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ドール=チャリオットの魔剣が語る  作者: ぼうしや
霊樹終末戦線
74/199

65:その名は運命矯正機構

少し前の事である―



空を羽ばたく竜とその後ろを追う飛空艇。


雲を顔に受けながらリンドの背にのるリアナたちは落下して崩れた巨大な封印の山を見下ろし

その逆方向、霊樹の方へと目を向ける。

そこは先ほどアリシアと魔剣ジロが鎖で繋がれているヘイゼルが吹き飛ばされた場所



「クソ、中は一体どうなってやがるんだ!?」



ハワードが目を凝らしても中の様子は伺えない



「一定ノ距離デ侵入デキナイヨウニナッテイルヨウデスネ」



「結界…」



「シカモコレハ、聖法術式ニヨッテ生ミ出サレタモノ…シカモ権限ガ」



聖法術式。その言葉を聞いて皆が飛空艇に乗っているシアの方に目を向けるが彼女も首を横に振って答えた。



「…仕方ねえ。皆一旦コンドルの中に入ろう」



ハワードの提案により一度飛空艇の甲板に皆が飛び移り

リンドもそこで竜化を解除する。



「一旦状況を整理しよう…」



コンドルの操縦室でハワードは椅子に座り言う。



「イヴリースの魔力は御覧の通りだ。魔力を失って巨大な本体は封印の山と共に石と化して落下と同時に

その形を崩している」



「けれど、イヴリース自体は未だに封印されていないのでしょう?」



「それだ、そこが問題になる。もしかしたら本物の本体はきっとあの結界の向こう側に居るのかもしれない」



「そんな、それじゃあアリシアとジロ、ヘイゼルたちは…」



「ああ、この結界もイヴリースが施したものかもしれ―…」



『警告します。アンチマギアシステムの第一解除が確認されました』



ハワードの言葉を遮るように聞こえる機械の声。

先程の言葉を二度三度アナウンスしている。


そのアナウンスを聞いたハワードは顔を青ざめて狼狽する。



「ナナイ…あいつ!!何があったんだ!?」



「ねぇ、アンチマギアシステムってなんなのよ」



リアナが恐る恐る聞く。

ハワードは一度眉間を摘み、ため息をつくと



「お前たちを信じて言うぞ。決してこの事は口外しないでくれ」



その場にいる皆が一斉に黙って頷く



「…あの子はな…ナナイは特別なんだ。他の人間とは違ってな」



「特別…?」



「あいつには人智を超越した魔力が宿っている。それをひた隠しにする為には

体内に宿す魔力を制御する必要があった。それがナナイの腕に取り付けられた機械の正体だ。

このコンドルにはあいつのアンチマギアシステムと連動して機能している

そして、俺はあの子の監視と管理を奴の父親から託されていた」



「なら、それが解除されたら―」



「来るんだよ…色々な奴らがさ。あいつの魔力に引かれて。終いにはあいつの親父さん…

レオニードさんは『神様が攫っちまう』とまで言っていた」




『アンチマギアシステムの第二解除を確認。魔力の追跡を開始します』



「おいおい!?どうなってやがる!!どういうつもりだあいつ―…!!」



ハワードは第二の警告を受け、慌てたように操縦室の操舵の脇に置かれたレーダーに目を凝らす。


同時に飛空艇がガタガタと大きく揺れ始めた。

それは何かに圧されるような形で目前の結界から少しずつ離れていく



「クソッ!あいつ…!!」



「ハワード!まさかこれがあの人の…ナナイの魔力だっていうの!?」



「そうだよ!あいつが成長する度、日に日にひどくなってやがる…

結界の中は一体どうなっていやがるんだ―!!」




「皆さん!!待ってください…!?この感じ―」



