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ドール=チャリオットの魔剣が語る  作者: ぼうしや
霊樹終末戦線
70/199

61:魔神イヴリース封印戦①

すでに空は日も暮れ、地上は火の光を灯している。

そんな街から見上げれば遥か高く


封印の山から見下ろす二つの影。



「これも君のいう『預言書』の筋書き通りなのかい?」



長い金髪を風に靡かせ、フレスヴェルグはゼツに問いかける。



「多少の狂いはアッタが、どうやら唯ノ読み違いだ。結果的に運命はココに至り収束してイル」



「ああ、まさかあのような狂行を帝国がやるとはな」



「あそこは元々イカれた奴が統べてイル国さ。どうやら今回はまた“別の阿呆”ガやからしているようだが

それに対してナンラ気にも留めない帝王がこの世に二つと在ったもんカネ」



「言えてるな」



仏頂面の男は飄々とゼツを指差して言う。



「指をさスナ」



「…最も、私の仕事はここまでだ。この後はお前の言う『予言書』通りになるのか見させてもらおう」



「ああ、大丈夫。“仕込み”も十分出来てイル。感謝シテルゼ」



「そうか。なら約束通り、この後―」



「わかってイル。お前サンらが求メテいるモノならもうスグダ」



「では、首を長くして待つとしようか。我らが『姫君』を」



コツコツと上機嫌で地に杖を叩く不レスヴェルグはすれ違う雲に攫われたかのようにその姿を消した。




「さァて、イヨイヨだな。もう直ぐコノ世界ともオサラバだ」



ゼツもフレスヴェルグを真似るように手に握る鎌で足元を叩き



連なる鐘が、小さく ゆっくりと


これから起きるであろう大きな戦いの知らせを鳴らしていく。



大きな翼を羽ばたかせて風を掻き分けている。



『おお、すげえな。もう、こんな高さまで昇っているのかよ』



見下ろした先に、俺とアリシア、ヘイゼルを乗せイヴリースに向かうドラゴン、リンドブルムを追うように

飛空艇コンドルもこちらへと上昇している。



「下にいる魔物らはナナイと他の冒険者でなんとかする。お前さんたちはそのまま上に向かってくれ。

俺とリアナ、神官ちゃんはこのままコンドルで後ろからサポートに入る。頼むぞジロ」と、先刻ハワードは言っていた。



俺たちも、リンドの背に乗りながらも何か異変がないか周囲を警戒する。



『しかし、でっけえ山だ本当に。あの霊樹とまでは言わないが…こんなモノをよくもまぁ空に浮かべさせたものだ』



「…」



やはり緊張しているのだろうか

アリシアはこの作戦が開始してから一言も発していない。



「アリシア。大丈夫…ワタシとこのヘル=ヘイムでこの魔神を制御してみせる」



『ひゅー。人形が、いっぱしの言葉を言うようになったねぇ。でもでもぉ、もし失敗したらどうするつもりなのかなぁ?』



神器の中にいる“アリシア”がヘイゼルを煽り立てる。



「出来る。今のワタシには…否、“私たち”がやってみせる。心配してくれてありがとう」



幾つもの死者で誂えたその身体には、彼女の眼差しには確かに光が無い。



だが、それでも見据えている。自分が望むこれからの未来を


手を伸ばしているのだ。俺たちと共に進むその先を



