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ドール=チャリオットの魔剣が語る  作者: ぼうしや
霊樹終末戦線
69/199

60:この想いが大きな力と成りますように

アルメンの鎖が都度鳴り響く。

アリシアと俺は暗い森の中、鎖を道行く先の木に引っ掛けながら引っ張られるように移動し

皆がいる前線周辺へと駆けつけていた。


神和ぎの神殿を抜けて元いた場所まで向かう最中。

俺は空に漂う魔神の姿に目を向ける。



霊樹には及ばない事は当然ながらも、やっぱ大きいな。

その姿は魔の者として在りながらも、人の姿を成しており。

その背に生やした6枚の翼を大きく伸ばすように広げている。


しかし、どうも様子がおかしい。


先ほどの咆哮から暫くして、それ以上の行動を起こそうとしない

それどころか頭を下に向けて項垂れている。


それに、確かリアナが語るにはイヴリースの翼は漆黒と聞いていた。

更に胴より下は未だに岩山に寄って埋もれている。


希望的観測になるが、まだ本調子ではないと思える。



―まだ可能性はある。



焦げた大地が煙を発する道を越え

大きな川が見えてくる。


この場所には見覚えがある。


前線から神殿に向かう途中の川沿い大通り



俺らは森を抜けその場所に到達する。


周囲を伺うと恐ろしいまでの静けさ。

あれ程の行列もあの大きな雷光によって駆逐されたのだろう。

しかし、未だにイヴリースの魔力によって動き続ける魔物らがチラホラと残っている。



『アリシア。戦闘になった時は頼むぞ』



「…うん」



アリシアの態度はあれ以来一気に弱々しいものへと変わっていた。

この子自身、こうなってしまった事に責任を感じているのかもしれない。


だが、当然ながらこの結果は唐突に起きた事だ。

だれだって咎めるわけが無い。

それを俺は道中何度も伝えた。


けれど、それでも自分の弱さをさらけ出してしまうのは



『イヴリースが、怖いのか?』



「…」



彼女は何も答えない、だがそれが何よりの答えである事に違いない。


幼いこの子のこんなナリだ。

自分よりも大きな敵と対峙した事は何度もあった。何度も立ち向かった。

だが、それでも

俺が側に居たとしても

あの山の様な大きな存在には足が竦んでしまっているのだ。



「私の恐怖の始まりも…あんな大きな怪物だった。目の前が真っ暗になるような大きな声、生臭い吐息…雨のように自分にまとわりつくような

大きな粘液…私にはあの時どうする事も出来なかった」



思い出す戦慄に身の毛がよだってしまったのか、虚ろな目で自分で自分を抱き抱える。


ウロボロスに食われた記憶を思い出しているのか…

彼女が幾年もの間、闇に育まれた直前の記憶。

地獄の入口



『…ファイアライト』



「…?パパ?」



彼女は俺が何のつもりでこんな事をしているのかわからないだろう。


灯火をつくるだけの下級魔術。小さな火の玉をこの子の前に出しただけ。



―気づいて欲しかった。



『君は今、“そんな場所”には居ない。ここには灯りだってある。これからだって…俺が居る。

そして、この向かう先にも仲間が居る。待ってくれている。

だから、信じて欲しい。いまここで立ち止まらないで欲しい。』



「…」



この灯火は証明だ。恐怖に、運命に打ち勝つ為の勇気と希望の証。


アリシアが孤独でない事の事実だ。



『この戦いが終わったら、お前が好きなものをなんでも食わしてやる。いいもんだぞ?仕事終わりの一杯ってやつは』



「パンケーキ…」



『んぇん?』



鼻水を啜り、涙拭うアリシア



「約束して…。今までに食べた事のないくらい一番最高のパンケーキを食べさしてくれるて…」



震えながらも強がるように言うアリシア。



『ああ、約束しよう。お前にこれからも最高の居場所と、最高のご馳走を用意してやる』




俺はお前の、パパであり、魔剣だ。



ああ、俺もそうだ。

