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ドール=チャリオットの魔剣が語る  作者: ぼうしや
霊樹終末戦線
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少年と命


恋しい親友はおろか、誰かに答えがもらえる訳でもなく


結局僕は後を追って来た姉に手を引かれながら家に連れ戻された。

家に戻った時には既に父は僕の心配をする事も無く眠っており、姉がそれを知って溜息をついていた。



「放任主義と言っても流石にありえないでしょ…!パパの馬鹿!!」



そんな怒る姉を宥めるようにマクパナさんは軽く笑って言う。



「仕方ないさ、君の父さんは昔っからああでね。…まぁ、そういう所に救われていた事もあったんだよ私も」



「マクパナさんもすみません…うちの馬鹿弟が急に飛び出しちゃったりして…」



僕は姉にバシバシと頭を叩かれる。



「ごめんなさい…」



「いいんだよ。私には解る…アグくん。きっとマナペルカの事を思い出しちゃったのだろ?」



僕は俯いて何も答えない。

そんな僕を姉は目も合わせずに同じように下を向いて僕の手を強く握り締めてくれた。



「…やっぱり寂しいかい?アグくん」



僕は何も答えない。

マクパナさんはマナペルカの捜索の仕切っていた。

そして皆が一生懸命探している中で、時を読み


冷静な表情で「もう駄目でしょう」と言っていなくなった自身の子供の捜索を自ら打ち切った人だ。

そんな印象を抱えてしまったせいか、マクパナさんの顔を見ることができない。



「何年も年を重ねるとさ、いろんなものを見てくるんだ。その度に悲しい事や苦しい事

怒りを覚える事、そしてそれらに勝った嬉しい事。それら全部をひっくるめて私は…いや、きっと人々は“生きる”事を知っていく

だからこそ、人は経験を活かし、経験が人を生かす」



マクパナさんが何を言っているのか解らなかった。



「私もね、アグくん。大人になってから泣くことはもう無いと思っていたんだ。けどさ

やっぱり…泣くほど辛かった。取り戻せないものに気づく事がこれほどまでに苦しい事だと言うのが度し難くて

学ぶ為の代償がこんなにも大きすぎるのが悔しくて…私もひとりになった途端積を切ったように泣いた」



それでも解ることがある。

この人も僕と同じなんだ…



「親ばかに聞こえるかもだけどさ…私はあの子を…優しく育てすぎたのかなって後悔しているよ」



僕と同じで…彼がいない事で誰かから答えを求めている。

そして、答えがないから自分で答えを絞り出していたんだ。


そして、彼は僕の手元に抱きしめているものに目を向けた。



「その花束は…」



「えと…」



マクパナさんは優しい視線を向けて笑う。



「そうか、ヱヤミソウ…。本当に面白い花だと思っている。花なのに、草の名を持っている

きっとそれが薬草としての存在意義が強すぎたせいだろうな。昔の人はそれだけ生きるために必死だったんだろう

そして、その古き知識が今でも名前の中で長く生き続けている。なんとも不憫な事だろうか

こんなにも美しい花を咲かすというのにね…」



「…マクパナさんは知っているのですか?この花を」



「そうだね、私は伊達にアルヴガルズの考古学者を営んでいない。ニンフェアの研究の折、同じような花が存在すると旅先の君の父から

聞いてね。何度か取り寄せてもらった事もある。ああ…それからかな?この花を調べていくうちに薬草としての流用性と共に、

咲いているその地域では贈り物として良く使われていると知ってね。取り寄せるのも意外と簡単だったんだ。

そこでニンフェアと並行して取り扱ってみては?と長老に提案したら花屋で取り扱う事になってね」



「そう、ですか…」



「もう年のせいかな…酒を飲んだ折によく繰り返しいうもんだから息子には

“聞き飽きるくらいその話は聞いたよ”と良く怒られたものだ」



「…」



「アグくん。ヱヤミソウの花言葉を知っているかい?」



「花言葉…?」



「そうさ。さっきも言ったようにこの花は贈り物としても使われているんだ。

