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ドール=チャリオットの魔剣が語る  作者: ぼうしや
霊樹終末戦線

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53/201

47:知らぬ景色は綺麗だからこそ胸が躍る

飛空挺内 執務室


「おい、ハワード」



扉を開けるなり早々に粗暴な呼びかけが響く。


それに反応してハワードはデスクにうっぷした顔を上げる



「ああ、なんだ?こっちは奴から来た報告書の一件やら軍の非常召集やらで頭いっぱいいっぱいなんだよ…」



ナナイはその手に持つ一通の手紙をヒラヒラと見せつける。




「お前宛に来てるぞ。あいつからだ」



「―んだよ。報告書で送れと毎回言っているだろうに」



少しばかり芝居がかった文句を大きく垂れながら

その手紙をナナイから受け取ると、チラと彼女に目を配る。

ため息をつきながらナナイはその意図を呼んだのか


空いたままの扉の外側に誰も居ない事を確認しそのままゆっくりと扉を閉める。



ハワードは手紙を開くとそこにはこう記されていた。



“仕事つらい、故郷に帰る。特大の肉を用意して待て”



それをハワードは黙って手紙の端を破ると、二枚重ねの構造になっており

上の紙をそこから剥がすとなにも書かれていない真っ白な紙が現れる



それをハワードは静かに見つめると


真っ白な紙の上で小さな火が走り、次第に文字が浮かび上がる



“エルフの森にて魔物の軍勢の動きあり。要因はイヴリースの復活。

帝国はそれを黙認。至急、独立部隊の要請と『例の物』を求む。”



