表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ドール=チャリオットの魔剣が語る  作者: ぼうしや
霊樹終末戦線
78/199

少年と迷

そいつの姿は、お世辞にも真っ当な生き方をしたとは言えない出で立ちだった。


ペストマスクで素顔を隠し。

人とも言えない声色。

漆黒のマントでその身を包み。


いかにも胡散臭い口調


そんな奴の言葉を信じていい程僕も馬鹿ではない。



…馬鹿ではないのに



「なァナぁ、自己紹介は終わったぜ?そろそろ『君は?』意外にも口を開いタラどうダ?アグニヴィオン」



「…」



「…いやイヤいや…無視は流石ニ傷ツクなぁ」



なんなんだこの人。

やたら親しげに話しかけるし。


なんで僕はこんな人と隣で一緒に河を眺めて座っているんだ?

しかも膝を抱えて…



それに―…



僕はハッとする。

こいつは、何故…僕の名前を…マナペルカの名前を知っているんだ?


いくら長旅がすぎてあらゆる場所での出会いと別れを繰り返したとしても

これほどまでにインパクトのあるキャラを忘れるわけがない。


初対面だ。


それなのにこの人は…



「君は…何者なんだい?」



「おおウ、自己紹介は終わらセタつもりダゼ?名前はゼツ」



「いや、名前とかじゃなくて…。もっと他に説明するところがあると思うんだ」



「欲張りダネェ。君は」



「えぇ…」



「そうさナぁ。端的に言ウと、俺もお前サンと同ジデ“運命を憎む”存在さ」



「運命を憎む…」



「神様ッテのはサ、無責任に何でも創リ出しちゃう存在ダ。海も、山モ、命も…地獄サエも

創ラレた俺らなんてお構い無シにさ、ドンドン創り出シては実験する研究科ノように結果ニ至る過程を運命ナンて名づけヤガル」



「…」



「でも神様ニ創らレタ俺たちは、神様ヲ憎む事は出来ない。憎む権利なンテものは無いのサ。

デモよぉ…」



ゼツと名乗る男は大きく仰向けに倒れて夜空を仰いだ。



「悔シイじゃねぇか…。折角、俺タチには心が在って、“理解”という力がアル。

ナノニ…それすらも神様ガ創り出した事象の波紋にヨッテ単なる結果の轍にサレちまう」



そう、魔物が吐き出される古の渦だって、霊樹だって、神様が創り出した産物だ…

意識を持つ僕らはただそれに巻き込まれ、苛まれているにすぎない



「んでサ、さっきモ言ったケド。ソレを奴ラは“運命”なンテほざく」



「でもそれは…」



「抗えナイか?」



「…」



「憎くナイか?」



「…」



「俺ハ、憎い…憎クテ憎クテ憎クテ憎クテ憎クテしょうがない。

運命のセイで、誰かが加害者ニなるのモ誰かガ…被害者ニなるのも。今の俺ニは耐えらレない」



僕はゾクリと背筋が凍るよおな悪寒を感じた。


この男は、飄々とした態度を見せているのに、運命という言葉を口にした途端から

その口からドロドロと吐き出される呪い。


この人は、それほどまでに運命を憎んでいた。

感じる、その身に宿る命の全てを磨り減らしてでも運命を殺したい感情。



どうしてだろう。



僕は胸が熱くなる気持ちになった。



この人は、代弁してくれているんだ。

僕の中にある割り切れない感情を―



「なァ、もう一度聞いテモ良いかい?」



「…なんだい?」



「お前はサ、マナペルカに会いタイと思わないカ?」



「それは…」



「コノ運命を、“世界ヲ否定”して、あの夜空のムコウ。“本物の世界”ヲ覆う黒曜の蓋ノ彼方へと行きたクナイか?」




素性も解らず

出会ってそう間もなく


そんな、飄々とした漆黒の存在が差し伸べた真っ黒な手


カラカラと中身の無い器を転がすような声色で語る夢物語。



本当にどうしようもない…全くもってどうしようもない狂言。



だけど、今の僕にはそれだけで十分だった。



十分すぎた。十分すぎるくらいに限界で…