そこにはね、この花そのものに意味を持っているからなのさ」



「いみ…」



「ああ、ヱヤミソウの花言葉は『悲しんでいるあなたを愛する』」



僕は花の意味を知った瞬間に胸が締め付けられた気持ちになっていった。

そして、またボロボロと僕は涙を流し始めていた。


今更になってなんで知ってしまったのだろう…こんな大切な気持ちに


なんで今になって気づいたのだろうか…



「アグくん…君は…ナマペルカの親友である君だけはあの子の分まで生きていてくれ。

代わりなんて思ってはいない。でもずっとこのままマナペルカの親友として生き続けて欲しい…歩み続けて欲しい」



彼は、自分のおかれている状況すらも飲み込もうと手元にある酒をかっこんだ。



―時間も既に遅くなってしまったので、マクパナさんはだらしなく眠る父の額を拳で軽く小突くと

床に伏せる母に顔を見せて挨拶をした後帰って行った。






僕は自室に戻り、再びいつもの本を開く。



そして、同時にマクパナさんの言葉を思い出す




―ずっとこのままマナペルカの親友として生き続けて欲しい…歩み続けて欲しい




「ドール=チャリオット。曰く…少女は過酷な運命に苛まれながらも諦めず立ち上がり…前に進む」



僕はその二つを反芻して胸に焼き付ける。

そして、いつものようにその本を読み続けた。




―この空のムコウはやがて天蓋に覆われ、その先に人が本当に欲しかったものがある



僕は何かに後押しされるように不意に立ち上がった。

目をこすらせて、部屋の物置をぶっきらぼうに漁ると

丁度良い大きさの空いていた小瓶を見つけて、その中にヱヤミソウの花束を差し置き

机の正面、窓から霊樹の葉によって挿し込む光の元に置いた。



僕はそれを眺めて、唇を内側にまるめて噛み締めた。




この花が本当は誰からの贈り物なのかは解らない…けれども、僕はこの事実に感謝し

この出会いに対して一つの答えを見出さなければならないと思った。



「僕は…進み続ける。生き続けるよ…マナペルカ…」





その翌日から僕は学舎へと再び通い始める。

億劫で苦手だった人付き合いにも真剣に向き合っていった。


ダメなものはなんで駄目だったのか考えるようにした。



…辛い事もあった。躓くこともあった。けれども、僕はまだ子供だから

何度でも立ち上がって、その痛みを自分のものにしようとした



本に記されていた彼の少女のように



いつか…マナペルカに“再び会った”時に弱い自分を見せつけないように



そして、ある日から僕を疎ましく思っていたはずの同じ学び舎の人らが僕に声をかけ始めてきた。



「頑張れ」



「負けるなよ」



「俺も強くなるから」



「君は強い」



そんな不意にもらう称賛や応援の言葉に僕は慣れなくて…それでも頑張って小さい声だけど「ありがとう」と答えた。


解っている…彼らがなんで急に僕に話しかけたのか。

皆が皆、僕のようにマナペルカを慕っていたものたちだ。


きっと僕を同じ“仲間”として認識しているのだろう。

互いにマナペルカを失った悲しみを慰め合う仲間なのだと…

決して僕そのものを認めたわけでは無いのだろう


僕はそれを知っていながらそれを受け入れた。



彼らがそれで救われたのならそれでいいと思っていた。



暫くしてから姉はアルヴガルズの守護者として務まる事が決まった。

床に伏せる母は喜び、父はそれを「面白いくらいにあわねぇな」と笑っていた。


アルヴガルズの守護者は重役で、司祭様より選ばれたよりすぐりの精鋭部隊。

霊樹を守り、民を守る事を使命とする者。


僕はそんな姉を誇らしく思うと同時に負けないという気持ちに駆られた



僕は僕のやり方で前に進んでみせる。



でも、正直いうと仕事を抜け出して様子を見に来たりと

ちょいちょい過保護な所が困る。








ある日、僕はある人物と再会する。


「あ…イーズニル…」


彼が急に目の前に立ち始めたのだ

暫く学舎に通っていなかったせいもあって、その唐突な出来事に僕は面食らっていた。


あの出来事以来、彼は僕から避けるような態度を見せ

