43:寄り添いはじめる運命の歯車たち
「私たち、本来なら帝国軍の案内人が来る予定だったのよ」
『…』
「…」
その一言を耳に入れた途端
パンケーキを大きく開いた口に入れる直前でピタリとその腕を止めるアリシア
その理由を察し、同じく動揺が隠せずにただ黙って見守る事しかできない俺。
その隣で動かないアリシアの口の端についた食べカスをハンカチでつまんで拭いてあげているヘイゼル。
いや、ヘイゼル?お前、いつからアリシアの世話係みたいになってるの???
いや、そんな事はどうでもいい。
今アリシアが食べている、特注の10段生クリームサンドスペシャルパンケーキに“エクストラアヴァロン”などと命名した事ぐらい
非常にどうでも良い事だ。
何故、そんなすごいパンケーキをアリシアが食えるに至ったかと言うと、少し前の話になる。
ヘイゼルがアリシアの握りしめる大金の入った頭陀袋をすぐさま奪取し
アリシアをエルフ三人組に取り抑えさせて
リンドのいる魔導図書館に発して預けに行くよう指示した時である
アリシアが完全に生きる意味を失ったような虚無状態になって全く動かなくなったのである。
まるで死んだ魚の眼をして、仰向けになり
その自身の醜態を気に留める事なく
「ァァァ…、ァァァ…」などとゾンビのような呻き声をあげてその場から動こうとしないのである。
『ほら、アリシア。ちゃんと動いたら、大好きなパンケーキを食べにいこう?』
「そのパンケーキは果たして、私の識るべきパンケーキなのだろうか?
この心の情熱で生み出されてしまった極限までに錬磨されたパンケキストの最終地点、
即ち楽園を体現させたパンケーキに恋い焦がれた私は彼の者が語るパンケーキと同様の存在に至るモノなのだろうか?
それを観測するまでは心の中で生き続けるであろう私の情熱の結晶は、パパが言うそれと違った瞬間
私の中にある楽園はいとも容易く崩れてしまう」
『パンケーキが食べたいのか楽園に到達したいのかはっきりしなさいよ』
パンケキストってなんだよ、その数億年前の地球にあった大陸みたいな名前しやがって
「それらすべては全であり一。一なるものは即ち全。一つの行いの中に全ての意味が重なり合って理解に至るシンフォニー」
『すまん、誰か翻訳出来ないかこれ?』
「多分、自分が創造したパンケーキを食べさせろという事だと思います。」
『ええ…』
アグニヴィオンが真面目に考察して真面目に答えている。
「それにしても困った子だわね。パンケーが食えないくらいで――」
リアナがアリシアを見下ろしてその動く舌を止める。
「ブツブツブツブツブツブツブツブツブツ…ブツブツブツブツブツブツ…ブツブツブツブツブツ」
呪いの言葉でも唱えているような小さい声でぶつぶつと呟き
視線で殺さんばかりの凝視でリアナを見上げていた。
これにはリアナも一歩退いて戦慄する。
『ダメだ…こりゃあ詰みか…?』
「ジロ」
『うおぁ!?おかえりっ!?』
頭を抱えて悩んでいるのも束の間、いつのまにかヘイゼルは戻ってきており
その手には先ほどよりも中身が軽くなっている頭陀袋を握りしめていた。
「お金はリンドに渡した。そしたら、これだけは持っておきなさいって」
流石リンドさん、解ってらっしゃるようで。
「あと事情を説明した。アリシアが巨大なパンケーキを食べないと死ぬ病気になっていると」
確かに合っているんだが、そのニュアンスは流石にどうかと思うぞ。
「そしたら、この手紙をジロに渡すようにって」
ヘイゼルは二つに折られた小さな紙を俺に差し出し見せてくれた。
『すまん、広げて見せてもらってもいいかい?』
「了解」
―ジロへ。今頃アリシアは想像以上の危篤状態にあると私は考えられます。それ故に、私から一つ提案があります。
『ふむふむ…(危篤?)』
その後の文章を読み、俺は「なるほど」と言葉を漏らして思いつく
『ありがとうな、ヘイゼル。良くやった』
読み終えると、これまで頑張ってくれたヘイゼルに感謝の意を込めて労った。