先程まで黙っていたシアが何かを感じ取ったのか、唐突に声を張った。



「あ、あそこです!」



シアが指さす先。霊樹の柱のような胴体

そこに光によって大きな紋様が描かれていく。



「あれは、術式…?あんな大きなものを…一体誰が…」



リアナにとってこれ以上の術式を見た事が無かった

それに連なるように、暗い夜空にも同じ紋様が浮かび上がらせる



「“願い”“繋がり”“其れは”“与え”“与えられる”」



シアは一つ一つ読み解くようにゆっくりと紋様の意味を呟いた



「“起源の子”“伝う”“天へと”」



ハワードはその謳い文句に聞き覚えがあった。

かつて魔術師として旅をしていた中で、エインズの大図書館に記されていた古の書物


1から10と連なって一つの物語を記した『十指の戒律』。


奇跡と災厄は命在る頃から表裏一体であり

それは重ねて姿を変え往く



1つ、それは存在


2つ、それは差異


3つ、それは接続


4つ、それは乖離


5つ、それは調和


6つ、それは戦争


7つ、それは叡智


8つ、それは永劫


9つ、それは超越


10、それは選択



その3が齎す接続の奇跡の物語。そこに記されていたものとそれは同じであった。



「おいおい…神話の物語だぞ…?」



「そうです。これは、唯の人が騙るには余りある神性の事象…!」



狼狽するハワードの後ろで目を見開きその瞳を輝かせるリンド。

その顔は真っ直ぐに、大いなる術式を見つめ



「素晴らしい…これほどのものを…なんて、なんて美しい」



「…リンド?」



リアナはこの状況下で心底喜んでいる知恵持ちの竜に対して怪訝な表情を見せる。



「…誰が、どうして一体全体そんな事をしているかわからねぇが。この奇跡を呼び起こして何をするつもりなんだってんだ」



「それは、私が答えるとしよう」



唐突な声。皆が聞き覚えの無い存在の声に即座に振り替えると

そこには光を纏い、その瞳に十字を刻まれたシアの姿。



「これはこれは、珍しい組み合わせもあったものだね」



皆がみな、その声がシアから発せられているとしても

それがシアとは別の存在であることは直ぐに解った。



「…あんたは?」



「“あんた”とは、ご挨拶だね。人間。…私はミカイル。接続の奇跡によって天から降り立った天使だ」



皆がその発言に唖然とする状況を気にも留めず、ミカイルは話を進める。



「今は、このシアクローゼと言う少女の身体を借りて君たちと話している」



「―何故、天使様がこんな場所まで出張って来たんだ?あの魔法陣が、接続の奇跡が関係しているのか?」



「…霊樹は最早その力を既に失っている。先代神和ぎによる“任期”も終わる中で、

イヴリースの封印を無理やり維持する事が重なってしまった為にね。その魔力を失う前に、彼の存在に全てを託し

奇跡的に天への接続を成し遂げた」



「彼の存在?」



「聖女の群体―…と言うとあまりにも品が無いかな。個体名はそう、ヘイゼルと言っていたかな」



その名を聞いてリアナがハッとする。



「あの子…あの子は大丈夫なの!?」



「安心してくれ。私は彼女の意志を尊重する。この子と同じように“あちら側”で憑依し、イヴリースの封印を執り行っている」



「イヴリースの封印!?まだあいつは生きていたのか?」



「あの馬鹿は結構しぶとくてね。一度あの大きな魔神体から核である自身を切り離してあの場所まで向かっていた様だ

結果的に、ドール=チャリオットと特異点に淘汰されてしまったがね」



「まって。ドール=チャリオットと特異点って―」