周囲の視線に怯えるように縮こまっていた。

そして、怯える理由は無理もない…


端から聞こえるヒソヒソ話


「おい、あいつ大丈夫か…?」


「よく学校に来れるよな、俺なら無理だ」


「司祭の息子だから」


「無理すんなって」



遠巻きに聞こえる言葉…

正面に立つ彼にだって聞こえているはずだ


僕はそれが見るに耐えられなくてその声が聞こえる方へと視線を向けた。

それに気づいたのか、それ以上声は聞こえない。

僕は少しため息をついて再びイーズニルの方へと目を向ける。



「…大丈夫?」



僕のその言葉にイーズニルは目も合わせず



「なんで…お前は、そんな平然と居られるんだ…?」



そう言った。

僕は、最初 その言葉の意味が解らなかった。



「あ」



解らないまま彼はそれ以上何も言わずに逃げるように走り去っていく。



「なんだったんだ…イーズニルの奴…」



だけど、僕はほんの少しだけ彼と話しただけなのに

胸が締め付けられるように苦しい気持ちになっていた。



イーズニル

以前、マナペルカを取り巻く連中のひとりで

よく、僕からマナペルカを引き離すように何かと遊びやらに彼を誘っていた


彼は周囲が一目置く程に魔術の成績が良く

司祭の息子に恥じぬ姿を見せていた。


だがらだろうか。

同じように成績も良く人とのコミュニケーションにも長けていたマナペルカを認めて

自分こそは彼の横に並ぶにふさわしいとも言いたげな感じでよく彼の傍らに居た。


当然ながら、マナペルカの親友でありながら落ちこぼれだった僕はイーズニルにとって邪魔者でしかなかった。


それを僕は仕方なく思いながら日々過ごしていた。



そして…マナペルカが居なくなった原因

あの日、あいつがマナペルカと一緒にいなければこんな事にはならなかっただろう



だけど僕にはどうしても彼に対して憎む感情を向ける事ができなかった。

マナペルカが救った人を憎む事はマナペルカの行為に対して意味を奪う事になると思ったからだ。


勿論、彼が虐げられてしまう事に関してもだ。



だけど…やはりどうしても時折



僕の中でも葛藤は生まれる。


そんな気持ちを否定しながら、僕もいずれ彼と向き合えればいいと思っていた。




だけど…学舎を卒業するまで彼が僕の前に現れる事はなかった。

その後も…ずっと



そして数年が経ち



僕は父と同じようにアルヴガルズの外を出て

色々な依頼をこなす仕事に就いた。


最初は近隣を


次第に船を使って海を渡り大陸の色々な景色を見て周り

仕事をこなしながら色々な知識を蓄えて旅をしてきた。


エルフは長命なせいか見た目が少年であるのに関わらず、数十歳である事には何度も驚く人がいた。


そんな出会いと別れを繰り返し、数年の月日がながれる。


時折父にも会い、仕事を共にしてきたが


「まだまだガキだな」とよくあしらわれていた。



それでも、本当に色々な景色を見てきた。


それこそ本に書かれていたようなものを見たり

その内容とは異なる事実を目の当たりにしたり


時代とともに変わりゆく環境、生体、民族、魔術



僕はそれら全てを記憶に焼き付けて、いつか語ろうと思っていた。


再びマナペルカに会った時に…



そうさ、きっと何処かで出会うかもしれない。

マナペルカとの再会も期待してこの仕事を選んだんだ。



だから、きっといつか…




そう思いながら数年経っても

彼に出会う事は無かった



ある日の事、僕は久しぶりにアルヴガルズに帰省する事になった。



なんでも、霊樹の魔力が少しずつ失いかけているらしい。

そう、巡ってきたのだ。

アルヴガルズの伝統的風習。

神和ぎの儀がいよいよと



その神和ぎを選定する為に、司祭様からの全体招集がかかっていたのだ。



神和ぎに選ばれる者は魔力の保有及び、魔術の扱いに長けている者が選ばれる。

全員が呼ばれているとは言ってもそこに当てはまらない僕にとっては縁遠いもので他人事のように話を聞いていた。


しかし、選ばれる人にとってはそれ以上に栄誉な事は無いと言われている。

その命と引き換えにすることで…