それほどまでに…僕のほうがどうしようもなかったのだ―












ゼツに言われた通り僕は直ぐ様、長老や司祭様がおられる観測所へと赴いた。





「何?…アグニヴィオン。お前は何故それを知っているのだ…」



険しい表情を向ける司祭様



「風の噂で聞きました…やっぱり、姉さんなんですね…」



僕は早まる心臓の鼓動を無理矢理抑えこみながら彼の目を真っ直ぐ見つめて問いただす。

司祭様は顔を背け、踵を返して背を向ける。




「ふん…風の噂とは…風の守護者としてはなんとも皮肉な話だな。アグニヴィオン」



「司祭様!」



「そうだ。明日、彼女には神和ぎの使命を賜る予定であった。…それを、覆すつもりはない」



ああ…そうだ。やっぱりそうなんだ。

わずかな希望はあった。僕の聞き間違い、気のせいであってほしいと願った。


けれど現実は違っていた



「それは…やはり、貴方の息子であるイーズニルを―」



「アグニヴィオン」



「…」



「それ以上を口にしてみろ。この場所に居るのは君と私、そして私の従者だけだ…

それが何を意味するか解ってもらいたい」



その発言からは露骨なまでに攻撃的な意志が見られる。

そうか…その意図だけは何があっても明確にさせてはいけない


噂ならば噂でいい


だが、その域を逸脱する事実になれば…まずは僕が―…



傍に灯された火がゆらゆらと目の端に入ってくる。



予想が確信へと変わった瞬間により一層心臓が高鳴り

僕の視界がぐにゃぐにゃと歪む。


…駄目だ…気をしっかり持て!



僕は瞑目して一度深呼吸をする。




ゼツは言っていた。



“まずは彼女を神和ぎに選ばれないようにする”



“神和ぎは、魔力の保持が優秀な者から選ばれる”



“ならば、誰かが彼女以上の魔力保持者として名乗り出ればいい”





「僕が…」



駆け引きは本当に苦手だ…けれど僕は絞り出すように言った。



「僕が神和ぎになります!」




「……何だと?」



司祭様は振り返る。そして、僕の顔を、瞳を伺う。



「貴様は、我々の信仰を…霊樹を…アルヴガルズそのものを愚弄しているのか?」



わかっている。このような反応をするもの当然だ。

神和ぎに選ばれる者とは選ばれるだけの魔力を保持しているものだ。



それを、いくら血筋とはいえ…こんな僕程度がおめがねに叶うハズがない。

それほどまでに姉は…リアナ・ル・クルと言う存在は逸材であったのだ…



そして、知っている。

ゼツが言っていた。



神和ぎに選ばれる法則性―



“神和ぎに選ばれる奴にはある共通点がある”



“みなが皆、守護者として務めていた存在たちだ”



それを聞いた僕は心底ゾッとした。

だって、それが本当ならば…守護者なんて役目は名ばかりの

もっぱら単なる次の神和ぎへ選ばれる予定という隠れたタグに過ぎないからだ



そして、イーズニル。

彼も学び舎を卒業し、数年の修行を経て守護者へと数ヵ月後には就任する予定であった。

正しい周期で神和ぎを選ぶのならば魔力の保持者としては申し分の無い彼が選ばれる事になる。



だが、今回の神和ぎの選定は予定よりも前倒しにされていた。

それがどうしてか…



もう既に僕は答えを知っている。





―そう、これは運命なのだ。そして運命の正体なのだ


ただ一つの因子から波紋が広がり…弱きものから順番に淘汰される。

そして淘汰された者は結局のところ、神の信仰による道化にすぎない。


人は死ぬ前に己の人生を想起するという


死の直前に振り返り、己の生に対しての審判が下される。


そして、大抵は後悔する。振り返った足跡が辿ってきた道が本当は行く過程の中でいくつも枝分かれしていて

自分は単なる行き止まりに行き着いたまま終わるのだと。





僕はそんなの認めない…



書き換えてやる



世界を、全てを騙してでも



書き換えてやる…!





