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ドール=チャリオットの魔剣が語る  作者: ぼうしや
霊樹終末戦線
65/199

57:恐ろしく整った舞台装置

「おう!みんな無事だったか!ジロも大丈夫か?さっきまで意識飛んでたっていうけど」



急ぎ観測所に向かった先で、安堵の表情を見せ駆け寄るガーネット。



『心配かけてすまない。状況は?』



「あまり芳しくはないな。避難させた住人がいるこの場所には魔物除けの結界と物理結界を二重に張っているがそれも時間の問題。

やつらは此処に攻め込む軍勢と霊樹そのものの二手に分かれてこちら側に進行している…霊樹の根にある封印の核を食われてしまえばそれこそ

イヴリースの封印が解き放たれてしまう。その前に取り急ぎ神和ぎの準備に掛かっている所だ。後は…頼めるか?」



ぺスリットは頭を下げて願いを請う



『だが…アリシアが…』



こんな状況だ。俺の頭の痛みはなんとか収まっているが

病み上がりに等しいこの子を今動かすには―



「大丈夫」



後ろで立ち上がり、魔剣を携えるリアナに近づくとアリシアは無言でその手を差し出す。



「リアナ。ありがとう…もう、大丈夫だから。パパを」



この子の強い眼差しにリアナは目を見開き…それでも何かを堪えるように唇をギュッと締めると


寂しそうな目で優しく笑い「そう」と魔剣おれを差し出した。



『アリシア…』



「パパ。もう、次はあんな事にはならない。今、凄く体が軽く感じている。もう一人の私が居なくなったってのもある。

けれどそれだけじゃない。きっと、全部話せたからだと思う…

それに、私は守りたい。ここの人たちも…優しくしてくれたあなた達やパパを」



アリシアは強く魔剣おれを抱きしめる



ああ、この子は―俺なんかよりも本当にしっかりしている。

俺の娘でいる事がもったいないくらいに。



『はは…何さ、綺麗言いって。“僕”が居なくなってから随分調子がいいようでよかったねぇ』



その言葉に皆が振り向く。

アリシアと同じ声、否…ヘル=ヘイムに封印されているもう一つのアリシアだ。


なんとも捻くれた声色で、同じアリシアの声で続けざまに言われると調子が狂ってしまう。



『お前も漸く口を開く気になったか。“アリシア”』



『お蔭様でねぇ。暗い暗い器の中でも、どうにかやっていけるようだよ。キヒヒ』



『そうか、それなら安心だな。だが、今はすまない。お前と話している時間は無いんだ。変な挑発はよしてくれ』



『挑発?とんでもない。僕は事実をいったまでさ。…それに、僕も君たちの力になりたいから口を開いたのさ』



『何?』



俺は想像だにしなかった言葉にもう一度聞き直す。



『手を貸すと言っているんだ。神器ヘル=ヘイムと呼ばれたこの僕がね』



『なんの気まぐれだ?今のお前に何のメリットがある』



『パパが壊れてしまったら元も子もないからね。そうなる前に僕に出来る可能性を提唱したいだけさ』



可能性?どういう事だ。お前に何が出来るってんだ



『おまえ、もしかして騙すつもりか?』



「まちなされ。ジロ様」



俺と“アリシア”のやり取りに割って入る老爺の声



「今、この神器はヘル=ヘイムと名乗っておりましたかな?」



『ああ…端的に説明すると俺が創ったものだ』



「…なんと…!?」



長老のジオは目を見開き驚いた顔を見せる。



「この老躯、よもやあの世に行く前に神話の片鱗に触れる等とは思わなんだ

このような危機的状況でなければ、あなたの存在は非常に危険なものでしょう…

しかし、その神器が誠に古の神話に記されている神器と同じであるならば、正にこの場に置いて救いの可能性を見出すカギとなる」



『どういう事だ?』



「神器ヘル=ヘイム。魔力の器、シの世界の模倣。その槍の姿はあくまで世界が閉じられている状態に過ぎない」





―その神器は、槍のような形をしているが武器等ではない。本来は一つの空間―…そう、世界そのものと言ってもいいだろう




フレスヴェルグがそのような事を言っていた事を思い出す。



『空間…』



「左様、これを使えばイヴリースの魔力をヘル=ヘイム内に吸い込んで一時的に封じ込める事が出来るはずじゃ」



『だが、そうなると中にいる“アリシア”が…』



ヘル=ヘイムに封じ込めたイヴリースの魔力によって同じくして中に居るアリシアがどうなってしまうのか解らない。



