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ドール=チャリオットの魔剣が語る  作者: ぼうしや
霊樹終末戦線
79/199

少年と明

朝、起き上がった僕はあまり眠れなかったのか

寝ぼけた目をこすりながら陽の光へと誘われるように歩く。



「ヨ…おはよう」



「おはよ…ん?」



聞き覚えのある声に僕は一瞬で寝起きで朦朧とした意識を回復する。



「モウ、昼だゼ。お前さんにしては結構眠ったんジャないか?

まぁ、無理も無イカ。夜遅くに足早にあんナ手間を取らセテしまったんダモんな」



「いや、そんな事よりも」



何故、君がここにいる?



こんな怪しい奴が自分の家に居る事を誰かが知ればそれこそ問題だ



「安心シロって。誰かガ来たなラ直ぐ様、お前サンの影に隠れるサ」



僕の机の椅子に座りカラカラと笑いながら言うゼツ

そう、ゼツには変わった能力があった。



空間の“中”に潜む能力。

僕にもどういった仕組みかは理解出来ないが、“彼と同じ世界から外れた存在”は

僕らがいる空間とは別にある亜空間とも言うべき場所へとその身をシフトする事が出来るらしい。

そこに居る限り、彼は僕ら側の世界から認識される事が無く。


“予言書”と呼ばれる厚みのある謎の書物に記載されたシナリオを簡単に遂行する事ができる。



そのお陰で昨晩の司祭が行った試みの中に一つ“仕掛け”を仕込む事ができた。



「でも、すごいね君。神和ぎの祭殿の魔力が反応するような仕掛けをさもあんな状況でぶっつけ本番で出来るなんて

肝も座ってるけど、どうやってあんな事が出来たんだい?」



「…所デなんだが…。此処まデ話が進んでイル以上。オマエさんに紹介しなくチャいけない奴らガいるんダが」



「紹介…?」




取り敢えずは支度してくれと急かすゼツに悶々としながら僕は身支度をする。

というか勝手に僕の服棚からコロコロと服を取り出して着せ替え人形に服を着せるみたいなふざけた事をしないで欲しい。


あまりに飄々としすぎて調子が狂う。




よかった…リビングには誰もいない。

姉も既に朝方から司祭のとこへ向かって、父もマクパナさんの居る場所へと向かっている所だろう


母は未だに寝たきりで、こちらへと気づく様子もない。



「アグ」



「―!?」



部屋のむこうから聞こえる急な母の声に僕はドキっとする。

まってくれ!僕の横にはまだ黒ずくめの怪しい変態がいるんだぞ



「今サラっと酷イ事思ってなかッタ?」



いや、声をださないでって…!



