50:人を愛するならば彼の竜よ、かたちを問わず、われに示せ
「これで全員避難し終わった!?」
「この周辺の人々はもう全員東の灯台へと避難し終えたさ!」
リアナ達はいくらか逃げ遅れた街の人々の手を引きながら、灯台の中へと一人一人押し込む。
周囲の魔物は先ほど三人で何とか掃討した。
ここが節目だろうと判断すると、リアナはエルフの憲兵の生き残りに
この場所を死んでも死守するよう指示する。
「―アリシア達のいる向こう側の生存者は?」
「魔物はあいつらの居る西の方角から来ている。あいつらが首を横に振るようなら…」
「くそっ、まさか魔物がこの街を先に攻め入るなんてっ」
「それもそうだが問題がもう一つある。ここいらに攻めてきた魔物…種族がバラバラの癖してお互いが食い合うような真似をしない。
それも人だけを襲うようにしている」
「魔物なんだから当然でしょ?」
「わからねぇか?あいつらはどんなに魔力を抱えたって所詮ナリは獣のそれと変わらねえ。
魔物自身が魔物ってカテゴリーで己を弁えてるわけが無いんだよ。だのにこいつらはそれを理解している」
「何が言いたいの?ガーネット」
「魔物の群れ。私もあんたもきっと、イヴリースの開放の前兆に誘われて魔物が集っていると思っていた。だが、そうじゃない
きっと、何処かに魔物に指示を出す統率者がいる」
「そんな―」
「リアナさん!ガーネットさん!」
慌てた声を放ち駆け寄るアグニヴィオン
「西の方角の様子を、なるべく高いところから見てたのですが…」
「どうしたの?」
「何か様子が変なんです。中央の公園広場の辺り、未だに何かが暴れているように爆発音が響いたり建物が崩れていたりしているんです」
「ジロたちか?」
「わかりません…けれど、とても危険な感じがして。そう―まるで何か大きな存在が暴れまわっているような感覚が」
「―行きましょう!ガーネット、アグ」
「あ、おい!待てって!」
「僕も行きます…!」
リアナたちはすぐさま動き出し
アリシアの元へと駆けつける
「ふんっ!」
幾度となく振り下ろされる拳。
それを弾き返す度に刀身が震え、目眩を覚える。
まさかこんなんで自分が剣だった事を再認識させられるとはな
『なんつう、無茶苦茶な威力だ!!バフォメットの時の比じゃねえぞコイツ!!』
「我慢してパパ!こいつ…本気で強い!」
三度、ニーズヘッグの繰り出す拳を弾き返し 後ろに跳んで距離を置くも
奴はひと呼吸すら置かせてくれる事なく接近して再び攻撃を仕掛ける。
「おいおい!おいおいおい!すげぇな嬢ちゃん!!俺の拳をこう何度も弾き返すたァ、その細腕の何処にそんな膂力しまいこんでるんだ!?」
まるでじゃれあうような言い草で笑うニーズヘッグ
しかし、ケタケタと話しかける様とは裏腹に非情なまでに隙を探り入れてくる
「しまった―」
剣を上に弾かれた瞬間ガラ空きになった懐
奴は体を捻り、回し蹴りをアリシアの懐に当てようとする。
「ライトキューブ、パリング・オーダー」
刹那、その合間に光の立方体が割って入るように現れ
その蹴りを押し返すように弾き返した。
「むっ」
『ヘイゼル!』
「最大重奏、ライトキューブ」
弾かれた勢いで後退したニーズヘッグを囲むように次々と現れる光の立方体。
「コネクト・レイ」
それらが互いに接続するように光の光線を放ち
ニーズヘッグの体躯を貫こうとする
「まどろっこしい!」
ニーズヘッグはダンッと大地を蹴りながら上に跳び
ヘイゼルの包囲擊は躱される
だが、よくやった
「ふぁっく―!!」
ようやく見つけた相手の隙
奴の後ろに廻り込んだ俺らはニーズヘッグを下に押し返すように上から魔剣で叩きつけた。
「がっ―!」
地面にその体躯をめり込ませて四つん這いになるニーズヘッグ。
「一斉掃射」
そこにヘイゼルは追撃を仕掛け、ニーズヘッグが地を穿ちながら光の光線によって埋め尽くされる
「ガハハ!!おもしれぇ!!!」
しかし、それを押し返すような笑い声と共に放たれる謎の衝撃。
謎の衝撃っつうかありゃなんだ?気か??気でも放ってんのか???
『なんなんだアイツ、七つの玉集めるバトル漫画の主人公でもやってたのか!?』
「お前ら!いいぞォ!!こんなに長く続く闘いは久しぶりだ!!どいつもこいつも直ぐに壊れやがる!!