『パパは、僕がこうなっても優しいんだね…でもね。問題ないよ。僕にはわかる…この空間は何処までも果てしない…

概念そのものなら話は別として、存在として在るだけの魔神風情の魔力が収まりきらない筈がないさ』




『けれど…』




いや、迷っている暇はない。

ここで手をこまねいても時間が過ぎるだけなんだ。


今はどんなご都合展開でも甘んじてやってのけるしかない…



「まぁ、取り敢えずはそのヘル=ヘイムを使うとして先ずは…魔物の軍勢を何とかしなきゃだろ?」



ガーネットは頭を掻いてこれからの事を話し始める。



「ちょい前に観測所からアディリエの方を伺った。あの場所は再びイヴル・バースの連中が追従して来るギルドの仲間達を攻めて来るかもしれん。

なので、取り敢えず今出来る事は伝書鳩を用いて迂回のルートを奴らに送り付けるしかねぇ。あとは―」




ガーネットは腰のダガーをさすり「こいつだけじゃあ私も心もとねえが」と呟くと




「あとは、ここに居る私たちで時間を稼いで食い止めるしかねぇ…!始めよう、霊樹防衛戦を」



そうだ、やるしかない…俺たちで、悲劇を食い止めなくてはいけない…!



その場にいるアルヴガルズの守護者らも意を決したように立ち上がる。



「此処に向かってくる魔物らは我々アルヴガルズの守護者にお任せください。

どうか、貴方たちはリアナと共に霊樹に向かう魔物をお願いします…!」




『わかった…急ごう、みんな!』




各々が覚悟を決め、頷きはじめる。




「ジロ、“アリシア”は私が預かっていい?」



直後ヘイゼルがヘル=ヘイムを指差す



『どうしてだ?』



「私は、知っている…“これ”の使い方を…覚えている気がする」



覚えている気がする…。

彼女の言うそれは、その継ぎ接ぎの聖女の肉体に残された記憶の残滓がそうさせているのだろうか…?



アリシアを救う為に創られたヘル=ヘイム


使い方のわかるヘイゼル



俺は心のうちに微かなもやが掛かり一瞬思いとどまる

何かが引っかかる…しかし今は考えている暇もない。



今は何よりも魔物の掃討が優先だ。



『わかった、ヘイゼル。“アリシア”を頼む』



ヘイゼルは神器を手に取り、魔剣を抱えているアリシアはそれを鞘に納め、背負う。


ああ、やっとしっくり来たって感じだな。



『なんか、ちょっと離れていただけなのに少しばかり久しく感じるよ』



「そう?恋しくてたまらなかったんじゃないの?私が」



『当たり前だ。愛する娘の側を離れる事がどれだけ寂しい事か』



「…なんだか、照れ臭いわね」



アリシアは少し顔を赤らめて俺に目を合わせる事無くその観測所を出る。


すると出てすぐの所でリアナが立ち止まっているのが見えた。


彼女の前に立っていたのは、



『アグ…』



彼はいつもの姿と打って変わり

司祭のぺスリットよりも仰々しく重々しい白と緑の礼装をその身に纏っていた。



そうか…もう、準備が始まっているんだよな

いざリアナもそれを目の当たりにして、いよいよだと思い詰めてしまったのだろう

その肩が小さく震えているのがわかる



「あ、あはは…なんか、こんな姿を見せるのは少しばかり恥ずかしいですね」



俺や目の前の姉に対し、笑って重々しい空気を誤魔化すアグ。



「…アグ」



リアナはギュッと杖を携えた手を握りしめる。



「しっかりしなさいよね…あんたはもう、子供じゃない」



きっと彼女のその言葉は、目の前の弟よりも

誰よりも自分に言い聞かせているのだろう…


それでもアグはこれから迎える運命を恐れる様子もなく

いつもの優しい顔で



「…大丈夫だよ、ありがとう…お姉ちゃん」



そう言ってリアナの横を惜しみなく通り観測所へと向かった。



そう、彼の気持ちも一緒なのだ。

自分の命と引き換えに



守りたいものがある。



何度だって言い聞かせるさ。



迷うな…



戦うんだ。

共和国領、大聖堂。



異端の信仰者であり、世界に『乖離』のヤクシャとうたわれ

共和国の災厄として名を馳せた大神官セラ・ゼルクリンデ



彼女のみが存在するこの領域で、彼女のみの足音が響き渡る。



瞬間、特徴的な長い耳が何かに気づく様に、ピクリと反応する



そして彼女はその布で覆われた盲目の眼で空を見上げる。





「愚かな…。戦争屋フール、アルヴガルズを堕とすつもりなのですね」





そう呟いた時にはその場所に彼女の姿は居なくなっていた。

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