側にいるこの小さな灯火が俺に未来を語って勇気をくれる。



だから―…行こう


歩み続けるんだ。



『より良い場所へ―』









「アリシア!ジロ!!二人とも無事だったのね…!」



多くの冒険者らが周囲の魔物に警戒しながら待機している霊樹の核の前線。

皆が皆ピリピリとした空気の中で俺らに気づき駆け寄ってくるリアナ。



「よかった、本当によかった…」



彼女はアリシアを強く抱きしめる。それになんら抵抗せず、身を任せるアリシア。



「心配かけてごめん…リアナ」



『リアナ。他は?』



「…ヘイゼルは無事よ…でも、ガーネットが―」





俺は言葉を失った。


連れてかれた簡易的な医務施設。

そこで見下ろした先の赤髪の帝国兵。


お調子者で、喧しい事なら周りに引けをとらないあの彼女が

今では弱々しく横たわっている。



「両足を失ったの…あの光で」



リアナは俯いて言う。



光。あの封印を破壊する程の閃光が―



『なんなんだよ…そもそも…あの光は一体なんだってんだ!!!』



胸中に湧いて出るどうしようもない激情が言葉と共に吐き出される。



「帝国から発射された超巨大魔導砲。通称『トールハンマー』だ」



俺の怒声に応えるように言い放った男。

帝国軍の軍服を身にまとっている。



「すまない…俺にはアレの射出を食い止める事が出来なかった

…彼女がこうなってしまったのも帝国軍としての俺の責任だ…」



頭を下げる男に俺は色々な感情が渦巻いてしまう。

責任…こいつの判断ミス?帝国軍の兵器?お前がこんな事を―



違う…。そうじゃねぇ…落ち着け。怒りに踊らされるな

そんな事をしている場合じゃないんだ…



『話を聞かせてくれ…その』



「帝国軍大佐のハワードだ。そこにいるガーネットの直属の上官を勤めている」



『あんたが…。そうか』



「トールハンマーは帝国の軍事顧問を勤めているあのブラッドフロー財閥の総帥の片割れ…

アシュリーの仕業だ。あの兵器は“今回の為に”財閥が提供した代物だ。」



またあの戦争屋が…!クソっ。こんな時にふざけやがって



ハワードはこれまでの経緯を説明した。

突如あらわれた『乖離』のヤクシャ、彼女から渡されたアイテムによってここまで来て急ぎ避難を促した事

ヘイゼルを庇う為にガーネットが大怪我を負ってしまった事。


そして今に至ると。



『なんだよ…むっちゃ良い奴なんじゃん…アンタ』



急に全部自分の責任とか言って頭を下げやがって



「だが、結果的にイヴリースの封印は解けてしまった。これは俺ら帝国軍の不徳が導いた結果だ」



『あんたひとりで帝国軍を背負い込むなって…聞いている話だと俺はものすごく感謝しているんだぜ?』



もしも、彼の行動が無ければ今頃ガーネットはおろか、リアナたちも巻き込まれていたかもしれない



「…ったく、調子狂っちまう。魔剣と聞いていたからどんな奴かと思ったが」



頭を掻いてため息をつくハワード。

悪かったな。これでももとはただの妻子持ちの父親だったんだぞ。



「いや、気に入ってるのさ。側にいた監視対象がこうも人間臭いとは思ってもみなかったからな」



『そりゃどうも」



「現状を報告させてくれ。魔神の事だ。あいつは結果的に霊樹の結界がトールハンマーで物理的に壊されたおかげで

あんな感じで中途半端に姿を現している。だが、どうやら完全に封印が解けたわけではないようだ」



『やっぱりか。ここにくる途中で見かけた。あいつは大きく咆哮した以上の事はまだしていない』



ハワードは頷く



「長老から聞いた話じゃあ、あの封印の表面が壊されているだけで。内側の封印…あいつが魔神として在るための根本は未だ霊樹の根にある核が

未だ機能して維持を続けてくれている。だがそれも今だけだ。状況の変化は二通り、イヴリースが周囲の魔力を吸収し自分から出てくるか、

力を失いかけている霊樹が完全に停止するかそのどちらかで今度こそ此処は地獄となる」



時間の問題もあるか

