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ドール=チャリオットの魔剣が語る  作者: ぼうしや
霊樹終末戦線
52/199

46:二人の少年にとっての一つの死

気づけば、日も暮れに暮れて夜



一先ず、お互いの身の振り方が決まった俺たちは

今後の事について話し合った。


リアナは今回の件を大討伐という種類で依頼し、募集を募るそうだ。

だがそれにはギルド長である、ニドの承認が必要で

当の本人といえば、現在も魔導図書館の地下にて自身の躰を修理中

それまでに依頼を掛ける事は出来ない為

その余る時間を使って、素早く人数が揃うために個々で声をかける必要があった



ガーネットは、すぐさま軍にヘイゼルに関する一件の報告も含め

イヴリースが封印されている山周辺のさらなる情報の収集の要請

及び、部隊一つをあくまで調査という名目でこちら側に寄こせないかの直談判をするそうだ



それまでの間は俺とアリシア、ヘイゼルの三人で

アグニヴィオンの護衛



―というわけで俺たち一行は、ギルドに登録された日から提供された長期滞在用の宿(月払いの有料)に戻る事となった



「なんだか、色々ありすぎてこの場所に帰ってるのが久々に感じるわね」



『ああ…そうだなぁ』



アリシアはゴトとテーブルに俺を立て掛ける。



「すみません。僕なんかがお邪魔していいのかあれなんですが…その、失礼させて頂きますね」



『おう、楽にしてくれやアグニヴィオン』



「それ、呼びづらくないですか??無理はなさらずに、僕の事はどうか気軽にアグと呼んでください」



『なら、お言葉に甘えてアグ。』



アグは改めてそう呼ばれると、ぱあと顔を明るくして「はい」と笑顔で返事をした



「……」



『どうした?ヘイゼル』



ヘイゼルは建物の中に入るやいなや、じーっと俺らのやりとりを眺めながら立ち尽くしていた



「感動」



『はい?』



「ワタシは、生きている人々に受け入れられた状態で建物の中に入るのは初めて。いつも、外でばかりこの光景を眺めていた」



『…』



本当にこの子はいままでどれほどまでに不憫な生活を数百年あまりも過ごしていたのだろうか


そのような事で嬉しく感じているヘイゼルに胸が少しばかり苦しくなった



『そうかい。今のところはここがお前の帰る場所さ。気にしないで適当に座ってくれ』



「―うん」



ヘイゼルはカクカクワキワキと縦に揺れながら妙な躍動を込めた動きをしながら歩き

ポスとベッドに腰かけた


彼女はそのベッドのシーツの感触を気に入ったのかその手で何度もさすさすと触っている。



「あったかい」



『そうか?』



「うん」



「それはよかったわね。お布団の感触―じっくりと味わうといいわ…ね」



『あ、おい…アリシア!?』



ドサリとヘイゼルの横で倒れこむようにボフリと体をベッドにうずめるアリシア

それ以上動こうとはせず、ベッドのシーツ越しからふごふごと小うるさい寝息を立てている



思えばこの子はガーネットと違って、あの騒動からまともに睡眠を取っていない。

むしろ振り返ってみれば此処まで持ち堪えた事自体、すごい事だ。


「ヘイゼル…すまんが」



「わかった」



俺の頼みどおり彼女はうつぶせのままのアリシアの寝顔を此処から見れるぐらいに首を少し動かし

上から布団をかけてあげた

ヘイゼルは寝てるアリシアの隣に再び座ると、その頭を慈しむように撫でながら暫く眺めていた。



「いいですね。二人はまるで仲のいい姉妹のようです」



アグはそれを見てにこにことした顔で言う。



『そうかい…』


そういう風に見えるんならそれがいい。

いや、むしろこのままずっとこうあってくれて構わないんだがな。


煮え切らない俺の返事にアグは少し首をかしげながら、今一度寄り添う二人を見て少し寂しそうな顔を見せた。

アグは羽織っていたローブを壁に掛け、俺の向かいに座る。

一段落したと思い。俺は思い切って聞いてみる事にする。



『なぁ、アグ』



「はい」



『イーズニルとは…その、何かあったのか?』



「…そうですね。彼とは同じ学び舎に居た同級生だったのです」



「友達だったのか?」



「…どうでしょうね。当時の僕は影が薄い存在で、まるで周りに認識されないような幽霊みたいなものでした。

