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ドール=チャリオットの魔剣が語る  作者: ぼうしや
霊樹終末戦線
58/199

52:羅刹の産声と邪竜の怒轟

「ネフィリム・アカウント―」



ドンという大きな衝撃音とともにニーズヘッグはその重々しい巨躯をふわりと浮かす。

自身が飛び跳ねたわけでも翼で羽ばたいたわけでもない


突き上げられたのだ。一人の少女の一撃によって。



ニーズヘッグは、驚きを隠せないのか、大きく口を開いたままでいる。


前脚を先に出し、着地をするとすぐさま体勢を立て直す為に一度俺たちから離れる。





「―アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」




人がこの世に生まれ落ちる瞬間にあげる産声にも似た叫び声

空間を震わす響き

それがアリシアから発していると理解していても


ただの少女のものにしては余りある悍ましさだった。



「―っ!」



リアナも現状何が起きているのか全く理解できていないまま立ち尽くしている。


かくいう俺でさえも何が起きてしまっているのか理解出来ていない。



ただ、分かることは


ここに居るアリシアは先ほどのアリシアとは全くの別物だという事だけだ。



驚愕するニーズヘッグ。

奴は今に至って初めて、得体の知れぬ相手に対しその身を一歩退いている。




異端ふめい異常ふめい異質ふめい

要因、状況、予測の全てが思考の臨界点に到達している。




「ああ、身体が…身悶えするぐらい愉快だよ。空気がおいしい。彩る世界!!愛おしく!たまらなく壊したい!!!」




『アリシア―!!』



俺の呼びかけにも全く応えず、乱暴に魔剣を振り

一気にニーズヘッグへと距離を詰める。



「オマエ、オマエハ…」



その大きく裂けた顎門の奥で震えるような声を奴は漏らす。



「…ソノカンショク…オマエハ、『ウロボロス』、ナノカ?」



―アリシアは応えず斬りかかる。



「コタエロ!!コムスメ!!!!」



前脚で地を叩き、アリシアに応戦する。



「あはっ!」



だが、無邪気に笑いながら相手の抵抗をいとも容易く躱し


俺の意志とは無関係に発動するアルメンの鎖


それがドラゴンの首を縛り付ける。



「ヌゥ…!グゥ」



「ウエアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」



獣のような叫び。

それが、一人の少女から放たれているなどと誰が想像できるだろうか

ニーズヘッグは地に爪を喰い込ませて必死に堪えるも、

グンと引っ張られその巨体を一回転させる。



リアナのバフのせいなのか?

アリシアの、この魔剣の持つ本来の力なのか?


少女の…否、人間の持つか弱さなど軽々しく覆すほどの異常なまでの膂力



前回の神域魔術の開放ですらこれほどの力を成し得なかった。



先ほど聞いた「ネフィリム・アカウント」―



アリシアの詠唱が齎した力なのだろうか


地響きと共に倒され、土煙が舞う中

仰向けで無防備になるニーズヘッグ。



そこに降りかかる無慈悲なアリシアの剣先。



「アッハ!!」



思考を淘汰させてしまうほどの情報量

圧倒する力に傍観するしかない俺。



しかし、俺の中で感じている悍ましいまでの感触

震えるほどに感じる戦慄

それだけじゃない…この魂までをも飲み込もうとする闘争心


そして憎悪


五感で得る森羅万象に対して満たされながら、渇いたように増長していく欲求



「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ」



自身の魂に触れるモノの正体を探るのも束の間


竜の咆哮が響き、ニーズヘッグの全身に赤い燐光が走る。


それは瞬間、熱風に似た衝撃を与え


寸前のアリシアはその風に押し返される。



その隙に奴は素早く体勢を立て直し、相対する者に対して最大の警戒を示す。


姿勢を低くし、周囲に陽炎を纏うほどの熱をその身に帯びている。


その目は緋く充血しており



その頭部から角にかけて緋く紋章が浮かび上がる。



「キヒッ」



完全な攻撃態勢に入っているであろうニーズヘッグに対し臆することなく、再び距離を詰めるアリシア


ダメだ!何も考えずに突っ込んだらさっきの二の舞だ!



『ザ…aLiシ、あ…まっ―ザザ・・・』



壊れたラジオの様に途切れとぎれになってしまう俺の声


くそっ、これって…あの時と同じ感覚じゃないか

発言すらも出来ない…!!