それでも霊樹の核が動き続け維持しているのは歴代の神和ぎの意思が紡いだ平和への執念か。




『あとは、どうするか…か』



俺には思い当たりがある。



非常に不本意に与えられた叛逆者ゼツからのヒント




“アリシア”が中に封じられている神器ヘル=ヘイムによる魔神の魔力の剥離と封印。


そして、ヘイゼルの魔神封印を可能とするファクターのひとつ


聖女としての力をフルに活用した職権乱用の極意


天獄門ヴァルハラゲートへの強制コネクト



それがあの強大な魔神を封印させる条件。



この情報を俺はすぐさま説明する。



「けれど…苦しい話、ヘイゼルはここの信仰とは馬が合わないせいで本領を発揮できていないの…

それなのに無理をして…」



リアナはそれ以上の事は言わない。

どうやらこのアルヴガルズにあるマナは通常の魔力と違って霊樹が賜っているもので

通常通りの魔術を使う分には何も変わらない。


だが、聖女として再利用された(人形)ヘイゼルは神の信仰を魔力に還元してその力を発揮している。

つまり霊樹を強く信仰して且つそのマナの濃度が強いこの地域では



本来人として当然な魔力を生むことがままならない彼女では非常に分が悪いのである。




「結局は魔力が足りないという問題か…」



ハワードは顎に手を当てて考える。



「いや、方法はある」



『方法?』



「少し手を貸してくれ」



『手…つっても俺には』



「ああ、すまない。ならその末端…杭に触れてもいいか?」



『あ、ああ』



ハワードはアルメンの杭に手を伸ばし掴む。




―『魔力連動術式』の取得



―『紅蓮魔術』の取得



―『冠位魔術:炎の王』の取得



―『天蓋術式:暁』の取得




『お前…これは…』



例によって触れたものを読み込むアルメン



「ん?どうした?」



「お前も魔術師なのか?」



「あ、はは…昔の話さ。今は結局“何も使えなくなった”昼行灯だけどな。

…それよりも、お前は今俺とこうして触れ合っている。試しに魔力を俺に送るイメージをしてみてくれ」



『わかった』



魔力を送る…

自分にあるものを送ってみる



瞬間、ハワードの腕の周囲でパァン何かが弾けるような音と衝撃が放たれる



「…!?」



その勢いですぐさま手放したハワードは自分の震える手を見て驚く



「これ、は…」



「二人共、大丈夫!?」



彼の手の上で炎が何度か瞬く



『大丈夫か!?ハワード』



「あ、ああ…だが…これで裏は取れた。お前さんは魔力を他者に送る事が可能だ」



『どういう事だ?』



「『差異』のヤクシャ…いや、ヘイゼルに先程のように魔力をコネクトさせれば良いんだ。あんたの魔力に依存させて発動すれば可能なはずだ」



『できるのか?』



「あとはあんたのイメージとヘイゼルがそれを受け取る認識を持てるかだ」



『俺のイメージ…』



「あんたの綿密で膨大に抱えている魔力でなら、ヘイゼルのヴァルハラゲートの起動に必要な魔力を賄えるはずだ」



あとは順序通り、魔力を吸い尽くした後のイヴリースを天獄門にて封印するだけ。


光明が見えてきた。



あとは、どうやって上に向かうかだな。



「ごめんなさい。私の風魔術でもあそこまで運ぶのは難しそう…」



『俺の魔術でも空中を飛べるかもしれないが、流石にアリシアとヘイゼルの二人を連れて行くには安直すぎる…』


それに、残りの黒曜結晶は前回暴走したアリシアが使ってしまい、あと1つしかない。

上るためだけに使うのはリスクが大きすぎる。



「それだけじゃない。どこかで横槍が入るやもしれん。…なら、時間は少し掛かるかもしれないがナナイが持ってきたコンドルを起動させよう。

何か起きた時の為に、ある程度上昇したらおまえさんらは甲板で待機してくれ」



俺は周囲を見回す



『…ところで、ヘイゼルは?』



「今は外にいるわ。…会ってあげて。あの子、ガーネットの脚の事を自分のせいだと思っているみたい…