「…すまない。話したい事は色々あるが、時間が無い。封印は無事済む。問題は他にあるのだ」



「まて!その前に、どうしても教えて!ナナイは、あの子は無事なのか!?」



ハワードはミカイルが憑依するシアの肩を掴み、これでもかと顔を近づけ問い詰める



「…私が話す問題というのにはその子が関係する。特異点…ナナイ・グラン・レオニードの魔力が解放された事によって

“奴ら”が動き出した」



「奴ら?」



ミカイルは操縦室のレーダーを指さして示す。



「特異点は奴らに攫われ、運命の収束する場所で大きく動こうとしている。この世界の秩序を覆すものだ…」



ハワードはミカイルが指さす先にあるレーダーの示した場所に目を向ける



「これは…神和ぎの神殿じゃねえか…!お前の言う“奴ら”っていうのは一体何をするつもりなんだ!一体何者なんだ!?」



「………。時間が無い、もう既に私はドール=チャリオットらを最後の魔力でそこに向かわせた。

その後を君たちも急いで向かってくれ給え―」



シアの身体を纏う光が少しづつ消えていくのがわかる



「おい!待てって!!」



シアの瞳が閉じる直前―…ミカイルが最後に一言いう



「彼の者の“意志”はすでに力と成り替わろうとしている。その意志が揺らげばあるいは―」



シアは糸の切れた人形のようにぐてりとハワードの懐へと崩れていく。

それを彼は抱き留め、歯を食いしばりながら言う。



「わけわっかんねぇよ…!」



「―しかし、やるべき事がわかりましたね。ハワード」



思い悩むハワードを諭すようにリンドは言った。



「ああ…急ごう―…神和ぎの神殿へ」

悪い冗談だぜ、そして何より笑えない。

こんなふざけた展開があってたまるかよ。



「改めまして、僕がプロジェクト・イヴル・バースの四将の一人。

アグニヴィオン・ル・クルです」



『そんな事はどうでもいい…!』



「そうでしたか。余計な発言でした。すみません…」



俺の言葉に申し訳なさそうな表情をみせつけるアグ


…違う、違うんだ。

おかしい事だらけじゃねえか



『お前は…神和ぎになって、人々の為にその命を捧げる決意をしたんじゃないのか??』



「そうですね。そういう嘘をついてしまいました。

―だって、そんな簡単に人の為に命を捧げる事なんて出来るわけないじゃないですか。

でも、僕は僕の為に命を…足りないのなら“他のすべて”を捧げる事なら出来る。ただそれだけです」



平然と答えるアグ



ここまで短い間だが、旅して、話をして

それを今更“敵側”だと打ち明けて


それに…その儀礼服についた血は…一体誰のなんだ



なぁ、教えてくれ



なんでお前は、そんな平然としていられるんだ??


どうしたらそんな心持をもてるんだ?



『お前は…!一体何をしようとしているんだ!アグ!!!!』



俺の叫びに何も動じず、彼は一度目を伏せ、優しく笑う。



「ジロさん。僕はね、この世界こそが全てだと思っていた。けれど―

けれどそうじゃなかった」



『…お前は何を言っているんだ?』



「前にも言いましたよね?夢の話です。死者たちが信仰の先にある救いによって導かれると

そして、マナペルカだけはそこではない…暗いくらい場所へと向かって行った。

僕はその場所を識ろうとずっと探し求め続けていた」



夢の話?あの時の話を言っているのか?


違う、ちがうだろ?

お前は少し混乱しているんだ。


きっと、見た夢と視たい夢が入り混じっている。


俺は彼が本当に何を望んでいるのか少しずつ解り始めて来た



『お前が…探し求めているのはそんな場所じゃなくて、

たった一人の親友だった、マナペルカだろ?

