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ドール=チャリオットの魔剣が語る  作者: ぼうしや
霊樹終末戦線
72/199

63:魔神イヴリース封印戦③

「ここは?」



自分の身体が在るという感覚が無い。

ただ意識だけがここに或る事はわかった。



音もなく、静けさだけが漂う真っ暗な景色で



彼女は不思議と居心地が良かった。



まるで元々自分はそうであったと感じるように

この場所で、何も考えず、何も感じず、何も識る事の無い世界。



「ワタシの…居場所…」



だがそれを口にした途端、何かが逆流するように不安が押し寄せていく。



違う



“違う―”



その言葉がどこか懐かしく思えると同時に

その言葉そのものがより一層自分を蝕んでいく感覚。



私?―違う

私?―違う

私かな?―違う

私だ―違う

私―違う

僕だよ―違う

私です―違う

私が―違う

私なんだ―違う

わたし

わたしよ

私です

はい

私の

私のよ

私を―違うちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがう

ちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがう

ちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがう

ちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがう

ちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがう

ちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがう




アナタじゃない―…




無数に飛び交う主張と否定


望むべきでは無い。

期待するべきではない。

でも探すしかない。

そして今度も違った

あなたでは無かった。

ほしかったものでは無かった


思考を溶かしていくように浸食していく視界を少しづつ覆っていく闇にタシは思わずこう口にする。



「嫌だ」



思い出す、あの差し伸べられた手。



「嫌だ」



思い出す、始めて呼んでくれた名前。



「嫌だ」



思い出す、ずっと外側から見てきた内側の景色



「嫌だ…!」



思い出す、ワタシは…わたしは…








『そうか、お前は求めているんだな』



緑の声



『そうか、お前はもう与えられているんだな』



黄色の声



『そうか、お前は繋がっているんだな』



橙の声



色とりどりの声が囁く。

そしてそれらは一斉に言う。




『ならば見せてみろ。お前の願いを、お前の“奇跡”を』



沈みゆく意識を押し上げる“何か”



『霊樹は間もなくその力の一切を失う。その前に、お前に全てを託そう―』



「接続」の奇跡コネクト



点と点が繋がり、“天”へと繋がる。



『さぁ、聖女よ。願え―…お前の望みを』




そう、ワタシは…




“私は―”

「シッ、ハァアア!!」



アリシアに向けられた、縦横無尽に振られる剣擊

魔剣ほどの長さも大きさも無い分。片手で振られる剣は流石に疾い



しかもその剣さばきはとても鋭く、リズム良く刺突を繰り出し所々で上下左右の剣撃を混ぜ

空すらも掻っさばく程の閃光を見せつけてくる。

初っ端から拳で暴れるようなムーヴだったもんだから本当に面食らう程だ。



アリシアは何度も襲いかかる剣擊を疾さで追い抜かれないように、押し返すように弾いていた。

一回一回が軽い為、強く押し返した反動で相手の攻撃と攻撃の間にに隙が生まれる

その間に次の攻撃を防ぐ為の防御に繋げる。



しかし、イヴリースはそれを理解しているのか

攻撃一回一回に明確な殺意を感じない。あまりにも一撃が軽すぎる。

まるで探りを入れてくるようだ。



「っ…!?」



留まることしらないイヴリースの連撃を弾いた瞬間、アリシアの腕がカクンと下がる

押し負けたのか…?



『クソッ!最大重奏!!招雷サンダーボルト!!』



詠唱と共にイヴリースの上空で獣が嘶くような轟音が響き

視界に映る奴を覆いつくすように雷が幾つも降り注ぐ。



それに気を取られたイヴリースは脚を止めている。



『アリシア、一旦下がるぞ―』



「…ええ…!」



「逃げられると思うか?」



瞬間、その声にハッと気づき再び奴の方に視線を向ける。



刹那



余りある雷の壁は横に割り入った一閃によって切り開かれ―



「シャアァア!」



奴はこちらの隙を見出すと容赦なくアリシアの首目掛けて素早く近づいてきた。

気づけば雷は既にその姿を失っている。


なんだあいつは!?魔術が効かないのか!?



