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ドール=チャリオットの魔剣が語る  作者: ぼうしや
霊樹終末戦線
76/199

少年と冥

汽笛が鳴り響く。

ガタゴト、ガタゴトと車両が揺れている。


僕は最前列の車両の椅子にゼツと座り

その音を耳に染み付かせながら車窓を眺める。

空は既に暗闇の辺りにまで来ている。



僕は、その闇の中で希望のように光る星々に目を向ける。



どうしてなのだろう

何故マナペルカはあんな美しい星々に眼もくれずあの闇のムコウに消えたのか。

僕らを置いて先に行ったのだろうか?



今はもうそれしか頭の中には無かった。

そして、僕はそんな自分を傍観者のように見ているしかなかった。



知りたいんだ。



教えておくれよマナペルカ


誰かの幸せの為に死ぬ


僕にはそんな考えが微塵も理解出来ていない。



納得できていない。



「…なァ、アグニヴィオン。俺と初めて会った時ノ事を覚えているカ?」



ゼツは隣で僕と同じように外を眺めながら聞いてくる。



ああ…覚えている。











―あの夜…マナペルカが消えてからだ。

僕は暫くふさぎ込んでいた。



学舎にも行かず、一人で同じ本をずっと読んでいた。


マナペルカと呼んでいた物語。


古の物語、10から成る奇跡と災厄の反転する物語


その7巻目、7の奇跡―叡智の少女、ドール=チャリオット



過酷な運命に苛まれながらも諦めず立ち上がり

七つの輝きと叡智を携え、より良き場所へと進む為に更なる叡智を識る。



君はいつもその奇跡に目を輝かせ、僕も同様にその物語の主人公に憧れた



時に少女は痛みを知り、識ることで愛し

時に少女は絶望を知り、識ることで意味を見出し

時に少女は裏切りを知り、識ることで心を理解する

時に少女は別れを、悲しみを、苦しみを慈しみ…愛した。


そして、少女は更に識る。

この空のムコウはやがて天蓋に覆われ

その先に人が本当に欲しかったものがあるのだと。


そして、瞬く星々はその先から零れる光


可能性の光、希望の光なのだと。


彼女の長く語られる旅路はやがて地から空へと変わり

黒曜の天蓋。その膝下にある不思議な世界が記された物語は

語られる景色は

共に読んでいたマナペルカとまるで旅してきたようにお互いの胸に刻まれていた


そして物語の終盤

暗闇の中で彼女は振り返り自身が残してきた足跡に気づく


そして少女は言う

「ああ、私の進んできた道は無意味じゃなかったんだ」と



ドール=チャリオットの物語はそんな彼女の一言で締めくくられ

彼女がその先どうなったかも解らない。



けれども彼女の生き様はまだ子供だった僕たちには衝撃的で

日常の中で「歩く」という行為が、

なんて事のない一歩一歩を進むたび「意味」があるのだと思えた…




父は仕事柄、常に外で旅をしており

霊樹の下で生まれ育ったアルヴガルズの人々はそれをよそ者に近い扱いをし

僕も姉も皆からは疎ましく思われていた。

そんな気持ちを知ってなのか、人見知りもあって

声も小さく、人前で自分の気持ちを表現するのが苦手だった。

もともとグズで、そんな僕を好きになるやつより嫌いになる奴のほうが多かった。

だけど…そんな僕を誰よりも僕が一番嫌っていた。

その結果、皆が僕を居ないものとして扱い…僕もそれでいいと甘んじていた。



僕には親友のマナペルカが居た。

いつも僕が悲しんで泣いていると、彼は花屋まで行ってエヤミソウの花を一輪持って来てくれていた。

彼は僕がいつもその花の小さな鐘のような形が可愛らしくて大好きだと言っているのを覚えていてくれているのだ。


ここでは咲かない珍しい花だろうに…


僕はこんな自分が大好きなものを覚えてくれているだけで嬉しかった。



いつもマナペルカと父の書庫に入ってはいろんな本を読んでいた。

そして二人でいつも気に入って読んでいたのが古の物語の7巻。



僕は彼とその物語の話を共有する度に日々は幸せで…救われていた。



それだけで僕にとっては十分で

こんな大切な親友さえいればそれ以外は必要ないとも思っていた事もあった。