『…』



ヘイゼルの返す言葉はきっと純粋で無垢なものだ。含みのある言葉はない。

けれども“アリシア”にとってはそれが意図せずして皮肉に聞こえただろう。


それ以上のことは何も言わなかった。






「ミナサン、着キマシタ」



岩を抉るように踏む竜の二足。


俺たちはイヴリースの上体が在るその場所へと何事もなくたどり着いた。



「こうも上手く近づけるとはな…だが、」



あまりにも静かすぎる。

空に在るせいか、雲が俺たちの傍らを通り過ぎていく。


そんな漂う静けさに異様な感覚すら覚える。



「魔神の瘴気…私はあまり好きになれませんね…」



ドラゴンの姿から人へと変わって早々に嫌そうな顔で口元を押さえるリンド


確かに感じる…どこからか流れ出るこの空気

不思議と俺の中にある不安を余計にかき立たせている。



『アリシア』



「―ええ」



少し腕を震わせながらもアリシアは魔剣を構える。


その周辺でヒィイイと機械音が聞こえてくる。

どうやら、あいつらも到着したのだろう。



何かあった時の為に飛空艇が後ろで一定の高さを保っている。



さぁ。始めようか。


俺はアルメンの鎖を彼女の身体に巻きつけ

魔力を送り込むイメージをする。



『ヘイゼル、始めてくれ』



「…―わかった」



彼女はキンと神器を縦に構え、祈る体勢に入る。



そして、聖堂であった時のように歌を口ずさみ始める。



足元で光の魔術結界が開き始める。



「―魔力の供給を受けているのが感覚で解る…ジロ…これなら」



『慌てなくていい。じっくり確実にやるんだ』




「わかった。“アリシア”…ワタシに力を貸して」



『…』



「開け、開け、開け…その業を、悪意を、御霊を、全てを憐憫の集う深き闇の中へ。」



ヘル=ヘイムはその問いかけに反応するようにその姿を少しづつ変えていく。



『ダメね』



「え」




キンと音と共にヘイゼルを何かが貫く

そのまま地に突き刺さるその正体は、槍を象った黒き炎。



『なっ…!?』



一体何が


攻撃だと?



「大丈夫。ワタシに“それ”は効かない」



平然とした表情で言うヘイゼルを端目に周囲を見渡す


くそっ。一体何処から―…



「!?」



間もなく「それ」は俺とアリシアをその身の影で覆うように顕れた。




通常の人間よりふたまわり大きな存在。


背中に幾つもの羽を連ね


関節をもう一つ足された長い腕


脚の付け根からこちらをジッと覗き込む大きな二つの眼球


竜の如きしなる長い尾。


その全てがゆらゆらと静かに揺れる漆黒の炎で象られた化物。


そののっぺりとした顔に四光の紅き瞳を爛爛と輝かせ


静かに俺らに問いかける



「貴様ラハ、人間カ?」



アリシアは何も答えずただ見つめる。

魔剣を握り締める。


その頬に流れる汗は彼女の緊張からか

もしくは側にあるこの炎のせいか



「答エヨ。貴様ラハ…人間ナノカ?」



もう一度、その化物は問う。



「カイゼル・ゲイル!」



刹那、リンドの詠唱と共に後ろから走る大きな竜巻。それは目前の黒い炎を掻き消さんと走り抜く。



「アリシア!ジロ!“その問”に答えてはいけません!絶対に!