「…。お客様かしら?」



「ううん!牛乳屋さんがビンを回収しに来ただけだよ!気にしないで母さん」



「そう。アグ、おまえもこれから出掛けるのかい?」



「そうだね。ちょっとこれから人と会う約束をしてて」



ひと時の沈黙。


大丈夫だ。扉は締まっていてこちらの様子は見えない。



「…気をつけていってらっしゃい」



「大丈夫だよ。母さんこそ珍しいね。こんな事にいつも声を掛ける事はなかったのに」



「ええ、どうしてかしらねぇ。なんだか、少し懐かしくって…つい」



優しい声で言う母。

そうだね。僕もアルヴガルズの外を出始めてからあまり此処には居ることも無かった


僕も母とこんな風に話すのは久しぶりだ。



「それじゃあ」


僕とゼツは静かにその場を後にする



外に出る前にゼツは僕の傍らで誰にも気づかれないように空間の中へ潜み

僕の歩く速さに合わせるようについてくる



小鳥が囀り、青い空の下で雲がゆっくりと僕らを見下ろしている。

そんな小さな頃から見ていた景色。


僕は少しばかり郷愁に駆られながら歩いていると、当然そんな景色の端には必ず見えてくるものがある。




「霊樹…」



命を、魂を捧げられ長らえる樹木。


その樹はこの周辺に穏やかな魔力を降り注がせ

外の人々とは違う力をこのアルヴガルズの民へと与えてくれる。


その信仰は、通常とは異なる魔力の技術を、文化を発展させ

皆を幸せに導いてくれていた。




だが、僕はこうも思った。

素質というものがあるにしても、ただ一人の命を捧げるだけで周囲を幸せにするこの樹の仕組み

その根幹となる命、魂というものがどれほどまでに素晴らしい潜在を秘めていのるかと

好奇心に駆られた事もあった。



だが…今では僕はその名を忌々しく呟く。

昨晩、あんなものを見せられてからというもの、僕はこの大きく佇む巨大な存在に対して恐怖しか感じる事がなかった。



そして、霊樹を信仰しあたりまえのように生きる僕たちのこの環境そのものに対しても…



物思いにふけていると僕は既に目的の場所に到達していた。



「…」



そこは、昨晩司祭に連れてこられた国境の山の麓にある神和ぎの祭殿。

こうも再びこの場所にくるなんて僕は思ってもみなかった



―こっちダ



ぬぬぬと空間から手だけを出し、彼の指差す方向へと僕は歩いていく。



「ここって…」



そこは、近づくことを禁じられた封印の山。

当然、そこには人気どころか魔物の気配も無く

無性に寂しくなるような空気を漂わせている場所だ。



その封印の山の、注連縄で封鎖された入口の前に



そいつらは居た。



「…君は、そうか。ゼツの言っていた協力者」



長い金髪を靡かせて振り返った長身の男は仏頂面を僕に向けてそう言った。



「あなたは…?」



長身の男はコンコンと携えたステッキで地を叩き



「初めまして、僕は古の渦の研究家をやっている。名をフレスヴェルグと言う」



古の渦の研究家?


なんでそんな大御所の存在がこんな場所にいるんだ?



「君は?」



「え」



「僕はもう名前を名乗ったぞ。然るべくして君も名乗るのが道理だろう?」



「あ…す、すみません。僕はアグニヴィオン。アグニヴィオン・ル・クルといいます」



「よろしい。そしてゼツ。そろそろ君も此処に姿を見せてはどうだい?もう既に僕の方で人払いの結界を張ってある。

万が一の強襲にもしっかりと“対策”はしている。このままじゃあ話が出来無いだろう」



フレスヴェルグさんの言葉にゼツは「気ヲ使わセテ悪いネ」と飄々と返し、空間を歪ませて姿を顕した。



かくして、ここに素性のしれない存在が二人と僕が揃う。



「あの、フレスヴェルグさんは古の渦の研究家…でよろしかったのですよね?」



「そうだよ。…無理もないか。奇妙なのだろ?僕が此処にいるのが」



「そう、ですね。何か理由があるんですか?」



「本来僕も暇では無くてね。こんな事に付き合わされるのも本当はまっぴらごめんなんだ。

だが、彼…そこにいるゼツと名乗る男の甘言には興味を持っていてね」



甘言…



今の僕はその言葉があまり好きになれない。


その単語を耳にする度に、僕は騙されているのではないかと不安に駆られてしまうからだ。



「なんでも、この男は僕に…僕が追い求めている“常闇の姫君”がこの場所で生まれると言っているのだ」



「“常闇の姫君”?」



「そうだね。端的に言えば想い人に合わせてくれると言うのさ」



僕はその言葉に胸を高鳴らせる。


半信半疑で記憶の隅においやっていた言葉を少しずつ思い出す



―マナペルカに会いたいカ?



