表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ドール=チャリオットの魔剣が語る  作者: ぼうしや
霊樹終末戦線
62/199

55:あなたの心に触れて

案内人に促され、アグと一緒に司祭らが集まる場所を後にする。

アルヴガルズの観測所を出たすぐ右に進んだ先にマナの神殿があるそうだ。


行く途中で多くのエルフの人々が所々で集まっている。避難してきた住民たちなのだろう。

武装をしている衛兵たちが周囲を警戒しながら時折避難者を励ますように声を掛けていた。

だが、俺は気づいてしまった。そんな衛兵が槍を握り締めるその手が震えている事を



「仕方ないわ、こんな事態になる事は霊樹が生誕して数千年の中で初めてなの。特異中の特異と言ってもいいわ。

みんな恐いに決まってる。あの常に穏やかな表情を見せるペスリット様でさえも、

眉間にしわを寄せ強ばった態度で今回の儀式を成そうとしている。当代を担う者としての責任を重く受け止め止めているのよ」



アグが振り返るとそこにはリアナが居た。



『リアナ』



「私も会合が丁度終わったから、あなたとアグの後を追ってきたの。いいわよね?」



『断る理由がないさ』



「そう。…それに、ジロ。あなたとは改めて話さなくちゃいけないと思ってたの」



彼女が聞きたい事は既に知っている。

俺やアリシア…それにヘイゼルの事もだろう


ニーズヘッグとの戦いでの奴の発言も含め

アリシアの人外的な再生―


目を瞑って置いとく事案にしてはあまりにも大きすぎる事なのだろう。




『わかっている。俺が話せる範囲で、善処するつもりだ』



「なら、ジロさんをリアナさんに預けてもいいですか?僕はちょっと野暮用があるので」



「…いいわ、いつもの場所に行くのでしょう?ここなら安全だからいいけど。一応何かあったときはマナを使って私に知らせなさい

あと貴方も戻っていいわ。魔剣は私が責任を持って案内する」



案内人は一度頭を下げると、観測所まで去っていく。



「それじゃあ、お願いします。リアナさん」



アグはリアナに魔剣おれを預けると、マナの神殿から少し横にズレた方向に歩いて行った。



『すまんな。アグもそうだが…お前の手を煩わせるなんてな』



「いいのよ。それに、こんな良い女に抱えて貰うんだから、謝罪よりは感謝のほうが嬉しいわね」



『自虐ネタが言えるだけまだ余裕そうだな』



「言うわね、これでもアルヴガルズでは有名な方なのよ。あたしは」



『そうかい、そうかい。そんなエルフいちの美女に抱えて貰っているのに残念だが、人並みの五感はご覧の通りさ。

見る聞くだけで精一杯な感じよ。柔肉の感触もクソもねぇ』



「貴方こそ、自虐ネタ言えるぐらい余裕があるんじゃない?」



『カカッ、そうだなお互い様か』



俺は屈託無く笑うが、見上げた彼女の顔は何処か少し寂しそうに俯いていた




「そうでもないわよ…」



『リアナ?』



「守護者をやって数百年になるけど、やっぱり恐いわよ―…きっとただ戦って死ぬことよりも恐い

誰かの為に戦うという事が…そんな責任がこんなにも重いと実感したのは初めて」



彼女が抱える魔剣を強くだきしめる。


数百年…そうか、エルフは普通の人間よりも長い時間を生きる事が出来るんだったな

ならきっと、今までも気を張ってアルヴガルズの守護者としての責を負ってこの居場所を守る為に戦ってきたに違いない

その辛さを俺が理解出来るかと言えば、できない

安易に想像する事もできない。




「…でも本当に怖いのは―…“あの子”が居なくなった世界を見続けること…かもね」



『あの子?』



「アグニヴィオン。私の…弟の事よ」



『お、弟…!?おまえ、アグの姉だったのか!?なら、どう、して…』



すこぶる驚いた、驚きのあまり言葉にも出来ない気持ちを無理やり絞り出してしまい言葉が吃ってします。



「仕方がないのよ」



またそれか…何故そんなに簡単に手放す事が出来てしまうんだ、たった一人の弟なんだぞ?