それは呪言の類、一度肯定をするものならその身全てを焼かれる呪術です」



リンドの言葉ハッとする。


そうだ、もう既に始まっているんだ。

ただで事が進むわけがねぇんだ



『こいつは一体何なんだ!!』



「恐らくはイヴリースの分体。復活を目前に生み出された防衛装置のようなものです」




風に覆われた化物イヴリースはその長い腕を大きく振るいリンドの風魔術をあしらい

代わりに漆黒の炎を横一線に走らせる。



「ヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ」



燃え盛る焔と共に響く咆哮。

火花が、チリチリと周囲を舞う



「なんとも忌々しい。あの存在は炎属性…なんと相性が悪い」



リンドは舌打ちをして大きく地を踏むと自分の周囲に大きな風を巻き起こして

その姿を再び竜に変える。


そして、大きく翼を広げ、姿勢を低くすると

その大きな口を開き


光をそこに大きく溜め込む。




『アリシア!俺たちもやるぞ、構えてくれ!!』



「…かわった。パパ、お願い!」



『初っ端から全力で行くぞ』



俺はイメージする。


相手は炎属性だ。単純に考えて水属性魔術が効くはずだ


流れる水、大きな蟒蛇。


ドラゴンをも凌駕する大きな渦。



『おっきく振れ!アリシア!!“蛟の渦”!!!』



大きく魔剣が振れられると同時に吐き出される大きな水の蛇。

それは渦を巻いてイヴリースの分体に喰らいつく。



ドッという激しい衝突音。

それに続いてシュウウと蒸気が舞い上がる。



『マジか…』



俺の繰り出した水魔術を掻き分けるように前のめりになって距離を詰めてくるイヴリース。


奴は長い腕を大きく伸ばしてアリシアの方へと手を翳してくる。



「っ」



まずい!!アリシア、よけ―


その手から幾つもの術式が浮かび上がり漆黒の球体が作られる刹那


相手の脇腹を抉るように光の閃光が貫く。

その一撃が功を奏したのか、アリシアに向けられた漆黒の球体は放たれるも軌道を変え

そのまま脇の岩岩に放り投げられる。



『うっ…』



岩に衝突したそれは目が眩むほどに大きく爆発し、生み出された炎が柱を作り舞い上がる。


こんなもの、真正面から食らったら…



「アリシア!一旦離レナサイ!!!」



大きく口を開き閃光を吐き出し続けるリンド。

その言葉にアリシアは一度踵を返して飛ぶように奴から離れた。



『ヘイゼルは!?』



俺は自身の鎖を辿っていまだ祈りを続けるヘイゼルに目を向ける。



―大丈夫だ、彼女は未だに祈りを続けヘルヘイムの開放を促している。



「…」



イヴリースは崩れた脇腹を炎で再生させ、祈り続けるヘイゼルに視線を向ける。

そして、奴は長い腕を下から振り上げた。



『まずいっ』



イヴリースの繰り出す炎が地を走り表面を溶かしながら小さな蛇を幾つも象り、地を這いながらヘイゼルに襲いかかる

それをアリシアが、彼女の前に立ち塞がり水壁の魔術で防ぎきる。



炎の蛇を水で防ぎ、再び蒸気で視界が遮られる中。

数秒で視界が開ける瞬間にイヴリースは目の前で大きく両腕を上げていた。



いやまて、早すぎんだろ―



炎を纏った両腕が振り下ろされる瞬間

その横からドラゴンの顎がそいつを胴体から丸ごとかっさらっていく。



「熱っ゛―…!!アヅヅヅヅヅヅヅヅヅ!!!」



リンドがそいつを咥えながら悶えるように長い首をしならせて地面に叩きつける。

なんとまぁ大胆な



「不味クテ、熱クテ!非常ニ食エナイ奴デスネ!」



この場合は直訳的な意味で言ってるって事でいいんだよな。洒落とかじゃないよな?



地面を抉る程に叩きつけられたイヴリースはゆらりと起き上がり



「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ」



その炎の翼から幾つもの炎の矢を雨のように縦横無尽に放った。



「イケナイ…!二人共!!!」



「させない!!」



既に戦うと決め、吹っ切れたのか

アリシアはヘイゼルを守るように、暴れ降り注ぐそれらを刀身で器用に弾き返す。


弾く


弾く


弾く


まだか…!


まだ炎矢は降り注いでくる。


弾け


弾け


弾け



『くっそ…ジリ貧だ!』



弾き


弾く


弾いて


弾く



「どうするの…!パパ!!?」



まだヘイゼルの祈りは続いている。ヘル=ヘイムは未だに起動しない。



『ヘイゼル!まだか!!』



『パパ。残念だけど、パパ自身が魔力の供給に集中出来てないから満足に魔力が来ていないの』



そうか。俺がイヴリースへ意識を集中しているせいでヘイゼルへ送られる魔力が満足に行き渡っていないのか



『なら何で創った瞬間の最初は起動出来たんだよ!!』



『神域魔術を発動しているからに決まっているじゃない。それとも…今それを使う?パパ』



クスクスとからかうように黒曜結晶の使用を促す“アリシア”


駄目だ…未だにメガロマニアの正体すら掴めてないこの状況でそれはあまりにもリスクが大きすぎる!