『そんなまさか!!』



「伏せ―」



アリシアの上から

縦に振り下ろされる剣



それを俺はアルメンの鎖で弾く。



ドクン



『―!?』



剣擊を防いだ鎖が、ギチギチと震え

視界が一瞬二重に映し出される。



瞬きをするような感覚でもう一度視界を見つめ持ち直す。



今のは何だ??


身体の無い俺が身震いするという表現を使いたくなる程の悪寒

その感覚に理由も解らず恐怖を感じた。



何故だ?


イヴリースの魔術の類か?



奴は自身の攻撃に手ごたえを感じたのか、ゆっくりとしかし足早に俺たちに近づく。




クソ…なんにせよ、この流れをこのまま繰り返していてもジリ貧だ。



「恐怖というものは3種類存在する。一つは強大そして脅威に対しての“恐れ”。

そしてもう一つは有り得ない事が有り得るかもしれないという“怖れ”

そして、今貴様が感じているそれは…神によって賜った命あるモノ全てが持つ、天に対しての“畏れ”だ!」



言い切ると同時に再び来る追撃。

アリシアは襲い掛かる剣撃を歯を食いしばりながら持ち上げた魔剣で太刀打ちする。



拮抗する二つの刃。

しかし、徐々にだがイヴリースの方が押し勝っている。



アリシアの足元を見下ろすと、脚が震えている。



『いけない、あまり接近するのは良くない。押し返しながら距離をあけよう』



アリシアは頷き

精一杯の力で前に出てくるイヴリースを拒むように力任せに押し返す。



「やらせんぞ?」



瞬間、奴はアリシアの反撃を見抜くように、ゆっくりと身体を横にずらして躱す



「この動きはとうに見切っている!」




やらせない?それはこっちのセリフだ。

ヒュルと鎖を暴れさせ

首を狙うイヴリースの剣を再び弾く。



ドクン



またか…!何なんだこの感覚は!?

だがそれに気を取られている場合じゃない!!


俺はギョロギョロと周囲を探るように見渡す。




―ここだ!




俺はもう一度アルメンで奴の剣を弾いた後、片腕が大きく振り上げられたイヴリースの隙を狙い


俺はそのまま杭を後ろに飛ばし、鎖を巻き戻す。

クンと勢いに流されるまま引っ張られ後ろに下がるアリシア



「逃がすか!」



それを追うように跳んでくるイヴリース。



『アクア・ウォール!!』



その正面に水の壁を作り



「む」



イヴリースは反射的にそれを前にして動きを止める。


その目前の水壁に隠れながら俺は最大重奏の水の槍を繰り出す。



「小癪な!!“まだ魔術を使えるとはしぶとい”」



イヴリースは手を翳し、漆黒の炎を顕現させて俺の魔術を打ち消す。

やはり二種の属性が織り交ざった魔力じゃあ相性以前に単色魔術は押し負けるか




だが、これで十分距離は取れた。

あとはどうするかだ…



そして、気になる事がある。



あいつは何故アリシアの首を執拗に狙う。

既に気づいているはずだ。


この子には超再生がある。それをどんなに行ったとしても俺の中の魔力が底を尽きない限り続く。



何が狙いだ?



あいつは認識を違えたと言って魔物に与えていた闇魔力を懐に戻し、その剣を取り出した。

あの光輝く剣に仕組みがあるのか?



「パ、パ…気をつけて」



アリシアは思った以上に呼吸がままならない状態で絞り出すように俺に言った。

どうした…アリシア?



『お、おい!?』



景色が大きく揺れる。

急降下する視界


アリシアはその腕に握り締める魔剣を地に落としてしまい


ついに耐え切れなくなったのか自分自身も跪いた。



『アリシア!?どうしたんだ!!しっかりしろ!?』



この子がここまで息を切らす所は初めてだ。

何が起きている…



「私…あの剣を知っている…」



…知っている?

イヴリースが握りしめているあの剣を??

それが、お前をこんな風にさせてしまっているとでもいうのか



「…多分、予想が会ってるなら…あれは『秘奥剣:テンパランス』」



アリシアが呟くその名、奴の持つあの眩い光の剣がそうだというのか?



