49:人は要らぬ景色を夢だと騙りたがる
あれから見いだせる答えが出るわけも無く
甲板から皆がいる自室に戻り
皆で他愛もない会話をしながら夜は訪れる。
食事も適当に済ませ、それまで先ほどのように俺やアリシアの事を深く追求される事はなかった。
「一晩開けた日の出の時期。その時にはもう港街が目に見える所まで来てる」
「ってぇと。今晩はもう早いうちに寝とくべきかね」
ガーネットはリアナの話を聞いて腕を頭の後ろで枕がわりにし、ドサりと自身の寝床で横になる。
その様子をリアナは軽く笑いながら
「ほんと、馬車で床に遠慮なく寝ちゃう所といい、そういう図太い神経してる所。私は好きよ」
「なにさ、こういうのも処世術の一つさ。寝るときは寝る。戦場じゃあ寝れない事の方が多い。メリハリつけてないと
夢の中にいるのかどうかも解らなくなっちまうからな。訓練生時代じゃあ、死んどきゃずっと寝れるなんて
冗談を常々教官が口からきったねえ唾と一緒に散弾銃みてえにかましてくれたけど。
私は死ぬために軍人に入ったわけじゃねえ。目的の為なら、素直に生き抜く選択をするだけさ」
『立派なこった。それで、お寝坊して土下座でもさせられた日には世話ねぇけどな』
「うっせぇ」
「確かにガーネットの言うとおりよ。ここは今のうちに寝ておきましょう。明日から東大陸の港街アディリエに着くわ。
そこからエルフの森はそう遠くない。けれど、少しの間歩く道のりもあるから。体力は温存するべきよ」
リアナは皆に休息を促し、皆がみなゆっくりと沈黙と共に眠りにつく。
俺とヘイゼルを除いては。
ヘイゼルは窓際に置いた椅子に座り、外に映る暗い海に月の光で照らされた水面をただジッと見つめていた。
この娘の肉体は普通の人間のそれとは違う。
精霊を動力源に動く彼女にとって眠るという概念自体がないのだろう。
眠らない時間は一体何を考えているのだろうか?
何を思うのだろうか?
精霊としてでもなく、死体の本来の主としての記憶を持つわけでもない彼女に
何を考えれば良いというのだろうか。
解らない。
考えたくなければ、眠りたいと考えれば意識を遮断できる俺には想像も出来ない事だ。
だけど―
俺は静かにアルメンの杭を伸ばし未だ静かにしている彼女の手にそれをゆっくりと乗せた。
「―…」
それに気づいたヘイゼルは杭を包むように握り締めた。
これでいい―
近くには誰かが、俺やアリシアが居る事を…ずっと感じてくれればいい。
人として或るお前との思い出もきっとこれからもっと増えるさ。
「ありがとう」
ヘイゼルの囁くような感謝を受け
俺もゆっくりと意識を闇に預けた。
―…『■■□■■』の取得
船が大きく揺れるの感じて俺の意識が暗闇から引きずり出される。
『―何だ?』
窓から外を覗く
外は既に日も出ており青空を鳥たちが騒々しく飛びまわっている。
しかし、ここからでは港町はおろか、陸地が見えているわけでもない
それに―
「パパ」
『ああ』
俺たちだけじゃない。此処にいる皆がみな目覚め、何かの異変に気づいている。
アルメンはカタカタと何かに反応するように震えている。
悪寒…?似ているようで違う。まるで自分の持つ領域か何かに違和感を持つような
自身を不快にさせられるような気配
ガーネットは静かに眼帯に手を当てて
外ではやたらががやがやと騒々しい声が聞こえる。
「―行きましょう…!」
リアナは脱ぎ捨てていたローブを羽織り杖を握り締めると誰よりも早く扉を叩くように開けて部屋を飛び出た
アリシアも俺を担ぎ開かれた扉から頭一つ出して俺と一緒に覗くと
幾つもの扉が並ばれた廊下で困ったように立ち尽くす人達がいた。
その中の一人に駆け寄り何があったかと聞くと
「どうも、目的先である港町で魔物が現れていて近づけないだとか」
まさか―
俺たちはリアナの後を追い甲板へと向かった。
甲板を出ると再び風が吹き荒れ、明るい日差しと共に外の視界が入り込む。
『これは…!?』
目の前で山よりも大きく、壁のように映える霊樹。
その目下で小さく見える港街で幾つもの煙が上がり、花火のような爆発音が此方にまで響いている。
「くそっ!少し遅かったか!!」
『おい、あれって―』
「ええ、そうよ。奴ら…あの霊樹の反対側に群れを成していたのに…もうあそこにまで攻め入ってきている!」
『なら助けに―』
「でもどうするのよ?ここからじゃあ船も近づけない。ここの人達を危険に晒すことになるけど?」
「もう、ここで十分よ」
リアナは杖を構えると、呪文を唱える。
「風の精霊よ―どうか、我々に道行く為の加護を」
ゴウッと翡翠の色を纏った風が俺らを包む。
それ以外に特に変わった様子も無いのだが、リアナはそのまま甲板から海に飛び込んだ。
『あ…おい!』
「大丈夫よ」
不思議な事に、彼女は何事も無いように海の上を立っている。
成る程、これが風の加護の力か
「あなたたちも私たちと同じ加護を受けているわ。今なら海の上を走って渡れる」
「なら問題なしか!」
ガーネットたちも遠慮なく甲板から飛び降り、俺らは戸惑う乗客を端目に襲撃を受ける港街へとその足で駆けつける。
「ここからは体力と時間の戦いよ!」
『あの街には憲兵とかはいないのか?』
「帝国軍と僕らエルフでそれぞれ派遣されてるはずですが、帝国のほうは既に僕たちが貴方たちの所へ向かう段階で引き上げていました!だから」
『ならリアナ!アグ!土地感があるあんたらはすぐさま生存者の救助と安全な場所の誘導に行ってくれ!