まだ、その時ではない



だが、悩む俺らに対して炎の雨は未だ無慈悲に降り注ぎ続く。



「パパ!私はまだやれる…!だから、魔力の供給に集中して!!長い長い作業なら慣れっこよ」



アリシアは変わらず防ぎ続ける。



「ソノ粋ヤ良シ」



リンドは大きく開いた口から再び光の閃光を放ち炎の雨を払いながら、その焦点をイヴリースの羽に向ける。


ジジジジと羽を光の閃光でかき消す音

すると、うつ伏せになりながらイヴリースは動きを止め

炎矢の雨も間もなく収まった。



「ジロ、イヴリースハ、ドウヤラ光属性ハ効クヨウデスネ。“天魔”ガ聞イテ呆レマス」



お前さん、ドラゴンになると結構態度もでかくない?

いや、そんな事を言っている場合ではない。


やはり魔神は光が弱点なのは変わらないようか



「ルオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオツ」



ドンと鳴る衝撃音と共に起き上がったイヴリースは唐突に姿を変える。

漆黒の炎は紅く燃え盛り、徐々に青い炎へと変色していく。



…おいおい、まさかとは思うが。



『…解明眼アンラベル



以前はこの世界の文字が読めずに使い物にならなかった解析魔術。

あの後一応、読み方というか一応文字読めなくてもわかる方法はニドから教わった。


視界に流れる幾つもの文字。それは無視するとして

奴の名前を示す場所の下にある丸い赤と黒の玉マークが左右交互に入れ替わるように動いている。

黒は闇

赤は炎

例外もあるそうだが、基本的に

それは左から順に置かれる事で表面から層となって纏っている属性の順番だそうだ。




けれどそれが揺れ動いて暫く眺めていると


次第に揺れ動きが収まり

炎の赤のマークが左に固定される。




『リンド?フラグ回収してない?』



「…」



ドラゴン奴は顔を背けて何も答えない。


…しかし、おかしい。

聞いていた話では聖魔術すら効かない魔神だと言っていた。

だのに、光属性が通用するのは分体であるからこその構造か?。



本来の力が発揮されていないという事なら早い事決着をつけるべきか



もしくは…



「愚カナ…愚カナ…」



イヴリースは踊るようにぐるぐると回転して、その周囲に青い焔の玉を四方八方へと放っていく。



『くっそ―…水壁!!』



だが、その水の壁をいとも容易く削るようにすり抜け

アリシアに速度を落とさず近づいてくる。



駄目だ。このままだと、避けても後ろのヘイゼルが―…




「どおりゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」



アリシアの前に遮るように飛んで来たリアナが大きく叫びながらその手に持つ杖で青い焔の玉を大振りで弾き返した。

一度だけじゃない、二度、三度。周囲の玉をホームランバッターのように容赦なく吹き飛ばしていく。



『リアナ!』



お前、本当に風の精霊使いか?



「失礼な事を言うわね。これはこれで、ちゃんと理由があるのよ。“精霊棍:バンデルオーラ”。

霊樹より賜った枝で創られた守護者のみに与えられる精霊術の端末」



彼女は説明しながら、次々とイヴリースの攻撃を弾き返す。



「これには、“七曜の奇跡”セブンス・アルターの加護が備わっている」



リアナは大きく風を巻き起こし、自身にティル・ウィンドを付与する。


そして、止まらず回転するイヴリースの頭をニーズヘッグの時のように



「せりゃああああああ!!!」



目一杯振りかぶり殴打した。



「!?」



首が捩れ、そのまま切れるのではないかと言うほどに曲がり

イヴリースはその衝撃によろめく


攻撃が通ってる…!


守護者の名は伊達じゃないか



『何はともあれ感謝するリアナ!』



「あんたは兎に角、彼女に魔力を注ぎ込む事に集中なさい!!」



わかってらぁ!集中、注入!!



「ガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」



起き上がり、憤る素振りをみせるイヴリースは、大きく長いその炎の腕を振り回しリアナを抑えようとする。

その暴れるような攻撃をバンデルオーラで上手く弾き躱して


みぞおちに一突き入れて抵抗する。


だが、手応えがあまりないのか

イヴリースが前のめりに傾くだけで再び奴は咆哮と共に腕を再び振り回して炎を撒き散らす。



「リアナ!」



リンドがリアナの名を叫ぶと二人はお互いに目線を合わせ


リアナはリンドの竜頭へと駆け寄る。



「私ノ魔術発動ニ合ワセテクダサイ」


その言葉に頷くと、バンデルオーラを投げ槍のように構え



「エアーズ!!開放!」



リアナのバンデルオーラが荒れ狂うほどに大きな風を纏い



「エンチャント:シュトゥルムウントドラング!!!」



リンドの詠唱により纏った風に変化を催す



一度目に緑の衝撃

二度目に翡翠の衝撃


三度目に蒼の衝撃を放ち


バリバリと蒼の稲妻を走らせる



そして



霹靂深槍ディオ・ジャベリン!!!」



暴れるイヴリース目掛けて力いっぱいバンデルオーラを投げ打った



弾けるように轟き疾走する一閃は

正面…奴が防ぐ為に翳した両手の前で拮抗する。



「まだまだぁああああああああああああああああああああ!!」



リアナは咆哮し、その場へ飛びかかるとその拳でバンデルオーラの末端、ケツをぶん殴り

無理やりイヴリース相手にバンデルオーラを押し込んだ



「エンチャント!最大重奏!!!ティルウィンドォオオオ!!!」



リアナの拳から翡翠の風が吹き荒れる



「風よ、風よ!!!風よ!!!!」



相手の腕がバキバキと震えメッキが剥がれるように炎が吹き飛ばされる。



「ルアァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!?」



瞬間、イヴリースは大きく万歳するように腕を持ち上げられ

バンデルオーラがその胴体にねじ込まれる。


すると、イヴリースの上体が膨れ上がり

吹き飛ぶように弾けた。



やったか!?



しかし、ここまでされても尚イヴリースは失った上体に炎を集めて

その姿を元に戻していく。



「っ…!」



リアナは直ぐ様バンデルオーラをその手に収め

一旦後ろへ飛ぶように退いた。



「くっ」




リアナは握るバンデルオーラに目をおとす。

その杖は先が焼き焦げて、徐々に炭となり果てようとしている。


…流石の霊樹武器でも、限界があるようだ。




イヴリースは自身の身体の再生を終えると

ゆっくりと両腕を天に掲げ、そこに大きな火の礫を作り始める。

更に、誰も寄せ付けないように火の柱を周囲に4つ生み出し。暴れるように周囲を走り回らせた。



空気が大きく揺れる。何もない周辺が蒸気を発してしまう程の高熱の炎。


今の俺では注いでる魔力の差が段違いにすぎる。


ヘル=ヘイムも未だに動く兆しを見せない。



奴の攻撃…耐え切れるのか!?




「リアナ!これを使え!!!!」



後ろから叫ぶハワードの声と共に、回転しながらこちらに飛んでくるモノを

リアナは片手で受け取る。



「これは…!?」



それは、ガーネットが使っていた蛇腹剣。


蛇炎レヴィクリムゾン



「そいつで、炎を一度斬るんだ。そこらへんのありとあらゆる炎を斬れ!」


ハワードもリンドの後ろから現れこの前線に参加する


しかし、大丈夫か?


軍人と言えど、大佐と言えど


そんな丸腰で何か手はあるのか??



リアナは頷き、炎渦巻くイヴリースの元へと駆け抜ける。

そして、一つ 二つ…

暴れまわる火の柱を何度も切りつける。


炎には水のように確かな実態がなく

空振りするような感触を俺から見ても伺える。


それでもリアナは躊躇う事も無く奴の火の礫すらも斬りかかる



「くっ」



止まらず走り回る炎の渦に鼻先を少し掠れながらもスレスレで躱し

彼女の怒号と共に横一閃イヴリースにレヴィクリムゾンの一刃を挿し込む。

当然、イヴリース自体には特に変わった様子はない。

だが、リアナはこれで良しと判断したのか


襲いかかる炎を飛び跳ねながら避けて

再び距離を置いて離れる。




一体何をするつもりだ?