あなたから聞いた話だと彼女は死体で作られた人形なのでしょ?なのに当初は物凄く狼狽していたわ」



『そうか…。アリシア』



「うん」


作戦の流れも決まり一段落終え


外に出てヘイゼルを探す。


周囲の冒険者たちは未だ門に襲撃しようとする魔物らを討伐していた。

ナナイが指示をだして交代で守備を維持しているのだ。

第二部隊もそろそろ来るはずだ…しかし



俺は上空に目を向ける。


まだイヴリースには目立った動きがない。



それでも、みなが皆…気が気ではないだろう

いつこの場所が地獄になるか解らない状況。それでも目の前にある障害を懸命に払っている。



そこにはいくつもの打算があるのだろう

だが、それでも誰ひとりが逃げずに居てくれるのはありがたい事このうえない。


暫く歩くと奥で待機しているナナイと目が合う

しかし、彼女はすぐさま視線を逸らして何事もない素振りで事にあたっている。



よほど俺らの事が嫌いなのだろうか


…まぁいいさ


再び歩き始めてようやく俺たちは本命を見つける。



なんともまぁ、目に入れば見つけやすい

その後ろ姿。周りと見比べればぴくりとも動きやしないまるで人形のようだ



『ヘイゼル』



俺の声に、神器を抱える少女が振り返る。



「ジロ…アリシア…」



ポスっと彼女は不意をつくようにアリシアの胸に飛び込んだ。



「ちょっと…ヘイゼル。どうしたのよ?」



「わからない…わからない。急にこうしたくなった」



暫くヘイゼルはアリシアを抱きしめ、しがみついて離さなかった。



「…そう」



アリシアは自分がリアナにしてもらった時のように彼女を優しく撫でた。



「ワタシは、いっぱい人を傷つけた」



俺とアリシアは黙って彼女の言葉を聞く。



「ワタシは今、理解した…大事な人を傷つけられた気持ちを…失ってしまう恐怖を

自分の罪を…恐い…苦しい」



震え、弱々しく呟く彼女の言葉を誰が死体などと、人形などと思うだろうか。



「ガーネットがああなってしまったのはワタシが原因…そして無力…」



アリシアを抱きしめる腕を更に強め、もっと自分に引き寄せようとしているのがわかる。

それを理解し、彼女の気持ちを理解したうえでアリシアも自分の弱さと重ねてしまったのか

目を少し潤ませてもっと強く抱き返した。



「やっぱりワタシは出来損ない―」



『出来損ないなんかじゃねえ』



俺はヘイゼルの言葉を否定する。

当然だ、悩み苦しむ人形がどこにいるのだろうか


こいつは漸く、心を得ようとしている。

一方的に求めても得られなかったものを、ようやく手を取り合う事で

ヘイゼルは本物になろうとしているんだ。


これを未だ死体人形と定義付けしてしまうのなら。、


それこそ彼女は最高傑作の人形に違いない。



『失敗を苦しむ事は人として当然だ。人の痛みを理解して恐るのも…お前が自身で学んだものだ

お前は俺らが思っている以上に“人”である証拠だ』



「ひと…」



『お前は人形なんかじゃない。そして、人形だったとしても…俺たちは変わらずお前を仲間だと思う。これからも“繋がり”を紡いでいく』



「ジロ…」



なんだよ、出来んじゃねぇか…

俯いた顔を上げたヘイゼル。その表情はまさにただひとりの少女が見せる泣き顔に違いなかった。



そうさ、変えてゆける。

こんなクソッタレな運命だって変えてみせる。


だから、力を貸してくれ



『ヘイゼル。お前が頼りだ』



「……うん、わかった…!」






グォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!




唐突の咆哮。

俺たちは、その方向に目を向ける



「なんだなんだ!?」



「ドラゴンが…!」



奥でそんな喧騒が聞こえる。



『ドラゴン?』



まさか…ニーズヘッグが、ぬぅおっ!!!!

こちらにまで至る大きな突風。



「パパ…行ってみよう!」



『あ、ああ』



くっそ、こんな時に!