「わかっているの…それでも、アルヴガルズの守護者としての立場がそんな私の気持ちを許すと思う?」



『そえは…』



「ねぇ、ジロ。こんな私が薄情に思えるかしら?」



彼女の質問に俺は返す言葉が無かった。

どんな言葉を並べたって、結局は生まれ憤りが何処かに走り去るだけの問答


無責任な言葉を口に出来るほど道化を演じきる事も出来ない。



「いいのよ、ありがとう…」



リアナはため息をついて歩き始める。



『何故ありがとうなんだ?』



「その憤りは、守護者としてじゃなく、アグの姉としての私の為に貴方が代弁してくれたもの。今の私には出来ないもの」



『そうか』



「あの子はね…いっつもぼーっとしていて、周りともうまく溶け込めなかったの。守護者としての立場に身を置いてからはそれはそれは心配だったわ

母さんも病で床に伏せてて、時折司祭様には無理言って様子を見に帰ったりしたものよ。けれど、あの子にはマナペルカが居たから―」



『でも…』



「そう、“あの日”からマナペルカは居なくなった…そして、あの子も変わった。

当初はショックで暫くふさぎ込んでいたけど、父さんが遠征から帰ってきた時にいつもの土産話をしていたの。長らく旅していた外の話。

あの子は釘付けになって聞いていたわ。色々な情報、可能性。あの子は人が変わったように色々な勉強をしていた。私は前向きになってよかったと

思っていたけど…」



顔を上げて、アグが向かった先にリアナは振り向く



「さっきあの子が向かった場所はね、マナペルカが居なくなった川なの―。何か思い立ったとおもいきや、

いつもあの川に向かっているの…まるで何かにとり憑かれたように」



目を細め、寂しそうにムコウを眺める。



「いつも言っていた。マナペルカはもしかしたら、いつか帰ってくるんじゃないかって」



皮のグローブがギュッと絞られる音。

彼女のやるせない思いをその力の込められた手で感じた。



「私ね、守護者を務めるようになってからあの子とものすごく距離を感じるようになったの。

小さい頃はいっつも“お姉ちゃん”って呼んで後ろついてきたあの子が…今では私の事“リアナさん”よ?」



『リアナ…』



「アグが『神和ぎ』に選ばれた時だって。あの子は真っ直ぐな瞳で「やります」って言ったの。

父さんも母さんも、みんなも喜んでいた。私も立派になったねって…喜んでいたの。

でもね、時折思うの…守護者なんて呼ばれた私が…私は本当に守りたい人を守れたのか…って」




リアナが語るアグの話―



たった一人の弟を見守る事しか出来ない彼女自身の無力さ

そして、どんな立場であったとしても大切に思っている事


そんな色々を聞いてより一層、俺は胸が苦しくなる思いに駆られてしまう。


彼女が見せる弱い一面は何よりも儚く

愛する思いが何よりも強かった。



失う―…そうだ。在るはずのアグとの未来はこの儀式が成功した折に失ってしまう



「私には…アグが大切な親友を失った気持ちが解らない。けれども、その気持ちを…これからその弟を失って理解してしまうなんて

なんとも皮肉な“運命”ね」




運命…幾度とな聞いた忌々しい言葉だ。


ん?


俺はその単語に対して引っかかった



女神アズィーは言った、この世界の神にとっての運命とは事象と事象が重なって起きた結果に名前を付けただけのものだと


そして、それを意図的に操る者が居たとしたら…と



叛逆者トレイター



シアはその不確定な存在をそう呼んだ。

だが、確かにその意図を明確に表す存在メガロマニアは“あの時”この目で見た。

そして破壊した。



―そして、その意図的に組まれた運命が動き出す前兆



歯車の音。



いけない…シアにあの時話すべきだった。


ヘイゼルの事もあって最も重大な事柄である事を忘れてしまっていた。




最初は『選択』のヤクシャ、アイオーンとの邂逅



そして、次はアリシアの暴走―



この二つが然るべき仕組まれた運命だとしたなら、このアルヴガルズの何処かに



事象が収束するファクターが



メガロマニアが巣食っている可能性が高い。




まさか…イヴリースか?

叛逆者トレイターなる存在は、このイヴリースの封印を解除する目的でメガロマニアを送り出したのか?