彼はそんな僕を面白がって他の学友と笑いの種にしていました。その程度の距離感でしたね…」



学校とかでよくあるそれか

あまり関心できた話ではないな


「僕の父親は出稼ぎの為に殆どの仕事を森の外で行っていました。基本的に森の外界を嫌厭する風潮がある我々エルフは

父の事をあまり良くは思っていませんでした。それこそ、まるで追放者の烙印を押されたような扱いで僕らは家族ぐるみで敬遠されていました」



確かに例外はあれど、漫画とかじゃあエルフってのはやたら他の種族よりお高く止まってるってイメージがあったもんなぁ



「そのせいでしょうかね。いや、きっと僕自身もそこまで気の強い方ではなかったのです。色々と悪戯に扱われるにはいい的だったんです。

…ですが、そんな僕にも親友はいました」



アグはぎゅっと祈るように組んだ手に力が入っている。



『親友―』



「ええ、彼は…『マナペルカ』はとってもすごいんです。強くて、優しくて、いつでもどこでも彼の周りには人がいて。学び舎でも人気者でした。

幼い頃から一緒だった。僕にとって、彼は自慢の親友でした。イーズニルでさえ、彼には憧れの眼差しを向けていた」



『だったら…何故。そんな自慢の親友がいながら君は神和ぎを務めようと思ったんだ?恐くないのか?親友は止めようとしなかったのか?』



「…そうでしょうね。きっと―、彼が居たなら僕を止めようと思うのかもしれませんね」



『アグ―』



俺はその言葉にハッとして言葉を詰まらせる



「彼は、マナペルカはもう居ないんです…」



『…すまない』



「いいえ、その事はイーズニルと僕の今の関係を話すにあたって然るべき事なんです」



『イーズニル…彼もマナペルカと友達だったのか』



「そう…ですね。そして、彼自身が今此処にいる事が出来るのはマナペルカの犠牲あっての事だと思っています」



『…何があったんだ』



「それは、ある祭りの夜の出来事でした…僕自身、あの出来事を何度思い返しても、未だに実感が湧いてきません。その場に居なかったせいかもしれない。

来た時には全てが終わっていたんです。ただ、解った事は…河で溺れそうになったイーズニルをマナペルカがいち早く助け、代わりに彼が帰らぬ人となった―」



アグはその時の事を思い出しているのだろうか。

悲しいような、何かを失った虚無感に苛まれたような、それでも本当にその気持ちに実感を持てなくて

どんな顔をすればいいのか解らない


そんな顔をしていた。



「当時の僕は河でマナペルカを探す大人たちを見守る事しか出来なくて。それでも結局彼は見つからなくて…彼の父さん、

マクパナさんがもうこれ以上は探しても無理だと判断して捜索を打ち切ったのです」



『そうか…マクパナさんは君の親友の父親だったんだな』



「はい、僕の父と昔からの親友でした。見上げた時に見たあの人の顔は今でも忘れられない。どんな気持ちでいたのか…全くもって感情がうかがう事の出来ない顔…

まるで僕と一緒だった。色々なものが複雑に絡んでしまって動く事の出来ないような…そんな顔を」



『正直、君がイーズニルを憎むのならわかる。だが、君にはそんな素振りは全く感じなかった。

…それどころか、助けてもらったはずの本人がアグを嫌悪する理由が解らない』



「そうですね…僕も、イーズニル自身ではないですから。何を思っているのかなんて解りません…でもあの日以降から彼は変わってしまった。

いつもより大人しくなって、何かに怯えるようになった。何より僕をより一層いつも以上に避けていた」



『そうか…』



罪への意識…か。

そして未だそれに向き合えないんだろう。

その罪を思い出させてしまうものとしてアグ君を見てしまっているのか


それだけじゃない、自分だけじゃなく…周囲からも憧れの存在だった者を死なせたという事実

簡単に飲み込めるわけがない


それなのにこの子は実感が湧かないという理由で事を簡単に飲み込んでしまっている

それは確かに当事者からすればきっと認められない事で、その分反動で嫌悪してしまっているのかもしれない。



「そして学び舎を卒業しイーズニルとも会うことが無いまま幾年が経って最近の事です。彼の魔神の封印に特異な動きを見せ魔物たちが一斉に群れを成しはじめている事に。そして、司祭様は神和ぎの儀を予定より早めるという決断をなさった。そして、僕が神和ぎとしての務めを受けるよう神託がくだされたのです。誰かの為にこの命を捧げる―、それは僕にとって願っても無い事でした。」