「ま、前にメイが言ってた。この世には“誰にもつくれない剣”が存在するって。

その一つに、天使だけが持つこと許された摂理を歪める剣。神が創りしテンパランスは触れたものの魔力の吐き出し口を無理矢理『調節』して

魔力の行使を制限するって言ってた」



アリシアは搾り出すように説明する。



これは非常にまずい事になった。

なら、あれは…俺たちの魔力すらも制限させるって事だ


だからなのか…普段魔力によって剣の重さを調整している。

それに彼女の異常なまでに発揮される膂力だって魔力に頼りっきりだ。


それが全てあの秘奥剣によって粛されているというのか



正に俺たちの天敵に違いない。



これが…鎖であの剣に触れた時に感じた恐怖の原因か

そして、魔力に依存しているアリシアがあの剣を一身に受けてしまったなら…



俺は背筋が凍るような悪寒を感じた。



なんてものを生み出していやがるあのクソ女神が!!



どうする…!?



「ようやく、跪いたか。ドール=チャリオット。天界を脅かす魔王でさえもこのテンパランスの前では切っ先に振れるだけで

一瞬で払われた曇天の如き様を見せるというのに…貴様は未だに“在り続けている”

やはり貴様は“化物”だ。人の愚かな望みを一身に受けた英雄等ではない」




どうする…!?




「漸くだ。ようやく、ようやくようやく!!

神よ…ああ、どうか…この私を今度こそ貴方のお膝元へ」



うっとりとした表情でこの先を見据えたつもりでいるイヴリース。

いや、確かにこのままだと奴の思惑通りになってしまうわけだが―



「…さぁ!!伏滅せよ!!」






剣を大きく掲げ





アリシアにゆっくりと近づくイヴリース。

そして、俺たちを見下し



「死ね」




光眩く剣を振り下ろす―




「む」




そこに、何かに気づいたイヴリースは踵を返し、剣を振るう。

刀身が何かに触れてガァンと鉄を弾いたような音を響かせる。



「おっと。気づいてしまったか」



「…無礼者めっ!」



遠慮無く突き出された脚。それがテンパランスと押し合うように力を拮抗させている。



『お前はっ―』



帝国の軍服を身に纏う女将校。

ナナイ・グラン・レオニード中佐が白い髪を靡かせながら身体を捻り



その拳で相手を突き飛ばす。



「ぬおっ!?」



イヴリースは大きく翼を羽ばたかせ、飛びながら後ろに下がる。




「貴様はっ…何者だ!」



「俺か?…そうだな。そこに居るガキが大嫌いなだけの―」



ナナイは不敵な笑みを浮かべて言う。



「特別な人間様だよ…天使ごっこのクソ野郎」



「人間?人間だと??この…!人間風情が!?この天使わたしに脚を向けるか!!愚か者!!」



「戯言なら魔界にでも帰ってそこの魔物たちに言うんだな」



「―!?」



疾い、イヴリースが話す合間に間合いを一瞬で詰めやがった。

動きが全く見えなかった…!



「貴様ぁああああああああああああああああああああああああああああああぶふおぉっ!」



ナナイはその叫び声を遮るように

容赦なくイヴリースを殴り飛ばした。




それ以上の言葉を発する事なく、イヴリースが勢いに流されるままその身体で足元の木の幹を削り転がる。





強い。この女…人間と名乗りながら

それを否定したくなるほどに超越した力を持ち得ている。



アリシアと同じ魔力で膂力を補っているとも思えない。



こいつ、最初に出会った時の戦いは、本当に戯れ合いのつもりでやってたとでも言うのか?



「…」



ナナイは舌打ちをして機械で出来た自身の左腕を見下ろす。



「ぐ…馬鹿な…!我が剣が効かないだと??有り得ない有り得ない有り得ない有り得ない!!

