大きな衝突音が聞こえ螺旋に登る列車が大きく上下に揺れた。
「ゼツ…!!」
心配そうにその名を呼ぶアグニヴィオン。
「ここが、互いにシュウチャク点だ」
彼らの物語、最期の戦いが幕を開く。
その瞬間に聞こえた衝撃音はなんだったのだろうか?
まぁ、今はそれはいい。
今は此処まで追いついた事を喜ぶべき…だろうかな。
―…少し前の事だ
もう既に外は闇しか無い。
車窓を眺めながら俺はどこまで来たのか計り知れないでいた。
「それでも、登るしかないわよ」
俺を叱咤するような言葉とは裏腹に飽き飽きした表情を見せつけて走り続けるアリシア。
さすがに、ここまで長いと…気持ちのテンポというか
考えも変わりそうになるわな
どれくらい経ったかわっかんね
序盤ではあんなに意気込みを見せたのに
車両から車両へ…車両からしゃりょうへと繰り返し登る事を続けているだけで
すまんが心が折れそうになっていた。
だが、匙を投げた所で心に安寧が齎されるわけでもなく
どうしようもない気持ちでとことこと登り続けた。
…しかし、不思議だ。
もう黒曜結晶の効果も切れていてもおかしくない時間だ。
それなのに、今の俺という魔剣の刀身は変わらず七色の光を纏い続けている。
天の蓋は黒曜で出来ているとされている。
もしやと思うが、辺り一面に映える闇を見るに
そこから闇の魔力の供給を受けているとでもいうのか?
それほどまでに天蓋と呼ばれる場所が近づき始めているのだろうか?
それならそれで好都合なんだがな。
「ん」
キキと床を削るような甲高い音を鳴らして突如としてアリシアは歩みを止めた。
『どうした?アリシア』
「多少の変化はあったのかしら?」
彼女が指を指した先…っておい。
『お前…イーズニルじゃねえか!?どうしてここに!?』
その名を呼ばれ振り返る少年は、前かがみになってゼェゼェと息を切らしていた。
「あ…ジロ様に…アリシア様…」
へへ、と言わんばかりの引きつった笑顔を見せて彼は応える。
イーズニルから話を聞くに、どうやら俺たちがイヴリースとの戦闘を開始した最中
一度観測所まで向かっていたようだ。
そこで彼はアグの裏切り行為を目の当たりにして動揺し、兎に角身を隠していたという。
そしてアグがマクパナと合流し、神和ぎ神殿へと移動していた後ろを気づかれないように着いていったのだという。
「そこで、あの仮面の男がこ車両を生み出して二人が登っていくのを見計らって後を追うように飛び乗った次第です」
なるほど。あの時見かけた人影はおまえだったのか。
「しかし、魔力を使って必死に登りましたが…流石の僕でもここで限界でした…」
『流石の僕もって…まるで自身の持つ魔力の大きさを自慢げにいうじゃねぇか』
「こう見えて、僕もアルヴガルズでは一目おかれていたんですよ…?本来ならば守護者として…
いや、僕が神和ぎに選ばれる予定だったんですよ」
それは予想がついている。
「僕が神和ぎに選ばれる事で…僕はその命を以て罪を償おうとした。
マナペルカが僕を生かした意味を活かしたかった」
悔しそうに語るイーズニル。
誰かの幸せの為に死ぬなんて事を言わない彼を見て感じる。
そうさ、そんな事の為に自身が死ぬなんて事は出来ない。
伝統で結果的に命を投げ打ったとしても、その者はきっと世界に代償を求めている。
他人の幸せじゃなく…自分の幸せの為に。それがどんな形であろうと
「でも、今は違う」
イーズニルは拳を握り締め、奥歯を鳴らしながら言う。
「僕は、あいつを…アグニヴィオンを連れ戻さなくちゃいけない。あいつは、今きっと
“願い”に押し込まれて溺れかけている。僕は、それを助けなくちゃいけない」
そう言いながら、懐から小さな花を取り出し自信を勇気づけるように瞑目する。
『おまえ、それは』
「僕は諦めない。恐れない…そして、僕はあいつに伝え、あいつから僕はちゃんと“罪”を