俺の願いも虚しく届かず

迫り来るアリシアに対して

奴はその巨躯を大きく横に回転させて炎の渦を繰り出し牽制すると

そのまま大きく飛翔し、落下


その勢いで弾けた瓦礫が炎を纏って周囲を襲う。



『ア…y、yokkkkkkkkkおけ…よけ…』



避けてくれ―



だがそんな俺の意志にも、凶擊に目もくれず



槍のように走り抜く少女。


すれ違う炎にその腕が焼かれようとも


飛んでくる瓦礫がその身を幾度となく砕こうとも


矛を真似るように頭を前のめりにくりだし


彼女は遠慮もなしに超再生を繰り返す身体を引きずりながら前へ前へを大地に足が食らいつく


絶え間なく笑い続けながら、魔剣をぶっきらぼうに振り回し


奴に近づこうとする。



やめろ―



どんなに自身が傷つこうとも構わない。

痛みだって受け入れてやる。


今のお前がさっきのアリシアとは違ったって構わない


だから…お願いだ



その体を、自分をそんな風に傷つけないでくれ…!



「わかってないなぁ…パパは。まだまだ知らないんだね。この力の使い方も…僕の事も!!」



俺の願いを突き返すように、そう吐き捨て

アリシアは遠慮無く突っ込んでいく。



「パパ、『力』は『意志』なんだよ」



そして、ニーズヘッグは近づくアリシアに対して再び爪を振り下ろした。



「ッラァア!!!」



それを一蹴するように魔剣で弾き、力で押し返された巨竜はその流れに任せるように後ろに下がる。



「もっともっともっともっともっともっともっとぉ!!!!」



その大きな隙に追い打ちを掛けるように、距離を詰めて何度も何度も斬りかかる

それに抵抗するように、ニーズヘッグは顎を使い、尾を使い、時には炎を吐き出しながら抵抗する。



繰り返し行われる攻防の中で

傍観するだけの俺の内側で『何か』が呟く声が聞こえる。



―起源の前、冥き全

在る事を許さぬ為に或る閉幕の祖

開く者の呼び声に耳を傾け応えよ

その御御足、天を臨むものを愚者と説く―



冥応にひれ伏し給えスフィリ・カタマヴロス!!」



これは…


上空に大きな空間の歪みが生まれる。

そこから、黒い影がゆっくりと顔を覗かせ

此方に向かってくる。



…冗談だろ

これは、黒魔術の一端なのか?

それにしても規模が―大きすぎる



巨大な竜を影で覆うほどの大きな漆黒の柱。

それがゆっくりとニーズヘッグの上から優しく降り注ぐ



「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ」


しかし、その無慈悲な感触を理解したときには既に遅く

奴は前脚を、頭を上へ上へと持ち上げ、それを支えるように抗った。

しかし、支える本人よりも大地のほうが堪えきれず、ニーズヘッグを脚から飲み込んでいく。



「コレ、ハ…天蓋魔術…オマエハ…一体…な、ニモノ…」



抵抗も虚しく、巨竜は最後まで咆哮しながらもそのまま振り注ぐ漆黒の巨柱に押しつぶされてしまう。



それを、柱の端付近で笑いながらニーズヘッグを睨むアリシア。





やがてコーンと鐘打つ音が響き渡り、漆黒の柱はヴンと天に昇るように消えていった。





一瞬の静寂




俺は他の皆が心配になり周囲を見渡す。


ヘイゼルの方にリアナが急ぎ駆け寄って風の壁で守っている。


ガーネットとアグは…見当たらない―

だが、あの女の事だ、生きることを優先するならこの場所を一度離脱しているはず




そして、目の前にあるのはアリシアの仕掛けた巨大規模の黒魔術が生み出した爪痕


底すら見えず、風の音だけが立ち込めている。


この周辺の殆どがその漆黒の鉄槌によって大きな空洞にされてしまっていた。


街の原型なんてあったもんじゃない




もういいだろ…お前は、君は一体何者なんだ?


