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ドール=チャリオットの魔剣が語る  作者: ぼうしや
霊樹終末戦線
63/199

56:プロジェクト・イヴル・バース

アリシアが語るもう一つのアリシア


神器ヘル=ヘイムに封印されているもう一つの意識



この子が、俺と前に進むと決め

光と闇の魂が溶け合う瞬間に生まれ落ちた世界に報復を求める凶暴性の塊



怒りの燃焼材、必要の無くなった感情の廃棄物。



しかしそれを切り捨てたところで、自分の記憶に対して裏切っただけにすぎなかった。




どんなに手放したものでも、自分というものに変わりなかった。



やがてそれは時間をかけて幾度の胎動を繰り返し。

常に胸の内側から何度も叩かれるような躍動に襲われ。

己という意識を揺さぶってくる。



だからこそ、常に睨みをきかせる必要があった。



常に…




「本当はね、こんなにちゃんと寝たのも久しぶりだったの」



いつもの仏頂面が嘘のように穏やか顔で、けれども

どこか寂しそうにアリシアは答える。



ずっと…今まで寝たふりをしていたのか?


アグと借宿にいたときも

馬車に乗っていたときも



ずっと堪えてきたのか?

ずっと、お前は心の中の羅刹と対峙してきたっていうのか?




ずっと―



「ごめんなさい。黙ってて」



決して目を合わせず、自嘲気味に言うアリシア。




けれども、“ごめんなさい”という言葉によって咎めたいのは

何も、何一つ気づいてなかった俺自身にだった。


どんなに、パパは知らなかったから、とこの子が弁解をしていても


俺自身が俺を許してはくれない




俺は―…




「ジロ、そうじゃない」



割り込むように入って来た声

視界を上にみあげると彼女はすぐ側にいた



『リアナ…』



「え」



何も言わず伸ばされた彼女の手は

アリシアを引き寄せ

強く、つよく抱きしめる。



「あ…えと」



何がどうなっているのか解らず戸惑うアリシアを包み込んだその手は優しく背中をたたき、頭を撫でる



「今は端折った話しか聞いてないからね。実際のところはなんなのかも解らない。

けどね、あんたが必死になって辛い思いをごまかして堪えていたのはわかったよ」




「…」



「…よく頑張ったね。あんたはえらいよ」



「……」



アリシアは自分顔を隠すように俯き

けれど、リアナのその懐に甘えるようにうずくまった。

まるでずっとそうして欲しかったように

ずっと誰かにそう言って欲しかったように



ああ、そうか…



『リアナ』



「うん」



『ありがとうな』



今の俺にはそれが出来ない。

この姿じゃあ何も出来ない。

でも、本当ならこの子がいままで頑張ってる事を知った時にこそ

掛けてあげる言葉が俺にはあったんだ。


贖罪や言い訳に駆られて自分に酔って

俺は本当に大事な事を見落としていた。



「わかるよ…あなたのその歯がゆい気持ちは」



『いいんだ。今の俺には出来ない事ばかりで、出来ることすらも見落とすところだった

それに気づかせてくれたのはお前だ。リアナ。だからこそ、ありがとうな。』




「いいのよ…。きっと、これは私の我が儘でもあるのだから」








―再び眠りについたアリシアの頭を膝の上に乗せ

優しく撫でるリアナ。



「ねえジロ。教えて。あなたは…本当はなんなの?」



アリシアが寝ている手前、そっと静かに、囁くように聞いてくるリアナ。


ずっと気になっていただろうに。

俺という存在が、この子との関わりがどういうものなのか


リンドには口止めされていた事だ。

だが、ここまで来て黙っている事も出来ないと思っている。

それに、アリシアに優しくしてくれた恩には報いないとな



意を決して俺は口を開く



『俺は、元々この世界、ニド・イスラーンの人間ではないんだ。』



「…冗談では、なさそうね」



『俺だって今でもこの状況が夢なんじゃないかと思ってる。でも、もしそうなら…今は醒めないで欲しいと思っている。

現実はあまりに残酷で無慈悲だったからな』



「よほど辛い事があったのね」



『…そうだな。死を選ぶくらいには苦しかったさ』



「…何が、あったの?」



『俺には妻と娘がいたんだ。…けれど妻は病で亡くなり、娘も事故で失った。その運命はあまりにも苦しくて、俺は自殺を図った』



「そう…」



『死を目前にした瞬間、俺はある物体との邂逅を成した。そいつは自信を『神』、アズィーと名乗っていた』



「神アズィー…?極界の巫女だけが唯一交信を可能とする女神とあなたは会ったというの?」



『正直、解らない事だらけだが…これだけは言える。俺の会ったアズィーと女神アズィーは別の存在だ、と思う…』



「まって、ちょっとまってよ…」



リアナは頭を抱えて、必死で状況を整理する



「なら、あなたはその女神では無いアズィーによってここに呼び出されたというの?」



『奴はこの世界の事を“二面世界”と言っていた。そして、この世界の余剰な変革が急速的に進行している…と。そして、おれに

それを正せと…その為に極界の巫女に会いにいけと。まったく、無茶を言いやがる神様だよ。俺は心底、神様というものが大嫌いだよ』



「突っ込みたいところが色々ありすぎて、頭が痛くなるわね。何より、極界の巫女に会う?本当に途方にも無い話ね」



『ああ…その為にギルドに登録してこの子と、アリシアとお目通りが叶う程の立場を目指していたところだ』



「…その子はやっぱり、あなたの娘じゃないのね…」



『違う』



「え?」



『この子は、俺の娘さ。それだけは何があっても否定出来ない…』



「…そう、あなたにとってもこの子はとても大切な娘なのね…」



『ああ』