それを呼んだハワードは肩に何か重いものがのし掛かったようにがっくりと下げ、ため息をついた。



「なぁるほどなぁ…。またあの『女』と中央大陸の戦争が絡んでるわけだ」



ガーネットの報告書には特殊な連絡方法があった。

それは諜報機関としての軍への定期報告とは別に、独自でハワードの部隊に伝える為のものであった。


報告書の最後に中身の無い追記を記すことで、彼らに別途で連絡が送られていることを知らせ

一般的なルートで帝国領の郵便屋に届いた手紙を一般市民に紛れて受け取る仕組みになっている。



「参ったなあ。通りであの女、いきなり部隊全てを本部に召集させて時期はずれの軍事演習を始めるなどと言ってきたわけだ」



ハワード自身、イヴリースの封印に関しては知っていた。

だからこそ、エルフに対して助力をしたいのも山々ではあった。

魔物討伐を生業としていた魔術師時代ではエルフの一族にも世話になっている。


しかし、既に先手は打たれていた。


ナナイがこの手紙を受け取る一時間前に、帝国の軍事顧問である

アシュリー・ブラッドフローから軍事演習という名目で突発的な非常召集の命令が下されていた。

これにより、部隊の全てが帝国軍本部へとこれから集められる予定だった。


「エルフの森との国境の部隊すらも全て引き上げたのにも合点がいくな」



魔物の軍勢が集まりつつある状況の黙認

国境の軍の撤退

全ての部隊の非常召集


彼女からすればエルフがどうなろうと関係が無い。

何よりも、世界を脅かす驚異に関心を持っていないのだ。


いや、それ以上にこの采配で隣国が成すすべも無く崩れたところに

色々とよからぬ事を企てているのも計算に入れているのだろう



「この様子じゃ、国境の兵も何も知らないまま本部に呼ばれているだろうに」



「イヴリースの封印に関してを秘匿にしていた事が裏目に出たな。」


眉間をつまみため息をつくハワード


結果的に、ガーネットの要求に答える事がほぼ出来ないと言っていい。



「さて、どうしたものかな。ナナイ」



「何、もう答えは出ているのだろ?ハワード大佐殿」



皆まで言うなとナナイは答える。

悩ましい状況の中で実の所、一つの答えは出ていた。

しかし、それには多少のリスクはある



「やってくれるか?」



「あんたはいつもみたいに『言うことの聞かない馬鹿犬がまた首輪を噛みちぎってどっか行った』と言ってくれればいいさ」



「そうかい、そりゃあ仕方ねえこったな」



ナナイ・グラン・レオニード



帝国軍屈指の戦闘力を誇り、鋼鉄の乙女の異名を持つ女

一つの身でで多大な功績を残しながらも

上層部の命令には聞く耳を持たず、中佐でありながら部隊を持つ事が許されていない異端中の異端


しかし、帝国でその名を轟かせたエイリーク・グラン・レオニードの娘という事もあり

軍からは大抵の事は不問とされている。



「今回ばかりは査問ぐらいは逃れられんかもだぞ?」



「オレは一向に構わんさ。どうせ、そんな事されても時間の無駄になるだけだからな」



「ガーネットの監視対象であるあの娘らとだって会うことになるんだぞ?」



ナナイは苦虫を噛んだような顔をして目をそらす



「お前は相変わらず人が悪いな。そうやって言質とろうとする所、オレは毎回気に入らんと思う」



「なに、今回ばかりは本気で心配しているんだよ。お前の事を」



ナナイはフンと鼻を鳴らして踵を返すと執務室の奥に幾つか並べられたジェラルミンケースの一つを手に取り



「コレ、借りるぞ。あと手紙はこっちで送っておく。あんたはそっちの事に集中してくれ」



「ああ、頼む。ガーネットによろしく言っといてくれ。」



彼女は執務室を後にした。

「大討伐の依頼を承認する。」



アグニヴィオンの護衛から一夜が空けて

俺たち一行はギルドの本部でリアナと合流し、躯の修理から返ってきたギルド長ニドからすぐさま大討伐の依頼の承認を貰った。



「ありがとうございます。ギルド長」



リアナは深々と頭を下げた。



「そういえば。さっきから下、騒がしくない?」



アリシアが窓の外からざわざわと聞こえる声に反応する。

ニドは窓辺に近づきその様子を眺める。



「ああ、リアナ君が事前に呼びかけてくれたお陰で大討伐の依頼の話を聞いた猛者たちがもう既に依頼を受けに集まって待機しているんだよ」



「なれない事だったけど、吟遊詩人の方も協力してくれて街中を歩き回って歌と共に呼びかけてくれたお陰よ」



『それは重畳だな。そんで、出発は何時からだ?』



「すぐにでも発ちたいところだけど。未だまだ人も準備も足りてない。明朝ギリギリまで待って締め切った後にすぐ出発する予定よ」



『向こうの状況は大丈夫なのか?』



「そうね…ガーネットが上手くやってくれればいいのだけど―」



「出来ませんでしたァ」



扉をバタンと開き項垂れた表情で悲しい顔を見せるガーネット

それをみたリアナも流石に気の毒そうにして頷く



「そう…それは仕方のない事だわ。それでも貴方の気持ちだけは本物だって信じてるから。気にしないでガーネット」