「やぁ、アグくん。久しぶり。…少し大きくなったかな?」



「ありがとうございますマクパナさん。父からはまだまだと言われていますけどね」



久しぶりに帰ってきて早々に僕はマクパナさんに会って共に食事をとっていた。

僕はかつての父のように僕が見てきた旅の話をマクパナさんに色々と語った。

彼は楽しそうに僕の話を聞いてくれた。



「しかし、変だな…」



「何がですか?」



「神和ぎの儀の事さ。こういう事で君がこうして帰って土産話を持ってきてくれるのは嬉しい限りだが、

どうにも今回は周期があまりにも早すぎるんだよ。それに、前倒しに事を進めているわりには選定があまりにも遅すぎるって思ってね」



「何かあったのでしょうか?」



そんなマクパナさんの話を耳に入れながらも僕は未だに他人事のように聞いていた。





―あの日が来るまで。




いつもの河辺。僕はマナペルカに話しかけるようにひとりで今までの旅の話を語っていた。

そして、足元を見るとそこにはまた以前のようにヱヤミソウの花束が置かれていることに気づく。



どうしてだろう。

かつて家を飛び出した時にそれを見つけて以来何度かこの河辺に通っていたが

あの日からその花束をみかける事はなかった…


そして、いま

久しく帰ってきたこの日に限ってこの花束が置かれている。



まるで僕がこの日この場所に来ることを知っていたかのように―…



でも、僕は少し嬉しかった



「マナペルカ…君なのかな…」



空虚に呟く言葉に返ってくる返事は無い。あの時のように

それでも僕はもう一度呟いた



「ありがとう」



でも僕はその花束をこれ以上拾うつもりは無い。

僕はもう…大丈夫だから



そして河辺から家に帰る途中の出来事であった。

家の窓が明かりを灯して並ぶ街道。僕は、いつもの帰り道を歩いているとすれ違う人のある会話を小耳に挟む。



「今回の選定が遅れている理由ってなんでかわかるか?」



「ああ、司祭様の息子が選ばれる予定だったのを無理くり変えようとしてるんだろ」



「そうそう。ペスリット様が、長老に直接嘆願しているらしい」



「なんでも、息子のイーズニル様の代わりを探しているって話で」



「…誰になるんだ?」



「なんでも、守護者の中から選ぶって話で。一番有力なのがリアナ嬢らしいぜ―」




僕はその話を最後まで聞かず、家まで急ぎ走り出した。



リアナ嬢…?リアナ…


そんな名前で守護者を務めているのなんて



お姉ちゃんしかいないじゃないか…!



まさか



まさか…!




僕は遠慮なしに叩くように扉を開いた。



「ちょ…何よ!アグ!!久しぶりに帰ってきたと思ったらそんな血相変えて…」



何事かと驚く姉の表情に、いまだ目の前にいてくれる姉の存在に

僕は心底安堵したのか腰を抜かしてしりもちをついた。



呼吸を整えて、僕は瞑目した。



きっと嘘だ。噂だ…気のせいだ…

お姉ちゃんが…そんなまさか



つむっためを開くと目の前に手が差し伸べられていた。



「全く…あんたは昔っから何を考えているのか解らない。本当に変わらないわねそういう所」



僕はそれを手に取り、立ち上がる。



「あ…うん。ごめん」



「なんで謝るのよ?」



「いや、なんでもないんだ。なんでも…」



姉はプッと吹き出し「変なの」と笑った。



「おかえりなさいアグ」



ああ…そうさ。



「ただいま、お姉ちゃん」



僕の姉がそんな神和ぎに選ばれるなんて―



父も揃い、珍しく家族揃っての食事と今晩はなった。



「お姉ちゃんのチェリーパイ、久しぶりだな」



「そう?そんなに恋しかったっけ」



「そうだね。そとで長旅をするとどうしてもね」



「仕事大変でしょ?」



「そんな事ないさ。色々な事を学べて楽しいよ」



「そう、そりゃあ良かったわね」



「まだまだけつの青いガキさ。もっと学ぶことは多いぞ?」



父はお茶を濁すようにそう言う



「お姉ちゃんの方こそ、守護者の務めはどうなの?」



「んー、ぼちぼちかな。あんたと違って毎日同じ景色見せられてちょっと飽き飽きしてるって感じかな?