俺にはその意図が未だに読み取れない




「“触れろ”“細部に宿る光の子”“賑わい”“連なり”“共に空を喰らう”」



思考を張り巡らしながらも


後ろのハワードは手を翳し、呟く


そしてその手の中に紅い炎が集まり始める。



『お前、それは―』



その炎は次第に大きくなって行き

周囲の炎すらも吸い込む。イヴリースの出す炎の柱も奴が作り出した火の礫も形を崩し



「ルオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ」



イヴリースがその身に纏う炎さえも

ハワードの手中に生まれた炎へと集まっていく。



「冠位炎魔術:炎の王プロメテウス




まさか


俺は真っ黒な炎に戻ったイヴリースに再び目を向ける。


奴はそのまま動く事無くじっとしている

そして、奴のステータス

赤のマークが消え、その場には黒のマークしか無い。



『お前…まさか魔術師だったのか!?』



「ジロ…あんたのお陰さ。試しに魔力を俺に流し込んだ際にな

制限されていた俺の魔力の封印が解除された。全くもって妙なキッカケだよ」



ははと嘲笑し、ハワードはその炎を自身の手よりも小さくさせて眩い球体へと収束させる。



「全ての炎を支配する魔術プロメテウス。実はそのレヴィクリムゾンは俺の魔術と連動していてな。

そいつが触れた炎は例外なく俺が統べる事ができる。そんでもって…!」



ハワードは俺とアリシアの方へと駆けつけ



って―



「そらよ!!!!」



『なんばらぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?』



ハワードはその球体を俺の刀身に容赦なく叩きつけ



「魔力連動術式!!強制付与グリード・エンチャント!」



眩い光が刀身に集まり

俺の中で熱いものが一気に流れ込む。



「お前もそのままヘイゼルに魔力を送ることに集中しろ!!!」



『クッソったれぇえええ!!後で覚えておけ!!!』



俺は叫びながら一気に魔力をヘイゼルに流し込む。

カチカチと起動する音。



『重畳ね』



「ありがとう。魔力の充填を確認した。神器、再度起動する」



闇属性のみとなったイヴリースは未だ自身の置かれた状況も理解出来ずによろめいている。



「開け、開け、開け…その業を、悪意を、御霊を、全てを憐憫の集う深き闇の中へ。

祖は始まりを覆い、終焉へ導く。至れ、至れ、至れ。今こそ門を開き、この世の理解を閉じろ」




ヘル=ヘイムがその形を崩し



神器開放ヘル=ヘイムエンハンス・オーダー・イクリプス!」




キン―と響く甲高い音。



『聖女コード認証中。コードNo.6042344。該当、“聖女クローサー”にて承認

認証を完了します。これよりヘル=ヘイムを展開。展開時間は600秒。速やかに退去を行ってください。

繰り返します。速やかに退去を行ってください』





“アリシア”の声じゃない“何か”が機械的に語り、退去を促す。






そして、周囲の空間を書き換える様に闇が広がり。一帯を飲み込もうとする。




「皆サン!一旦此処ヲ離レマショウ!!コノママデハコノ闇ニ飲マレテシマウ」




リンドが翼を大きく広げて俺たちに乗るように促す。




「でも、ヘイゼルは!?あの子はどうするの!?」



アリシアが心配そうに言う。



「いいから急いで乗るんだ!」



ハワードは叫びながらアリシアの手を引く。



「今のあいつは神器の起動の根っこになっている。だからこそ問題ないが

俺たちは別だ!あの広がっていく闇はこのままだと周囲の魔力を根こそぎ奪っていく!!」



俺たちはその説明を受けながらリンドの背中にしがみつくように乗りかかり

リンドヴルムは風を大きくかき分けながら空へと上昇していった。



その後ろを追いかけるようにコンドルも急ぎ上昇して行く。



やがて



雲さえも見下ろす高さから下を覗くと



縦横無尽に広がっていく闇は更に大きくなっていき

イヴリースの封印の山さえも覆っていく。



そして、上空でアルヴガルズ一帯を覆う程の広がった闇の中で紫紺の点滅を雷のように光らせ

ブラックホールの様な大きな渦を作り出す。

フレスヴェルグが言っていた通りだ。