それを何をそこまでまわりくどくする必要があるんだ?』



アグは表情を曇らせて俯く



「―ダメなんです…それじゃあ…そんなのじゃ意味がない」



少年は深く深呼吸をして、再び笑顔を見せる



「―ごめんなさい。ジロさん、アリシアさん。そんなもの僕はもうとっくに“通り過ぎてしまった”」




その言葉を合図にするように周囲は大きく揺れ

周囲の空間が大きく水面の様に歪み始める。




「パパ―!」



『ああ、アリシアも気をつけてくれ』



俺たちは、大きな揺れに体勢を崩さぬよう姿勢を低くする。




そして、歪んだ空間からゆっくりと動いて顕れる。

その存在に俺は見覚えがあった



幾つも出てくる大きな歯車。



ガコンガコンと金属のうねり声をまき散らし。

それらが、一つ一つ連なっていく。



「話は済んだカナ?」



その並べられた大きな歯車の下

叛逆者のゼツ、アグニヴィオン、マクパナは並び立ち


その目前に横たわる一人の女性に俺は気づく



『ナナイ!!!』



気を失っているのか返事は無い。

うつ伏せになって機械の腕を顕わにする彼女へゼツがゆっくりと近づく。



「なぜ“歯車”がここ、神和ぎの神殿に収束するか解りますか?ジロさん」



アグが不意に問う。そして俺の答えなど求めていないと直ぐに自分から答える。



「この場所はかつて初代神和ぎであり、エルフの王であるスタルラ・スフィレが命を賭して

霊樹を維持する為に己の魔力全てを捧げた場所。

そして、代々続く神和ぎとして捧げられた者の後悔うんめいらが集う場所―」



「運命は人が歩ンダ足跡ヲ振り返ッタ瞬間に生まレル」




―何故、こうなってしまったのかと。




そう、奴らはこう言っているのだ。

運命を生み出しているのは結局は人間の後悔と、可能性なのだと。



そして、この場所は代々紡いできた神和ぎの者たちによって生み出された歯車うんめいの集積地なのだと。



「まサカ、こんな仕組みを取り入レテ隠していたなんてネ。流石“帝国の技術”と言ッタところカナ?」



奴は軽口を叩くと

足元にいるナナイを見下ろして、その手にある鎌を振り上げた



いけない―!!



『やめろおおおおおおおおおおおおお!』



俺の叫び声と共にアリシアは二人のいる方へと大きく跳び、それを防ごうとする



「…!?」



しかし、その目前で大きな躰が立ちふさがり食い止められる。



『マクパナ!!マクパナ!!!そこをどいてくれ!!このままだと彼女は―…!!』



「どきません…。たとえあなたたちの願いだとしても、私たちの…私の思いには及ばない」



アリシアの両肩を強く抑え込むマクパナの膂力は尋常では無く。

魔力によって賄われたアリシアの力をもってしても身動き一つ取る事が出来ない。



クソ!!



マクパナの肩越しから二人を見る。


ゼツの鎌は無慈悲に振り下ろされ、



『やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!』




ザン―…と



ナナイの機械の腕が切断されて破壊される。

瞬間、それは始まった。



「う、うあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」



歯車の軋む音を上書きする程のナナイの慟哭。

再び周囲が大きく揺れ始める。



鎌によって切断された彼女の腕の断面から爆発するような光が放たれる。



「さぁ、始まるゾ!!動き出スぞ!!長いナガイ時間を掛ケテ執り行った甲斐がアッタ!!

そうだろ!?ソウダロ!?マクパナ!!!そしてアグニヴィオン!!!」



宴を始めるかのように歯車はそれに合わせて大きく廻り始める。


ナナイの腕から放たれた七色の光を吸収し


新しい形を生み出そうとしている。



「この世界ハ、俺達ニハ狭すギタ。さぁ、導いてクレ。

俺達ヲ…ここに残り、祈り続ける魂タチの報われるベキ往く末ヲ

意志ある運命―…“運命矯正機構”メガロマニア!!!」



生み出された機械が何度も何度も組み合わさり形を変え


理解出来ない俺でも解る形へと変えていく。



この歯車全てが…神和ぎとして捧げられた者の運命だと言うのか?



―そんな簡単に人の為に命を捧げる事なんて出来るわけないじゃないですか―



少年の…アグニヴィオンの言葉が俺の胸を焼くように刻まれる。

そうさ、人は…そんな簡単に誰かの為に命を捧げる事なんて出来ない







螺旋状に天まで昇る“それ”はまるで天へと繋がる階段。

どんどん、どんどんとそれは上まで走り伸びていく。



まるで空を貫こうとしているように



「あれは一体なに…?」



アリシアはその形を初めて見るのだろう。

だが、俺には解る。


見覚えがある


この世界にそれがあるか解らないが



“俺の世界にはそれがあった”



天国への階段?