我が剣は“節制”を冠する秘奥の剣!!人間風情が魔力に頼らず我々天使を圧倒しうる等と!!不可能だ」




「当たり前だ。貴様みたいな天使相手に、普通の人間がどうこう出来るもんじゃない」



「…なんだと?」



声を裏返して、イヴリースは言う。

こいつは何を言っている?人間様とうたい、それで人間には天使相手は無理だと言っている。



「貴様は、何を言っている…???」



その矛盾的な発言には流石の俺も困惑する。



「しっかり聞いたか?普通の人間じゃ無理なんだ。じゃあ俺は何かって言われれば、さっきも言ったように


“特別な人間様”だって事だ」



「特別…だと?人間風情に“特別”だと?」



その言葉にイヴリースは肩を徐々に大きく震わせ

その眼を大きく見開く



「ふざけるなぁああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」



怒りが臨界点に到達したイヴリースは羽を炎のように燃やし、大きな口を開けて叫ぶと


自分の頭上に、幾つもの黒炎の槍を顕現させる



「そんなものが存在してなるものか!否!!在ってはいけない!それは…天使を圧倒してしまう特別等、

最早、神に並ぶ存在ではないか!!」



70…いや、100…数えるのがバカみたいに思える程にどんどんその槍が増えていく。



天に構える数多の黒炎の槍が、ナナイに向けられ



「死ね!死ね!死んでしまえええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!」



瞬間光の波動を放ち、それに合わせるように高速で黒炎槍が降り注ぐ




駄目だ!!傍からみている俺でさせも見切れない…!!

奴め…!光の魔術で動きを高速させているのか!?



そう、それはもはや槍では無く、逃げ場を見出す事の出来ない無数の黒い光線でしかなかった。



『ナナイ―…!!!』

それに埋め尽くされる彼女をみて俺は叫ばずには居られなかった

「黙れよ―…“魔剣”」


その俺の発言が彼女に対してどんな意味を持っていたのかなんて事はまったくもって解らない。

しかし、彼女はその瞬間から降り注ぐ光線を「シッ!」と大きく地を踏み抉り、吐き出される衝撃で全てを弾いてしまう。






いや、

まてまてまてまてまて

どんな防御の仕方よそれ…

完全にボール集める某バトル漫画みたいだぞ。



圧倒的な力によるゴリ押し。



「お前、もう消えろよ―」



ゾクリと



彼女の言葉は視線こそイヴリースに向けられているものの

まるで俺に言っているのだと感じてしまう。




「ふざけるな!!この私を!天使イヴリースをコケにするなぁああああああああ!!」




大きく広げられた両腕。それと同時に、イヴリースは空を仰ぎ

その視線の先、大きく広がる漆黒の「輪」



熱を帯びたような赤い光が輪郭を象り

その中央から



“それら”は降り注いでくる。



「メテオ・ストーム!!!!」



空気が焼ける程に熱を纏った大きな隕石たちがその周囲で幾つも顕れナナイに襲い掛かる。



「ハッ!!」



彼女はその猛攻を鼻で笑うと、遠慮なしに拳で弾き返してしまう。

一発、二発、三発、456789…降り注ぐ隕石のペースが速まる中で

それに追いつく…否、追い抜くように何度も何度も弾き返した。



「どうした!!もっと来い!お前の攻撃等、全くもって効かない。効かないぞ!!」



「この人間風情!下等種族が!!下劣な神の玩具!劣悪!害悪!

罪を文字に並べて戒めても尚繰り返す業の虫!虫虫虫虫虫虫虫虫虫蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲!