「まさか…本当に会えると…?」



言質を求めるように僕とフレスヴェルグさんはゼツの方に顔を向ける。



「ああ、会えるゾ。どっちも」



平然と応え、ゼツは懐から予言書を取り出す。



「この“予言書”に書かれているシナリオ通りに君ラが動いてクレたなら。その結果ヘト必ず収束スル」



「予言書。実に興味深い代物だ。本当はそれも僕の研究材料したいくらいなのだが?」



フレスヴェルグさんはコンコンと杖を叩く。



「駄目ヨ。コイツはァ特別製でネ。“こちら側”の人間にしカ読めナイ仕組みになってル」



「それは残念」と嘆息するフレスヴェルグさん




「ところで、フレスヴェルグさんはどんな事を頼まれているのですか?」



その時の僕は本当に興味本位で聞いたつもりだった。





「なに、簡単な事さ。ここに眠る魔神の封印を解くのさ」







「え」







僕は耳を疑った。



魔神の封印…



「イヴリースの封印を解いて、霊樹の力を無理矢理減衰させる。何、別に難しい話ではない。

内容が内容なだけに厳重に封印を何度も重ねているようだけど、結局はそれも内側からでも壊せる代物だ。

芯となっている霊樹と接続されている封印。それは、いわば蓋に重石を乗っけるような構造でね

多少の力任せになって時間は掛かるけど厄介なそれさえ解除すれば、魔神の瘴気で魔物が呼び寄せられ

互いに呼応するようにイヴリースも内側から目覚めて動き始める。そうなれば後はゆっくりと待つのみさ」



―。



「そして、魔力に反応して集う魔物を率いて近隣の港町であるアディリエを襲撃する。担当は私の知人を斡旋させよう。

安心したまえ。かつては魔王竜とも呼ばれていた知恵持ちの竜だ。頭の中身はさておき、実力だけならばお眼鏡にかなうはずだ」



まってくれ



封印?



イヴリース?



魔王竜?



知恵持ちの竜?



襲撃?




「魔神が顕現された後はまだ聞かされてないのだが。どうするのかね?」



「いや、アンタらの役目はそコまでで良い。後は特異点Aが勝手に事を勧めてくレル

その間に俺は時間を置いて現れるであろうもう一つの特異点Bを探索、捕獲スル」



「ふむ、特異点。これもまた気になる存在だが…一体なにを以てそれを特異点と呼んでいるのかね?」



「奴ラは、この世界…天蓋の遥かムコウから来た存在。モウ一つの共通点は、七色の魔力をどちらも扱エルという事ダ」



「実に興味深い。是非実験材料にしたいのだが。…君のシナリオに反するようならやめておこう」



流れるような会話。


僕は呆然と立ち尽くして聞く事しか出来なかった。


この人たちは、一体なにを言っているんだ?



まるで…まるでこれから戦争をするような内容をこんな軽く、簡単に出来るものなのか?



僕は震えた。あまりに頭を一つも二つも抜けた会話のやりとり。





すごい…。



これが、これが運命を変えるという事なのか‥?



高鳴る鼓動。

僕はきっと今、神話の中心にいるのかもしれない。


まるで、マナペルカとずっと読んでいた本の物語の中に僕は居る。そんな気持ちになる。



「…?どうしたのかね?アグニヴォンくん」



「え?」



「さっきから君の口角が上に向いているぞ?」



フレスヴェルグさんに指摘されたように


どうやら僕の口は笑っているようだ。




どうしてだ…?