だがなぁ、2対1は頂けねえ!せめて順番に攻めてこい!!」
『それが魔物率いてる奴のセリフか!?…こんなに無関係な街の人々を蹂躙しておいてどの口が言いやがる!』
「そんな事、俺には関係ない。弱い奴が勝手に死んでいっただけだろ?そもそも俺はこんな場所で時間を無駄にしたく無かったんだよ」
『関係ない…?こんなにも人を殺しておいて関係ないだと???』
「魔物に食われるだけの人間なんざ、興味も生きる価値もねぇ。それがどんなに理不尽なやり方だとしてもな。それが強い人間の作り方なんだろ?」
『何を意味のわからねえ事を―』
問答の途中でも暴君は容赦なく拳を突き出してくる。
ダメだ、熱くなって言い返していたが元々こういう奴には話が通じない。
「パパ!少し我慢して!」
『―プロテクション!!』
アリシアの掛け声に合わせて光の防壁を出し
真正面からニーズヘッグの拳を受け止める。
瞬間、ガラスの割れる音が鈍く響く
―こんな事は初めてだ。
プロテクションが卵の殻のようにいとも容易く割れ
その刀身で受け止めた瞬間の衝撃の強さよ。視界が二重にも三重にもブレてしまう。
『あ…が…』
だが、その応酬を受けたのは俺だけじゃない。アリシアの腕が先程から何度も赤い稲妻を走らせ、超再生が発動している…
ニーズヘッグの強力な一撃が彼女の持つ魔剣に連動した異常なまでの膂力をも凌駕している証拠。
それがもう一度くる…!
奴はもうひとつの拳を振り上げている
「させない。駆け抜ける騎士の光槍」
ヘイゼルが繰り出す文字通りの横槍。
暴君が拳を振り下ろす直前、それは奴の懐に直撃しそのまま押し込んだ。
その体躯は勢いに流されるまま吹き飛び、建物の壁を二度三度その身で貫いた。
やがて並ぶ建物の奥で大きな衝撃音を響かせ、上空に瓦礫の粉塵が力強く舞った。
「パ…パパ、生きてる?」
『視界がまだ歪んでるが、なんとか…』
アリシアが器用に弾いてた時よりも断然の違いを味わったその威力。
彼女が俺に負担を掛けないように器用にやってくれたんだなって思えるだけ儲けものとしておきたいところだ。
『ヘイゼル、助かった』
「まだ、くる―」
ヘイゼルの言葉と共に地響きがした。
そして舞い上がる煙に沿って黒い影が上に跳びあがり、こちらに向かって落下してくる。
「面白ェ!!面白ェ!!!!!!二対一なのは少々不服だったが、こんな楽しい闘いは久しぶりだぞ!!人間!!!」
落下の速度を利用して飛び蹴りを繰り出そうとするニーズヘッグ。
アリシアはそこで再び魔剣を構え、反撃をしようとした刹那。
魔王竜の楽しさに満たされた笑顔を右から歪ませるような一撃。
―横槍再び!?
「私じゃない…あれは」
ゴキンと骨を砕くような音を鳴らし
ニーズヘッグは大地に叩きつけられた。
そして、奴に第二の横槍を入れた者の姿に目を向ける。
『リアナ!!!』
ニーズヘッグの顔に渾身の一撃を与えたのは、疾風の様に現れたリアナが常に持っていた棍棒…もとい杖だった。
「お前がっ…!この魔物の統率者か!!」
俺たちの目の前で着地したリアナは怒りに任せて言い放ち、
粉塵舞う中に見えるニーズヘッグの影目掛けて手を翳す
「“その隣人、渡りの繋ぎ手”“那由他のひゆひゆより名を求め”“カラの澱みから翡翠彩る”」
リアナが詠唱をとなえている合間
それを許さんと反撃を図り、瞬きに一蹴で接近し、リアナの目と鼻の先で拳を振りかざすニーズヘッグ
『危ない!』
「遅いわ」
彼女の周囲で鮮やかな薄緑を纏った風が生き物の様にニーズヘッグの腕にまとわりつく、そして―
「…っ!!」
フォン、という美しい風の音が響いた。
「極奏の風牙聲!!」
一陣の風が、相手の繰り出す攻撃ごとその体躯を押し返し
その周囲でニーズヘッグの体のありとあらゆる場所を風の刃が何度も何度も刻んでいく
そして、傷つける度に徐々にその風の刃は大きくなり
最後にトドメと言わんばかりにその大きくなった風の刃が一太刀、ニーズヘッグの上体に大きな傷を残すほどの一撃を与えた。
その一撃には流石のニーズヘッグも堪えきれず、天を仰ぐように後ろへと倒れ
然るべくして、その地に背中を叩かれた。
見たことの無い風の攻撃魔術に俺は見入ってしまう。
アリシアとの使う、高速化付与や空中移動と違い
明らかな攻撃型の風魔術を目の当たりにしたからだ。
これが、エルフの…否、リアナ・ル・クルが使う風の高等魔術!