こいつは、この神器は…槍なんかで説明が収まりきれるモノではない。




今、まさにその闇の世界の片鱗を目の当たりにしているのだ。




『これが…ヘル=ヘイムの正体』




「あれであの中身の“端っこ”だって言うんだから末恐ろしいぜ

もっともそれですらも吸い込み切れないイヴリース本体の魔力の方がよっぽど恐いがね

よくもまぁ、あんなモノを“復元”したもんだよ。ジロ」




―…わからない。俺は別に意図的にあれを創ったわけではない。

ただ咄嗟に暴走する“アリシア”という意識、魔力を封じ込めたいが為にイメージしただけだ。



ただその時に自分の中で型が編みこまれ、思い浮かんだ名を叫んだだけだ。



ハワードは俺が復元したと言っている。ならば、一体おれはこの存在の記憶を何処に仕舞いこんでいたんだ?

現実で生きていた世界とは縁遠い


この闇の世界を象る神器を…





―俺はどこかでこの存在を知っていた?




「ジロ、大丈夫か?一言も喋らずにどうしたよ」



俺の視界で上下に振るハワードの手に気づき我に返る。




『いや、すまない…大丈夫だ』



「おう。そろそろだ。神器によって展開された闇が魔力を吸い込んで収束する」




イヴリースの状況も気になる所だが、何よりもヘイゼルの事が心配になっていた。

彼女を決して離さず巻きつけたまま此処まで伸びたアルメンの鎖を辿って見下ろしてみても


この高さから彼女を伺う事は容易ではなかった。



リンドは徐々に収束している闇に向かってゆっくりと降下し

俺たちは見守るように鎖の先に目を凝らす。




ヘイゼル…無事でいてくれ―




やがてヘルヘイムの闇が少しづつ収束して小さくなり、イヴリースの封印の山がその姿を現す。

大きな成りを見せつけていたイヴリースの本体は魔力を奪われたせいか、

封印の山と同化したかのように灰色の石と成り果てて今にも崩れそうになっていた。



成功した…のか?




そして突如としてそれは起きた。



『…!?』



クンと鎖が引っ張られるような感覚。


未だ微かに残るヘルヘイムの闇から



「あれ、ヘイゼルじゃ…!」



揺れ動く鎖の遥か向こう

繋がっているヘイゼルが吹き飛ばされ

弾のように霊樹のある方向へと飛んでいく


そして


ズンとここからでも聞こえる衝撃音を響かせてヘイゼルは無慈悲に木の幹へと衝突する。



『ヘイゼル!?』



くそっ!アリシア!!



「行こう!」



「え、あ・・・ちょっと!」



咄嗟の行動に驚くリアナたちを無視して



俺はアリシアと共に

ヘイゼルと繋がるアルメンの鎖の先を辿るようにリンドの背中から飛び降りた。




頼む…!



一抹の不安が次第に大きくなっていく。

歯を食いしばって霊樹の方を見つめるアリシアも同じ気持ちだろう。



飛行魔術を駆使しながら鎖を巻き戻し、距離を詰める中。

イヴリースの封印の山とすれ違う。その山は、最早力を失ったかのようにゆっくりと下に落下している。



霊樹の封印もそろそろ限界なのだろうか…?



「パパ、あれ…!!」



堕ちていく山の頂上をアリシアが指をさす。

そこに目を凝らすと、うっすらと人影が伺えた。



それは6枚の天使の翼を持ち、こちらをジッと見つめている。



まさか…あれは…

先程の分体等ではない



あれが



『くっ…兎に角急ごう!!アリシア』



「わかってるから!パパももっと早く鎖を巻いて頂戴よ」



『これでもいっぱいいっぱいめいっぱい巻いてる方なんだよ!!』




急げ



急げ…!



多分戦いはまだ終わってはいない…いや、これからなんだ。




本当の正念場はここからだ

その天使は流れ星のように霊樹へ飛んでいく少女を眺めた。



「…そうか。アレが私を…私の魔力を奪ったのだな」



怒りを通り越す程に面白い趣を目の当たりにして黒い翼の天使は大きく口角を釣り上げた。



「いいだろう。このままでは終わらせん。程よく楽しませて貰ってから、死んでもらうとしよう」



イヴリースはその翼を大きく広げて


少女が向かう霊樹の方へと飛んでいった。

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