だからこそ


僕は、そんな君との思い出の物語を

君が唐突にいなくなって気持ちをぐちゃぐちゃにされながらも読み続けていた。



お姉ちゃんは時折僕の様子を見て心配していたけれど…



もう僕にはこれしか縋るモノがなかった。

そして諦めの感情と共にただひとつの事を悟った



「マナペルカ…僕はこの物語の少女のように、そして誰かの為に命を捧げた君のようにはなれない」



ある日から僕は思い立ったようにあの河へと足を運んでいた。



夕焼けに照らされて、橙に映える河の色。

ちゃらちゃらと静かに水が流れており、僕は耳を澄ましてその音をずっと聞いていた。


この河でマナペルカは居なくなった。

でも、ふとなんて事ない顔して彼は帰ってくるんじゃないか―


そんな微かな気持ちを奥底にぶらさげていつも夜になるまで眺めていた。



「ドール=チャリオット。曰く…少女は過酷な運命に苛まれながらも諦めず立ち上がり…前に進む」



同じように運命に苛まれた自分に言い聞かせるように呟く。

だが、それが自分の中で何かが変わるわけでもなく

霞の様な自分の心を解る事はできなかった。




マナペルカ…君に会いたいよ




数日がたったある日、唐突に父が数年ぶりに帰ってきたのだ。

マナペルカの訃報を耳にして、彼の父であり親友でもあるマクパナさんを気遣ったのだろう

マクパナさんを招き、積もる話を肴に酒を盛って父は色々と話をしていた。


悲しむ相棒にはよく旅の話をして元気づけていたもんだ


マクパナさん話になるといつもそのように言っていた父。

そんな中で僕も姉と同席してその話を聞いていた。



外での旅の話。



人を愛する竜

空に浮かぶ大都市

極東の妖刀を背負う狼

戦争の終わらない大陸

全てを見下ろす魔女

痛みを忘れた村

盲目の異端神官

古の渦の学者


その話をする父に僕は懐かしさを感じた。

マナペルカを失った気持ちを紛らわすように父の話をまっすぐ見つめて聞いていた。



そしてふつふつと自分の内側で湧き上がる感情

僕は夜にもなっているのにいてもたっても居られずすぐさま家から飛び出してしまった。



外で霊樹が葉を静かに夜空を照らしている。


僕は覆うその葉を視界から端に追いやるように空を見上げながら息を荒くして走り続けた。

もっと…もっと空が見える場所まで


星星がちゃんと見える夜空まで…





「マナペルカ」




「マナペルカ…!」




―かつて僕は見た。


彼が居なくなる直前。

マナペルカと夜空を旅する夢を。

黒曜で出来た天の蓋の下で光瞬く中に見せる様々な人々の幸せの情景



僕はそんな夢を思い出しながら夢中に走り続けていた。



君は何処にいるんだい?



涙で歪む夜空をずっと見上げ続けて、必死に星の無い場所を探し続けた。



―そして、息が切れて立ち止まった先はいつもの場所…



あの河だった。



「どうして…君は…」



僕をおいて先に行っちゃうんだよ



水面に映された夜空には不思議と星星は映っておらず

黒い黒い…まるで夢でマナペルカが向かった先のようだった。



僕はついに膝を屈して、俯く。

ちゃらちゃらと静かに水が流れており、僕は耳を澄ましてその音をずっと聞いていた。


いつものように…



そして、そんな場所に僕は何かが置かれている事に気づく。




「―あ」



それは、小さな花束だった。



「ヱヤミソウの花…」




―アグ!ほら、元気だして―




一体誰が置いたのか。そんな疑問を上書きされてしまうように

蘇ってしまう記憶の中の彼の声に

懐かしさと郷愁でマナペルカへの思いに恋焦がれてしまう。



僕はその花束に這い寄りながら近づき、震える手で優しく掴み、抱き寄せた。



「うっ…うう…」



嗚咽を漏らしながら泣き続けた。




僕は、どうすればいいんだい?




ねぇ 教えてよ





僕は問い続けた。




黒い河を眺めながら、僕は答えが返ってくるまでずっと問い続けた。

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