解らない





けれども僕は変わらず胸を高鳴らせ


結局その話はそのまま勝手にすすみ



勝手に終わり


僕はその後家に帰り間もなく嘔吐した。

みっともなく、嗚咽を繰り返し


内側にある理解出来ない感情に相反する恐怖をできる限り吐き出した



水の流れる音。


流れていけ…流れていけ…僕の恐怖もそのまま一緒に…




「流石に、動揺してイルか?アグ」



「なに…なんてことないさ」



僕は既にもう後戻り出来ない場所まで来ている。

ここで後悔なんてしてしまえば。それこそ神和ぎによって捧げられた人たちと同じなんだ。



「ゼツ」



「なんダイ」



「僕は、本当にマナペルカに会えるのだろうか?」



「…」



フレスヴェルグさんと話していた時には淡々と「できる」と語ったゼツは

今になって、その答えに躊躇いを見せている。


その間が、僕にとっては不安で不安でしょうがなかった。



「ゼツ、答えてくれ」



「会えル。会エルさ。この小さな鳥カゴの様ナ世界の外側に出レバ。マナペルカに会える」



「この世界は…小さいのか?」



「俺は、信ジテいる。ずっと夢見テきた。俺タチの魂は、意志は、結局…魔力という法則ニよって一色単な存在トして有り続けてイル

だが外側から来た特異点ト言うのは、神に賜った力…七曜の魔力に等しい魔力ヲさも当タり前ノように持チ続け、この世界デ存在し続けテイル

それが何を意味スルか解るか?結局は、黒曜の天蓋のムコウでは神に等しい存在ガゴマンと存在し、この世界の人々ノように当たり前ニ

生きてイルんだ」



「何が言いたい、何がのぞみなんだ?お前は」



「魔力の根源ハ数年を掛ケて魂に刻まれた情報…即ち環境にヨッテその色ヲ定めラレル。

そして、神の領域に近シイ環境にヨッて魂に情報を刻マレた特異点ハそれ故ニ、七曜の魔力ヲ持つ事が出来ル

俺ハ其ノ場所ヘト至リ、この世界の“当事者”トしてではナク“観測者”と成っテこの世界ヲ否定スル」



正直な所、この男がなにを語っているのか僕には到底理解出来ていなかった。



「この世界ヲ否定すれバ。運命サエも否定サレ、お前ハきっとマナペルカに再会スル事ガ出来ル」



「今更後戻りは出来ない。けれどゼツ…お前は何を根拠にそんな事ガ言えるんだ?」



「根拠はナイ。…言うコトが出来ナイ。ただ、お前ガ信ジテ俺ト共に目指ス事シカその結果ハ無い。だが、これダケは言える。

“マナペルカ”は俺が目指スあの先で…待ッテいる」



わけが解らない…。


奴らの会話にある特異点なんて存在だって本当にいるのかさえ解らない。






結局僕は納得できる事もままならない状態で時だけが過ぎていった。



そして、その夜は姉が血相を変えて帰ってきた。

僕は当然その理由を知っている。無理もない。



「ア、アグ…」



「…どうしたんだい、お姉ちゃん」



僕は何も知らないふりをして聞く

姉は一度深呼吸をして気持ちを落ち着かせると、瞑目して言う



「落ち着いて聞いて頂戴。貴方は…選ばれたのよ。神和ぎに」



「…そうか、そうなんだ」



僕は少し罪悪感に駆られながら小さくそう答えた。



その日の家での会話はやけに少なく。

栄誉ある事だと言っていたはずの姉も、何か物思いにふけった様子で黙り込んでいた。



母にその旨の報告をするが、「それはそれは。素晴らしい事ね」とだけ返事が来た。


…意外だったのは


いつも豪快に笑って茶化す父が、その話を知った今日に限って静かに


「そうか」


と一言だけしか口にしなかった。そしてその晩は酒を一滴も飲むことが無かった。




翌日、ゼツからも特に今日はやる事が無いと言っていた。


僕はふと花屋を周りヱヤミソウの売られている店が何処にあるのかと町をふらふらと歩いていただけだった。



「―こんなところに」



意外な事にいくつもある花屋の中で早い段階で僕はその売られている花屋を目にする。



「おや、あんたは―…」



そこの花屋の店主は僕の顔をみるや両手で合掌して頭を深く下げる。



「え?急になんですか??」



「君は、今回の神和ぎに選ばれた子だろ?見てすぐ解ったさ」



「もうそんなに話が広まっているんですか?」



「いや、君に関しては“特別”さ。因果とは…巡るものなのかね…ありがとう。我々の為にその身を捧げるなんて」



「特別ってなんですか?そこまで悪目立ちしていたのでしょうか…」



「そうじゃない。君の事を良く話に聞くのさ」



「誰から―」



「アグくん」



僕の質問を遮るように名を呼ぶ声。



「マクパナさん?」







「―話は聞いている。いやはや、守護者の姉に弟は神和ぎの子と来た。君の父親は随分と幸せ者だな。まったく」