ちがう



それは、大きく汽笛を鳴らしてもっと上へ上へと“車両”を増やしていく


子供が見る夢を形にしたような…



『機関車―…?』



竜のように増え続け伸びていく車両は夜空の星々の下を螺旋状に駆け巡り

星々のどれかへと辿り着こうと止まらず登り続けていく。




「俺タチは、このセカイの“外側”へと行ク」



『外側…?まさか、これが全部お前の筋書きだって言いたいのか?ゼツ』



「そうサ。ダガ少し違うネ。俺は預言書に記された通りの事をしたまでだ。

そして、叛逆者として長い時間を掛ケテ自身の願いに至った。

神が黒曜で蓋をしたと言ワレル境界線のムコウ。アンタが元々居た場所サ

俺達は特異点…“そちら側”の人間の魔力とメガロマニアを融合させて作った道筋で其処ヘト行きたいだけサ


大して迷惑ジャナイだろ?それダケなんだから」



『それだけ?それだけだと??じゃあ何だ、それまでに死んだ人間たちはお前の為に死んだと言いたいのか?』



「然るべくしてナッタ。それダケさ。そして、彼女自身モネ」



ゼツが見下ろした先で、ナナイは藻掻き苦しんでいる。



「申し訳ないね。もしかしたら君の探し人ナノカモ知れナイんダロ?その特異点ハ。だけど多分無理ダ。

今のウチに別レの言葉を用意した方が良い。彼女の魔力ヲ、メガロマニが喰らいつくす前に」



ゼツはそう捨て台詞を吐くと

そのまま螺旋状に生み出され昇り続ける車両へと飛び乗り



「さぁ、行コウカ。皆さん」



アグにこちら側に来るように招く

アグニヴィオンはゆっくりと車両の方へと歩き、



「マクパナさん、後はお願いします」



俺たちを一瞥した後にそう吐き捨てた。



「ジロさん、アリシアさん。短い間でしたが、今までありがとう。さようなら―」



そう言うとアグニヴィオンは昇り続ける車両の一つに飛び乗りそのまま上へ上へと上がっていく。



『待てよ…待てよおい!!アグ…―』



一瞬…見間違いか?



昇り続けるその車両にアグでも無く、マクパナでもない誰かが乗っていくのが見えた。

あいつは…



「…どうする!?パパ―…」



考える暇もなく、アリシアが戸惑って指示を求めている。

このままだとナナイはゼツの言う通り体内にある魔力を枯渇してしまい死に至ってしまう。



『決まってんだろ…!』



ぶち壊すしかねぇ…このふざけた機械を…運命を…!!



「させると思いますか?」



目前、押し迫ってくるマクパナは俺たちの行動を制するように拳を振り下ろす。

アリシアは咄嗟に交わして後ろへと下がる。



マクパナ…あんたの事は

同じ父親として、すごい奴だと思っていたのによ…



どうして



『なんで、あんたは…こんな奴らに組みしたんだ!?』



「…。あなたにも解るはずです。この世界がどれほどまでに腐りきった、どこまでも愚かな世界である事が。

結局は神話の道化として生き続けなければならない人々として在り続ける苦しみが

そして神の描いた絵画の中だけで生き続けるような屈辱が

きっと知らなければ良かった。でも、私はそれを知ってしまった。同じくして伝統等と言う、霊樹への道化にされた者の末路を

そして、それは少なからず人々の業を以て定められたものだと言う事を」



跳躍で距離を詰めるマクパナ。



疾い―…!!



『アリシア!もう遠慮はいらねぇ!!相手が素手だからとか思ったらそれこそこっちが負ける!!』



アリシアは姿勢を深く沈め

繰り出されるマクパナの拳を躱すと


その胴に目掛けて目一杯の力を込めた横切りを繰り出した。



「遅いです」



マクパナはそれを見切ったのか

膝を上に上げて大きくバク転して躱すと


身体を捻って、裏拳を繰り出した



くそっ!