世界に蔓延る寄生虫がぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」



普通に生きているうちでは滅多に聞かないであろう罵詈雑言を並べ

イヴリースは自身の怒りの全てを吐き出すように


数で押し込んでいた隕石では無く、

その倍、いや全てを寄せ集めたような強大な隕石を一つ降り注がせる。


漆黒の炎を、鈍く輝く光をごちゃごちゃに混ぜ込んだ魔力を纏い、

それがナナイの真上で空気を焦がし、押しのけ襲い掛かる。



「それが貴様の全力か。残念だよ」



キィーーーーン。


甲高い機械音。

それと同時に強大なメテオに対して掲げた機械の腕


その中枢から埋め込まれていた一本の機械棒が吐き出される。



『アンチ・マギアシステム、1stセーフティ解除』



機械音が発せられ、ナナイの翳した掌が光り輝く。



これは―





「フル・バーストォ!!!!」





『アリシア!もっと低く伏せろ!!!』



俺の叫び声と共に地を這うように伏せるアリシア。





そして、眩い光が周囲を包み込む。



『なんだってんだ!?』



轟轟と鳴り響く爆音と共に、太陽のような大きな光球が向かい側の巨大隕石を飲み込む。



周囲が地震のように大きく揺れる。


全てが白くなっていく感じがする。



思考すらも真っ白になっていく。



ナナイ…お前は…



その埋め尽くすほどの光の中で、どこか覚えのある感覚を感じる。




これは―







静寂。




暫くすると揺れも収まり、真っ白だった視界も元に戻っている。

俺たちは自身が無事であると認識すると、先ほどの強大な二つの拮抗の行く末をその場で確認しようと

ナナイとイヴリースの方へ眼を見張る。




「ぐ…はぁ…はぁ…」


先程のアリシアのように肩を大きく揺らし呼吸を整えながら

イヴリースは全てを出し切ったのかうな垂れ、口を尖らして歯を食いしばる。


それほどまでに受け入れられないのだ。



未だ敢然と立ち続けるその存在に


下劣と唾を吐いた相手に

自分の攻撃を全てあしらわれた事が。



イヴリースはそれ以上言葉も発さず

動こうともしない



次第にイヴリースにゆっくりと歩み寄る足音が聞こえる。



「なんだ?もうへばったのか?」



「ぐっ…」



「そういや、お前。俺の事を“神に並ぶ存在”とか言ってたよな?」



イヴリースを見下ろす冷徹な瞳。



「なら、それでいいんじゃないか?」



「なにを…言っている…貴様は…!?」



うえには上が居るって事だよ」



ナナイは首を掴み、抵抗できないイヴリースを片手で軽々と持ち上げる。



その拍子で奴はテンパランスを手放し、足元に落とすが

当の本人は受け入れられない現実に狼狽しきっていてそれどころですらない。



「知りたいだろ?俺が“何者”なのか」



「ぐっ…!」



イヴリースを持ち上げる右腕とは反対の腕。

機械で施された左腕が、大きな蒸気を吹き出し

先程吐き出された機械棒とは別にもう一本の機械棒が吐き出される。



『アンチ・マギアシステム、2ndセーフティ解除』



機械音の出す一言と共に、ナナイが掴むイヴリースに異変が起きる。



「が、がぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」



悶え、もがき苦しむイヴリースの姿に俺とアリシアは目を見開き戦慄する。


あの女は…ナナイは一体なにをしているんだ?


そう考えるのも束の間


その正体を俺はすぐに感じ取った。



この魔力の感覚は―…




神域魔術ディバイン・オーソリティー




これを使えるのは今知る中では俺という魔剣しか存在していないはずだ。



馬鹿な…!ナナイは俺らと同じ存在だとでも言うのか?



俺の元居た世界…

もとの世界から来た存在

アシュレイのように魔力を受け付けない体質でもない

純粋な転生者とでも言うのか??



なら、あの制御装置によってそれをずっとひた隠しにしていたのか



奈津に似た顔…



まさか、お前は…



本当に




『奈津。奈津なのか!?』




俺は思わず口にする。



「…」



彼女は俺の問いに何も応えない。


だが、俺は縋るように言葉を繰り返す



『なぁ!答えてくれ!!お前は、奈津なんだろ!?なぁ!!!』



必死に叫ぶ。しかし、彼女はこちらを見向きもしない。


俺の声が届いていないのか??



『アリシア!聞いてくれ!あいつは…きっと奈津なんだ!俺の…』



しかし、アリシアは俺の必死な思いに反して

ふと目を逸らして悲しそうに俯いた。




「お前は本当にイラつく存在だなぁあああああああ!!魔剣!!!!!」




ゴウ…―と、大きな叫び声と同時に目を見開き怒りの感情を向けるナナイ。



それには俺もおもわず口を噤んでしまい黙り込む。



「お前の声を聞いているとイライラするんだよ!!心の奥底から要らないものがどんどん溢れてくる!!

虫唾が走る!!嫌いなんだよ!!お前が!!お前と一緒にいるその小娘も!嫌いだ!!大嫌いだ!!!!お前は―…!!」




「“特異点”ミツけた―」



ナナイの言葉を遮るように今度は彼女の後ろから顕れた黒ずくめの存在。

ペストマスクで顔を覆い大きな鎌を片手に携えるそいつは



ナナイがイヴリースにしているように、その手で彼女の首を掴み



「はい、お話の途中ですマナイ。悪いケド…君の本当の出番はココじゃなイよ」



『ゼツ!!てめぇ!!!』



「最初に言ったダロ?俺たちは、この外側に行きたイって…じゃあねん」



そして、水面のように揺れる空間でゼツはそう言い残しナナイと共に消えていく。



…なんだっていうんだ!!叛逆者トレイター!!!

