光の爪痕
「なんという事だ…」
観測所から、大きく目を見開き驚愕する司祭。
大きな光。
それが、アルヴガルズの半分を大きく飲み込み焼き払った。
霊樹の傍らまで及び、大きな街を、河を、黒く蠢く魔物を
そして天に舞い上がるように封印の結界をも喰らった。
「お姉ちゃん…」
司祭の隣で姉の名を呟き、拳を胸に当てて握り締める少年アグニヴィオン。
その静寂の果てに、鳴り響く魔神の咆哮は皆の絶望の鐘の音に相応しかった。
一方で、そのトールハンマーの光が通った軌跡の傍ら
「な…なんなのよ…これ」
先程までいた魔物の影もなく、抉られた大地はいまだ熱を残して焦げた土の匂いを漂わせて
道をなぞる様に生えていた木々は火を纏う葉を散らしながらその命を終えようとしていた。
一瞬で景色が変わるほどに焼き払われた目の前の惨状にリアナが目を見開き立ち竦む。
「一体何が…」
彼女は少し前までの出来事を回帰する。
ジロとアリシアが何者かによって連れ去られた瞬間、あまりの出来事に皆が困惑して周囲を探す中
前に出ていた自分たちに誰かが遠くから「その場を離れろ!こっちに戻ってこい!」と叫んでいた。
暫しガーネットとヘイゼルらで話し合いすぐさまその場を離れるように戻った途端
私たちの背後を掠めるように遠くからあの大きな光…魔力の塊が襲い掛かって来た。
風を飲み込む程のあまりある衝撃に為すすべもなく
自分が生きているかどうか実感を奪わせ、目を眩ますほどの雷光。
幾度となく紡がれてきた神話をなぞるなら
まさに“神の鉄槌”とはこの事で間違いないだろう。
その光が少しずつ上へ昇り、封印の山を削りながら消えていくと
まるで居た場所をすり替えられたように
今、目の前にある景色へと打って変わったのだ。
「あ―」
そしてリアナは漸く我に返り、震えるそのてを押さえ込むようにギュッと手に持つ杖を更に握り締める。
「み、んなは?」
先程までいた仲間をその目で探しはじめる。
「ガーネット…ヘイゼル…?」
彼女の中で心臓が高鳴っている。
いけない…どうしてこういう時に限って“また”仲間と笑ってた記憶を想起させてしまうのか
いつも…いつも、それを思い浮かべた仲間は次に会うときはいつも“動かない”
「お願い…」
少しずつ歩き始める。
「おねがい…」
両手で祈るように杖を握る。
「どこ…どこなの…?」
目尻に思わず涙がこぼれ始めている。
それは彼女にとって自分が生きていた安堵と
仲間に対して何か起きたかもしれないという絶望が入り混じった感情を彩らせた涙。
そして、いまだ大地を焦がす匂いを漂わす奥でリアナはようやく二つの影を見つけた。
「ガーネット!ヘイゼル!!!」
彼女は喉を枯らして縋るように叫び駆け寄った。
「ったく―あぶねぇなぁ!マジ死ぬかと思ったぞ」―。
きっと彼女ならそう言ってくれると信じている。
だから…どうか
二人に近づき荒々しく呼吸を整えながら見下ろした先。
「リアナ…!」
彼女に急ぎ気づいたのはヘイゼルだった。
ヘイゼルも先ほどのリアナ動揺に縋るような声でこう言う。
「ガーネットが…!」
「ガー…ネット…?」
うつ伏せのまま動かない赤髪の帝国兵。
ヘイゼルは必死にその手に光を宿しながら背中に手を当てている。
「…嘘でしょ?」
彼女がガーネットに与えているそれは治癒魔法。
「リアナ、どうしよう!血が…血が止まらないっ…」
今にも泣きそうな表情で言う。
そしてリアナが向けた視線の先
ガーネットは両足を失っていた。
ヘイゼルの言うように彼女の足の付け根からは
失ったそれの代わりに真っ赤な血が花のように広がっていく。
「くっ…!」
落ち着け、落ち着くんだ。
リアナは受け入れがたい現実に目眩を起こしそうになりながらも
歯を食いしばり意識を保とうとする。考える手を止めてはいけない。
「ヘイゼル。一旦彼女をつれてここを離れましょう。多分、今のあなたじゃ治癒魔法が機能していないのよ」
「どうして…」
「ここは霊樹によって生まれたマナが漂う場所。聖女への信仰を寄り代にしている貴方じゃ分が悪いの」
「でも…ガーネットは、ワタシのせいで…」
そう、ガーネットはその気になればあのトールハンマーから逃げ切る事が出来た。
だが、彼女はそうしなかった。
リアナが言うように信仰を寄り代にしているヘイゼルは
自分の中に残されていた精霊が体内を循環するときに生まれたその魔力だけで力を酷使していた。
いつ糸の切れた人形になってもおかしくなかった。
それが運悪く“その時”に来てしまっていた。
そしてガーネットはまともに動けなくなった彼女を救う道を選んだ。
無理やり持ち上げて思い切り前に押し出し
自分の足と引き換えにしたのだ。
なぜ、ワタシを―?
当初は敵として判断されガーネットに処分されかけていた。
なのに、今は救われた。文字通り身を削ってまで自分が救われた。
その選択肢はヘイゼルが“自分”というものを手に入れてから未だ経験したことの無い意図。
到底理解に及ばない事だった。
それなのに、彼女の中でそれと同時に自分でも理解できない何かが
ヘイゼルとして受け入れてくれたあの日から
アンジェラ・スミスが与えたその平手から
灯された小さな火が
この瞬間にすこしずつ熱を帯びて渦を巻き始めている。
「それでも!急がないと彼女が死んでしまう!ヘイゼル!!