すると、微かにだが彼女は小さく俯いて少し嬉しそうな顔をしているのだ。
読み取りずらい表情なのは相変わらずではあるが、多少口角が上にずれている。
さて、と
『アリシア。良い事を聞いたぞ』
「…」
『どうやら、行きつけのクラン亭では特注のオーダーメイドパンケーキが金貨3枚で作れるそうだ』
「ふぁあああああああああああああああああああああああああああああああっく!行くわ!今すぐ!マストで!秒で!!」
アリシアは飛び跳ねるように起き上がると同じように寝そべっていた魔剣を手に取ってブンブンと振り回す。
流石に眼が回る
他の4人を置いていかんばかりに走り出して、再びそれを追いかけるレースが幕を開いたのであった
そして、今に至り
特注オーダーメイドのパンケーキを食べる事で冷静さを取り戻したアリシアは
ようやく、事の重大さを理解した。
というか色々と引き出物が出てくるように思い出して来たのだ。俺も含めて
ヱヤミソウの採取の時に助けたエルフの少年。
迷子だろうと言って身元確認の為に帝国軍へと報告にいったとあるアレ
色々あって、死んだように寝ているであろう、あのアレ
そして、人探しの為にわざわざエルフの森からお来しになているお三方。
そのお三方を、この街で案内する筈であったなんかアレ
その背後でロールツインをビヨンビヨンさせた眼帯のアレがテヘペロする構図が頭の中で浮かび上がる。
一本の意図に繋がる感じ。それをアリシアも悟ったのだろう
「どうしたの?そんなに固まっちゃって」
静かに紅茶を飲むリアナ。
その隣で、周囲を警戒しながら見渡すマクパナ。
そして、興味津々に俺らをニコニコと眺めているアグニヴィオン
なんというか…本当に申し訳ございません。
口に出すとさすがに相手がどう出るか解らんのでアレの代わりに胸の中で謝罪を述べる俺。
あえてその部分の話題を逸らしながら話を伺う
『そう言えば、さっきは選り好みはありつつも、誰彼かまわず手当たり次第に人に聞いていたんだろ?その』
「“イーズニル様”ですね」
そ、そうだねぇ。確か、倒れこむ直前でそう名乗ってたよね
“様”ついちゃってるよ…
こんなおっきくて威厳のあるイメージ持っているマクパナさんの口から“様”が出ちゃってるよぉ!?
アリシアも俺と考えている事は一緒なのだろうか、
口にパンケーキを含みつつも(いつの間に)咀嚼をしないまま頬袋に蓄えを詰めたリスみたいな顔しながら冷や汗を垂らしてるよぉ
勿論それをヘイゼルがハンカチで拭いてあげてる
『そうだすね??いーずにる様と呼ばれられるれの人を探しておられるのでしたろれ?』
「なんなの、その面白い喋り方」
リアナが淡々と突っ込む
ダメだ、今後どうなるか怖くて言葉を懸命に選ぼうとして余計変な口調になってしまった。
『んんっ…、取り合えずなんだが。そんなに色々な人に、イーズニル…さんを探す為に虱潰しに聞き込みをしていて、なんで俺らを指名したわけ?』
そもそも野次馬に隠れるように動いていた俺を一発で察知していた。
運命で手繰り寄せられたなんて話にしてもあまりに出来すぎた出会いだ
「ああ、それはね。解るのよ。私たちエルフにはマナ…もとい魔力の微かな残滓が。」
『お前も魔力が読み取れる口なのか?』
「そんな大それた事は出来ないわよ。そんなの、魔眼持ちか、
かつて帝国軍に居たとされる伝説の知恵持ちの竜“リンドヴルム”ぐらいじゃない??」
あっははとか笑ってますけど。そのどっちもが今この街に居るんです…
そしてその片方があんたらを案内する予定だったんです
「まぁ、私たちが出来るのは微かに感じたイーズニル様の持つマナの気配を人から読み取る程度よ。霊樹の元で住まうエルフは皆が皆その恩恵を受けている。
加護と言ってもいいかしら。それだけは、他の魔力なんかよりも独特で一番私たちが馴染んでいるものだから。」
『なるほどね、それを俺らから感じとったわけか』
色んな人に声をかけながら、同郷の者の匂いがついてるか嗅ぎ分けていたって感じか。