「ふぁっく!」



アリシアはその攻撃を上体を反って紙一重で躱し

次から次へと繰り出される拳撃を一手一手慎重に受け流していく。



そして、繰り返される攻防の中で俺は一つの隙を見出し

アルメンの鎖で腕から胴に巡って拘束する。



「…!」



『てめぇは取り敢えず…!邪魔だぁあああああああああああああああああ!!!』



俺は遠慮なしに拘束したマクパナを引っ張り上げて振り回し、起動し続けるメガロマニアの大きな二つの歯車の一つへと叩きつけた。


その衝撃によって形を歪ませてギギギと動きを鈍らせる歯車。



俺とアリシアは急いでナナイの方へと走る。



『ナナイ!!』



アリシアが彼女を抱き寄せる。

しかし、俺の呼びかけに返事が無い



「あ…ぐ…」



よっぽどの事なのだろうか、苦しそうに唸っている。

そして腕の方から止まらず流れ出されている魔力。


それは回り続ける歯車へと止まらず吸収されていた。



だが、多少の変化はあった。



片方の歯車の形を歪ませた事で、その魔力の流れは緩やかになってきている。



なら…こっちの歯車も―!!



アリシアが魔剣を大きく振り上げ、隣で廻り続けるもう一つの歯車に叩きつけようとする。



「―…!?」



ゾッとする殺気。

アリシアはその気配に反射的に踵を返し、魔剣を振るう



刹那、散る火花と共に受け止める両の拳



ギリギリと力が拮抗する。



「無駄です…例えそれが破壊されたとしても、彼女が助かる事は無い」



俺はその言葉に歯を食いしばるような思いで抵抗する。



『ふざけるな。こんなくだらない理由の土台にされて彼女を死なせてたまるか

あんただって何故あいつらと行こうとしない?

結局はここに取り残されて…なんの意味があるってんだ!?』



「そうですね…あなたにとってはくだらない理由なのかもしれません。

私のこの行為にだって本当は何の意味も無いかもしれない。

だが、彼らが向こう側に言った事で、その事実が在る事で

私はようやくこの世界を否定する事ができる。運命も、愛する我が子の死も…!!」



ズキズキと、俺は彼の言葉に胸を痛めつけられるような気持になった。



同じような境遇で何もせず、死を選んだ俺が進んだ成り行きの道。

そんなどうしようもない俺よりも


この男は必死に藻掻いているんだ。


溺れそうな現実をどんな結末になろうと立派に生きようとしている。

足掻いている。抵抗している。


その比較が、俺の行動を少しずつ躊躇わせてしまいそうになる。



「それでも!!」



『―!?』



唐突に叫んだのはアリシアだった。



「それでもパパは進まなくちゃいけない!!ここで諦める事が、この場所がパパの望んでる所じゃない!!

まだ、続いている。続いている道が目の前にあるんだ!ただそこにこの人が通せんぼしているだけなんだ!!」



膝を屈しかけた俺の心がふつふつと熱くなる。



「進もう!私がここに居るから!!パパと共に目指すから!!ヘイゼルだって居る!望んでよ!!今度は、私がパパを引っ張る!!

どんなにパパが嫌だと言っても、私がその場所まで押し付けてやる!」



アリシアはマクパナを圧倒するように押し返し。


その隙に懐からそれを取り出す。



「この言葉だけはどんな事があっても忘れない。私の魔剣パパとの誓いの剣なんだ」



叩き割られる黒曜結晶

魔力が解放される感覚。




そうだ、俺の馬鹿野郎が―


情けない態度を娘に見せ付けんな。




どんなに相手の気持ちを理解したって、俺はそいつの為に何か出来る事なんて殆ど無い。


けれど、



“誰かの為にと願う自分の為”に前に進む事は出来る。



そうだ…そんな事、そんなものが正解かなんてわからねぇ。


でも、絶対に後悔だけはしたくない…



『行こう!アリシア』



「行こう!パパ」




より良い場所へアドメリオラ!!


















「お前の選択を選んだ我は正しかった―…」



幽遊と囁くその言葉は間も無く、顕れた髑髏の騎士から放たれるものだった。




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