「僕は…リアナ・ル・クルよりも魔力が劣ります…

け、けれども…神和ぎに相応しいだけの魔力は…持っている…つも、りです」



「ほぉ?」



司祭は品定めするように僕を見下した。

半信半疑どころか、きっと全く信用していないのだろう…



だけど、ここまではゼツの言う“予定通り”だ。



あとは司祭様が…“彼”がどう出るか…




「ならば…証明してみせろ…貴様が神和ぎに相応しいかどうか」



来た―…



「ついてこい」



司祭様に言われるまま、僕は観測所の外へと連れてかれる。


背中を見せたまま歩み続ける司祭様を追って歩き続ける。



だんだんと歩いて見えてきた場所

そこは近寄る事を禁じられた帝国との国境の傍らにある山の麓



僕は神和ぎの儀を拝謁する世代でも無く近寄る理由もなかった為、実際に見るのは始めてであった。


無骨なまでの作り、古き時代からの貫禄を感じる造形

神和ぎの祭殿。



司祭様は躊躇う事なくその中に入り淡々と奥へ進む。



「あ」



建物の構造を吟味している中

置いてかれたように残された僕は、足早に司祭のを追った。



コツコツと



コツコツと



静かな足音だけが薄暗い道に響く。



「恐れないのか」



「え?」



先程まで無言だった司祭が急に口を開き僕は間抜けな返事をしてしまう



「貴様のような者が全く居なかったわけではない。その栄誉欲しさに見栄を張り、

我こそは、彼の者よりも相応しいと吠える連中などとうに何度か見てきた」



「…」



「そして結局の所、そのような者はこの薄暗い道を歩くだけで死を連想し

嗚咽を漏らしながら、ある時は下らぬ戯言を、ある時は犬畜生のようになよなよしく吠えて踵を返した」



そう、結局のところ栄誉が死の恐怖に勝る事など無い…彼はそう言っているのだ。



「それでも、我々は選び続けなければならない。決めなければならない

それが私が司祭として在り続ける理由であり、初代エルフ王から受け継がれてきた皆を幸いへと導く伝統なのだ」




―綺麗言ヲ抜カシやがッテ



ぼそりと聞こえるその言葉に僕はヒヤッとする。



すると司祭様が振り返り、僕もヒィと言葉を漏らしてしまう。




「着いたぞ、アグニヴィオン・ル・クル。喜べ、大見栄を張って此処まで来た者は私が知る中では貴様が初めてだ」




薄暗い道から開けた視界。

そこは最初真っ暗だった場所が、司祭が入った瞬間に反応したのか

緑色の光が周辺の壁に走りあたりを灯しはじめた。


淡い燐光。それはニンフェアが微かに漏らす魔力と同じ色をしていた。



なんとも表現し難い場所。


中央には大きな魔法陣が描かれている。



「そこに立てアグニヴィオン」



司祭様は中央を指差し僕に指示をする。

僕は黙って、言われたとおりにする。



…魔法陣の中央に立った僕は、周囲を見回しながらある事に気が付く



土埃に隠れて解りにくいが足元に何かが書かれている…これは



「今から、貴様が神和ぎに相応しいか試させてもらう」



考える暇も無いまま、司祭は事を進める。



…進むのはいいけど、本当に大丈夫なのだろうか?