アリシアの魂はお互いを認め合う事で一つになったはずだ。

多少の感情の変化はあったものの俺はそれを受け入れた


だけど…これ程までの処理しきれない羅刹をその小さな体に押し込めていたなんて―



俺には知る由もなかった



「いいよ。“あいつ”が僕の事を内緒にしていたせいで、パパは知らなかったんだから。許してあげる。だからこれからもっともっと知って?受け入れて?僕のこの殺したい壊したい嬲りたい殺したい壊したい嬲りたい愛したい命を慈しむ感情をさぁ!!!」



攻撃的衝動を以て愛を示したい。

彼女は…そう言っているんだ。


それは呆れるほどに狂っている愛情。


全くもって度し難い感情だ。



彼女の考えを否定する事など至極簡単だ。

人道的に則れば至極当然の言葉が溢れてしまう。


しかし、それを理解したうえで彼女が行っているのだとするならば、彼女の目線は最早それを通り越している。


言葉が通じない


それは、結局のところ人の姿をしているだけの化物にすぎないのだ。


俺は今になって漸く思い知る


アリシアが日に日に抑え込んでいた別の意識

ウロボロスの胎内で幾百年もの間に育んでしまった本当の「感情ばけもの」を―









瞬間、大きな咆哮と共に、意趣返しのように巨大な火柱をその空洞の底から満遍なく解き放たれた。



…どうやら知恵持ちの竜というのは頑丈に出来ているようだ



そして、灼熱の渦から翼を羽ばたかせゆっくりと飛翔するニーズヘッグ。

空洞の脇で、瓦礫の山々を踏み潰して着陸すると



広げた巨大な両翼を今一度羽ばたかせて


複数の槍を模した焔をアリシア目掛けて放った。

それを、何度も何度も魔剣おれを乱暴に振り回し弾いていく。

すると、その合間に距離を詰めてきた巨竜はその前脚の大きく尖った爪に炎を纏わせて振り下ろしてきた。

疾い―、最後に魔剣を振り下ろした隙を狙って繰り出してきたか



「―…いいよ、もっと。もーーーーーーっと殺し愛をしようよ!!」



だが、こんな状況でも彼女は笑っている。



アリシアは下を向いた刀身を器用に蹴り上げ、凄まじい速さで斬り返し攻撃を防いだ。


奴はそのまま火球を二度吐くとアリシアは体を捻ってそれらを弾く。



「あっはは!!ドラゴン!!ドラゴン!!!ドラゴンドラゴンドラゴンドラゴンドラゴンドラゴンドラゴンドラゴン!!!!」



繰り返されるニーズヘッグとの攻防。

だが、荒々しく隙の大きかった彼女の挙動は少しづつ纏まりつつあった。


それはまるで、大きな鈍器が次第に鋭利な刃物になっていくように…



「これぇえええええええええええええええええええええええええ!!」



アリシアは劈くような叫び声を上げ

彼女の眼前に飛び込んできた大きなニーズヘッグの爪を紙一重で受け流すと、その懐に飛び込み刀身を突き出した。


しかし、それを躱すように相手は上に飛び跳ね、大きな翼を広げながら

その巨躯を反転させ 流れるように振られる長い尾でアリシアを弾き飛ばした。



『ア…Liシ…a!?』



くそっ竜の癖に想像以上に機転を利かした動きをしやがる。


吹き飛ばされたアリシアは体を回転させ、体勢を立て直そうと着地をするが

その瞬間。力が抜けたように膝を屈して体勢を崩してしまう。



「…??」



どうなってやがる??


意図せずして傾いたその身を支えているその手、その指先が少しずつ黒く変色している事に気づく。

それだけじゃない、彼女の姿が…彼女という輪郭が何度も掠れてしまっている。



「ああ…そっかぁ…『この身体』じゃあダメなんだ。なら―新しく創り替えればいいよね?」




彼女の背中から黒い影が幾つもの手の姿を模して吐き出されていく。



何をするつもりだ!?



次第に彼女の身体を闇が埋めていく



まさか―



「ドラゴン。いいよね…きっとそうなればもっと動きやすい。もっと楽しい事ができる!嬉しい事ができる!みんな幸せになれる!!」



彼女を埋め尽くす闇はは少しづつニーズヘッグのような竜の形に変えていく。




―ダメだ


力が意志だと!?ふざけるな!!

何でも出来るからって自分の子をそんなふざけた姿にさせてたまるか!!



『aり…s…!!!』



お前が誰なのかなんて最早どうだっていい!

けどなぁ!やっていい事とダメな事ぐらいは俺の目が黒いうちは俺が止めさせて教えなきゃいけない




お前は、俺の…“ただひとり”の娘なんだから!!