受け取らなくちゃいけないんだ」
『…イーズニル』
「はい」
『お前、魔力を使ってここまで登ったって言ってたな。』
「そ、そうですね。ただ…今は魔力が」
『なら、魔剣を使え』
「え」
『俺らじゃあ付け焼刃な風魔術でしか此処まで登れなかったが、魔力に限界があるお前も
此処までくる事が出来た。なら、お前の高速移動の魔術に俺が魔力を供給する』
「…わかりました!」
イーズニルは魔剣に触れて、詠唱する。
「“顕現する意志”“地を踏む音音は後を追う者が聞き”“その鼻先は地に舞う空を”“貫く”」
『おお!?』
アリシアの足元が緑色に淡く光り、魔法陣が形成される。
「すごい…これほどの魔力…通常じゃありえない。貴方たちは本当に一体何者なんですか?」
『まぁ…話せば長くなるから今は勘弁してくれ』
「…今から魔術が発動した瞬間。アリシア様は脚元に集中して頂き、ジロ様は“回す、回転する”事をイメージしてください」
ああ、それは前に何度かやっているな。
『了解した』
「行きます…疾風の郡狼」
「イーズニル!」
「はい!」
魔術の発動と共にアリシアはイーズニルに手を差し出し
彼もその手をしっかりと掴んだ。
『アリシア!行ってくれ!!!』
グォン―と視界が大きく流れた。
車両の中の景色が一色の横線に見える。
疾い!これなら追いつきそうだ
俺は回転するイメージを心の内に言葉にして呟く程にした。
回せ回せ回せ回せ回せ回せ回せ回せ回せ回せ回せ回せ回せ回せ
回せ回せ回せ回せ回せ回せ回せ回せ回せ回せ回せ回せ回せ回せ
回せ回せ回せ回せ回せ回せ回せ回せ回せ回せ回せ回回せ回せ回
せ回せ回せ回せ回せ回せ回せ回せ回せ回せ回せ回せ回せ回せ!!!!!
「す、凄ぶべぶ・・・!こ、んニャア!!にも!はやややややっやあっややや」
「イーズニル!あんたは舌噛むかもしれないから気をつけて!!」
なんともまぁ勇ましい娘だことだ。
イーズニルはあまりの速さに追いつこうとしている足が許容を超えてバタついている。
それにろれつがしっかりと回っていない。
『本当に早いな。俺たちのさっきの二倍、いや三倍のペースで登っているぞ』
風になった気分だ。
そうこうしている内に、繰り返し車両から車両への移動はようやく終わりを迎える事になる。
「パパ!あそこ!」
アリシアが速度を落として指差した目前の車両。そこは今までと違っていて、扉が閉められていた。
どうやら、ここまで追いついたようだな。
『突き破れ!アリシア!!』
「ふぁっく!」
アリシアは遠慮なしにその扉を無理矢理蹴り飛ばした。
―そして、今
俺たちは、連れ戻すべき存在と
世界に仇名す叛逆者を前に対峙している。
「なァ、俺からのお願いヲ一つ聞いてクレないかな?」
カラカラと鎌にぶらさげた鐘を鳴らしてゼツは言う。
『なんだ?』
「ココはサ。見逃しテくれネェかな?ホラ。イヴリースを撃退スル知恵も与えテやったんダ」
『そうか。その件に関してはありがとな。お陰様だよ』
「そうカイ。ナラ俺達はこれニテ失礼してモいいかな?先が立て込んでイルんだ」
『断る』
「断る」
「そうカヨ!!」
瞬間、ゼツの鎌がアリシアの首元に襲いかかる。
不意打ち。それを咄嗟に反射で躱したアリシアだが、紙一重
スレスレで首に一線を掠めてしまう。
その切り傷がチリチリと再生する音がする。
「こんのぉ!!」
『イーズニル下がってろ!』
躱した折に、身体を一回転させて
大振りで魔剣を相手めがけてアリシアは振った
しかし
「!?」
ドッと動きを止められる。
クソ、失念した
この車両の中は狭く、こんな大きな剣を目一杯振ればそこらへんの椅子やら天井に食い込むのは無理もない。
「残念ダッタね」
ガッとアリシアはゼツに顔を掴まれ、地面に叩きつけられる。
おかしい
あいつも大振りで攻撃する大鎌だ。
俺たちと条件は同じなのに…
何故奴の攻撃はまかり通るんだ?