「そういう事。…というわけで、本題だけど。イーズニル様は今どこに居るのかしら?」
『今は俺の知り合いが療養を受けている場所に休ませている所だ。』
俺はイーズニルがそこに至るまでの経緯をある程度話した。
「成程…貴方たちがイーズニル様をお守りになってくれたのですね。先ほどまでの不躾な行為、改めて謝罪します。そして、深く感謝を」
深々と頭を下げるマクパナさんに続けて他の二人も頭を下げた。
『よしてくれ。こっちはこっちで案内人である軍の奴を俺たちの都合で寄こせなくて迷惑かけたんだ。気にするこたぁないさ』
それにやましい気持ち全開で逃げ出していたのも俺らだし
「そうは行かないわ。イーズニル様はエルフの森で重役を務める司祭様のたったひとりの息子なの。
それを助けて頂いた事、同じ一族としては感謝の為に頭を下げずには帰る事もできない」
「本当にありがとうございます」
ううむ…なんかこういうの苦手なんだよなぁ。
リンドに言われた時も思ったけど
感謝を述べられる事がというより、自分の行いで相手の姿勢が低く低くなっていく感じが
こういう空気をどう扱えばいいか慣れていない。
「まぁいいんじゃない?取り合えず会わせてあげようよ、この三人に」
そんな事を行儀悪くフォークを咥えながら言うアリシア
いつの間にかパンケーキを平らげていた。
『そうだな』
俺らはその場での食事を終えると
そのままゾロゾロとシアとイーズニルが居る療養所へと向かった。
その道すがら
「あの…アリシアさんとジロさんは、マンティコアを一蹴したと聞きますが。
やっぱり、その…階級とかはローレライやゲオルークだったりするのですか?」
金髪の少年、アグニヴィオンが思い切ったように聞いてくる。
『…いや、実はまだエンフォーサーなんだ』
「えぇ…意外ですね。それほどまでの実力があるなら直ぐにローレライに至ってもおかしくないです。
なにか理由があってなんですか?」
『え、ええ…そうですねぇ。ギルドに登録したばかりのルーキーなので。まだまだひよっこなんじゃないすかねぇ…』
「へぇ~、そうなんですかぁ。お強いのに、謙虚なんですね」
『いえ、ギルドでの昇級制度もあんまり易しくは無いですからねぇ…』
「なんで急に敬語なのよあんた」
『気にしないでくれ』
「アグ君、その変にしなさい。ジロさんも困っていますよ」
「す、すみません」
マクパナさんに諫められるアグニヴィオンは顔から長い耳に至るまでを赤くして縮こまった。
かわいい子だなぁ。
「え?パパはやっぱりそういう癖なの??」
『ちょっと待ちなさい。癖という言葉を使うのはやめなさい』
そんなやり取りとしているうちに、すでに一行は療養所へと到着していた。
「ここにイーズニル様がおられるのね」
『ああ、昨日の事だからなぁ。それにしても、あんたらは良くここまで半日で来れたよな。
海より向こうの大陸から此処に来るなんて結構掛かるんじゃないのか?』
「…それには訳があるのよ。もともとイーズニル様を保護する事は想定に無かった指示なの。私たちの本来の目的は、別にあった」
『その目的ってのは?』
「…後ほど話すわ」
リアンの顔が少し俯き、思いつめたような顔をしている。
聞くま確信は得ていないが大方予想はついている。
このギルドの街に赴く用事なんてものは、限られている。
俺たちは、そこで互いに交わす言葉を失い。ただ静かに部屋まで向かう。
シアやイーズニルが居る一室。
一室の閉ざさされた扉の前でぞろぞろと集まっている中。
アリシアがノックもせず、遠慮なしに扉をバダンと開けた
「あっ、え?ふぁぁああああああああああああああああああ!!?」
「え?あっ!!うわぁああああああああああああああああああああ」
そこに眼に入ったのは
(♪謎のアダルティなBGM)
うら若き少年と少女が大きな声を上げてこちらを見ながら互いに体を重ねて淫らに絡みついて顔を赤くし―
パタン
「入る部屋を間違えたわ」
『いや、間違ってねぇよ』
お見苦しい所を見せまいとアリシアが即座に扉を閉めた。