一体お前らの狙いは何なんだ!!



「パパ…落ち着いて…それよりも、あいつはどうするの?」



『あ?』



俺の乱暴な返事にアリシアがビクリと肩を竦める。

その姿に俺はようやく冷静さを取り戻す。



「…」



アリシアが前髪で自身の顔を隠すほどに俯く。








クソ―…俺の馬鹿野郎が…!!






俺はごちゃごちゃになってしまっている気持ちを兎に角心の奥底に押し込む。

落ち着け…落ち着くんだ…あいつらの行方は後にしよう。

兎に角、ここは一度落ち着くんだ…!


そして、何よりも



『すまない。アリシア…みっともない所を見せてしまったな…』



「ううん、いい…いいんだよ…」



そう応えるアリシアの声は一層儚く消えそうな印象だった。


胸がズキズキと痛む感覚。


『本当にすまない。さっきの事は忘れて欲しい…思わず取り乱していた。本当に、ごめん…』



アリシアは首を横に振りもう一度「いい、大丈夫」と答える。



そして、もう一度俺たちはイヴリースの方へと視線を向ける。



「ああ…神…神の力を…何故…何故人間が…ありえないありえないありえないありえないありえない…」



仰向けに伸びてぶつぶつと呟き放心しているイヴリース。



「神よ…教えてくれ…貴方は一体…何を…何を…」



駄目だ、こいつ完全に戦意を喪失している。

先程までの威勢がまるで嘘のようだ



だが、このままにしておくわけにもいかない。封印を―


そうだ、ヘイゼルは…!?


あいつはどうした??



『アリシア、ヘイゼル…は…』



聞こうとした瞬間、アリシアの顔は明後日の方を向いていた。


…なんだ?