「不思議に思ッテるんダロ?なんで、同じ大きさの武器デこうも違うのカッテ」
ゼツは仰向けに倒されたアリシア目掛けて大きく鎌を振り上げる
『させるかっての!!』
俺は鎖を伸ばしてゼツの後ろへと回り込ませて
鎌の柄に巻きつくと
後ろに目一杯引っ張った。
「ム…」
大きな鎌は流されるまま後ろに下げられ、狭い車両ないの椅子にぶつかろうとする
しかし、衝突する音もなく鎌はスルリと椅子からまるで実体が無かったかのようにすり抜けてしまう。
実体化していない鎌…?
馬鹿な、さっきアリシアが刃に掠った時も、最初に刃を交えた時もそれはちゃんと存在していた。
「グ…!?」
アリシアは隙を見てゼツの横腹を蹴り飛ばして障害物に突き刺さる魔剣を引っこ抜くと魔剣を天に向け。
「パパ!天井をぶっ壊して!!」
彼女の言葉に俺は咄嗟に雷の槍を四重奏で唱え、無理くり天井をこじ開けた
なる程、車両の外なら何も問題ない。
しかし、天井が破壊されて、外が大きく開けると
そこから外に出ようとするどころか、そこから勢いよく吹き荒れる風に吸い込まれるように俺とゼツは放り出されてしまう。
『なんなんだ!?』
「ジロ様!アリシア様!?」
「ゼツ!!!」
二人の少年を置いて闇に放り出された俺達は身を任せるように“上へ”落下していく。
クソ…上下の感覚が狂う
周囲を覆い映える闇の空間。
それは俺らの世界で言うところの宇宙とは違う場所だった。
落下する方向に体勢を立て直して上を見上げるとそこには小さくなったニド・イスラーンの大陸が見えた。
「ここはどうなってるのよ…!?」
「ここマデ連れッテくれるナンテね。丁度よかッタよ。ありがとサン」
鎌の柄に巻きつけた鎖に引っ張られ、共に着いてきたゼツ。
俺達はドンと大きな音を響かせて、漆黒に広がる大地へとたどり着いた。
ここは一体何処なんだ?
辺は真っ暗な景色に転々と光の柱を瞬かせている。
この世界には宇宙という概念が無い‥…
「ここガ、この世界を覆ウ天蓋さ。今、俺達は正に黒曜の蓋ノ上に立ッテいる」
『…お前たちはここまで来て、どうするつもりだったんだ?』
「…俺は、見たイだけダ。この蓋のムコウにアル可能性を。…ソシテ、あいつと共ニ見る景色ヲ!」
鎖に柄が巻き込まれている事をお構いなしに、ゼツは大鎌を大きく構えてこちらに突っ込んでくる。
咄嗟の動きに反応が遅れ、アリシアは反撃出来ず、魔剣を構えて防御に徹する。
受け止めた鎌の刃を無理くり押し込んで弾くと、地を踏みしめて二度三度魔剣を大きく振る。
しかし、それを奴は軽快に躱して距離を取ろうとする。
それをアリシアは鎖で引っ張りこちらに寄せ付けようとする。
「ッ」
そのせいで、体勢を崩した相手の動きを見計らい
『最大重奏!雷の槍!!』
間髪入れずに俺は魔力を目一杯吐き出すように魔術攻撃を繰り出した。
ゼツ目掛けて一点に集中して飛んだ雷槍は衝突と共に大きな爆音を響かせて真っ黒な土煙をあげる。
『やったか!?』
しかし、聞こえるのはカラカラと巻き戻ってきた鎖の杭。
まさか、柄に巻きついていた鎖が解け―
「残念、ここダヨ」
急に背後から聞こえる声。
振り返る間も無く、アリシアの首が撥ねとんだ
『アリシア!』
「大丈夫」
切り離された頭で冷静に応えると、頭を失った身体を捻らして
背後に迫っていたゼツを蹴り飛ばす。
「ッグ!?」