「リアナ…すまない」



思った以上の優しさに不甲斐ない自分を恨めしく思ったのか一層しょぼくれるガーネット



『しかし、どうするよ。これじゃあ明日まで待つにしても向こうの状況がはっきりしないとどうにもならんだろ』



「ならば、君たちだけで先に行くといい。この場はギルド長の私が指揮を受け持つ。

明朝までに集まった討伐隊をすぐさまそちらに向かわせよう。」



「重ね重ね、恩に着るわギルド長」



「…なら、これを持っててくれギルド長」



ガーネットはニドにある物を渡した。



「ほう、月代の鏡か」



「無闇矢鱈に大人数を危険な状況に突っ込ませるわけにはいかねぇ。

先に行ってヤバい事態になった時はこれでメッセンジャーを送り込む。それで状況を判断してくれ」



「了解した」



『それじゃあ、俺たちはリアナと一緒に先に向かうか』



「そうね。折角なのだから行動は早いほうがいい。今のうちに馬車を用意するわ」



「まって」



方向性が決まった中で、一人神妙な顔をしてアリシアが言う。



「結局、あの坊ちゃんはどうするつもりなの?」



坊ちゃん…イーズニルの処遇についてアリシアは聞いていた。

確かに理由があって此処に来ているのに、その理由も知らないまま大討伐の件が進んでいる。


けれども、彼はその胸中を明かそうとはせず

話ができる状況ではない。



「…致し方ないわ。今回ばかりは何よりも森の安否が気になる所。大事が無いように彼はマクパナに見張って貰う事にするわ」



「見張ってもらうなんて、穏やかじゃないわね」



「勝手な行動で周りを困らせる子に選ぶ言葉は無いわ。それに、あの子は未だまともに歩けるかどうかも解らない。」



アリシアはリアナの言葉に納得しきれていなかった。

いつも以上に無愛想な顔つきで何か考え込むように黙り、「まぁいいわ」と一言だけ。



かくして、正式に大討伐の依頼が執り行われ

多くの冒険者たちがその依頼を受ける事となった。



俺らはその場を後にして、療養所に向かった。



「成る程、状況はよくわかりました。此方の事はお任せ下さい。」



療養所の入口前でマクパナさんはリアナの説明を受けると頭を縦に振り



「リアナ、アグくん…そして皆様…エルフの森を、どうかお願いいたします」



彼はそれ以上の事は言わず、踵を返しイーズニルが居る部屋の窓を見上げる。

誰が覗き込んでる訳もなく、ただ彼自身に思うところがあるようだ。


アグもマクパナさんを暫く眺め、彼と同じ方向に見上げる



俺は昨晩のアグの話を思いだし、療養所の中に入っていく彼の背中を黙って眺める


…あの人も、俺と同じなんだ。ただひとりの息子を失っている。

それなのに、その原因である子供を見守らないといけない

いくら他の子供のしでかした過ちとはいえ

俺であれば憎く思い殺そう等とは思わなくても、葛藤に苛まれて気が狂う所だ。

なのにあの人は淡々とそれを受け入れている。



どうすればそうなれる…

何に縋っていればそのように生きていられる…


俺なんて、みっともなく死を選んだというのに。



「ジロ」



俺は、久しく聞いていなかった声にはっと我にかえる。


声の方に視線を向けると



『リンド』



「一日二日とはいえ、暫くぶりですね」



『そうだな』



ニドの封印を抑えるために、暫く彼の傍に付き添っていたリンド

ここまで色々ありすぎたせいか、まともに話す機会もなく、彼女がこうも普通に出てこられる事が久しぶりに感じてしまう。

それほどまでに彼女には傍に居てもらい世話になっていたからであろう。



「これから、エルフの森へと発つのですね。」



『ああ』



「一応これだけは持って行ってください。これだけあれば旅先では困らないでしょう」



『やっぱリンドは今回は来てくれないのか?』



「…申し訳ありません。ニドの封印に力を使いすぎてしまいまして…今の私ではあまり力にはなれないのです。」



『そうか…まぁ、ゆっくりしてってくれや。今後の事はいずれ話そう』



「ええ、そうですね。今回ばかりは急を要する事態ですから…貴方たちの無事を祈っています。リアナさん。二人をどうか…」



リンドはリアナに対して深く頭を下げた。



「…世話になるのは私の方かもしれないけどね」



リアナは一度リンドの様子をまじまじと見て、自嘲気味に答える。

俺たちは手を振り見送るリンドを時折振り返って眺めながら馬車の停留所へ向かった。



『なぁアグ、こっからエルフの森までどんぐらいかかるんだ?』



「そうですねぇ、海も渡りますから。いまから出発して丸一日掛かると思います」



『やっぱそうなるよなぁ…』



「帝国が持つ飛空挺があれば話は別なんでしょうが…」



その言葉を特に意味もなくアグは言ったつもりなのだが、どうやらそれが胸にぐさりと刺さった奴が一人いるようで

「うぐっ」などという言葉を漏らして身を縮こませていた。



「帝国の技術力には毎度の事、驚きを隠せないわ。あの国だけ他のどの国よりも文明の領域で発展している。まるで別の世界の様だわ