なら何故トリガーがアイオーンとの邂逅とアリシアの暴走になる…



くっそ、全然解らねぇ


シアが居ない今じゃあ、情報が足りなさすぎる




「―ジロ?」



リアナの呼びかけにハッと我にかえる。



『お、おう…どうした?』



「何か考え事かしら?もう、ついたわよ。マナ神殿に」



視界を上に戻すと、そこは観測所の木材で出来た作りとは打って変わって

無骨なまでに石の積まれた遺跡のような建物だった。



壁には、蔦や苔で覆うように緑で彩られ


石と石の隙間からは緑色の光が漏れ出していた。



その正面入口からリアナと共に進む。


「もう少しだから」



洞窟のような一本道。暗闇を松明が微かに照らし、俺たちを導いてくれるように奥へ奥へと幾つも並べられている。


そしてその先にあったのは大きな空間。


足元を見る湖が広がり、睡蓮に似た形の花がその水面でいくつも漂っている。


そして、その花は燐燐と青い光を優しく瞬かせ

周囲の仄暗さを照らしていた。


雫が滴る音が静寂さに穏やかさを齎し


頭が痛くなるほどにザワついていた俺の心がまるで深呼吸をしたかのように落ち着かせてくれた。



『すごく…神秘的な場所だな』



「マナ…あなたの所では魔力と言ったかしら?それは私たちの体内で血流のように流れているものなの。

魔力は環境という情報を魂で喰らい、血肉のように培われていく。この場所は、その魔力を調整させる為にあるの」



『なるほど、いわゆるパワースポットってやつか』



「なにそれ?」



『…いや、気にしないでくれ。戯言だ』



正面に掛けられた橋を静かに渡る。



「ん?」



『どうした』



「不思議ね。魔剣…あなたが通るとニンフェア…この花が面白いくらい寄ってくるの」



確かに、周囲を見渡すとニンフェアと呼ばれる花が水面の上ですいすいと橋の下まで近づいて来るのがわかる。



「このニンフェアが魔力の調整を担っているのよ。もしかしたら、あなたの中の魔力にもこの花は興味を示したのかもね」



『魔力に興味を持つ花か…面白いな。なんつーか可愛げがあってさ』



「ふふ、魔剣がいうと冗談にしか聞こえないわね」



リアナは柔らかく笑う



「ニンフェア自体、魔術関連の界隈では高価な花として取引もされているのよ。ここに咲いているのは霊樹のマナの恩恵あってこそだけど。

本来はこの大陸とは真逆の位置、西の方にある竜の山々『ラース・フロウ』の局地で取れるものなの」



『ラース・フロウ、どっかで聞いたことがあんなあ。…それにしても、そんな竜のいるような危ない山じゃあそら値も跳ね上がるって話だ』



「そうね。でもそれに似た花ならあなたの居た街エインズでも咲いてるわ」



『え?マジでか?』



「ヱヤミソウって言って、流石にニンフェアよりは価値は劣るけど回復系統の魔術効果のある花としては広く流用されているわね」



ああ、アリシアと途方にくれて受けた小遣い稼ぎの依頼の花か。

でも…確かあれの依頼者は本当にただの花屋だった気がするんだが



「あの花は贈り物としても使われているのよ。花屋が依頼をするのは間違いではないわよ」



『ほう、そりゃあ花言葉的な意味でか?』



「そうね、確か花言葉は―」




「ジロ!」



リアナの言葉を遮るように俺の名を呼ぶ声が聞こえた。

その声の主はてててと小走りで向かい側から橋の上を渡り近づいてくる



『ヘイゼル!』



「ジロ!心配した。此処に来た時には返事もしないし、アリシアも…」



ヘイゼルにしては珍しく抑揚のある声色で俺に縋り付いてきた。

表情も眉をハの字にしている。


―よっぽどの事だったのだろう。彼女からすれば


俺たちが一緒にいてやると言った矢先にこの始末だ。



『ヘイゼル、ごめんな。心配かけた…アリシアは?』



ヘイゼルが踵を返して指をさす先



「やぁっほぉ…」



ああ、俺はそんな他愛もない娘のよびかけに心底ホッとしていた。

大きな祭壇の上で横になり弱々しく手を振るアリシア。


でも、意識はある。


どうにも、俺は以前意識を失った彼女を見て以来から

それに似た事態が起きると不安で不安で仕方なくなってしまう。



リアナもこれ以上は何も言わず、取りあえずはアリシアのもとへ近寄り

魔剣おれを一緒に横に置いた。



俺とアリシアは横たわりながら互いに見つめ合うと、彼女はバツが悪そうに目を逸らした。






「まぁ…その、なんだろう。今回の事に関しては―」





『おかえりなさい、アリシア』






彼女が何を言おうとしているのかは解る。何をおそれて、言いよどんでいるのかも


―だが、そんな事はお構いなしに




今の俺はただただそう、伝えたかった。





アリシアは目を見開き、スンと鼻を鳴らして顔をくしゃりと少しばかり歪ませる。

何かを堪えるように懸命に目を泳がせていた。

そして、鼻の頭を赤くさせながらようやくこっちに目を合わせて




言ってくれた。






「ごめ、んなさい…ただいま―」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