広い場所だけあって、ゼツはその膂力を以て大きく吹き飛ばされる。
そして、切り離された頭が一瞬で霧散すると
首なしの身体から赤い稲妻を走らせて再生する。
『相手の攻撃に殆どリスクが無いのはいいがこれはこれで心臓に悪いわ…』
「いい加減なれなさいよ…。パパの魔力のお陰でできる事なんだから」
そうは言っても、いつそれが出来なくなるかなんて解らん。
急に事態が変わったって対応できる程俺はこの世界の事情も自分自身の置かれている状況も知らないんだ
そして、アリシアは不意に後ろに振り返ると魔剣を大きく振った。
互の刃が弾く音
「やハり、特異点ッテのは凄いネェ―」
「もうその手は覚えたわよ」
再び背後から聞こえる声に直ぐ様反応したアリシア。
「その身体…ドウヤッテ出来ているンダ?まさか、魔力ダケで出来てイルのか?」
「残念だけど、私もよくわかってないの!」
拮抗するゼツの鎌刃を斬り払いそれに合わせて俺は再び雷槍を上から何本も降らす。
しかし、ゼツは間合いを取った瞬間その姿を消し
雷槍は虚しく地に刺さると大きく爆発した。
『なんなんだ!あいつは…!ちょろちょろと出たり消えたり!!』
「パパ、ここから一旦離れるよ!」
爆発によって土煙で視界が悪い。アリシアは分が悪いと判断して大きく上に跳躍した。
しかし―
「ここダヨォ」
『!?』
上から突如現れたゼツに俺達は叩き返される。
すぐ持ち直して着地をするが、
「がっ…!」
再び後ろから奴は現れてこんどは鎌の刃では無く、その柄で殴りつけてくる。
「斬れるよりはコレの方がいいか」
アリシアの横っ腹に一撃を入れた後、彼女の足を払って宙に浮かすと
そのままもう一度正面から腹を柄で殴り上げた。
ゴキゴキと骨が砕ける音、そして連なって再生される音
『いい加減にしろこのクソがぁあああああああああああああああああああ!!!』
俺は痛々しい娘の姿に怒りが爆発する。
周囲にいくつもの炎の玉を生み出して、四方八方へと爆散させた。
「!?」
ゼツはその突発的な攻撃に驚き、逃げるように後ろに下がると
俺はその瞬間を見逃さなかった。
水面のように歪んだ空間にその身を潜ませようとする瞬間。
『蛇眼相!!』
その詠唱と共に全てが突如として時を止められたかのようなスローモーションとなる。
周囲に放たれた無数の火の玉はおろか、ゼツも歪む空間にその身を潜ませる直前の状態で止まっている。
俺はイーズニルが行っていた魔術の術式を思い出して詠唱する。
『疾風の郡狼―!!!』
回せ
ゆっくり動いていたアリシアの足が一歩前に出る
回せ回せ回せ回せ!!!
少しづつアリシアだけがその状況下で動きを元に戻す。
回せ回せ回せ回せ回せ回せ回せ回せ回せ回せ回せ回せ回せ回せ回せ回せ!!!
「…ナ、イス!パパ!」
しゃべれるようになったアリシアは
火の玉の弾幕をくぐり抜けて未だゆっくりと動くゼツの方へと走って行く。
ガッ―
「捕まえた」
彼女はゼツの正面、マスクで覆われた顔を掴み
意趣返しと言わんばかりにそのまま歪む空間から引きずり出して
地面へ叩きつけた
「グガッ―…!?」
時が元に戻り、頭をアリシアの目一杯の膂力を使って地面を抉るように叩きつけられたゼツはうつ伏せに膝ま付くように倒れる。
「そイツァ…イーズニルの…」
そう言いかけて動きが止まるゼツ。
…気絶したのか?