私も、アグみたいに外に出て旅でもしたいわねーたまには」



「何言ってんだよ。お前も随分と守護者として務めているんだぞ?いい年なんだからガキみてぇな事言うなっての」



「よく言うわよ、ガキみたいに目を輝かせて土産話もってくる父親がさ」



この姉と父の言い合い、随分と懐かしく感じる。

そんな事もあって僕は次第に記憶の中に残していた不安が徐々に薄れていった。



「そいや、もう寝なくていいのか?リアナ。明日は早いんだろ?」



「そうね、でもいいわ。もう少しこうしていたいし」



姉が卓に頬杖をついてふふと笑う。

僕は少し照れくさくて下に俯く



「って言ってもよぉ。ペスリット司祭様から直々の呼び出しだったんだろ?」



「んー、まぁねぇ」



僕はその言葉を聞いて胸を高鳴らせる。



「司祭様から…?どうして?」



手が震える。



「いや、それがさぁ。私も詳しい話を聞いて無いのよね。なんか重要な話らしいんだけど…ってあんた。顔色が悪いわよ?」



姉は近づき、僕の額に自分の額をくっつけて



「熱はなさそうね…大丈夫?やっぱり疲れてるんじゃない??」



「あ…うん…そうかもね…僕、少し横になるよ…ごめん。お先にね」




僕はおぼつかない足取りで自室に戻る。

糸の切れた人形のようにベッドに飛び込み顔をうずめる。



まさか…?



本当に、おねえちゃんが




思考を巡らせる。


一体僕はどうすればいいのかと



神和ぎに選ばれる事は

霊樹の血肉となって共にこのアルヴガルズを見守るという使命を賜るこれ以上にない栄誉

それを覆す事がどれほどまでに大きな事を招くのか


それだけは駄目だ


マナペルカを失ってからというもの

その全てを受け入れようとする思考を僕は身につけた。


いや、理解しようとしていた。



だから、もし…姉が神和ぎに選ばれたなら

その弟として立派に立ち振る舞うべきなんだ。


だけど


そんな気持ちを埋め尽くすように、過保護すぎる姉の記憶がどんどんと溢れてしまっていく。



そう、それほどまでに素晴らしい事だとしても


僕は姉を失いたくないのだ。




「だめだ…眠れないな…」



考えれば考えるほどに葛藤が思考を蝕み

横になっているのに寝付けなかった。



僕は、起き上がり外に出ようとした。



「あ、アグ?あんた大丈夫なの?」



急に戻ってきた僕に驚いた姉が心配そうに声をかける



「うん…大丈夫だよ。ちょっと風に当たりたいんだ…少し外にでるね」



「もう、いい加減いい年なんだから。昔みたいに迎えにはいかないからね?」



「…ねぇ、お姉ちゃん」



「何?」



「もしさ…もしもだよ?お姉ちゃんが、その…神和ぎに選ばれたらさ…嫌とか思わない?」



「何言ってんのよ。そんな大役、私が務まる訳ないじゃない!それに、もし選ばれたとしたら

それはとても素晴らしい事じゃない」



「…そう、だよね」



僕は姉の顔を見ることが出来ず、曖昧な返事をして外に出た。



ねぇ、マナペルカ…僕はどうすればいいのかな


あの花束を思い出し、それに縋るような気持ちで川辺へと向かった。



僕は…



たどり着いたいつもの河辺…ちゃらちゃらと水が流れる音。


夜になると相変わらず真っ黒な水面



そして、僕は恨めしく思いながら大きく存在する霊樹を見上げた。

葉が淡い光を放ち、アルヴガルズの街を照らしている。




そして、僕は求めていた花束を俯きながら探していたが

それはいつの間にか無くなっていた。



「なんだよ…どうしてなんだよ…」



その事実に後押しされるように僕は不安に駆られる



「いい加減帰ってこいよ!!なぁ!!!!」



ぐちゃぐちゃになった気持ちに頭をかき乱されてしまった僕は思わず叫んでしまう。



「マナペルカ…マナペルカ!!!教えてくれよ!!僕は、一体どうすればいいんだよ!」



ここまで来て…僕はまた失ってしまうのか?



人の為に大切な人が居なくなる?

それは一体どうして?なんのために?

何故、僕なんだ?僕が何をしたっていうんだ!?



「運命が…運命が悪いのか??」



僕はその言葉を口にした瞬間、今までひた隠しにしてきた憎悪が、怒りが全てその運命に対して向けられた。

そして、誰もいない漆黒の水面に叫び続けた。



「答えろよ!どうして誰も答えてくれないんだよ!何か言ってくれ!マナペルカ!!」





































「マナペルカに会イタいカ?」



























リン―と小さな鐘の音が聞こえる。

そして、肉質の感じない声色。







「運命ヲ憎んでイルか?」











僕は気配もなしに唐突に現れたマントに身を包み仮面に覆われた男の存在に目を奪われた。







「どうダ?俺と共ニ…運命を変えて見ないか?全てヲ“壊して”見なイカ?」




「君は…?」




「俺は、…そウダな。この場ではゼツと呼んデ頂きたイ」







それが、奴との最初の出会いだった。

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