その顔は先ほどとは打って変わり本当に嬉しそうな表情であった。



「僕も、マナペルカのように…誰かの為に役に立つ事が出来る。そして、当時の彼がどんな気持ちだったのか…ようやく理解する事ができる。僕は今でも抱えているこの収まる事の無い不思議な気持ちと…そこで漸く向き合える気がするんです」



俺は、アグの事が少し理解できた気がした。

否、理解できない位置に気持ちが辿り着いている事を理解したんだ。


話を聞いただけで彼のひととなりが解るわけではない。けど


彼はずっと見上げ続けたまま彷徨っている。

自分の足元を見ずに―遠い場所を探して



「そんな中で、彼は…イーズニルは忽然と姿を消したんです。父親である司祭様も流石に狼狽されていて、急ぎ捜索が始まったのです。それと並行して僕はマクパナさんやリアナさんと共に帝国軍へと助力を求めに伺いました。その後の流れは先ほどリアナさんが説明した通りです」



『そうだったのか…その、まぁ。あれだ。色々とご苦労様だったな』



「まさか、イーズニルが此処に居るなんて事は考えもしませんでした。けれど、そのおかげで貴方たちと出会えた事には深く感謝しております。

でなければ、ここまできっと話も進まなかったでしょう」



『ああ…。けど、イーズニルはどうするんだ?あいつはお前の事を兎にも角にも目の敵にはしてるぞ?』



「…そうですね。でも、仕方の無い事なんです…」




そんな言葉を吐き出した彼の表情は、今までで一番悲しい顔をしていた。

療養所での事。



色々な思いに整理がつかず、横になったまま窓から月をジッと眺めているイーズニル


その隣のベッドですやすやと眠るシアの寝息を聞きながら


彼は日中の出来事を思い返していた。



「なんで…みんなは…君は、そんなにも僕を見ようとしないんだ…」



そんな言葉を漏らしながら

彼は自分の弱さ、愚かさを呪っていた。



その後ろで、小さなノックが聞こえる。


それが誰なのかはよく知っている。


きっと、リアナに僕の見張り役を任されたのだろう


少し間を置いてから、扉が開く音がする。



「失礼しますね。イーズニル様」



静かにマクパナは言う。何も答えず、振り向きもしない僕の後ろで静かに佇んでいる。



「貴方は、私が憎んでいると思っていますか?」



「っ…」



イーズニルは何も答えない



「…そのままで構いません。聞いてください。私は今でもマナペルカを愛しています。我が息子として、立派に育ったと自負しています。

彼はドーナツに目が無くて、あの子が居なくなった日から今でも…あの子がいつか帰ってくるのではないかと…未だに彼の好きなドーナツをテーブルに用意してしまう。」



イーズニルは少しずつ背中が丸くなっていく。

自身が殺したといっても過言ではないその友の父親の心境をいまこの場で受け止めなくてはいけない。



「大人である私にだって、事実を簡単に鵜呑みに出来ない事はあります。けれども私は思うのです…

人と人との別れは遅かれ早かれ運命によって定められるモノなのだと。それが例え愛する息子だったとしても」



イーズイルは何も答える事が出来ない。

ただ聞く事しかできない。



「だから、これだけは言わせて頂きます。私は貴方を憎んではいません。誰かの為に自ら命をなげうった息子を私は誇らしく思います。だからこそ―」



マクパナはそれ以上に言おうとした口を噤む。

そして、一つ間をおいて



「“貴方が居なければ”なんて思った事はありません…決して」



そう言って静かにその場を去ろうとする











「ごめんなさい―」







聞こえたのか聞こえなかったのかはわからない。

ただ、少年は今にも泣きそうな震えた声でその言葉を小さく漏らした後に


扉が静かに閉まる音だけが聞こえた。

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