兎に角、その大鎌をこちらで回収しよう…
『アリシア、鎌を』
言われて頷いた彼女はその大鎌に手を伸ばす
「賢鎌プリテンダー“解放”」
その言葉と共に大鎌はピクリとひとりでに動き、アリシアの腕を切断した。
『下がれ!アリシア!!』
俺達は直様、後ろに飛び
『最大重奏、雷の槍!』
大鎌とゼツに目掛けて再び目一杯の雷槍を飛ばした。
―トッ
背後で壁に…否、“誰か”に当たった感覚。
俺とアリシアはゾクリと悪寒が走った。
「まさか、ココで切り札ヲ使うなんてネ」
彼女の首筋を這うように突き出されたペストマスクの口先。
「あんた…!」
『まて!アリシア!!前を―…!!!』
首だけひねって後ろを見ようとするアリシアに俺は警告した。
しかし、俺が気づいて叫んだ時には遅く
回転しながら飛んできた鎌の刃がアリシアの胸を貫いた。
その時には既に背後にゼツの姿は無く、刺さった鎌の勢いに身を流されるままぐるぐると回転して
そのまま地面に鎌ごと磔にされる。
「…ぐぐ…」
彼女の胸元でバチバチと再生する音と刺さったままという事象が拮抗する。
アリシアは胸元に刺さる鎌を引き抜こうと起き上がるも動けず
手を伸ばそうとしても届かない。
『待ってろ!今すぐ俺が―』
ジュウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」
『アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!』
刺さる鎌の刃に刻まれた文字が赤く光りだすと同時に、焼かれるような痛みが俺とアリシアに走ってくる。
「全く…こんナ所で“神殺し”の力を発動サセるとは思わなカッタよ…」
頭を抱えながらフラフラと近寄ってくるゼツ
「しかし、イチかバチかだったガ。予想ガ当たッテたようダ。
お前サンらはこいつをユニークスキル持ちの鎌だと思っテイたようだが…
そんナものはホンの一部に過ぎないんダヨ。
賢鎌プリテンダー。俺達“ハズれもの”にのみ賜る事ができル“神殺し”の心器の一つ
効き目はバッチリって所カ」
“神殺し”…かみごろしだと?
「お前サン。本当にムコウ側の存在なんだナ。そして、ヤッパリ神に等シイ力でこの世界ニ来たんダな
…なぁ、お前サンの居るセカイってのはどんな感ジだ?一体セカイがどんな風に見える?」
ありもしない胸が焼ける感覚に俺は奴の質問に返す余裕も無い。
それは同じように悶えるアリシアも同じだろう。
ジリジリとアリシアに刺さる鎌の“神殺し”の力によって
アリシアの胸元の傷からヒビが入り始めている。
なんなんだこれ…意識が
力が…入らない…
「どうやら勝負アリってところかナ。コレで俺も…俺達も心置きなくこの天蓋を壊シテ、ムコウの世界に行けるってもんダ」
『…ねぇぞ…』
「ン?」
俺は絞り出すようにゼツが出した質問に答えようとする。
『てめぇが…望んだ世界なんて…この先には…ねぇぞ…』
「…」
『こ、の…世界を壊してまで…見に行く価値なんて…ねぇ…あんな場所には…』
そうだ、俺にとっちゃあどうしようも無い世界で
死を選ぶぐらいには理不尽な世界で
結局は、お前たちの居るこの世界となんら変わりない嫌いな神様が創った場所だ。
ゼツは俺たちを一瞥すると黙って背を向けて、その顔を覆う仮面を取り外した。
「…昔話をしようか」
その男の声は先ほどの無機質さが入り混じった声とはうって変わって妙に優しい声に変わっていた。
「何気ない毎日を過ごしていたとある少年は、ある日…一人の少年を助ける為にその身を挺して救った
しかし、その代償に少年はその身を理不尽な運命へと捧げる事になる」
…なんの話をしているんだこいつは…?
「少年には親友がいた。彼はいつも泣き虫で口下手で…でも本当は誰よりも優しくて、誰よりも願いにまっすぐな奴だった。
少年は死に際に後悔した。『ああ、どうして自分はあいつを置いてしまったのだろう』と―…」