『!?』
瓦礫の音に合わせて起き上がるニーズヘッグ
胸部に大きく残された己の傷を見下ろし
そっと撫でると、口角を釣り上げながらも少しばかり苦虫を噛んだような八の字の眉を見せつける。
「クハハ…真逆、唐突な三人目からの横槍が、俺の嫌いな風魔術だとはねぇ…。この痛み、憎々しい程に思い出すぞ。
もっとも…ヒトからこれを食らうのはお前が初めてだよ。流石、リンドヴルムの関係者と言ったところか?」
「リンドヴルム?貴方、何を言ってるの?」
「風魔術使いのお前がそんな事を言うのか?それとも公にはするなと言われたのか??」
「待ちなさい。私があの伝説の竜と関係しているとでも!?そもそも貴方は何者なのよ!」
「俺の自己紹介は既に終わらせたつもりだったが?」
『あんた、リンドとは一体どんな関係だったんだ?』
「ハッ!知れた事よ。ドラゴンの知る者がドラゴンである事になんぞ変わった事はねぇだろ。同じ同郷。同じ人を愛すもの。同じくして神より
祝福を受けた者。それだけの事よ!ただ一点。俺はあの女が大嫌いだった!」
『人を愛するだと??散々ここで魔物達にすき放題やらせておいて…馬鹿を言うのは休み休みにしろ!!』
「然り!人の愛し方など千差万別だろ?俺は人の『強さ』を愛している。ただそれだけの事。そしてリンドヴルムも同じさ」
『お前と、リンドを一緒にするんじゃねえ』
「一緒にされたくないのは俺だって一緒だ。ああ、思い出すぜ。あいつの憎たらしい顔を。
ずっとずっと、畜生のような頭のままのたれ死んでくれればいいのにと常々思っていた。
だが、今回ばかりは違う。今なら顔を見せてくれたなら感謝の意すら表そう。あいつが示した人への愛によってここへお前らは導かれ
こんなにも沢山のご馳走として赴いてくれたのだからなぁ!!」
大きく叫ぶニーズヘッグの姿がゆらゆらと陽炎の様に揺れる。
周囲の空気が歪んでいるのか?
その溢れんばかりの気迫は赤黒い凶暴性を顕すような色を帯び、俺たちは圧倒されるしか無かった。
「気をつけろ!奴め、竜化を始めるつもりだ!!」
後から滑り込むように現れるアグとガーネット。
そして、今一度ニーズヘッグの方向に目を向ける。
『竜化だと?まさか、あいつ姿を』
「言った通りだ。人の姿の時なんて比じゃねえ位に力を開放しやがる!まさか、『知恵持ち』がこの件に一枚噛んでるなんて私も思わなんだ」
「パパ。あれ―」
歪んだ空気の中で輪郭の定まらないニーズヘッグの姿はやがて
首を長くし
翼を伸ばし
尾を垂らす
その凶面、大きく渦を巻いた二本の角を飾り
裂けたように拡がった大きな口に幾つもの牙を並ばせ、
空気を暖めるような吐息と共に獅子を彷彿とさせる喉声を漏らしている。
長く太い前脚の爪は足元の瓦礫の山を掘り返すように叩き、大地を震わせ
死者の嘆きを代弁するかのような大いなる咆哮
その者こそが彼の力の栄光であり、恐怖であり、戦慄であり、そして厄災そのもの。
「サァ、ニンゲン。オレヲ―、モットタノシマセテクレ」
周囲を囲み並ぶ建物の輪郭をぼかす程に大きな、大きな竜は
俺たちの前に立ちはだかり、その燐光で見下ろす。
「おいおい、思ってたよりはデカくねぇか?リンドの一回りは大きいぞあれ」
ガーネットは自分をその巨躯の影に隠す正体に困った表情を見せつける。
『まさか、霊樹を護る為に魔物の群れを相手にすると思っていたが…本当にドラゴンだとはなぁ』
「関係ないわ。立ちはだかる敵は、在り続ける限り排除する。それがエルフの守り人として与えられた私の責務。
それが、例えドラゴンでもね…」
なんとも雄弁な事よ。
怖気づいた様子を見せることなくリアナは杖を構え、ニーズヘッグを睨みつける。
「ジロ、アリシア…後でちゃんと説明しなさい。貴方たちの事―」
顔を一瞬だけこちらに振り返り、言い放つその言葉には流石の俺も観念する。
これ以上は隠しきれるモノではないか。
『わかった…、約束する』
「―なら、私も見せてあげる。エルフの守り人、そして…風の精霊術師の力を」
リアナは杖を大地に突き刺し、そこに祈りの手を差し出す。
「“揺蕩う全”“翼に従う者”“我が祈り手に集いて名を欲すなら、今ここに一陣の風を”」
その詠唱と共に放たれる輝く緑の光は、一瞬にして彼女の周囲で大きな風を巻き起こす。
「エアーズ:開放」