俺は長々と彼女に語った。



アリシアとの出会い、リンドとの出会い


俺という魔剣の事


アリシアの過去


叛逆者


ヤクシャやヘイゼルについて



ここに至るまでの道筋を、答えられるだけ答えた




一通り話を終えた時にはリアナはもはや、情報の多さにうつむき加減で沈黙していた。




「もう、いいわ…。聞いておいてごめんなさい。今のあなた達の内情は、このアルヴガルズにはあまりにも収まりきらない事よ。

ヤクシャまで絡んでいるなんて…正直、聞いて後悔している程に」



『そういう事だ。あまり気持ちの良い話じゃあないだろ?』



「そうね―…でも、貴方は…あなたが魔剣じゃなくて、ただ一人の父親だったってのは解ったわ」



『…そうかい』



「ねぇ、教えて。あなたの奥さんと娘の名前…なんていうのかしら」



『なんだ急に?』



「感謝の祈りを捧げるのよ。皮肉な話だけど…貴方が死を選ばなければこの縁は繋がることは無かった」



そうだ、実に…実に皮肉な事だ。

だが、彼女の気持ちを否定する理由もない…



『そうだな…妻はナツ。娘は―…』




…娘の名前は?



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。




ジジジジ…




『ア、アアアアアアア…アアアアアアアアアアアアアアアアアアア!?!?!?』




「ジロ!?」



俺は、自分の脳に指を弄られたような痛みを感じて大きく叫んだ。




熱い…!?なんだ!?コレは!?



どうして…



どうしてだ!?




写真のように並べられた記憶が所々炙られるように焼かれていくビジョン。


魂が苦しいのか、頭が痛み出しているのかはっきりしない



熱い、痛い、熱い、痛い


熱い、痛い、熱い、痛い



何かを埋めようと必死になにかが入り込んでくる。


それが川のように思考の中を流れ、俺の記憶へと槍のように刺していく


どうなってるんだ!?


必死に理性を保とうと一心不乱に叫ぶ。






一体なにが・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




『そ、う だ…』



「ジロ…?」



『俺の娘は…俺の娘は…、俺の、むすめは…あ…』







―瞬間、大きな揺れが俺たちを襲う。








しかも…この揺れはいつものそれとは規模が違う



まさか、くっそ―…こんな時に…




リアナはアリシアをそっと寝かせ


その手に杖を構えて周囲を伺う。



「これは…!?」



水面に漂うニンフェアが不規則に光を点滅させる。

まるで俺たちに注意を促すように



何かが起こる予兆のように




「ジロ!リアナ…!」




ヘイゼルが慌てて神器ヘル=ヘイムを抱えて近寄ってくる。



「急いで、みんなここから出て…」



ヘイゼルは眠るアリシアを

リアナは俺を携えてマナの神殿から外に出る




―頑張ってね




リアナに半ば強引に連れ出されている中、眺め続けるニンフェアがそう優しく囁くように

後ろ髪引かれるような気持ちの中で俺は、自分の中に流れている痛みが少しずつやわらいでいる気がした。



「この揺れは異常よ…!!このままだと神殿が…!!」



急ぎ駆け抜ける中、足元の地は割れ洞窟として支えていた天井が瓦礫となって崩れ落ちてくる。

すでに、ニンフェアたちの在る神殿の見る影もなく



俺たちが飛び出すように抜け出した時にはただの瓦礫の山となっていた


それでもこの揺れは収まらない


足元を体幹で必死にささえて、体勢を保つのがやっとの状況も束の間



俺たちは遥か先



霊樹と封印の山に目を向けた。



背に置かれた空は夕暮れとなり、不吉なほどに紅い月がうっすらと覗かせている。



「ジロ、このマナの気配…」



リアナがその異常なまでの違和感に気づく。


そうだ。俺にも解る

俺の中でニンフェアの与えてくれた魔力が教えてくれる


抱えた安らぎの中で押し当てられたような負の感情、そして




「なんなの…これは」



『あれが―…封印の山の“本来の姿”』



見上げる空にゆっくりと上昇していく巨大な山…


それは地を離れ



ゆっくりとその存在を周辺の者たちに知らしめる。戦慄させる。






“KYAHAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA”






山から放たれる大きな衝撃波


大きな悲鳴にも似た歓喜の雄叫び。


周囲を震わせる程に再誕を待ち望んだ者の産声。




始まる



ハジマル



はじまる



イヴリースの復活はもう、俺たちのすぐ傍まで近寄って来ているのだ。

「サァ、始めようカ」



見下ろした先に蠢く魔物の軍勢たち


全ての魔物が大きく上昇する封印の山を見上げ、歓喜の意を表して叫んでいる。



我らが主よ


我らが命よ


我らが力よ


我らが母よ



霊樹と繋がる芯なる封印が解け、彼の驚異的な魔神は



あと一歩の所で顕現する。



初代エルフ王が霊樹と共に執り行った一番最初の封印。


神和ぎの意志を寄り代としたイヴリース復活の為の最後の封印。



“それが我々の最終目標”



鴉を模した黒いペストマスクで顔を覆う男は


その背に担ぐ大きな鎌に連なる鐘を鳴らす。響かせる



「長イ長い道ノリもこれで終わリ。サァ。始めヨウ」



その鐘の音が響く時、魔物の軍勢はついに動き始めるのだ。



霊樹の根元



神和ぎとなった者らの紡いできた“核”を喰らい尽くし



イヴリースの封印を解く



天魔神降誕計画プロジェクト・イヴル・バースを」

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