はは、と笑いながら僕はマクパナさんと霊樹がより大きく見える河川敷を歩いていた。

僕は姉に対して感じたのと同じ罪悪感を再び胸に刻まれていく



「正直、あまり実感がわきませんけどね」



そんなせいか当たり障りなく、かつ少しでも本当の事を僕は言った。



「そうか。…だがね、正直な話。私は少し寂しいかな」



「え?」



「君と過ごしてきた時間は息子が居なくなった分、より一層大切に思えた。

多少なりにも君に対しては息子を想うそれと同じだったんだ…だから、私は未だに素直に喜べる立場ではいられない」



「…」



「しかし、神和ぎに選ばれるという事はそれはそれは素晴らしいことなのだ。神話から受け継がれてきた伝統。

命を捧げる事で皆が命と霊樹が改めて尊いものだと学び、その礎があるからこそ信仰というものに力を宿すことができる

そして力は意志となって人々を幸せにする」



「そんなものですかね」



「そんなものさ。そうやってこの世界は出来てしまっている」



「だから」と、マクパナさんは一度息を吸って間を置いて言う。



「私はね。それがどうしようもなく悔しい」



「悔しい…ですか」



意外な言葉に僕は戸惑った。

開いていた自身の掌が不意に拳をつくっている。



「ああ。私は、自身の息子を失った事を本当は悔やんでいる。悔しくてしょうがない

だが、その原因となっているイーズニル様を憎む気にはなれないんだ。だってそうだろ?

そうなってしまえば、私の息子の意志に対して裏切る事となる」



マクパナさんは僕に目を向けず、霊樹を眺めながら続ける



「私は知っていたよ。彼は…イーズニル様は神和ぎを持つ素質を持った子だ

だから、イーズニル様がこの霊樹と共にいずれはその身を捧げ皆を幸せにする

きっとマナペルカはその為に死んでいった。―そう納得していた」



「マクパナさん…」



「だが、実際はどうだ。神和ぎの儀は結局予定よりも早まり、あろう事か

君が選ばれてしまった」



「…」



「私はね。本当に運命を憎んださ。この世界を憎んださ

何故こうも、私ばかりから大切な人が奪われてしまうのかってね

たまたまだと言われてしまえばそこで終わりだ…だが、私には思えて思えてしょうがない」



―運命は、生きている。存在している。意思を持っているって



そう、僕は少しずつ解った気がする。

運命には意思があり、世界にも意思がある。



そして、創った神様は僕らなんてものを全くみていない


そいつらが本当に観ていたものは生き物のように動く生命の足跡


小さく動く僕らに刺激を与え、その反応でどう動くのか楽しんでいるんだ。



僕らは所詮、神の道楽の末端だ。



僕の中でそれがストンとしっくり来た。



そして、僕の中で小さく何かが灯火がつき




揺れ動く




「マクパナさん…」



ユラユラと



「僕と…運命を変えてみませんか?」



ユラユラと



「世界を、否定してみませんか?」




あの時のマクパナさんの表情を僕は忘れない。

全てを打ち明けた彼の顔は何か眩い光に目を当てられたように見開き戸惑い、瞬きを何度もうっていた。



僕は…単に仲間が欲しかっただけかもしれない。

そして、全てを打ち明けて抱え込んだ罪を誰かと共有する事で楽になりたかっただけかもしれない。




そして意外にも彼は、マクパナさんはすんなりと僕を…僕らを受け入れた。









「知っていたサ。こうなる事モ…」



ゼツは淡々と答える。



「運命を憎ム者ハお互いニ引き合ウ。認め合ウ…そして、そのヨうに預言書ニハ書かレテいた」



「予言書。それは本当にどういう仕組みなんだい?どうなっているんだい?」



「すまナイ。簡単に説明デキるものデモ無いンダ」



「そうか…」



僕とゼツは再びいつもの河に訪れていた。

夜空を見ながらマクパナさんに関しての話を報告していた。



「これカラの話ヲしようカ」



「ん?」



彼は予言書を開き、淡々と語った。



フレスヴェルグの手によって封印が外され、司祭たちが神和ぎの儀式を執り行う事に躍起になる事

しかし、神殿にはイヴリースの瘴気によって魔物が集い一旦断念せざるおえない状況に陥る事

そして、隣国の帝国へと以来要請を求めるが失敗におわり

ギルドへ依頼する為に僕らが遠征するという事。



まるで、ひとつの物語を語るようにゼツは説明した。



「そして、お前タチはギルドのあル場所、エインズの街で最初の特異点と出会ウ」



「特異点…僕になんの接点があってそんな人と会うんだい」



「きっかけは…ソウだな。今頃、別の意味デ躍起になってエインズへ身体一ツで向かッテいる坊チャンのお陰サ」



坊ちゃん?