ゼツはこれも予定通りと言っていたが…



僕は不安げに自分の影を見下ろす




―問題ナイ、お前はソコにタダ立っていレば良い




「私がこれから言う呪文を復唱しろ、いいな?」



「…はい!」



僕は不安を胸に抱えながらも必死にそう答えた




「“ひなき”“ふくみ”“ふくみ”“みながし”“こう”“やよい”」




「…ひ、“ひなき”“ふくみ”“ふくみ”“みながし”“こう”“やよい”」




―…。




僕は震えた声で司祭の言った言葉を復唱した。


すると、足元の魔法陣がゆっくりと徐々に淡い光から力強い緑色へと発光していく。




「…まさか…!!」



司祭の出した試験の仕組みも判別も僕には解らない。


だけれども、想像とは違っていたと言わんばかりの彼の表情を見るに、どうやらこれで上手く行っているようだ。




やがて魔法陣の緑の光は次第に消え、再び淡い光へと戻る



司祭は、一度瞑目をする。




「まさか、このような事になるとはな…」



「司祭様」



「…認めよう。貴様は、神和ぎに相応しい」



「そ、それじゃあ…!お姉ちゃんはっ」



「明日、彼女には私から伝えよう…“お前の弟が神和ぎに選ばれたのだ”と」



司祭はそれ以上は何も言わずその場を去る。



この場所に取り残された僕は、その瞬間…安堵と喜びでいっぱいになった。


よかった…お姉ちゃんが選ばれなくて済んだ。



これで…運命が…



僕は次の瞬間、血の気が引いたような感触に見舞われる。




そうだ…これで、僕が神和ぎに選ばれた。



霊樹を支える魂として栄誉ある役割を得た。

その身の死を以て…



あの男の甘言に誘われて、この結果へと導かれたのだ。



「あ…」



僕は、ふと先程の足元の文字を思い出す。


しゃがみこみ、覆われている土埃を払った。




―わたしはしあわせなのだ


―まちがってなどいない


―がんばれ


―これがぼくのしめい


―のいえ、ありがとう


―どう かみな し あわせで


―こわくない


―ど    ぼ



それはナイフか何かで殴り書きされたように刻まれた数々の文字

各々の文字が違う事で、複数の人が書いていた事がわかる。書きかけの文字もあった


そして、そのいくつもの文字の中で“それ”が目に入った





―しにたくない





死にたくない…

死にたくない…

死にたくない…

恐い、本当は恐い、苦しい、あの時どうして…どうして




「感じル…感ジるねぇ…未練をずるずると轍き伸ばサレテいった魂…道化とナッタ運命の轍たチの声」



僕の後ろで伸びる影からぬい出るように現れる漆黒を身に纏った仮面の男。



「命を捧ゲ、死ンでイった神和ぎ様たチの聲」




僕は、目を見開きその文字を暫く眺め続けた。


それらはまるで自分を元気づけるような文字しかない


そうだ、誰も記して無いんだ


自身が神和ぎになる事で誉れ高き栄誉を頂けた喜びを


誰も


ひとつも


何も



「ふ…く…うっ…」



こうなると僕はついに泣き始めてボロボロと泣いてしまうのではないかと思っていた。



「く…くふ…ふふふふふふふふふふ、ふふふふふふふ」




誰かの笑う声



「あっはっはっはっはははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!!!」




天井を仰ぎ、高らかに笑う少年。

それは紛う事なく僕で


僕はまるで自分の事を他人事のように伺っていた。




そうだ。やってやった


できたのだ


僕は、こんなどうしようもない奴らと違って運命を変えた!


書き換えたんだ!!




僕は勝利の美酒を飲み込むような恍惚とした表情でその場の空気を鼻いっぱいに吸い込んだ。



これが、僕が…僕たちが本来在るべき未来!!



ああ、そうだ!



狂っているとも!!僕はどうしようもないくらいに!!




どうしようもない程に




…もう後戻りは出来ない




僕の笑い声がその場で暫く響き



影の悪魔は暫くそんな僕の姿を後ろで黙って眺め続けていた。








評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