叫べ、叫ぶんだ!!



アリシア―



自分の中で魂が裂けそうな苦痛が走る

焼けるような意識

なんども炎を飲み込むような感覚

もしくは頭を握りつぶされているような圧迫感


けれど―


自分の内蔵を胸から掻き毟って取り出したくなるようなあの時の後悔よりは全然マシだ




ブチブチとつなぎとめていた何かが剥がれ落ちるような痛み。




『yyyyブyyyyザザyyyyギyyザyyyやめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお

おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお

おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!』



ブツリと何かが切れるように俺の怒号は周囲に響き渡った



「ッ―パパ!?まさか…僕の支配から開放された…!?」



『アルメン!!!!』



竜の姿に変貌しようとする黒い影を

目一杯解き放った鎖で縛り付け動きを押さえ込む。



「―!?」


黒い影の手は動きを止め、そのまま硬直する。



ようやく声が出せた



『邪眼相!!』



その叫びと共にこの世界の時はスローモーションになっていく。

アリシアの狼狽した表情が、その口がゆっくりと歪んでいくのがわかる。


これでいい。まだ、神域魔術は使えている証拠だ。



あとは、イメージしろ―

今のうちに、この纏う闇を払う程の力を生み出す魔力を。


羅刹を押さえ込む何か…力を


考えろ!考えるんだ!!



アリシアの抑えきれない羅刹の衝動。



収まりきらない


剥離させる 


移す




一つ一つ俺のなかで魔神と戦った時のように思考をフル回転させて

それが可能である事を、成せる事であることをイメージする


俺の内側で幾つもの糸が綿密に織られていく感覚。

受け入れろ。


今の俺は、アズィーと同等、神の権限を持つ存在。


この権限を以て



創り出せ―



―<創造クリエイション>の完了。



―この世界において、その“マテリアルの顕現”を承認します。




『いい加減にしろ!!この馬鹿娘がああああああああああああああああああああ!!!!!』



俺は怒りに任せ、叫んだ




―顕現可能の神器の名は




『ヘル=ヘイム!!!!!!!』




カチカチと機械的な音を響かせて

一点に集中して何かが構成されていく。

その存在が確立された瞬間。自身が降臨した事を思い知らせるように七色の光の衝撃波を放ち。



神々しい程の光を眩かせた大きな槍が生まれ落ちる。



そして―



「―え」




時が動き出すと同時に、


闇を纏うアリシアの身体を背後から貫く


これが俺の出した答え。


収まりきらない羅刹なら。

それを強引にでも押し込める為の器を別に創ればいい


中に入れば自由の訊かない器を―



『すまんな、暫く反省してくれ“アリシア”』



彼女の全てを受け入れると言った矢先で手綱を握れなかった俺の力不足と責任から来るせめてもの謝罪と

彼女も同じアリシアと認めたうえで呼んだその名。


俺の事は恨んでいい。

だが、お前は少々悪戯がすぎた。


少しばかりの折檻だ



「あ、ああ…あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」



叫びと共に闇が神器に吸い込まれていく。

もう一つの“アリシア”の羅刹の意識ごと吸い取られていく。



「パパ!ひどい!!!僕の事!!嫌いになったの!?なんで?どうして!?

嫌だよ!!僕はこんなにもこんなにもこんなにもこんなにもこんなにも愛している!壊したいぐらい愛しているのに!!!世界も人も、一番大好きなパパも!!!他の誰かじゃなく、誰よりも僕を受け入れてくれた、パパを!!!」



―どんな考え方をもっていたって、この子を生み出したのはあの時に彼女の全てを受け入れると言った俺に違いない。


だから嫌いにもならないし否定もしない。



『大丈夫だ。これからじっくり話そうじゃないか。お前の事、俺の気持ち、それを踏まえたうえで、これからの事を“こっちのアリシア”と…俺たちはいつまでも、一緒なんだから』