「イーズニルさ」



「なんで、彼が?」



「さぁネ。予言書は事象が読めても心情まではカラっきし解らナイ。結局ハ読み手デ想像するしかナイのさ」



想像。そんな事を言われても僕には彼の心情に対しての興味はさほど無かった。

…だが、心配はした。



「…イーズニルは無事なのかい?」



「安心シロ。君ト特異点を繋グきっかけニなると言ったジャないか」



「そうか…」



そして、聖女で造られた人形と特異点の邂逅

それこそが、魔神を斃す為の鍵だと言っていた。



「奴ラはいずれ大きな戦闘デ、七曜の奇跡を使い、神器ヘル=ヘイムを精製すル。

それガイヴリースへの致命的な一撃ヘと成ル―…って、聞いてイルのか?」




「…ごめん。本当に実感が湧かなくて」




僕は彼の話を未だに空想の物語のように聞いている。

ここまで来て、僕はまだ彼を疑っているのだ。



優柔不断だ。マクパナさんまで巻き込んで今更、大きすぎる話に僕はついていけない。




今ならまだ間に合う。

唆されたことを打ち明ければ…



「…今なラ未だ戻レルぞ」



「え?」



「巻き込んでシマって申し訳ナイとは思ッテいるのが本音ダ。

誰だって、運命を否定スル事に此処までスルなんて思いもよらナイものサ。だかラ。今なラ俺トお前ハ他人デ居らレル…」



「…なんだよそれ」



僕は少し裏切られたような気持ちになった。

どうしてだ?


何故、彼にここまで言わせてしまった事がひどく寂しいと感じてじまったのだろうか…




「もう、後戻りはしない」



後悔して振り返れば結局は運命の轍になるのは変わらないのだ。

僕の身も、心も、全てヒき殺されてしまう。



ならばいっそ前に進むしかないんだ。

あの物語の少女のように…












…魔神復活から始まる運命の矯正計画。プロジェクト・イヴル・バースは始まる。











―暫くはおとなしく預言書の観測者として特異点らの動きを観測していた


そして、僕の杞憂となっている疑心暗鬼は“あの瞬間”からかき消される










アディリエでの乱戦の折に見せつける七色の光。


始めてみる光だった…



僕は目を見開き、その力を全身に浴びるように感じて理解した。



ああ…これが、外側の世界の片鱗



こんな非現実的な展開の中に僕はいて、観測者としてでは無く

当事者として居る




ずっと



ずっと僕の中に抑え込まれていた情動が何度も何度も鎖を食い破って解き放たれようとする



ゼツの言っていた事は本当だった。



知りたい



知りたい



命を賭して命を救ったマナペルカのように、ひとつの物語の中心に立って



色々な景色を


立場を


気持ちを


感情を



僕がここに至るまでの原動力の全てはここにあった。

気づいてしまった


そしてそれらを知ることで



あの時の君の考えを理解するに至ると信じて止まない欲望



命とは



死とは



本当の幸いとは何か?









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ドール=チャリオット。





僕はその力に魅了された。






それは幼き頃に友と幾度も読み合った物語の主人公。




叡智の力を以て敢然と運命に立ち向かう少女。




ああ、僕は漸く見つけたのだ。






永かった






途方も無い夢の果てにたどり着いた先は、結局は天蓋の膝下でしかないと思っていた。






でも、今は違う






「そうさ、“僕たち”はどこまでもいける…何処までも」






止まっていた僕の中の時間が動き出したように。






ガラガラと廻る歯車の音が聞こえたような気がした。






「マナペルカ…今度こそ君と…」








ああ、そうだ。僕は…僕はやれる



そして、僕は今度こそマナペルカの行動を、判断を、思考を、志を、願いを、全てを理解して

彼と同じ…あの黒い闇の奥にある“場所”に立つ事ができる。



それを以て、僕は本当の意味でのマナペルカへの再会を果たすことができる。

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