アグの護衛にガーネット、一緒について行ってやってくれ。俺とアリシアは虱潰しにヤっていくさ』
「わかったわ」
「了解しました」
「おーぅ♫、お前さんが指示だすとはねえ!了解!」
リアナたちは走りながら真っ直ぐ向かう俺とは違い
アディリエの右方向、展望台が見える方へと向かっていく
『ヘイゼルは―』
「私も戦う」
『…大丈夫か?』
こいつは俺との交戦で魔神召喚による条件付きが未だ残っているはずだ
「既に三度の黎明に至っている。私も戦える」
三度の黎明―、つまりは三回目の夜明けを迎える事が彼女の魔力開放の条件になる。
成る程、彼女とバフォメットの戦いを終えたすぐの夜明けもカウントに入っているわけか。
『そりゃあ都合がいい、お言葉に甘えて頂こうかヘイゼル。お前は左方向から片付けてくれ。生存者が居たら保護してやってくれ』
「了解」
彼女も漆黒の装束を風に靡かせながら方向を変え袂を分かつ
「パパ、そろそろ港街につくよ」
『…ああ』
近づくにつれて聞こえてくる。
街の人の悲鳴と品のない獣共の唸り声。
『アリシア』
「何?」
『今回ばかりは遠慮しないでいいかもしれんな』
「そうねっ―」
陸地までもう間もなくという所でアリシアは跳躍し
海岸の堤防を飛び越えると目下にかたまる4~5体の魔物。
そこ目掛けて飛び込むと、アリシアは魔物共の隙間をぬって入り地面に魔剣を叩きつける様に突き刺した。
『幽獄狼の咆哮!!』
瞬間、俺らの周囲を囲むように幾つもの氷結の柱が大地より突き出され
近くにいる魔物達を巻き込むように刺し殺す。
アリシアは間髪入れず、そのまま氷柱を登ると再び跳躍
空で飛び交う鳥型魔物を一体ずつ斬り伏せていく。
そのまま着地をすると、三匹の獣が横一列に此方に突進してくる
「ふぁっく!」
アリシアが魔剣でそいつらを横に斬り払うと、今度は後ろから人間よりも一回りふた回り大きな体躯の人型魔物がこちらを殴ってくる。
こいつがトロールか
『プロテクション』
アリシアを護るように現れた光の壁は遠慮なしに突き出してきたトロールの拳を砕く。
その反動に怯んだ巨体は後ろに下がって距離をとろうとするが
「遅いわよグズが」
飛び込んで距離を詰めたアリシアがその喉笛を穿つ方が早かった。
喉元から刀身を抜くと青々とした血飛沫を散らしながらトロールは地に崩れていく。
そして、仲間を殺されたと知っての報復か
空から数十匹の群れを連れた鳥型魔物が次々と弾丸のように此方に襲いかかって来る。
『上等だ』
魔剣を後ろに構え先頭を切って向かってくる一匹目の突き出た頭を柄で殴り上げ、
続いてくる二匹目、三匹目を斬り上げて両断し
間髪入れず後ろから来る四匹目を体を捻って斬り払い
両脇から来る二匹を順番に踏むように蹴り、再び体を捻って次々とくる魔物を回転斬りで切り伏せる
そして、アリシアの攻撃に隙が生まれてしまった所で俺はアルメンを使い鎖を振り回して周囲から続けて来る敵をなぎ払った
『結構しつこいなコイツら』
「ガァラ・グースは群れを成して行動してて、粘着質な鳥魔物で有名って船でリアナが言ってたわ」
『こいつらがそうなのか…しょっぺえ出会いだったなぁ、ガラ鳥よぉ』
「センスない名前ね」
いつまでも斬り続けても面倒だ。仕方ない
『最大重奏!雷の槍!!』
叫びと共に幾つもの雷槍が現れ、同時に俺は辺りで未だ飛び交う幾つものガラ鳥に視線を向けて当たれと念じる。
すると、雷槍は、各々が意思を持ったようにガラ鳥たちに目掛けて疾駆して行き貫いた。
そいつらは断末魔を鳴く事すらなく焦げた塵に成り果てて風に流される
ニドが教えてくれた通りだな。
この攻撃は目視した物で当てたい奴らに当たるよう念じればそこに向かっていく。
なんとも便利な魔術よ
―やがて、ガァラ・グースの鳴き声すら聞こえなくなる。
これ以上襲いかかる様子はなさそうだ。
周囲を見回し、生きている魔物が居ないか確認をする。
…見渡す街の様子は、あまりにも凄惨な光景だった。
所々で建物に火の手が上がり
壁には赤赤とした血が華を描くように塗りたくられている。
俺たちは他に魔物がいないか、そして生存者がいないか確認しながら街の奥へと進む。
『…』
道端に食い捨てられたように転がっている肉の塊。
上体だけになっても生きようと這いずり息絶えた死体
下顎から上が無い死体
歩いても歩いても死体ばかり。
うつ伏せに倒れていて、生きているかもしれないと声を掛けるが返事もない
仰向けにしてみれば腹部が空っぽになっていやがる
『クソが…!』
刹那、不意打ちを狙っていたのか建物の窓から飛び出してアリシアの喉元に食らいつこうとする狼型の魔物。
だが、その意図も虚しくアリシアに寸での所で両断されてしまう。
一瞬の静寂。
この様子じゃあ魔物もここら一帯は始末し終えた感じか?