これもまさか仕組まれた運命なのか?

俺たちは、騒ぎのある奥へと走り出す。


すると、そこには



「え」



ニーズヘッグとは姿の違う見覚えのない巨大なドラゴン…いや、ある

こいつは一度目にした。


戦争屋がこちらに襲撃した際に、魔導砲のついた飛空艇を破壊したドラゴン。


もしや



「ジロ!!アリシア!!無事ダッタノデスネ!!」



そのドラゴンは攻撃する意思も見せず、こちらに気づくとそんな馴染んだ口調で言ってきた。



『おまえ、まさか…リンドか!』



その質問に返すように周囲に大きな突風が吹き、ドラゴンの姿を覆うと

そこから見覚えのある仲間の姿を目にした。



「ええ、失礼ながら“私たち”も此処に出張らせて頂きました」



彼女の傍らで更に二人



「イーズニルさん!?大丈夫ですか!?」



「だ…だいじょ、ヴォエエエエェ」



「シア!それに坊ちゃん!!」



アリシアの呼び名に反応したのか、イーズニルは口元の汚物を必死で拭い取り



「ぼっちゃんはやめて下さい!アリシア様!!これでも僕は116歳なんでs…ヴォエエエ」



衝撃の事実


この少年の姿で116歳!?


どういう肉体しているんだ



『あ、そうか』



エルフは普通の人間と違って長命って話があったな。

それにしても、やっぱりそのギャップには驚いて仕方がない



それよりもそんな話は後だ。



『お前たち、どうして此処に!?』



「僕も…いえ…ヴォエエエ」



『君は少し安静にしてなさい』



「ジロ様…私が此処に居る理由。おわかりですね」



『…ああ、やっぱり。お前も気づいていたのか?』



「はい、一瞬聞こえた歯車の音。あれは大きな運命…メガロマニアがこの場所に収束している事を示しています」



やっぱりそうか。



『今回は二度聞こえた、となると今回はメガロマニアが二つ存在していると言う事になるのか?』



「二回…そんな…私が聞こえたのは一度だけ。貴方たちが出発して暫くしてからの事です」



馬鹿な。シアが一度しか聞こえていないという事は。あの『選択』のヤクシャの時に聞こえた音は一体なんだったんだ?

―だが、今はその食い違いを模索している場合じゃない。



『ってぇことは、リンドは二人に頼まれて来てくれたのか?』



「それもあります。ですが…私にも多少の私情がありまして…」



“私の私情” その言葉を口にする時の彼女の表情は今までで見た中で一番怖く、猟奇的だった。



『そ、そうなのね…はは、もしかしてあのニーズヘッグと関係してたりして―』



ドンと地を叩くような音。再び巻き起こされる突風。

周囲の人が「ウワァ」と叫び慄く



こ…恐ぇえええ



「ジロォ。“それ”は今どちらに?」



『スイマセン。アディリエでアリシアがボコボコニシマシタガ、ソレイコウハ新手ニクイトメラレテトニカクコノバショニムカウコトヲ優先シマシタ』



「パパなんでカタコト」



『すいません』



「いや、謝られても」



たじる俺を見てリンドはため息をつき



「仕方ありませんね。“あれ”を始末するのは後にしましょう。それで?これからどうするおつもりなのですか?

それに…ここに来る途中で見えた大きな光。あれは一体」



『ああ、どうやらまた戦争屋が一枚噛んでいたらしい。だがその話も後だ』



本題に戻さないと

そして、竜化できるリンドが居る事は今直面していた作戦の難題には丁度よかった



『今からでもあのイヴリースの居る場所へ向かいたい。それだけ頼めるか?』



「あの場所へ行くというのですか?」



『ああ。あいつを封印させる算段は立てた。あとは、その通りになるかどうかだ』



「…わかりました。私があの場所に連れて行けばいいのですね」



『頼む』



「私も同行します!よろしいですね!」



確かにシアがいてくれた方がメガロマニアに対しての対処が正しく行える。

俺たちは一先ずハワードの居るところへ向かいこの事を報告に…ん?