自分の事を考える前に今は救ってくれた彼女のことだけを考えなさい!!」
大きく叱咤するリアナにヘイゼルはハッとし
すぐさまガーネットを抱き抱えて動き出した
「リアナ…!何処へ向かえばいい!?」
「落ち着いて。貴方はまだまともに動けないでしょ。」
リアナはガーネットの足から流れる血を、自身のローブを無理やり破りそれで縛り付ける。
彼女の口元に耳を当てる。
…弱々しいがまだ呼吸がある。
「ガーネットは私が背負うから。とにかくそのヘル=ヘイムを持って門の前線まで戻りましょう。医療班もいるはずだから」
リアナの指示通り彼女は急いでヘル=ヘイムを回収してナナイやギルドの増援がいる前線まで向かう。
その道中で、トールハンマーに巻き込まれずに生き残った魔物の残党が立ちはだかる。
「邪魔をするな!!」
リアナは激昂して翳したその手に風を生み出し魔物らを弾き飛ばす。
もう少し…あの場所に行けば…
「お前たち!!大丈夫か!!」
すぐ向かいで叫びながら近づいてくる男の声が聞こえた。
その声はあの光が放たれる直前に警告してくれたその声と同じ者だった。
「増援のひと!?急いで!負傷者がいる!!両足を失っているの!!」
男はリアナが背負っている負傷者の姿を見て狼狽する。
「ガー…ネット…!」
ようくみると着崩してはいるがその男の格好には見覚えがあった。
帝国軍将校の服装。
「あなた帝国の…彼女の関係者なの?なら、急いで!まだ呼吸はあるけど血をいっぱい流してしまっている!」
「くっ…!一先ず落ち着こう。ここには俺の他に医療班を連れてきている!…オイ!!こっちだ!!負傷者がいる!急いでくれ!」
男は直ぐさま遅れて駆け寄った医療班を呼びつけ、ガーネットの様態をみせる。
「医療班のイルダだ。大丈夫、彼女はまだ生きている。回復魔術で応急処置をした後に安静な場所へと連れて行くが、いいな?」
「おねがい」
応急処置を直ぐ様終えて、医療班数人はガーネットを運び、コンドルのある前線の方へと向かう。
「名乗りが遅れたな。帝国軍大佐のハワードだ」
「リアナよ…どうして帝国軍が今更になって来たの?あんたらは撤退してあたしらに匙を投げたんじゃ?」
「話せば長くなるが。元々俺はあいつの…ガーネットの上官だ。そして、俺が来たのも自身の独断だ」
「そうなの、貴方が。なら教えて…あの光はなんなの?」
ハワードは申し訳なさそうに俯き、口を開くのを躊躇うも
「あれは、帝国が…いや、ブラッドフロー財閥が帝国に提供した超巨大魔導砲トールハンマー。あのクソ女が
この時の為に用意していた兵器だ」
「アシュリー・ブラッドフロー…!あいつが…元凶だというの…!?」
「俺はガーネットを通じて来た情報から秘密裏にナナイにアルヴガルズへ支援するように支持していた。
しかし、このトールハンマーがあると知った途端に全てが危険に晒されると知った。何か伝える方法が無いか模索していた所に」
―彼は思い出す。
侵入者の警報が鳴り響き、急ぎヤクシャが居る場所に向かった先で
本部の廊下を鮮血に染めたセラ・ゼルクリンデの姿。
この状況下、奴を会議室の方まで誘導させれば試射どころの話では無いはず
ハワードは腕を震わせながら銃を構える。
その姿に気づいたセラは瞬間的に姿を消し
瞬間的に目の前に現れた。
大きい。異端信仰者祭司長でヤクシャの4を冠する者は女性と聞いていたが。ハワードの身長をひとまわり超えていた。
そのせいか前かがみになって見下ろすように顔を彼に向ける。
「あなた…魔術師ね?」
「あ…?」
唐突な質問に力が受けるような声を出してしまうハワード。
どういうつもりか理解出来ず、手元の銃の引き金に指を掛けることも忘れてしまっていた。
「怯えなくて良いわ。貴方の目論見は既に私の意志となっている。これを使いなさい」
彼女が懐から取り出し渡してきた物。
それはガーネットの持つ月代の鏡に形が酷似していた。
「お前…これは」
「魔力に反応して移動する代物よ。使えるのは一回きり。アルヴガルズに座標を合わせているわ。それで急いで向かい皆を避難させなさい。
これから私は本部に行きトールハンマーを食い止める。けれど念の為よ…
行かなければ今ここで貴方もここにいる者たちと“お揃い”になる」
俺は彼女の後ろで首を失った死体を一瞥し
「上等だ。あんたの目論見も既に俺の意志に違いない。ここは失礼させてもらうぞ」―
しかし、結果的にトールハンマーは放たれてしまった。だが、アレの照準は固定されていた筈だ。
それが無理やり上にまでズレ動いていたのは彼女のせめてもの悪あがきなのかもしれない。
それでもこの甚大な被害には目を見張るものがあった。
だが、被害はこれだけでは留まらない。
―ヴァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア
イヴリースの封印の山から聞こえる大きな咆哮。
皆が、その雄叫びに天を仰ぐ。
夜を照らす霊樹の葉は瞬くように点滅して、その光を次第に失っていく。
「まさか…封印が解けた…!?」
「まずい…!一旦こっから離れるぞ!!ナナイ達が居る所まで走れるか?」
「―わかったわ。ヘイゼル、貴方は私が背負う。いいわね」
「あ…りょうかいした」
リアナは急ぎヘイゼルを背負い、ナナイらが居る前線へと駆けていく。