それに、生存者も見込めないか…
進めば進むほど見かける無残な街の人の姿
この有様をまともに受け止めるには俺の感覚が麻痺しちまっているのだろうか
気持ちがぼやけたように夢見心地になっている。
夢であったならどんだけいい事か。
俺はガーネットが昨晩言っていた事の意味を痛感せざるおえなかった。
「……!」
この光景にすら、いつものすまし顔を見せるアリシアだったが、魔剣を握り締めるその手は少しばかり震えている。
『…お前』
ドクン―
いや、違う
この感覚…前にも何処かで…
俺の中にある感覚の底から這いずり寄ってくるような
意識を支配してくるよう、な…
思い出す間もなくアリシアはその震える手を誤魔化すように魔剣を大きく横に振り
大きな音を響かせて柱に叩きつけた。
『アリシア―』
「ごめん、もう大丈夫だから…」
彼女の言う通り、その手の震えは収まり。
俺の中に感じた違和感も消えていた。
「全く―…おとなしくしてろっつうのよ」
街の中央まで来たのだろうか
建物が規則的に並び、大きな公園が敷かれた場所にまで出る。しかし、今まで歩いてきた道と何かが変わる訳でもなく。
静寂の中に惨たらしい死体が散りばめられているだけだった。
その中央で見覚えのある少女を見かける。
「アリシア、ジロ」
ヘイゼルは首だけをククッと此方に向ける。
『おう…お疲れ様。そっちの生存者は…』
「いない。みんな動かなかった」
『―そうか。魔物の様子はどうだったよ』
「他種族の魔物の群れ。討伐数64体。多分、大多数がこの周辺を主に襲っていた」
他種族―、確かにガラ鳥の群れや犬コロに含め人型の魔物トロールさえも街に乗り込んでいた。
魑魅魍魎がイヴリースの封印の山で群れをなしていた事は理解している。しかし
全てが特定の場所を共闘して襲いかかるのにはあまりにも知恵を持ちすぎているのでは…?
ましてや、目的である霊樹を襲わず
わざわざ反対側の港街を攻めるなんて…まるで、援軍が来るのを阻止しているようだ。
そもそもイヴリースの封印が解けそうになっている理由は何だ…?
「パパ!」
「ジロ、上から来る」
『―!?』
まるで大砲の弾が降ってきたかのように「そいつ」は遥か上空から
大きな轟を鳴らし、大地を穿ち、現れた。
俺たちは跳ね飛んだ瓦礫を避けながら距離を取り、正面に構える。
「…援軍潰しなんぞ詰まらん指揮を取らされていたが、これはトんだ拾い物だなァ!!」
立ち込める砂煙の中、ユラリと揺れる影。
そいつは揚々と獣よりも大きな声でそう言い放った。
『人間―』
「違うわ。アレは人の姿をしてるけど…」
「おいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおい。そう、しかめっ面すんなよ!!こっちは漸く上物と闘り合えるんだから嬉しんだぞ!」
姿を見せた男。一見、偉丈夫の様な成りを見せつけるが
爛々と紅く輝く、まるで竜のような縦長の瞳。
荒々しく笑いながらもその眉間に皺を寄せ、敵意を剥き出しにしている。
こいつは―
「む、貴様ら…懐かしい同郷の匂いがするな?さてはリンドヴルムの関係者か??」
『リンド…お前、お前はまさか―』
「んああ、俺か?俺は―」
大方察した。こいつは正に人じゃない。
そして、リンドを知っていて人の姿になれる存在なんて容易に考えられる
「『イヴル・バース』。その四将を務める魔王竜」
知恵持ちの竜―
「ニーズヘッグ」