認めろ。これは自分の罪だ。化物のような感情でも、俺は絶対に理解に及んでやる。そして、お前も俺の事を理解させてやるさ。



神器ヘル=ヘイムは貫通させたアリシアの身体から抜け。彼女は糸の切れた人形のように倒れこみ、

その上に重なるように神器も倒れた。



―だが、これで終わりではない。



好機を狙うように距離を詰めて攻め込むニーズヘッグ。



そうだよな。お前は“そういう奴”だ



無防備になった少女を踏み潰さんと近づく直前。



俺はすぐさまアルメンの鎖で眠るアリシアと神器を縛り付け、その場を離れるように上に飛んだ。

すぐさまもう一つの鎖を出してヘイゼルとリアナがいる方向へと延ばし、駆け寄る



「ジロ!アリシアは大丈夫なの!?それにこれは―」



『リアナ、話は後だ。ヘイゼル。行けるか』



心配するリアナをよそに急くようにヘイゼルに聞く。



俺らが、此方に移動したことを把握したニーズヘッグはこちらを向いている。


紅い燐光をまき散らしながら睨みつけ、喉元を大きくふくれあがらせている。



「ジロ。時間は既に経過している。遂行可能」



彼女の捧げる手の上にあるのは、ガラス細工のような大きな光でつくられた大きな剣。





『頼む!ヘイゼル』



「了解した。照準完了。走れ、竜喰らふ英雄の剣リディル・オーダー




ニーズヘッグが吐き出した火球に合わせて解き放たれた大きな剣。


自然の摂理を捻じ曲げたような静かな挙動で閃光の如き疾さを知らしめ、

カチ合った火球はそれを避けるように霧散し



巨大な剣は止まらず走り抜ける、その竜を射殺さんが為に。




「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ―」




キーンと耳鳴りのような音を響かせ



咆哮と共に挙動するも、既にその巨躯を後ろに押し込みながら剣が穿ち



「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア

アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」



肉が引きちぎれる音

血飛沫が舞う音

何かが崩れる音


雄々しい咆哮は翻って断末魔のような甲高い悲鳴へとなり


見ている此方が悍ましく思える程の喧騒を目の当たりにする。



次第にニーズヘッグは頭を下に垂らして、その身をズンと大地に響かせて崩れた。




「なんとか…なった?」



『もう、これ以上は動かないでくれよ―』




イレギュラーな展開があったとはいえ

知恵持ちの竜がこれ程までに何度も何度も場面を切り替えてじぶとく攻め込むなんて思っても見なかった。


下手すりゃ魔神相手に戦っている方が楽なんじゃないのか―?



今は動かずただただ斃したと祈るように見守る俺たち

だが、それを否定するようにヘイゼルは淡々と口を開く



「―ジロ。ドラゴンは、まだ生きている。それと…新手」



嘘だろ…流石にタフすぎやしないか…?

彼女がスっと指をさした先。そこにググと身体を静かに動かすニーズヘッグとその前に立つ二人の人間の姿。



いや、違う…



あれは、ニーズヘッグと同じ人の姿をしているだけの“なにか”だ。


アリシアのように金髪の長い髪を風に靡かせる高貴な白服を身に纏い、翼のようなマントを羽織った男。

そして、ニーズヘッグとその金髪男を交互に行ったり来たりして耳打ちしている仮面を被った黒服の小さな子供。



「あれは、何をしているの?」



『―さぁ、わからん…』



見ているだけなら、いそいそと動く黒服の子供がお互いに何かを伝え合っている様にしか見えない。


暫くしてそのやり取りが終わったのか、仮面の子供が動きを止めると

俺たちの方向に顔を向けて指をさした。


すると、金髪の男も連なって此方に視線を向けている。

よく見れば整った顔立ちはしているものの、仏頂面がそれを台無しにしている。


そいつはゆっくりと歩きながらこちらに近づいてくる。



「ジロ…あいつらが来るわよ」



警戒を促し、構えるリアナ。



『あ、ああ…』



「―そう、構えなくていい」



リアナの構える杖を押さえ込むようにヌッと前面に現れる金髪男



「なっ…!?」



あまりにも挙動のない状態で距離を詰められ

俺もリアナも呆気にとられてしまった。


彼女が咄嗟に抵抗するように両腕で杖を持ち上げようとしても

抑えている男の手が上に上がることも離れることもなく、ググと杖は下にさげられてしまう。



『お前は…!?』



「ほう、喋る剣か。魔剣を見るのは久しいな。初めまして、僕の名はフレスヴェルグ。

『イヴル・バース』の四将のひとりさ」




フレスヴェルグ。

敵意の無い優しい声を出しながらも

男は眉をハの字にした相変わらずの仏頂面で名乗った。

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