けれど、それ故に多大な魔力を消費している事も否めない。

…あいつら一度だけこっちにあるマナを規格外な量を厚い皮被って要求してきた事あるもの」



『で、それは結局どうなったんだ?』



「もちろん断ったわよ。流石に手ぶらで返すわけにもいかないから、多少は司祭様の判断で分け与えたけど。まさか、それを

あろう事かあの女…まるで私たちが門前払いしたように吹かしかまして今回の援軍要請を断るダシにしやがった…」



『お~う…どうどう…』



思い出せば思い出すほどに顔を赤くして怒りを露わにするリアナを鎮める



「ま…まぁ、そんな話はどうでもいいわ。今は急ぐことが大事だもの。

今回は、一番いい馬車を用意してもらって止まらず乗り継ぎで行くから。食事とかは今のうちに買い込んでおくといいわ」



『あいよ』



「取り敢えず当初の目的地は東の港、ヴェニスタになるわ」



ヴェニスタ。ここ南の大陸の東側に位置する港で

そこから船に乗って海を渡るルートがエルフの森へ向かう最短のルートだそうだ。


俺たちは色々な準備を終えるとゾロゾロと馬車に乗り込んだ



馬車が動き出した瞬間、多少の揺れはあったものの

次第にその揺れが収まり、外の町並みの景色を川の様に流してる



「ありったけの金貨を投げ打ったのだから当然なのだけど、結構いい馬車ね。」



『そうなのか?』



「ええ、馬が違うわ。この子、風の精霊の加護を受けているもの」



一見して、そこらの馬と見分けがつかないものなのだが…



「ほう、エルフの嬢ちゃんはこいつの見分けがつくんかい?」



馬車の運転手が振り返り嬉しそうに言う



「ええ。私も同じように風の精霊の加護を受けているの。だから解るのよね

その子自身も精霊と寄り添って生きている。貴方いい仕事したわね」



「へへ、ありがとうございます。名前はシルフィードっていいます。こいつぁ元々西の王国の騎士団で騎馬隊として育てられていたんですがねえ。

どうにも現場じゃあ反りが合わなかった…いや、文字通り馬が合わなかっらみたいでねぇ。たまたま行商のついでで

その話を聞いて、あっしらの方で買い取ったんですぁ。」



「そうだったの、シルフィードって名前は誰が?」



「さぁねぇ。多分騎士団の誰かじゃないですかねぇ」



「そう。その名前は風の精霊から来たものなのよ。だからきっとその名前に引っ張られて精霊に魅入られたのでしょうね。

周りと馴染めなかったのも、他の馬がこの子に纏う気配を感じ取ってたのよ。運がいいわね。騎馬隊の馬なんてやってるより

こっちのほうがきっと幸せよ。」



「そりゃあいい。こいつには今後とも俺の相棒として頑張ってもらわんとな」



リアナと運転手の会話を聞きながら暫くしてエインズの街の門を抜ける。

一面の緑が広がる見慣れた草原で、いつもとは違う道を向かい

俺も少しばかり感慨深くなっていた。



『ほんとに、これから冒険をするって感じだなぁ』



「何言ってんのよ。あんた、魔神を倒したって聞いてるわよ?それほどの実力を持ってる人がまるで街の外を初めて出たみたいに言っちゃって」



冗談と受け止めたのだろうか

リアナは手をひらひらと振りながら笑う


…でもすまんな、これがマジなんだわ。



ここで変な事言ってもあれだしな。一応黙っておくとしよう


アリシアはアリシアで、同じ気持ちだったのか

まるで電車の外を行儀悪く眺める子供のように頭を出して外の景色を眺めている(いや、子供だったな)


目を見開いて、流れる景色をひとつも見逃さないと頭をゆらゆらと揺らして見つめている。


いつもみたいな仏頂面はそこには無く、心底その景色に感動しているらしい。


「アリシア。落ちないように気をつけて」


それを気にかけるように、彼女の袖をギュッとつまんでいるヘイゼル



俺はその穏やかな二人の様子を暫し眺めている。



「確かに、さ…ここだけ見てれば。あんたの判断は間違っていないのかもしれないな」



俺と同じように二人の様子を見ていたのだろう

向かいに座るガーネットは小さく俺にそう言った。



『ここだけ…ってのは皮肉のつもりか?』



「いんや、視野を広げてものを言ってみただけさ。私の気持ちはそこまで変わらない…」



『そうか』



ガーネット自身、色々な立場がある。今はヘイゼルの持つ情報などと言う理由で処遇を見送ってはいるものの

ヘイゼルそのものを許せるかどうかは別の話である。


けれど



『ありがとうな』



俺はこの状況を選んでくれたガーネットには心の底から感謝している。


ガーネットはその言葉に照れくさそうに鼻を掻くと「少しばかり寝るわ」と腕を組んで寝てしまう。



暫くして外を眺めると、景色はいつの間にか見覚えの無いところへと変わっていた。


本当に旅立っているんだな俺ら。

俺は少しずつ湧いてくる好奇心に胸躍らせながら



俺たちは東の港、ヴェニスタへと向かっていく。

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