誰かが、遠くで手を振って近づいてくる。



「みんな…!」



リアナだ。

どうしたよ、何かあったのか?

俺らの元まで来ると彼女は今にも泣きそうな顔で言う。



「ガーネットが…ガーネットが…」










「よぉ。こりゃあ随分な大所帯じゃねえかよ」



急いで医療施設に向かった先。聴き馴染んだ皮肉を漏らす眼帯の女。


ガーネットが目を覚ましたのだ。

リアナはそれをいちはやく皆に伝えようと先程まで探し回っていたようだ。



「ガーネット…あなた、その脚」



リンドが目を見開きそれ以上の言葉を失う。



「へへ、してやられたって感じかぁ」



その表情は、あまりにも達観して

まるで仕方ないと諦めた者がみせるものだった。



「戦争屋…!」



リンドは先程のニーズヘッグとは違う形で激情を露にする。



『落ち着けリンド…当然俺もいずれ奴らには報いをしてもらおうと考えている。だがそれは今ではない』



それよりも。



「あ…」



ガーネットが向けた視線の先。

ヘイゼルがそれに気づくと縮こまるように俯く。



「良かった。お前さんが無事で―」



「どうして…ワタシを助けたの?それは非効率で…」



「わかんねぇよ。あたしだって解らねえ。これだけは言える。あんたが特別だったとかそんな意識はしてねぇ

…けれどなぁ、だからこそお前を助けたのかもしれねぇなぁ。そして、私は助けられた事を知って安堵している」



そう、きっと誰でも変わらない。

彼女は逃げ遅れた人を誰彼かまわず助けたのだろう



でも、その言葉をヘイゼルが受け止めるにはまだ早かったのだろうか



「ワタシは…ヤクシャだ…ヤクシャなんだ…!」



彼女は理解の出来ない優しさに涙を流している。

理解しようと今までの事を思い返し

思い出すほどに、今までの行いを思い出し


自分が犯してきた罪の幾らかを悔いているのだろう



「ばーか、いっちょ前に泣きやがって。それぐらいはいい加減解れよ。

あんたもう自分ひとりの身体じゃねえんだ。てめぇ自身を失ったところで

てめぇ自身どうなるかなんて実際誰も分かりっこねぇんだ。けど、その傍らで悲しむ奴が少なくとも此処には居るんだよ」



『特大ブーメランなんだよ大馬鹿野郎』



「全くだ」



頷くハワードに「うっさいわ」とそっぽを向くガーネット。



「ヘイゼル…お前はさ、ヘイゼル。もうヤクシャなんて厄災じゃねぇんだよ。そりゃあ“あの時”はあんな事も言っちまった。

けどな、もうここまで来たら仲間と変わらねぇんだよ」



ガーネットは自分で喋って勝手に「そうだな」と納得したように言葉を続ける。





「仲間を助ける事に理由なんてねぇって事だよ」

紡いでいく軌跡。


それは人が他者を思う事で広がっていく


ほんの些細な出来事、出会いでさえも


重ね続ければ


心に残れば


きっと


人は人として有り続ける。



人間として『接続』していく。





「ガーネット。ありがとう」



そう、彼女もまたヴェニスタで知ってしまったのだ。



アリシアのパンケーキを二人揃って両手いっぱいに抱えて歩いたあの瞬間



誰かの為に事を成そうとし

誰かが喜ぶ事を望んで無理をしてしまう小さな少女がそこに居る事に。



気づいてしまったのだ。

傍らで誰かの為に微笑む彼女が

それは人形でも厄災でも無い、本当にただひとりの少女であると。




故に、あの危険な状況で自分の足と引き換えに手を伸ばしてしまった。





そして、もう一つ

この場所の誰にも言えない事があった。



「お姉ちゃん!」



トールハンマーが迫ってきたあの瞬間、弟の死と重ねてしまったのだ。

その理由だけはあまりにも今の自分にとっては傲慢かもしれない




それでも、ヘイゼルだけでなく

ガーネットは自分自身の何かが救われたと思っている。



そう思いたかったのだ。

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