俺は、アリシアの向ける視線の先に目を追った。




「ふむ」



ゆっくりと歩く黒装束の少女…それはゆっくりと俺たちを通り過ぎ、イヴリースの方へと向かっている。



『ヘイゼル…おまえ』



その身体は、言葉では言い表せない“光”を纏い

頭上には神々しく光る天使の輪を冠していた。


その瞳は絵具でぬりたくられたような光の無い瞳とは真逆に

上塗りされた白に十字の紋様が刻まれたそれになっていた。



「久しいな、イヴリース」



その口調、その声色はヘイゼルの口から発せられるも

当人のそれとは全く異なっているものだった。



その掛けられた言葉にイヴリースは我に返り、目を見開きゆっくりとヘイゼルの方へと視線を向ける。



「おま、えは…ミ…ミカイル‥」



奴は、ヘイゼルに対してその名を呼んだ。

それに対して否定することの無いヘイゼル―…


ならば、いまそこに居るのは間違いなくヘイゼルではない



そして、奴を知っているという事は




「まさか、魔神へと堕ち伏せた愚かな道化に再び相まみえる事になるとは思わなんだ」



「…馬鹿を言え…人形の御姿を借りてのこのこ出て来た貴様のその滑稽な様よ。それを水面で一度見てくるといい…」



「…」



「私を天に戻せ」



「…」



「戻せミカイル」



「…」



「私をもう一度神の膝元へと戻せと言っているのだ!!!」



起き上がる事もままならない姿でイヴリースはミカイルと呼ばれる存在に対して要求する。


しかし、ミカイルはそれに何も答えず、足元に落ちているテンパランスを拾い上げ



「秘奥の剣…見かけぬと思ったら、イヴリース、お前が堕天する前に持ち去ったのか」



「そんな事はどうでもいい!!早く私を天へと戻せ!!」



「“そんな事―”だと?」



ミカイルの声は突如として色を変え重々しい者へと変えていく。



「これ(テンパランス)は貴様等が勝手に持ち出して良い物では無い。身の程を弁えろ。

そして、お前は大きく勘違いをしている」



ミカイルはゆっくりと俺らの方へ視線を向けて指さす



「この者は、神がこの世界に賜った“使者”だ。お前の裁量でどうこうして良いものでは無い」



「なん…だと?」



「もう一度言う。堕天した魔神風情が、身の程を弁えろ。悪魔めがシャイターン




唐突に風を震わせる程の大きな音が空から鳴り響く。

それはまるでラッパに似た音だった。



そして、ミカイルは両手をイヴリースに翳し



神の権威を示すディバイン・オーダー




空から大きな魔法陣が浮かび上がる。



「…なんのつもりだ…?」



イヴリースは恐る恐る問う



「お前に一つ教えてやる。人間の言葉だ」



魔法陣から徐々に吐き出される見覚えのある大きな棺。



「“クズはクズ籠へ”」



「まさか貴様…!!」



天獄門ヴァルハラゲート開門オーダー対象天魔神イヴリース



「やめろ!…ふざけるな!!貴様にそんな顕現は無い!無いはずだ!!」



「然り、我々(てんし)は神の御心に沿った行動しかしない。貴様だてんしと違ってな。

故に是は神の御意思と知れ。イヴリース」



「神の御心…嘘だ!!嘘だ嘘だ嘘だ…!!私を神が“要らぬ”と言ったのか!?信じない!!信じないぞ!!」



「要らぬ。貴様は罪を多く犯した。天に唾し、自ら座を降った“あの時”から既に」



棺の蓋がゆっくりと開かれる。



「嫌だ!!嫌だ嫌だ!!私は“そこ”へ行きたくない!!たとえ闇に堕ちたとしても私は神を愛していた!!なのに!!

何故だ!!神よ…a/z(アズィー)よぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」




開かれた棺の中から多くの鎖が飛び出し、イヴリースを縛り付ける。

そしてジャラジャラと鎖の音を鳴らしながら奴はゆっくりと棺の中へと引き込まれていく。


身動きできず藻掻くイヴリースの姿は、あまりにも愚かで

折檻をされた子供のように泣き叫び、なんとも同情を買う表情を見せつけていた。



最初からこの時まで、黙って見ている事しかできなかった俺たち。


ああ、本来の目的はこれで終わる…終わるんだ。

奴はこのヴァルハラゲートに封印されて一先ず事は収束される。


そうだ、これでいい。これで…


奴は神に裏切られた滑稽な道化としてすべてに幕を閉じるのだ



『なのに、どうしてだ…?』



不意に俺の中でかすかに小さな“感情”が芽生えはじめる。



自分の中で残った違和感。口から、心から出かかって吐き出せない何か



なんなんだこの気持ちは―


解らない。


解らないしそれを良しとも思わない…


同情?


違う…。だが、これだけは理解した



俺の中にあるこれは





怒りだ





何故俺は“そうした”のか解らない。



「!?」



引き込まれるイヴリースを止めるように伸ばされた第三の鎖。

それは俺が強引に伸ばし巻き付けたアルメンの鎖。



「お前は―…」



ミカイルはその俺の行動に目を見開き、驚いたように十字の瞳を向ける。



「パパ!?どうして!?」



『なんでなんだろうなぁ…わかんねぇよ』



でも、やっぱりアレなんだ。


俺ってのは心底


神ってのが嫌いなんだ…全知全能ぶって

生み出すだけ生み出して


誰一人救われる事のない、力が大きいだけのそいつが…俺は気にくわないんだ…



そうか、俺はイヴリースに重ねてしまっているんだ。

始まりは違ったとしても



俺は神に裏切られた奴の姿に怒りを覚えてしまった。


何が“クズはクズ籠”だ


神が人間の言葉借りてふざけた事をぬかすな



自分の気持ちをどんどん理解していく度に、鎖を引く力が増していく。

イヴリースを無理やりにでもこちらに力任せに引き込もうとする。



「…いい加減にしろ…」



イヴリースは小さく呟く。



「貴様ら“人間”は、どこまで私をコケにするつもりだ!!!」



『…!?』



イヴリースは怒りを顕にして、渾身の力で自身に巻き付いたアルメンの鎖を噛みちぎった。



何故…



そうなれば、お前は―



「いいか!!貴様ら如き下劣な人間風情に同情される等、神が、天使が許しても私が許さん!!

認めない!!こんな虫に救われる身体など!!世界など、私は認めない!!みとめ―」




ガコン







―柩の蓋は閉められ、最後まで、俺たちを見下し続けた魔神の言葉はそこで絶えた。












―概念『堕天』の習得


―概念『天使』の習得


―『魔力属性複合』の習得


―『属性:天』の解放


―『秘奥剣』の使用権限を解放

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